Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

083

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「ミラノさん……?」


目を丸くしたミントの目の前で、彼女は乱暴に何かを書き殴る。そして、スケッチブックを机に投げ置きながら立ち上がった。


「――――!」


ミラノは口を動かした。
もしかしたら、大声を出していたのかもしれない。

呆気に取られて固まっていたミントの視線に気付いたのか、ミラノは謝るように両手を合わせると、バタバタとエントランスを去る。

喋っていたのはわかったのに、受け取ることは出来ない。
声のないミラノと分かり合えないことに改めて寂しさを覚えながらも、ミントは彼女が最後に残した文字を見る。


魔導反応があった。あと、耳鳴りが聞こえた。


もしかして、リアフェールの本部で物騒なことでもあったのだろうか。
こてんと首を傾げるミントだったが心当たりがないわけではない。

クロノの元へ向かったソエストと、待ちくたびれて男性を探し始めたエイレン。どちらもがエントランスを抜けて廊下の奥にある階段を上っていくのをミントは見ていた。失礼な考えかもしれないが、トラブルが起こる可能性は否定出来なかった。
大丈夫かなと少女は階上の少年を案じた。


「なんだ、あいつ。人のこと呼んでおきながらどこ行った」


聞こえてきた声にハッと顔を向ければ、そこには銀髪の青年の姿。
飛び出したミラノと入れ替わるように訪れたのはシグドだった。

怪訝そうに表情を曇らせた彼は、ソファに座ったままのミントとその向かい側に残されたコップとスケッチブックを見つけた。


「…………」


無言でスケッチブックを取り上げたシグドを見つめながらミントは、青年が単身で来たことに、ますますクロノへの心配を募らせるのだった。
確信があるわけではないが、シグドが一人できたのなら、おそらく二人は別行動だ。


「……何の話をしてんだよ」


ぽつりとぼやかれた言葉。
二人が何をしていたのか察しだのだろう。シグドは少々呆れた様子だ。

だが、青年はそれ以上言及することなく、閉じたスケッチブックを乱暴にソファに投げる。
そして、踵を返した彼だったが、思い出したようにミントを見た。


「あいつの……クロノのこと、頼むな」


それは、あまりにも唐突な言葉だった。
突然のことに理解が追い付かず、ミントはじっとシグドを見つめる。
沈黙を返す少女に何を思ったのだろうか、青年は小さく息を吐いた。


「まあ、無理にとは言わねえよ」


青年は自身の言葉を誤魔化すことも訂正することもしなかった。
ただ、親友のことを口にするその表情は、カリバーン本部で自身のことを語った少年のそれと全く同じだった。

だから。彼が告げた言葉の真意が知りたかった。


「なんで、わたしなんですか……?」
「気まぐれだ」


だが、青年はこれ以上の問答を退けた。
本当にただの気まぐれだったのか、ミントには言えない理由があるのか。

少女が、自身が返事をしていないことを思い出して、口を開きかけた時だ。


「ずいぶん傷心してんな、研究員」


不意にシグドは廊下の向こうへと声を掛けた。
その言葉に弾かれたように顔を上げたミントは、表情を歪めるソエストと目が合った。


「あ……」


小さく声を上げたミントに、ソエストは何も言わない。
いや、もしかしたら何か言う余裕すらなかったのかもしれない。
二人の視線を受けて、男性はいつもの薄ら笑いを顔に張り付けてはいたが、それが成功しているとは言い難い。逆にどこか痛々しく見えた。


「診察は終わりました。特に異常はありませんでしたよ」


普段と変わらない口調で、男性はよどみなく告げる。


「ですが、少々トラブルが起きましてね。カリバーンのリーダー共々お借りした部屋で倒れていると思いますので、手を貸してあげては如何でしょう」


だが、続けられた言葉にミントは青ざめる。
助けにいかなくてはと立ち上がった少女の動きを止めたのは、青年の冷たい声だった。


「リアフェール本部で面倒事を起こすな」


ふいとシグドが投げた視線はどこか攻撃的で、クロノが見せるそれとは真逆だ。
対照的に、ソエストの表情に居心地の悪さが窺えたが、おそらくそれは青年の態度だけが原因ではないのだろう。
男性はため息混じりに零す。


「まったく、手荒な真似でもするつもりですか」
「そのつもりはなかったが、……そうだな。望み通り手荒にしてやろうか」


やけに攻撃的な物言いだ。ミントは目を丸めた。
ソエストは、彼の発言に思う所でもあったのか、それとも自身の失言を悔やんだのか、苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

いやに不穏な空気の中。
シグドが、普段の彼からは想像出来ないような、嘲笑を浮かべた。


「確か、0番って言ったよな? あの女」


冷たく告げられたのは実験体の番号だった。
だが、それは男性にとっては地雷だったのかもしれない。
青年に向ける目付きを鋭くしたソエストは白衣の内ポケットへと手を突っ込み――。

直後、空気を切り裂く音が耳を打った。


「……!」


思わず息を飲んだミントの目の前。
研究員の肩書を持つ男性の首元に、重剣の切っ先が突きつけられていた。
ソエストの睨みよりも鋭利で冷たい眼差しを返すシグド。
その目線に「抵抗するなら殺す」の意が含まれているのを認め、男性はゆっくりと両手を頭よりも高く上げる。

降参だと言わんばかりに上げられた両手には何も握られていない。
それを確認しても尚、青年はその凶器を降ろさなかった。


「何の真似ですか?」
「手出しするつもりなら反撃も覚悟しておくことだ」
「………………肝に銘じておきましょう」


彼の物言いと雰囲気に気圧されたのか、ソエストも真剣な声音で頷いた。
緊迫した空気のまま、沈黙が流れる。

ややあって、シグドが重剣を戻した。

そして、おもむろに菫色の目が少女へ向けられる。


「おまえ、クロノんとこ行かなくて良いのか?」
「え……あ、はい」


掛けられた言葉で我に返ったミントは、慌てて二人へ小さく会釈をした。そして、パタパタと慌てて二階へと上がった。
それを確認してから気怠そうな足取りで歩き出した青年。
立ち尽くしたままの研究員とすれ違う瞬間。

『人魚姫』の鍵の持ち主が何かを囁く。


「――――――」


弾かれたようにその後姿を目で追い掛けるソエストだったが、すでにシグド自身の中では会話が終わっていたらしい。
彼は振り返ることなく応接室を出て行った。
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