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第2章
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エイレンの後頭部に、銃口が突き付けられていた。
頭に当てられた、硬い感触の意味を悟ったらしい。
エイレンが放心したように固まる。
「……ソエ、スト?」
――だから、もういいって言っただろ。
クロノは疲弊感を覚えた。
今度は冗談で済まされる問題ではない。
しかし、鈍色の拳銃を片手に握るソエストは、水鉄砲でも構えているみたいな何食わぬ顔だ。
どこがどう〝ただの医者〟なのか。少年は改めて説明を求めたくなった。
「参りましたね。ここまでするつもりはなかったのですが。私としては、貴方方とは親しい仲でありたいので」
「あんた、状況分かってて言ってるのか」
問い掛けた声の冷静さに、クロノは我ながら苦笑したい気分になった。
銃を突き付けられた青年と、突き付ける青年。両者を横様に捉える形で、一応エイレンの身の安全を考えて、一歩も動かずに周囲へ紅色の瞳を走らせる。
部屋中に積まれた資料の塔。
体当たりしてソエストに向かって派手に崩せば、注意を逸らすことは可能だ。上手くいけば、一定時間行動を制限することも出来るだろう。……だが、拳銃は指一本で相手に致命傷を負わせられる凶器であり、発砲するのには一瞬あれば事足りる。
銃は、紋章術にも引けをとらない、反則的凶器なのだ。
失敗したら、結末は悲劇だろう。
それに、書類が降ってきた拍子に、うっかり引き金を引かないとも限らない。
かといって、正攻法で取り押さえるには距離がありすぎるという、この状況。
下手に動けないな、と。
エイレンには悪いが、クロノはやはり動揺なく思った。
「……ソエスト。怒らせたか? こんなになるまで我慢してたんだな。すまない、オレは何て慰めてやったら良いのか――」
「ご理解頂ければ結構です。貴方が私の邪魔立てをなさらないと、誓って下さるのならね」
真意はともかくとして、普通ならふたつ返事で了承するところだ。
しかし、この期に及んで何故か黙り込んだエイレン。
クロノは嫌な予感がした。
「それとこれとはお話が別だぞ。オレだって、大事な友だちの手を汚したくはないが、そのために、十二時に解ける魔法のような嘘をつくことは、オレのモットーに反することだからな」
予感的中だった。
ソエストが譲歩の姿勢を見せたというのに、馬鹿正直に否定してしまった。
何やってるんだ、というのがクロノの本音だった。
どこまで頭の悪い人間なのか。
それとも、相手が引き金を引かない善人であると信じ切っているのか。
呆気にとられている少年を尻目に、医者は悠々と片手を眼鏡にやる。
「ご心配には及びません。私は人体実験に関わった時点で、汚れ切っていますので」
もしかすると、相手に背を向けたままだから、エイレンは事態を正確に認識できていないのではないのか。
どう見ても、ソエストは本気だ。一般人が紋章術の使い手に向かって武器を突き付けているのだから、リスクなら覚悟の上なのだろう。
単なるハッタリでないことは明らかだし、何より、彼ならばテレビのリモコンでも押すくらいの呆気なさで、トリガーを引ける。それも、確実な殺意を持って。
だがそれと同時に、彼の行動がしつこく引き止められた末の、仕方ない凶行のように見えたのも事実だった。
「あんたが許せない相手って、エイレンのことか」
「…………」
「なんの話だ? ソエスト、お前……」
彼の裾を掴んでいた手が、するりと下ろされた。
ようやく自分の所業と、相手の意を理解したようだった。
エイレンは、まるで信じられないものでも見たみたいに、壊れそうな表情を浮かべた。
どうしてその結論に、もっと早く行き着かないのだろう。
いい加減に、クロノは医者に代わって、その横っ腹に回し蹴りでも食らわせたい気分にすらさせられたが、この場で、最も耐え難い憤慨を覚える筈の当人は、やけに静かだった。
「セラは、瀕死状態だった貴方の生死を私に一任したのでしょう。検体だけ頂戴して、見殺しにすることも考えましたが……微力でも彼女の抑止力になるならと死に損なわせてしまった」
「そ、ソエスト――」
「認めざるを得ません。貴方を生かしたのは、完全に私個人の判断ミスです」
ソエストは銃口を宛がえたまま、微動だにしない。
仕事の報告を思わせる、冷めた口振り。
理知的な銀縁の眼差しが、拳銃とエイレンを捉えている。
「オレを……憎んでるのか? セラが殺されたから……?」
震える声で呟くエイレン。
何を思ったのか、ソエストは自嘲にも似た微笑を、口際に貼り付けた。
「そう申し上げれば、的になって下さいますか」
彼の口調は、平凡な会話に相槌をうつそれだった。
立ち尽くすエイレンの後頭部で、冷たい鈍色が黒光りした。
まるで気まぐれのように、引き金へ力が込められる――瞬間。
鈍い金属音が響いた。
貫くように、銃身へ投げ付けられたナイフ。
衝撃でわずかに照準が逸らされたと同時、凶器を握るその手を、靴底が薙ぎ払った。
「――っ!」
がしゃりと耳につく音を立て、拳銃が壁際へと弾け飛ぶ。
空中で回転したナイフが、床に突き刺さった。
「リアフェール本部で面倒事起こすなよ」
二人のこう着状態に割って入った少年。
クロノは、射抜くような眼光をソエストに向けた。
男は苦々しい表情で、蹴り飛ばされた腕を押さえながら、手放した凶器を見やる。
だが、その顔は、武器を奪われて追い詰められたというよりも、仕様もない悪戯を咎めるような困惑が混じっていた。
「もう少々、丁重に扱って頂かないと……」
独り言も同然の呟きだ。
てっきり、想定外の襲撃に焦りを見せるだろうと思っていたクロノは、拍子抜けした。
何を言っているのか、と問い掛ける直前。
異変に気付いた。
埃と古い書物の香りがこもった資料室に、壁際からふわりと立ち込める不可視のもの。
「――まさか」
クロノは床に転がった銃を、つと見やる。
思えば、拳銃が木製の床に叩き付けられたにしては、不自然な物音がしなかっただろうか。
徐々に歪み始めた視界。
そのめまいを伴う脱力感に、少年は覚えがあった。
ごまかすように、ぐっと足に力を込めて立ち続けるクロノだったが、ソエストは、彼の前を素通りすると、部屋の隅に転がった銃へと歩み寄った。
動けずにいるエイレンとクロノの前で、易々とそれを拾い上げて見せる。
「やってくれましたね。手荒になさるから、弾丸の内容物が漏れ出してしまいましたよ」
手間をかけたのですが、と。
壊れたオモチャを見るみたいな仕草で、拳銃を手中に転がす。
「リラの毒か。あんた、そんな厄介なもの、使い手に向かって撃つつもりだったのか……!」
「とはいえ、脳を撃ち抜けば、毒される間もなく死んでしまいますがね。これはジェネラルなりの護身用銃器ですよ」
クロノの背後で、どさりと重たい物音がした。
振り返ると、エイレンが声もなく床に突っ伏している。
以前、クロノが浴びせられた毒よりも濃度が勝るのだろうか。
意識を失ったのかもしれない。
それにしても、毒が漏れ出した距離から察するに、至近距離にいるクロノの方が、先に倒れそうなものなのだが。
どちらにせよ、これは護身用の域を超えている。
ぐらぐらと覚束ない浮遊感の中で、ソエストの平淡な説明口調は続く。
「申し遅れました。ゼロ番の血は使い手に有害なものですが、単にそのまま用いたのでは紋章術を破壊するまでには至りません。紋章術を無力化するには、その使い手の血液から抽出した魔導反応に合わせて、調整を施す必要がありまして」
「それがなんだって言うんだっ」
「……この毒は、そこの彼の血液を基に生成したものです。必要材料なら、死に損なわせた際に頂きましたのでね。貴方は体調不良ほどで済むでしょうが――このままでは、結社のリーダーが半ジェネラルに成り下がってしまうのでは?」
涼しげな顔で眼鏡を押し上げると、さも親身な忠告をするかのように、倒れたエイレンを見やるソエスト。
つまり、クロノから紋章術を奪ったあの毒は、少年自身の血液を基に作られたということだ。
少年は心底後悔した。専門知識がなかったとはいえ、彼は怪我の縫合にやってきたその男に、包帯に付いた自分の血液を渡してしまっていた。
さらには、付着した血液から短期間で作った毒と、事前に採取した血液から長期間を費やして作った毒。後者が及ぼす害の方が、恐らく甚大だろう。
エイレンが倒れたのもその所為なのかもしれない。
クロノのみならず、このままエイレンまで紋章術を失ってしまったのでは話にならない。
これ以上カリバーンの戦力が減ることは、組織の存続に関わりかねないのだ。
結社への忠誠心うんぬんはともかく、カリバーンが術師結社として機能しなくなってしまうことは、今のクロノにとってデメリットだ。
「くそっ……」
彼はとっさにエイレンの足を掴むと、引きずって部屋から摘まみ出そうとする。
だが、少年もまた、この閉め切られた密室でリラの毒にあてられてしまった身だ。
脱力した全身では、青年の体を動かすことはかなわない。
ついに、力なく膝を突いた。
ソエストは、同情も優越感もない機械的な目付きでそれを見下ろすなり、さっと踵を返した。
ドアの取っ手を手に、声だけを少年等に向ける。
「冗談が過ぎました。濃度は強めですが、直接浴びせた訳ではありませんので、彼の紋章術の破壊は未遂でしょう。とはいえ、その代わりに何が起こるのか……間近で観測できないのが、残念でなりません」
健康不良か、記憶障害か。
関心もなさそうな呟きをひとつふたつ残しながら、男が扉を開く。
明滅する視界と、靄がかかったようにかすんだ意識の向こう側。
クロノは成す術もなく、ただ遠ざかる靴音を聞いていた。
頭に当てられた、硬い感触の意味を悟ったらしい。
エイレンが放心したように固まる。
「……ソエ、スト?」
――だから、もういいって言っただろ。
クロノは疲弊感を覚えた。
今度は冗談で済まされる問題ではない。
しかし、鈍色の拳銃を片手に握るソエストは、水鉄砲でも構えているみたいな何食わぬ顔だ。
どこがどう〝ただの医者〟なのか。少年は改めて説明を求めたくなった。
「参りましたね。ここまでするつもりはなかったのですが。私としては、貴方方とは親しい仲でありたいので」
「あんた、状況分かってて言ってるのか」
問い掛けた声の冷静さに、クロノは我ながら苦笑したい気分になった。
銃を突き付けられた青年と、突き付ける青年。両者を横様に捉える形で、一応エイレンの身の安全を考えて、一歩も動かずに周囲へ紅色の瞳を走らせる。
部屋中に積まれた資料の塔。
体当たりしてソエストに向かって派手に崩せば、注意を逸らすことは可能だ。上手くいけば、一定時間行動を制限することも出来るだろう。……だが、拳銃は指一本で相手に致命傷を負わせられる凶器であり、発砲するのには一瞬あれば事足りる。
銃は、紋章術にも引けをとらない、反則的凶器なのだ。
失敗したら、結末は悲劇だろう。
それに、書類が降ってきた拍子に、うっかり引き金を引かないとも限らない。
かといって、正攻法で取り押さえるには距離がありすぎるという、この状況。
下手に動けないな、と。
エイレンには悪いが、クロノはやはり動揺なく思った。
「……ソエスト。怒らせたか? こんなになるまで我慢してたんだな。すまない、オレは何て慰めてやったら良いのか――」
「ご理解頂ければ結構です。貴方が私の邪魔立てをなさらないと、誓って下さるのならね」
真意はともかくとして、普通ならふたつ返事で了承するところだ。
しかし、この期に及んで何故か黙り込んだエイレン。
クロノは嫌な予感がした。
「それとこれとはお話が別だぞ。オレだって、大事な友だちの手を汚したくはないが、そのために、十二時に解ける魔法のような嘘をつくことは、オレのモットーに反することだからな」
予感的中だった。
ソエストが譲歩の姿勢を見せたというのに、馬鹿正直に否定してしまった。
何やってるんだ、というのがクロノの本音だった。
どこまで頭の悪い人間なのか。
それとも、相手が引き金を引かない善人であると信じ切っているのか。
呆気にとられている少年を尻目に、医者は悠々と片手を眼鏡にやる。
「ご心配には及びません。私は人体実験に関わった時点で、汚れ切っていますので」
もしかすると、相手に背を向けたままだから、エイレンは事態を正確に認識できていないのではないのか。
どう見ても、ソエストは本気だ。一般人が紋章術の使い手に向かって武器を突き付けているのだから、リスクなら覚悟の上なのだろう。
単なるハッタリでないことは明らかだし、何より、彼ならばテレビのリモコンでも押すくらいの呆気なさで、トリガーを引ける。それも、確実な殺意を持って。
だがそれと同時に、彼の行動がしつこく引き止められた末の、仕方ない凶行のように見えたのも事実だった。
「あんたが許せない相手って、エイレンのことか」
「…………」
「なんの話だ? ソエスト、お前……」
彼の裾を掴んでいた手が、するりと下ろされた。
ようやく自分の所業と、相手の意を理解したようだった。
エイレンは、まるで信じられないものでも見たみたいに、壊れそうな表情を浮かべた。
どうしてその結論に、もっと早く行き着かないのだろう。
いい加減に、クロノは医者に代わって、その横っ腹に回し蹴りでも食らわせたい気分にすらさせられたが、この場で、最も耐え難い憤慨を覚える筈の当人は、やけに静かだった。
「セラは、瀕死状態だった貴方の生死を私に一任したのでしょう。検体だけ頂戴して、見殺しにすることも考えましたが……微力でも彼女の抑止力になるならと死に損なわせてしまった」
「そ、ソエスト――」
「認めざるを得ません。貴方を生かしたのは、完全に私個人の判断ミスです」
ソエストは銃口を宛がえたまま、微動だにしない。
仕事の報告を思わせる、冷めた口振り。
理知的な銀縁の眼差しが、拳銃とエイレンを捉えている。
「オレを……憎んでるのか? セラが殺されたから……?」
震える声で呟くエイレン。
何を思ったのか、ソエストは自嘲にも似た微笑を、口際に貼り付けた。
「そう申し上げれば、的になって下さいますか」
彼の口調は、平凡な会話に相槌をうつそれだった。
立ち尽くすエイレンの後頭部で、冷たい鈍色が黒光りした。
まるで気まぐれのように、引き金へ力が込められる――瞬間。
鈍い金属音が響いた。
貫くように、銃身へ投げ付けられたナイフ。
衝撃でわずかに照準が逸らされたと同時、凶器を握るその手を、靴底が薙ぎ払った。
「――っ!」
がしゃりと耳につく音を立て、拳銃が壁際へと弾け飛ぶ。
空中で回転したナイフが、床に突き刺さった。
「リアフェール本部で面倒事起こすなよ」
二人のこう着状態に割って入った少年。
クロノは、射抜くような眼光をソエストに向けた。
男は苦々しい表情で、蹴り飛ばされた腕を押さえながら、手放した凶器を見やる。
だが、その顔は、武器を奪われて追い詰められたというよりも、仕様もない悪戯を咎めるような困惑が混じっていた。
「もう少々、丁重に扱って頂かないと……」
独り言も同然の呟きだ。
てっきり、想定外の襲撃に焦りを見せるだろうと思っていたクロノは、拍子抜けした。
何を言っているのか、と問い掛ける直前。
異変に気付いた。
埃と古い書物の香りがこもった資料室に、壁際からふわりと立ち込める不可視のもの。
「――まさか」
クロノは床に転がった銃を、つと見やる。
思えば、拳銃が木製の床に叩き付けられたにしては、不自然な物音がしなかっただろうか。
徐々に歪み始めた視界。
そのめまいを伴う脱力感に、少年は覚えがあった。
ごまかすように、ぐっと足に力を込めて立ち続けるクロノだったが、ソエストは、彼の前を素通りすると、部屋の隅に転がった銃へと歩み寄った。
動けずにいるエイレンとクロノの前で、易々とそれを拾い上げて見せる。
「やってくれましたね。手荒になさるから、弾丸の内容物が漏れ出してしまいましたよ」
手間をかけたのですが、と。
壊れたオモチャを見るみたいな仕草で、拳銃を手中に転がす。
「リラの毒か。あんた、そんな厄介なもの、使い手に向かって撃つつもりだったのか……!」
「とはいえ、脳を撃ち抜けば、毒される間もなく死んでしまいますがね。これはジェネラルなりの護身用銃器ですよ」
クロノの背後で、どさりと重たい物音がした。
振り返ると、エイレンが声もなく床に突っ伏している。
以前、クロノが浴びせられた毒よりも濃度が勝るのだろうか。
意識を失ったのかもしれない。
それにしても、毒が漏れ出した距離から察するに、至近距離にいるクロノの方が、先に倒れそうなものなのだが。
どちらにせよ、これは護身用の域を超えている。
ぐらぐらと覚束ない浮遊感の中で、ソエストの平淡な説明口調は続く。
「申し遅れました。ゼロ番の血は使い手に有害なものですが、単にそのまま用いたのでは紋章術を破壊するまでには至りません。紋章術を無力化するには、その使い手の血液から抽出した魔導反応に合わせて、調整を施す必要がありまして」
「それがなんだって言うんだっ」
「……この毒は、そこの彼の血液を基に生成したものです。必要材料なら、死に損なわせた際に頂きましたのでね。貴方は体調不良ほどで済むでしょうが――このままでは、結社のリーダーが半ジェネラルに成り下がってしまうのでは?」
涼しげな顔で眼鏡を押し上げると、さも親身な忠告をするかのように、倒れたエイレンを見やるソエスト。
つまり、クロノから紋章術を奪ったあの毒は、少年自身の血液を基に作られたということだ。
少年は心底後悔した。専門知識がなかったとはいえ、彼は怪我の縫合にやってきたその男に、包帯に付いた自分の血液を渡してしまっていた。
さらには、付着した血液から短期間で作った毒と、事前に採取した血液から長期間を費やして作った毒。後者が及ぼす害の方が、恐らく甚大だろう。
エイレンが倒れたのもその所為なのかもしれない。
クロノのみならず、このままエイレンまで紋章術を失ってしまったのでは話にならない。
これ以上カリバーンの戦力が減ることは、組織の存続に関わりかねないのだ。
結社への忠誠心うんぬんはともかく、カリバーンが術師結社として機能しなくなってしまうことは、今のクロノにとってデメリットだ。
「くそっ……」
彼はとっさにエイレンの足を掴むと、引きずって部屋から摘まみ出そうとする。
だが、少年もまた、この閉め切られた密室でリラの毒にあてられてしまった身だ。
脱力した全身では、青年の体を動かすことはかなわない。
ついに、力なく膝を突いた。
ソエストは、同情も優越感もない機械的な目付きでそれを見下ろすなり、さっと踵を返した。
ドアの取っ手を手に、声だけを少年等に向ける。
「冗談が過ぎました。濃度は強めですが、直接浴びせた訳ではありませんので、彼の紋章術の破壊は未遂でしょう。とはいえ、その代わりに何が起こるのか……間近で観測できないのが、残念でなりません」
健康不良か、記憶障害か。
関心もなさそうな呟きをひとつふたつ残しながら、男が扉を開く。
明滅する視界と、靄がかかったようにかすんだ意識の向こう側。
クロノは成す術もなく、ただ遠ざかる靴音を聞いていた。
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