Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

073

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「何でしょう」
「セラの死体を、ここで処理してほしい」


言葉と共に、エイレンは机に額をぶつける勢いで頭を下げた。

きょとんと目を丸くした社長だったが、その態度と言葉に、事情を察したらしい。
柔らかい眼差しでスーツケースを見た。


「そんなお粗末な言い方は可哀相よ」


社長は言葉と共に、視線をエイレンへと向けた。
彼女に何の凄みもない。けれど、その雰囲気に気圧されたのかエイレンは無言だ。

燃えるような赤毛の後頭部を見つめて、社長は言葉を続ける。


「でも、そうね。カリバーンのリーダーが直々に頭を下げるんだもの。断る理由はないわね」


リアフェールの回答は、二つ返事だった。
ガバリと頭を上げたエイレンの表情は明るく、彼はお礼を言おうと口を開いたが、社長は気にしなくて良いと言わんばかりに首を横に振る。
そして、おもむろに立ち上がった。


「それじゃあ、クロノくん。みなさんを案内してあげて」
「はい」
「わたくしは、準備をしてきますね」


にこりと微笑んだ社長は、そのまま奥へと消えて行った。
その姿を見送ってから、クロノは立ち上がる。


「行こう。こっちだ」


一声掛けてエントランスを出たクロノの後を、ミント、ナツメ、ビビアンの順で続き、最後にスーツケースを大事に抱えたエイレンが付いて来る。
向かうと言っても、場所はリアフェールの敷地内。本部の裏手にある広場だ。

歩きながらナツメが問い掛けた。


「埋葬って、具体的には何をするの?」
「火葬ですよ。燃やして灰にして、それを埋める」


死体を掘り起こして悪用されないための処置ではあるが、本来魔を払うための手法で紋章術の使い手を埋葬するなど、皮肉も良いところだろう。


「ふうん、火葬ね。もしかして、あれを使うの?」


ナツメが指さしたのは、本部裏に設置された大きな容器の魔道具。
クロノはひとつ頷いた。

ビビアンが物珍しそうに魔道具を見ている。


「見たところ、普通の大釜みたいね」
「まあ、ただの大釜ですからね。魔力や紋章術の耐性があるだけの」


唯一普通じゃない所があるとすればこの大釜の所有者が選ばれるところだろうか。
選ばれた者しか大釜を開けれない、と言えば聞こえは良いが、聞いた話では単純に紋章術の属性による相性らしい。クロノが知っている限りでは、社長のみだ。


「でも、リアフェールは石碑ですよね? 何で大釜を?」
「〝大釜〟の結社と友好条約を結んだ時に交換したものなんだって」


結社名は忘れたけど。と、肩をすくめるクロノ。
彼にしてみれば、そんな名前しか知らない結社の呼び名を忘れた罪悪感よりも、その違和感の理由を聞いたのがミントであることの驚きの方が大きかった。
と、クロノの視界に、見慣れた銀色が見えた。


「シグド」
「ん、クロノか。……と、言うか、カリバーンの連中か」


あからさまに面倒そうな表情を浮かべるシグドに、クロノは苦笑いを返す。

彼にしてみれば、自分たちがリアフェールにいることは違和感でしかないだろう。
それを理解しているからか、エイレンやナツメも下手に騒ぎ立てることをしなかった。


「社長にお願いして、これから、埋葬してもらうんだ」
「誰を」


クロノは答える代わりに、視線をエイレンの持つスーツケースへ向けた。
少年の視線を追うようにシグドの深紫色もそちらを見やる。

二人と目が合ったエイレンが何やら興味津々と言った様子で口を開きかけた時だ。


「あら。シグドくんもいたのね」


リアフェール社長の声が聞こえ、彼らが体ごとそちらへ向き直った。
そして、この場にいた全員が、彼女の隣にいた人物に驚き、固まる。

最初に言葉を発したのは、エイレンだった。


「ソエスト!? 何でここにいるんだ!?」


青年の言葉に、男性は眼鏡を押し上げる。


「彼女が入院した場所が、私の勤め先だからですよ」


淡々と返事をしたソエストは、その視線をスーツケースへと向ける。
だが、彼は何も言及しなかった。


「丁度良いわ。この件が終わったら、クロノくんの腕が感知したか診てもらえるかしら」
「構わないですよ。こちらとしても、少し気掛かりでしたので」


ビビアンとソエストのやり取りに、リアクションを示したのは社長だった。


「みなさん、知り合いだったのね」


説明する手間が省けたわ、と彼女は呟くように続ける。

訪れた時に言っていたもう一人の客人とは、ソエストのことだったようだ。
社長と共に来たと言うことは、セラの埋葬に同席するつもりらしい。


「それじゃあ始めましょう」


その言葉に、エイレンはそっと倒したスーツケースをゆっくりと開いた。

現れたのは紺青色の髪を持つ闇の紋章術師。

彼女は、あの時、あの雪原で〝龍牙〟に殺された時の姿のまま。
その表情は、まるで眠っているかのように穏やかだった。


社長がそっと押し開けた大釜の蓋。彼女に促されるまま、エイレンは抱きかかえた紋章術師の身体をその中へと収める。ぴょこんと大釜の中を覗き込んだナツメが、懐から取り出した犬のぬいぐるみのストラップをその中へと投げ入れる。
ゆっくりと大釜の蓋が閉じられた。


そして――。

目の前で煌々と燃える紅蓮の炎。
その緋色を身に纏うのは、紺青色の髪を持つ闇の紋章術師。

その炎は自然のものではない。
万物を焼き尽くすと言われている、紋章術だ。


「……」


その紋章術を使っている張本人は、燃え盛る炎を見つめ、涙を流していた。

何度も襲撃に遭って、大切な仲間を奪われて、前の本部を失って。
憎くて許せなくて相容れることのない紋章術師だったはすなのに。
それでも社長は、きっと、敵であった彼女の安らかな死を願うのだろう。


「…………」


クロノもまた複雑な思いで燃え盛る炎を見ていた。


 ――あんたはもう、死んだんだな。


ここに来てやっと、クロノはセラの死を現実として認められた。
おもむろに、胸ポケットにある彼女の遺品を、ブレザー越しに触れる。
託されたシガレットケースとそこに込められた遺志が、今の彼には重く感じられた。


「雲ひとつない、綺麗な青空ですね」


ぽつりと、ミントが零した。
その言葉につられるように少年は顔を上げる。

見上げた空は、抜けるような晴天だった。


「……ああ、そうだな」


彼女がその肩に何を背負い、闇を纏った心で何と戦っていたのか。
クロノは何も知らない。

そして彼女は、聖杯に預けた己の信念や想いを誰にも明かすことなく、消えて行った。
それが、セラと呼ばれる紋章術師が選んだ道だった。

全てを焼き尽くす緋色を睨むように見つめ、クロノは祈るように目を閉じた。
託されたものの重さをもう一度確かめる。
そして、声には出さずに吐き出した。


「さよなら」
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