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第2章
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ガエブルグの人間へと歩み寄る人影は三つ。
うち一つは馬鹿でかいスーツケースを持っている。
彼らはみな、夜深くの闇に紛れるようなローブに身を包み、更にフードで顔を隠している。
と、真ん中に立つ人間がおもむろにフードを外した。
現れたのは、暗闇の中でも明るさを失わない栗色の髪。
華奢な体つきをしているが、間違いなく男だろう。どこかで見たことあるようなその色にクロノが無意識に目付きを鋭くした隣で、エイレンが驚きで息をのんでいた。
『やあ、ガエブルグの方々。こんなに早く来るなんて感心だね』
ゆったりとした口調。
厭味などではなく純粋に告げられた言葉に、クロノはグラール時代の記憶を辿る。
強攻派ばかりが揃うグラールにおいて、珍しく存在する穏健派。その喋り方や態度が裏方事務担当部のエースと酷似していると噂される、聖杯が飼っている化け物のうちの一人。
『そっちが遅刻してんしょ?』
『そう? ちゃんと時計を確認したはずなんだけど』
『その時計、時間狂ってんじゃね?』
『あぁ。グラールとガエブルグの時差かもしれないね』
『こんなご近所で時差なんかあるわけねーっしょ』
和やかとは程遠い物言いの少女と対照的に、青年は自身のペースを崩さない。それどころか、誰よりも怯えているのは少女の連れだ。
だが、話題を出した本人の方が飽きたのだろう。彼女は本題を切り出した。
『んなこたぁどーでもいー。とりま、例の物よこせっての』
『あぁ、そうだったね』
ガエブルグの主語のない主張に、グラールは躊躇う暇すらなく頷く。
向かい合う前に聖槍組が話していたが、ガエブルグ側はグラールが素直に応じるとは微塵も思っていなかったし、それは、こそこそと覗きをしているクロノたちも多少なり考えていた。
だから、その返事は両者共に意外な回答だった。
『ほら。これで良いんでしょ』
青年の言葉に、彼の右隣に立っていた人間が数歩前に出て、持っていたスーツケースを置く。
その人物が青年の側へ戻ったのを見てから、少女自らがスーツケースの中を確認した。
その瞬間、少女は目の前に立つ青年へと、スーツケースを蹴飛ばす勢いで掴み掛かる。
『…………どーゆーつもりだ!?』
僅かに苛立ちと魔力を立ち上らせながら、少女は青年の胸ぐらを掴む。
『こいつ、オレらが欲求した〝物〟と違うんじゃね?』
『そんなことはないよ。〝彼女〟は君たちが欲求したヴィルフォート家のお人形さんだ』
ヴィルフォート家。
日常で耳にすることは滅多に無いファーストネーム。普段は聞き慣れない名前ではあるが、どこかで聞いた事があったと、クロノは取引に集中しながらも思い出そうとする。
『紋章術師じゃねーわ。使い手の成り損ないの、実験施設で飼ってる方だっての』
使い手の成り損ない、とはこれまたずいぶんぞんざいな言い方だ。
クロノの隣で、ミントが実験施設の単語を聞いた途端小さく肩を震わせ、逆側では何か心当たりでもあるのかエイレンが目を見開いていた。
『あぁ。セラじゃなくてリラか。それならそうと、先に言ってくれないと』
姉妹なんだからわからない、と続けた青年の言葉は少し遠くに聞こえた。
「クロノさん……」
「あぁ、わかってる」
目線は取引現場に向けられたまま、二人は示し合わせたように同時に表情を曇らせた。
グラールが差し出したあのスーツケースに入っているは、先の抗戦で殉職したセラ。自分たちの下にいた紋章術師を取引材料として提供するのは、やはりグラールにとって彼女は邪魔な存在なのだろう。
そして、リラという人物。姿も正体も何一つわからなかった人物だったが、実はセラの姉妹で、しかもその人は実験施設にいてガエブルグが身柄を狙っているときた。
一体全体、どういうことなのだろうか。
『あー、やっぱタンマ』
クロノの思考を遮るように、ドスの利いた少女の声が響いた。
『今回はその紋章術師でいーわ。……そのかわり、もっかい取引しろ。今度はちゃーんとお人形持って来いよ』
挑戦的な目付きで少女は青年を見る。
今までの様な言い逃れはさせない、と彼女は無言の圧力を彼に送る。
僅かな沈黙がとても長く感じられた。
『良いよ。そのかわりこっちもまた別の条件をつけるけど』
青年は、驚く程あっさりと二つ返事をした。
少女は後ろに立つ、怯えたままの一般人へと目配せをする。その合図に、青年はもたつき慌てながら少女の側にアタッシュケースを置くと、そそくさと元いた場所へと戻った。
それと同時に、少女はアタッシュケースを掴むとグラールの青年へと突き出す。
『ほら、言われたもんだ。これ、闇の紋章術師と交換するんしょ』
『どうも。確かに受け取ったよ』
青年がアタッシュケースを掴むのを見てから、少女がスーツケースへ手を伸ばしたその瞬間。
ガタンと何かが床に落ちる音が、クロノの耳に直接響いた。
「…………え?」
嫌な予感に、クロノが隣にいた朱色へと向けようとしたと同時。
『ハイエナの様に墓荒らしをしてそれを物々交換するなど、かくれんぼしてるお天道様が許したとしても、オレは許さないぞ!』
クロノが探していた人物の声が、ヘッドフォンから聞こえた。
「あの馬鹿……」
こっそり隠れて見ているだけじゃなかったのか、とクロノは小さく毒づきながら、隣でバカリーダーを追いかけようとしていた少女を無言で物陰に押し隠した。
『ハイエナは墓荒らしなんてしないよ、龍牙』
ぽつりと、グラールの化け物と銘打たれた青年が元グラールの人畜有害へと、彼の暗号名を呼びながら訂正を入れた。
うち一つは馬鹿でかいスーツケースを持っている。
彼らはみな、夜深くの闇に紛れるようなローブに身を包み、更にフードで顔を隠している。
と、真ん中に立つ人間がおもむろにフードを外した。
現れたのは、暗闇の中でも明るさを失わない栗色の髪。
華奢な体つきをしているが、間違いなく男だろう。どこかで見たことあるようなその色にクロノが無意識に目付きを鋭くした隣で、エイレンが驚きで息をのんでいた。
『やあ、ガエブルグの方々。こんなに早く来るなんて感心だね』
ゆったりとした口調。
厭味などではなく純粋に告げられた言葉に、クロノはグラール時代の記憶を辿る。
強攻派ばかりが揃うグラールにおいて、珍しく存在する穏健派。その喋り方や態度が裏方事務担当部のエースと酷似していると噂される、聖杯が飼っている化け物のうちの一人。
『そっちが遅刻してんしょ?』
『そう? ちゃんと時計を確認したはずなんだけど』
『その時計、時間狂ってんじゃね?』
『あぁ。グラールとガエブルグの時差かもしれないね』
『こんなご近所で時差なんかあるわけねーっしょ』
和やかとは程遠い物言いの少女と対照的に、青年は自身のペースを崩さない。それどころか、誰よりも怯えているのは少女の連れだ。
だが、話題を出した本人の方が飽きたのだろう。彼女は本題を切り出した。
『んなこたぁどーでもいー。とりま、例の物よこせっての』
『あぁ、そうだったね』
ガエブルグの主語のない主張に、グラールは躊躇う暇すらなく頷く。
向かい合う前に聖槍組が話していたが、ガエブルグ側はグラールが素直に応じるとは微塵も思っていなかったし、それは、こそこそと覗きをしているクロノたちも多少なり考えていた。
だから、その返事は両者共に意外な回答だった。
『ほら。これで良いんでしょ』
青年の言葉に、彼の右隣に立っていた人間が数歩前に出て、持っていたスーツケースを置く。
その人物が青年の側へ戻ったのを見てから、少女自らがスーツケースの中を確認した。
その瞬間、少女は目の前に立つ青年へと、スーツケースを蹴飛ばす勢いで掴み掛かる。
『…………どーゆーつもりだ!?』
僅かに苛立ちと魔力を立ち上らせながら、少女は青年の胸ぐらを掴む。
『こいつ、オレらが欲求した〝物〟と違うんじゃね?』
『そんなことはないよ。〝彼女〟は君たちが欲求したヴィルフォート家のお人形さんだ』
ヴィルフォート家。
日常で耳にすることは滅多に無いファーストネーム。普段は聞き慣れない名前ではあるが、どこかで聞いた事があったと、クロノは取引に集中しながらも思い出そうとする。
『紋章術師じゃねーわ。使い手の成り損ないの、実験施設で飼ってる方だっての』
使い手の成り損ない、とはこれまたずいぶんぞんざいな言い方だ。
クロノの隣で、ミントが実験施設の単語を聞いた途端小さく肩を震わせ、逆側では何か心当たりでもあるのかエイレンが目を見開いていた。
『あぁ。セラじゃなくてリラか。それならそうと、先に言ってくれないと』
姉妹なんだからわからない、と続けた青年の言葉は少し遠くに聞こえた。
「クロノさん……」
「あぁ、わかってる」
目線は取引現場に向けられたまま、二人は示し合わせたように同時に表情を曇らせた。
グラールが差し出したあのスーツケースに入っているは、先の抗戦で殉職したセラ。自分たちの下にいた紋章術師を取引材料として提供するのは、やはりグラールにとって彼女は邪魔な存在なのだろう。
そして、リラという人物。姿も正体も何一つわからなかった人物だったが、実はセラの姉妹で、しかもその人は実験施設にいてガエブルグが身柄を狙っているときた。
一体全体、どういうことなのだろうか。
『あー、やっぱタンマ』
クロノの思考を遮るように、ドスの利いた少女の声が響いた。
『今回はその紋章術師でいーわ。……そのかわり、もっかい取引しろ。今度はちゃーんとお人形持って来いよ』
挑戦的な目付きで少女は青年を見る。
今までの様な言い逃れはさせない、と彼女は無言の圧力を彼に送る。
僅かな沈黙がとても長く感じられた。
『良いよ。そのかわりこっちもまた別の条件をつけるけど』
青年は、驚く程あっさりと二つ返事をした。
少女は後ろに立つ、怯えたままの一般人へと目配せをする。その合図に、青年はもたつき慌てながら少女の側にアタッシュケースを置くと、そそくさと元いた場所へと戻った。
それと同時に、少女はアタッシュケースを掴むとグラールの青年へと突き出す。
『ほら、言われたもんだ。これ、闇の紋章術師と交換するんしょ』
『どうも。確かに受け取ったよ』
青年がアタッシュケースを掴むのを見てから、少女がスーツケースへ手を伸ばしたその瞬間。
ガタンと何かが床に落ちる音が、クロノの耳に直接響いた。
「…………え?」
嫌な予感に、クロノが隣にいた朱色へと向けようとしたと同時。
『ハイエナの様に墓荒らしをしてそれを物々交換するなど、かくれんぼしてるお天道様が許したとしても、オレは許さないぞ!』
クロノが探していた人物の声が、ヘッドフォンから聞こえた。
「あの馬鹿……」
こっそり隠れて見ているだけじゃなかったのか、とクロノは小さく毒づきながら、隣でバカリーダーを追いかけようとしていた少女を無言で物陰に押し隠した。
『ハイエナは墓荒らしなんてしないよ、龍牙』
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