Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

075

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幼馴染みの沈黙を肯定と取って、少年は言葉を続ける。


「俺が紋章術を使えないってことは内緒にしてほしい」


余計な心配を掛けたくないし、戦力外扱いされたらたまったもんじゃないだろ。
なんて言い訳を並べるクロノだったが、それは平然とついた嘘である。少年の本心は、弱点ともなる情報を知られたくないのだ。


 ――本当、どうしよっかな……。


黙っている気満々ではあるが、隠し通すのは簡単ではない。
察しの良いビビアンはもちろんだが、それ以上に、行動を共にするミントに対しては慎重にならざるを得ない。何しろ彼女には、それで泣かれた前科があるのだ。あの時の二の舞だけは避けたいクロノだったが、そうなると下手な誤魔化しや取り繕いは逆効果になりそうだ。

どうやって上手く立ち回るか。
仮にも同じ結社の仲間を、いかに欺こうかという思案に表情を暗くしたクロノは、不意にグラールに所属していた頃のことを思い出した。

守るものも顧みるものも作らず、ただひたすら上に言われるまま働いていた当時。
グラールでは、特別な感情も負い目も、必要なかった。感じてはいけないんだと戒めていた所為もあるだろうが、そもそも、そんなもの求められていなかった。あの結社では、実力と成果だけが全てだから。

その方が、ある意味楽だったのかもしれない。
元々人を遠ざけたがる節のあるクロノだ。長い付き合いのある幼馴染みはともかく、成り行きで知り合った仲間相手に、自身の急所を預けるような真似は出来ない。そんな簡単に自身の領分を譲れるほど堅実になれなかった。

そんな少年の思案を察したのだろう。シグドは呆れも露わに言い放った。


「いい加減グラールから離れろ」


提案と言うよりも命令みたいな口調だった。
彼の口から出てきたグラールの単語に、クロノは思わず言葉に詰まった。


「お前、いつまでグラールにいるんだよ。お前にとって、あの連れが必要なんだろ。だったら、うだうだ考えんな」


必要なことは必要なだけ話せばいい、と。
聞き分けのない悪ガキを律するみたいに、語調も強く言い足された。

だが、対するクロノは納得がいかない様子だ。


「他人事だと思ってないか?」
「お前が主観的すぎんだよ。一度くらい、他人の身になって考えてみろ」


射抜くような深紫色の目が向けられる。
お前に主観的なんて言われたら終わりだ、と普段のクロノなら表情を歪めただろう。

だが、彼は何も言わなかった。
青年の声がいつになく真剣さを帯びていたことが、クロノを黙らせていた。

責めるようでも、諭すようでもある、静かな眼差し。
ひどく覚えがあったのだ。

あの時、グラールの要求に抗う姿勢をみせたリアフェールに賛同した。
迷いなく頷いてみせた。
内通者から事前に忠告を受けていたこともあり、既に囮になる決心をしていた、あの時。
隣で社長の話を聞いていたシグドが、ふと向けてきた視線をずっと忘れられずにいた。

お互いに付き合いの長い相手だ。クロノが何をしようとしているかまではわからずとも、何かをしようとしていたことだけは、どこかで察していたのかもしれない。


会話の途切れた部屋。

ため息とも深呼吸ともとれる息をついて、クロノはゆっくりとシグドを見やる。


「わかりたくないんだ。俺は、心まで守れないから」


いつだってそうだった。

クロノは、大切なものを守るために必要なら、自身がどうなろうと構わなかった。
いや、良くはないのだろう。
ただクロノはいつだって、守りたいものを全部守れるほど、強くない。


「それは、お前に自信が足りてないだけだろ」
「…………」


ぞんざいな言い草だった。
シグドなりの優しさかフォローだったのかもしれない。
だが、クロノは何だか空しくなってきた。おもむろに金髪を落とした少年に、ベッドのスプリングだけが腑抜けた返事をした。

ちょうどその時だ。
ノックの音が響いた。

クロノはともかくとして、自室への訪問者だというのに返事もしないシグド。
しばらく放っておくと、扉が控えめに開かれた。


「失礼します。そろそろおいとまさせて頂きたいので、お怪我の具合を――」


訪問者が、不意に言葉を切る。
少年たちがかもし出す、微妙な雰囲気を感じ取ったのかもしれない。
純粋に親しげとは言えなさそうな空気に、ソエストは両者の顔を無表情に見やった。


「……これは。お邪魔でしたでしょうか」
「変な言い方するな」
「入ってくんな」


示し合わせたみたいに、同時にはね付けたクロノたち。
だが、眼鏡の男は意に介した様子もない。
彼の薄い愛想笑いは、患者の病室に訪れる際のそれだ。


「お話中に申し訳ありません。ただ、私は度々術師結社に伺うようなことは出来かねますので。後日、病院にご足労頂けるのでしたら、結構ですが」


いかがなさいますか、とレンズ越しの優しげな目付きがクロノに向けられる。
一応、シグドの威嚇には応じたらしい。彼は部屋の外に立ったままだ。

完全無欠の微笑を、ペテン師でも見るみたいな顔で眺めていたクロノだが、さっさと行け、というシグドの目配せがあった。
少年は、渋い表情で立ち上がる。


「……こっちだって、普通の病院を自由に出入りできる立場じゃないですよ」
「もちろんご来院の際には、配慮いたします」


今更だが、紋章術の使い手は基本的に、医療施設とは疎遠になりがちだ。
風邪や体調不良ならまだしも、結社の仕事で大怪我をした場合は、普通の病院にかかるわけにもいかない。下手をすれば通報されかねないし、一般人にいらぬ警戒心を抱かせるはめになるからだ。


「では、空き部屋があるそうなので、そちらへ」


言うだけ言ったとばかりに、踵を返したソエスト。
クロノは不機嫌そうなシグドの面持ちを一瞥すると、男の後に続いて部屋を出た。
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