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第2章
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外界から孤立したかのように静かだった資料室に、どたばたと足音が近付いてきた。
「ソエストー!! おーい、どこだ、白衣フェチ!」
部屋中の資料が崩落するんじゃないかという大音声が、壁際に迫ってきた。
しかも、片っ端から個室を開けて回っているらしい。
ばたばたと扉を開閉するような音とともに、騒音は徐々に近寄ってくる。
どうしてわざわざこのタイミングでやってくるのか。
心なしか顔色を悪くしたクロノと、黙って眼鏡をかけ直したソエスト。
大声の主は、ついにクロノたちの資料室を開け放った。
殴り込み同然の勢いで、目にもうるさい赤髪が飛び込んでくる。
「見つけたぞ、ソエスト! 話があるから、すたこらさっさと治療を済ませろと言っただろう! 忘れたとは言わせないぞ」
騒音被害をまき散らしながら、資料室の静粛をぶち壊したエイレン。
名指しされた本人は、どう見ても嫌々といった様子で答える。
「これは。すっかり失念して――」
「あ! お前また眼鏡を新しくしたな? またいじめっ子にレンズを割られたんだな!? ソエスト、仕事場でパワハラを受けているなら、ちゃんとオレにチクるんだぞ! このオレがローソクを据えておいてやるからな!」
しんとだんまりを返したソエスト。
クロノはエイレンに塞がれた唯一の脱出口を、忌々しげに見やった。何せ、ソエストが私怨を抱いている相手――クロノが推測した人間が、まさにこの場に来てしまったのだ。
エイレンだ。
彼の他に誰がいるだろう。
彼の口が軽い所為でソエストは相当な迷惑を被った訳だし、何と言ってもエイレンはセラを葬った張本人なのだ。彼女の死に対して、特別執着を見せるでも、感情的になるでもないソエストだが、その底無しの無味乾燥さが、クロノには逆に恐ろしく思えた。
やはり、血縁関係はないとはいえ、家族が殺されて平然としているのはおかしい。
それも殺した相手が目の前にいるというのに、何の言及もなしに会話している不自然さ。
クロノも他人のことを言える口ではないが、開けっ広げに向けられる殺意よりも、内に秘めた敵意の方がよほど危険な性質だ。
一体どういうつもりで、エイレンと言葉を交わしているのか。
知りたくもない。……知る前に、この部屋を出る必要があるのだ。
ソエストから視線を外さないまま、椅子から立つクロノ。
肝心のエイレンはというと、なんの疑いもなしに、ずかずか部屋に入ってきた。
「おぉ、クロノ! どうだ、縫い後は元通りになったか? ソエストは、医師免許は持ってないが、使い手の治療なら右にも左にも上下にも、三六0度出る奴はいないからな!」
何かおかしなことが聞こえたような気もしたが、クロノは聞かなかったことにした。
あやふやに頷きながら、さり気なくエイレンと入れ違いに外へ向かう。
が、その腕がエイレンの片手に引き止められた。
「ちょうど良かった。クロノ、お得意の営業ショットガントークで、こいつを言いくるめてやってくれ! ソエストの奴、オレの懸命なアドバイスをことごとく無視するからな。まるで白馬の耳におまじないを聞かすようだぞ!」
「いや、俺は治療も終わったし――」
「またそのお話ですか。こう同じ話題ばかり繰り返されては、貴方との会話に飽きてしまいそうなのですが」
ソエストの冷々たる声音が向けられた。
「飽きたなら素直に頷くんだぞ。もう術師結社やら実験施設から手を引っこ抜け、ソエスト」
対するエイレンもまた、普段のがむしゃらな言い振りは窺えない。
着火された導火線を見るような気分で、クロノは二人を見やった。
「何度申し上げたらよろしいでしょうか。貴方には貴方の主義があり、私には私の主義がある。ただそれだけのことが、ご理解頂けないようなのですが」
「だから、お前がそのオレのモットーに威嚇射撃するようなことばかりするから、けしからんと言ってるんだぞ!」
ソエストは埒が明かないと言わんばかりに、話し相手から顔を背けた。
医療用具を詰めたバッグを片手に、すくりと立ち上がる。
「ソエスト。頼むから、もう術師結社と絶交してくれ」
「お断りします」
「それじゃあ、リラだけでも解放してやってくれ」
「出来かねます」
必死の形相の青年を通り越して、資料室を後にしようとするソエスト。
しかし、エイレンは扉の前に転がるみたいに回り込むと、後ろ手にドアを閉め切る。
両手を広げて、彼の前に立ち塞がった。
「今日こそは逃がさないぞ! オレはお前と直接、じっくりゆっくり話すために、怪我までしようかと思ってたんだからな!」
そうだろクロノ! と知りもしない企みについて同感を求められたが、それは少年の耳を通り抜けていた。
ソエストもろとも閉じ込められた。
思わず窓に目線を飛ばすクロノ。
大量の書物が、カーテンの落ちた窓ガラスを覆っているのが見えた。外には出られない。
「……通して頂けませんか」
「ダメだ。お前はすぐ親戚が危篤だとか、急患にはフィアンセがいるとか言ってまんまと逃げ出すが、今度はそうはいかないぞ」
「今日は私の恋人の命日なのですが」
「何だと?!」
どうせ一言一句嘘なのだろうが、本気にしたらしいエイレンは、壁に突っ張って耐えた。
非難するみたいに突き刺さる銀縁の視線にも、頑として首を横に振る。
「いやいや、ダメだっ。心を鬼畜にして、悪魔にして、お前には今日こそオレのお願いを聞いてもらうぞ。セラに誓ってだ!」
びしりと人差し指をソエストに突き付ける。
彼等にとっては地雷どころではないだろう名前が、これ見よがしに言い放たれた訳だ。
が、やはりソエストは顔色を変えなかった。
「ソエストー!! おーい、どこだ、白衣フェチ!」
部屋中の資料が崩落するんじゃないかという大音声が、壁際に迫ってきた。
しかも、片っ端から個室を開けて回っているらしい。
ばたばたと扉を開閉するような音とともに、騒音は徐々に近寄ってくる。
どうしてわざわざこのタイミングでやってくるのか。
心なしか顔色を悪くしたクロノと、黙って眼鏡をかけ直したソエスト。
大声の主は、ついにクロノたちの資料室を開け放った。
殴り込み同然の勢いで、目にもうるさい赤髪が飛び込んでくる。
「見つけたぞ、ソエスト! 話があるから、すたこらさっさと治療を済ませろと言っただろう! 忘れたとは言わせないぞ」
騒音被害をまき散らしながら、資料室の静粛をぶち壊したエイレン。
名指しされた本人は、どう見ても嫌々といった様子で答える。
「これは。すっかり失念して――」
「あ! お前また眼鏡を新しくしたな? またいじめっ子にレンズを割られたんだな!? ソエスト、仕事場でパワハラを受けているなら、ちゃんとオレにチクるんだぞ! このオレがローソクを据えておいてやるからな!」
しんとだんまりを返したソエスト。
クロノはエイレンに塞がれた唯一の脱出口を、忌々しげに見やった。何せ、ソエストが私怨を抱いている相手――クロノが推測した人間が、まさにこの場に来てしまったのだ。
エイレンだ。
彼の他に誰がいるだろう。
彼の口が軽い所為でソエストは相当な迷惑を被った訳だし、何と言ってもエイレンはセラを葬った張本人なのだ。彼女の死に対して、特別執着を見せるでも、感情的になるでもないソエストだが、その底無しの無味乾燥さが、クロノには逆に恐ろしく思えた。
やはり、血縁関係はないとはいえ、家族が殺されて平然としているのはおかしい。
それも殺した相手が目の前にいるというのに、何の言及もなしに会話している不自然さ。
クロノも他人のことを言える口ではないが、開けっ広げに向けられる殺意よりも、内に秘めた敵意の方がよほど危険な性質だ。
一体どういうつもりで、エイレンと言葉を交わしているのか。
知りたくもない。……知る前に、この部屋を出る必要があるのだ。
ソエストから視線を外さないまま、椅子から立つクロノ。
肝心のエイレンはというと、なんの疑いもなしに、ずかずか部屋に入ってきた。
「おぉ、クロノ! どうだ、縫い後は元通りになったか? ソエストは、医師免許は持ってないが、使い手の治療なら右にも左にも上下にも、三六0度出る奴はいないからな!」
何かおかしなことが聞こえたような気もしたが、クロノは聞かなかったことにした。
あやふやに頷きながら、さり気なくエイレンと入れ違いに外へ向かう。
が、その腕がエイレンの片手に引き止められた。
「ちょうど良かった。クロノ、お得意の営業ショットガントークで、こいつを言いくるめてやってくれ! ソエストの奴、オレの懸命なアドバイスをことごとく無視するからな。まるで白馬の耳におまじないを聞かすようだぞ!」
「いや、俺は治療も終わったし――」
「またそのお話ですか。こう同じ話題ばかり繰り返されては、貴方との会話に飽きてしまいそうなのですが」
ソエストの冷々たる声音が向けられた。
「飽きたなら素直に頷くんだぞ。もう術師結社やら実験施設から手を引っこ抜け、ソエスト」
対するエイレンもまた、普段のがむしゃらな言い振りは窺えない。
着火された導火線を見るような気分で、クロノは二人を見やった。
「何度申し上げたらよろしいでしょうか。貴方には貴方の主義があり、私には私の主義がある。ただそれだけのことが、ご理解頂けないようなのですが」
「だから、お前がそのオレのモットーに威嚇射撃するようなことばかりするから、けしからんと言ってるんだぞ!」
ソエストは埒が明かないと言わんばかりに、話し相手から顔を背けた。
医療用具を詰めたバッグを片手に、すくりと立ち上がる。
「ソエスト。頼むから、もう術師結社と絶交してくれ」
「お断りします」
「それじゃあ、リラだけでも解放してやってくれ」
「出来かねます」
必死の形相の青年を通り越して、資料室を後にしようとするソエスト。
しかし、エイレンは扉の前に転がるみたいに回り込むと、後ろ手にドアを閉め切る。
両手を広げて、彼の前に立ち塞がった。
「今日こそは逃がさないぞ! オレはお前と直接、じっくりゆっくり話すために、怪我までしようかと思ってたんだからな!」
そうだろクロノ! と知りもしない企みについて同感を求められたが、それは少年の耳を通り抜けていた。
ソエストもろとも閉じ込められた。
思わず窓に目線を飛ばすクロノ。
大量の書物が、カーテンの落ちた窓ガラスを覆っているのが見えた。外には出られない。
「……通して頂けませんか」
「ダメだ。お前はすぐ親戚が危篤だとか、急患にはフィアンセがいるとか言ってまんまと逃げ出すが、今度はそうはいかないぞ」
「今日は私の恋人の命日なのですが」
「何だと?!」
どうせ一言一句嘘なのだろうが、本気にしたらしいエイレンは、壁に突っ張って耐えた。
非難するみたいに突き刺さる銀縁の視線にも、頑として首を横に振る。
「いやいや、ダメだっ。心を鬼畜にして、悪魔にして、お前には今日こそオレのお願いを聞いてもらうぞ。セラに誓ってだ!」
びしりと人差し指をソエストに突き付ける。
彼等にとっては地雷どころではないだろう名前が、これ見よがしに言い放たれた訳だ。
が、やはりソエストは顔色を変えなかった。
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