Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
75 / 97
第2章

074

しおりを挟む
燃え尽きた跡に残った遺灰は、聖杯の刻まれた箱に収めらた。
それが埋められたのはガンズの墓の隣だった。

ビビアンやナツメ、エイレンの三人は、未だセラの墓前で手を合わせ、目を閉じている。
彼らほど元上司と関係が深かったわけではないクロノは、早々に墓石へ背を向けた。
墓地の入口には、一部始終を見ていただけの銀髪がいる。


「珍しいな、おまえが最後までいるなんて」


クロノが軽口を叩きながら青年の隣に並べば、彼は至極面倒そうな表情を浮かべた。


「別に、好きでここにいたわけじゃねぇよ」
「じゃあ何で」
「お前に話があるんだ」


視線は交わらないが、彼が真剣であることは口調から伝わってきた。
ビビアンによってこの後の予定を入れられたクロノであったが、当の医者も未だ墓前から動かない様子を見るに、腕の診察はもう少し先になりそうだ。
少しぐらいは自身の都合を優先させても構わないだろう。

そう結論付けたクロノは、二つ返事でシグドの誘いに応じる。
それを確認してからシグドは、こっちだ、と声を掛けて、さっさと本部へ戻って行く。

場所を変えたことに少し驚きながらもクロノは、素直にその背中を追い掛けた。
建物内に入ると、青年はエントランスを通り抜け、真っ直ぐ二階へ向かう。


「そう言えば、お前の連れはどこにいるんだ?」


先導する銀髪に続いて階段を上りながら、リアフェールに来てから一度も見かけていない金髪の女性の話題に出せば、前を歩く青年が肩をすくめる。


「ミラノか? ……さあな。居間にはいないようだし、自分の部屋か図書室だろ、多分」
「多分ってお前……」
「呼べば来るんだ。いちいち居場所なんて気にしたことねえよ」


言いながらシグドはひとつの部屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。
青年に促されるまま入室すれば、どうやらそこは彼の自室らしい。
不意に覚えた懐かしさに、クロノは咄嗟に言葉が出て来なかった。

と言うのも、室内のレイアウトはかつて少年が所属していた頃とまったく同じで、二つ並んだ作業用のデスクを中心にシンメトリーに家具が配置してある。当時二人が相部屋だった時と何も変わっていなかった。


「今も、誰かと相部屋だったのか?」
「こっちに来てからは一人だ」


ドアを閉めたシグドは、自分のベッドに腰掛けながら答える。


「部屋が広くて落ち着かなくてな。結局、この形になった」
「何だそれ」


呆れた笑いを返しながらクロノも、向かい側のベッドに座った。

こうやって向かい合っているとリアフェールにいた頃が思い起こされる。
無意識に浮かんだ感慨深さを誤魔化すように、本題を切り出す。


「それで、話って何だよ?」
「紋章術使ってみろ」


返ってきた言葉は物騒なものだった。
思わず理由を聞こうとしたクロノだったが、何も言わずに口を閉じる。

例え彼の真意を尋ねたところで、良いから使ってみろ、と返って来ることは簡単に予想出来たし、望む答えが得られないのならば押し問答をする意味もない。
わざわざ問わずとも、言われた通り使ってみれば良いだけの話だ。


ひとつ深呼吸をして、クロノは紋章術を発動させるべく、意識を集中させる。

だが。


「え?」


魔力は収束されなかった。
紋章術が使えない。

クロノは思わず、自身の手のひらを見つめた。


鍵の異空間でも結果として同じように紋章術が使えなかったが、それとは感覚が違う。
あの空間では紋章術の発動を制限されているように思えた。だが、今の状況はもっと根本的な部分に問題があるような、そんな気がした。


「ミラノが言ってた通りだったか」


シグドは一人納得した様子だ。
その言葉を額面通りに受け取るなら、彼はこの現象の答えを知っていることになる。


「どういうことだよ?」


睨むように問うたクロノの口調は詰問に近い。
知っていることを洗いざらい話せと言わんばかりの物言いに、シグドは沈黙を返した。
無視したわけではないらしく、言葉を探すような思案顔をしていたが、ややあって、おもむろに口を開く。


「耳鳴りが聞こえたって言ってた」
「は?」
「ミラノが言ってたんだ、紋章術を壊されたんじゃないかってさ」


シグドの答えは、どこかクロノの疑問と噛み合わないものに思えた。
理解が追い付かず言葉を失った少年に、青年は言葉を続ける。


「紋章術ってのは、その魔力や特性が使い手の血液と同化してるって話だ。だから、血液だけでも、微弱ではあるが持ち主の紋章術を使えるらしい」
「……」
「で、その血液を使えば紋章術を直接攻撃することも出来るんだと」


彼の言葉は理解しにくいものだったが、クロノには心当たりがありすぎた。

リアフェール抗戦後、ガンズとの戦闘で負った傷を癒合した医者。研究員の肩書を持つその男性が、治療ついでに血液の付いた包帯を持ち帰ったではないか。クロノの血液が、今回の件と関連があるかはわからないが、彼が語る情報は真実味がある。


「……つまり。俺は、あの時、紋章術を攻撃されたってことになるのか」


思わずクロノは頭を抱えた。

紋章術への直接攻撃。
改めて言葉にすると、とても間抜けな話ではないだろうか。


「こんだけ時間が経っても直ってないんだ、よっぽどお前と相性が悪かったんだろうな」


シグドが、呆れ半分と言った口調で呟いた。

それにしても一体、何に対する相性なのだろう。慣れない慰めの言葉を口にした旧友へ、クロノは弱々しい苦笑いを返した。
そしてクロノは、この部屋の空気と自身の気分を変えようと、努めて明るく喋る。


「でも、紋章術が使えなくても、俺はまだ使い手だ」


一時的に使用不能になっているだけで、失ったわけではない。
紋章術が直接攻撃を喰らう状況など想像もしていなかったが、要はクロノではなく紋章術自体が重傷を負っているわけで、なら、傷が癒えればまた使えるようになるはずだ。


「俺がまだ使い手なら、ここで投げ出すわけにはいかないだろ」


諦めの悪さは自覚している。
それでも、クロノにとって紋章術が使えないことは、それほどマイナスではなかった。鍵の異空間でも紋章術は使えないし、そもそも、それほど紋章術に頼った戦い方はしていない。


「シグド、頼みたいことがあるんだ」


彼の身を案じてか、単純に呆れたのか、シグドは何も言わなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...