Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
88 / 97
第2章

087

しおりを挟む
グラールの第二演習場で出会った、超個性的かつ変な格好をしていた女紋章術師。あの時が初対面だったわけだが、クロノはその人物のことを良く覚えていた。

そんな相手と対峙するのは、服装こそは変わっていないものの、連れ帰った時よりも綺麗さっぱりしている『赤頭巾』。ローブに付いていた血のシミは綺麗になくなっていた。


「あれ本当に『赤頭巾』か? 魔力が中途半端じゃねえか」


交戦中の二人を眺めながらシグドが呟いた。
怪訝そうな顔の青年は、ふいと隣の少年を見やる。


「……そういや。お前んとこ、確か『赤頭巾』を紋章術で黙らせてるとか言ってたよな」
「ああ、言ってたけど」


それは、まだカリバーンの屋敷が本部として機能していた頃。クロノがシグドを守るため、エイレンを丸め込もうと告げた一言。憶測の域を出ない当てずっぽうの言葉だったが、ほとんど正解だったことは彼のリアクションで知っている。
シグドの発言がどういう意味を持っているのか、クロノは理解した。

〝中途半端な魔力〟と〝紋章術で黙らせている〟から導き出される答えはひとつしかない。


 ――『赤頭巾』は本気が出せないのか。


おそらく、急な強襲でナビィの拘束が中途半端に解けたのだろう。


「あ……!」


クロノの隣でミントが声を上げた。

紋章術師の強烈な蹴りが岩を破壊し、砕けた破片が『赤頭巾』へと降りかかる。
咄嗟のことに反応出来なかった『赤頭巾』を地面へ蹴りつけた紋章術師は、そのまま少年を踏みつけた。

遠くに居ても聞こえる、何かが折れた音。
声もなく、少年は動かなくなった。


「――――――」


瞬間、真後ろから聞こえた銃声と、何かを弾く音。

見えない壁に阻まれて勢いを失った銃弾がバラバラと地面に落ちるのを見ながら、クロノとシグドが同じタイミングで振り返る。
そして、彼らは示し合わせたように自身の連れをその背に庇うように半歩前へと出た。

槍のエンブレムを身につける集団が、銃口をこちらに向けて身構えていた。


「術を解くんじゃねえぞ」


シグドの言葉にミラノが無言で頷いた。

そのやり取りに、先程の不意打ちから自分たちを守ったのはミラノか、と彼女の反応速度に感服する。彼らが武器を構える微かな音に気付いていたのかもしれない。
しかし、今はミラノの紋章術のおかげで攻撃を防げるとしても、それがいつまでもつのかはわからない。だからと言って、クロノやシグドが突っ込もうものなら、あっという間に蜂の巣状態になってしまうだろう。

不意に、この集団のリーダー格だろう人間が通信機を取り出した。
何か話しているようだが、言葉までは聞こえない。
しばらくしてから通信機をしまうと、リーダー格は偉そうに告げる。


「あの砂地へ出ろ。抵抗すれば打つ」


結局、クロノたちは素直に従うことにした。
敵の出方がわからない以上、逆らうのは得策ではないし、それに相手があの女紋章術師ならば交渉の余地があるかもしれない。クロノの意見だったが誰も反対はしなかった。


「ベギーネル様。言われた通り連れて来ました!」
「へー。カリバーンって覗きの趣味でもあんじゃね?」


砂地へと出たクロノ達を迎えたのは、聖槍の紋章術師――ベギーネル。
カラスマスクのおかげで表情はわからないが、嘲笑を浮かべているのは想像出来る。


「そうなのか」
「あのバカリーダーと一緒にするな」


素直に信じかけたシグドに釘をさしてから、クロノは改めてベギーネルを睨む。
だけど、彼女は敵意むき出しのクロノではなくその後ろに立つ少女を見ていた。が、すぐにどこか拗ねたようにミントから視線を外すと、改めてクロノたちを見る。


「何しに来たかなんて野暮ったいことは聞かねーわ。聖剣の赤毛リーダー出しな」


出さないとこの鍵壊すぞ、とベギーネルはどこか楽しげに交換条件を持ちかけてきた。
間違いなく、彼女はこの間の聖杯との取引を成立させようとしている。
そこまでして例の少女がほしいのか。

ソエストの話によれば、紋章術に対しての毒を持つセラの姉妹。
しかも、クロノが紋章術を失うはめになったきっかけとも言える人物だ。それだけでリラと呼ばれる少女の重要性と価値は十分証明されている。

なおさら、現在リアフェールで気絶中のエイレンをほいほいと出すわけにはいかない。


「聖槍と聖剣のいざこざに興味ねぇよ。そのガキをよこせ」


シグドの本音であろうその言葉は、ベギーネルの話など無関係だと言わんばかりだ。
実際に彼は聖槍がエイレンを狙う理由を知らないのだが、興味もないらしい。


「聖剣の赤毛リーダーと交換だっての」


ベギーネルもベギーネルで、エイレンの身柄しか要求しない。
足元に転がっている鍵には興味がないのか、それ以上にリラが欲しいのか。

クロノは後ろ手で武器に触れた。
互いに平行線のままなら、交渉は決裂だ。そうなれば戦闘は避けられないだろう。


「ミラノ、下がってろ」


シグドは後ろ手でミラノを更に下がらせた。

その言葉が示す意味は考えるまでもない。
クロノはミントの腕を掴むと、ミラノの傍へと移動させる。同時にミラノへミントを頼むと目配せをすれば、彼女は力強く頷いた。

シグドは一歩前へ出て、足元の砂を踏みしめた。


「俺らを巻き込むな」


青年の言葉と共に、凍てつく魔力が空間を震わせる。
ぶわりと突き刺さるような冷風が、蒸し暑い空気の中を駆け抜けた。クロノのそれとは毛色の違う冷気。それを纏った魔力が、この砂地だけでなく、敷地全体を包み込む。

砂漠はあっと言う間に、雪原へと変わり果てた。

屋敷の残骸は雪に埋もれ、しんしんと降るはずの雪は激しい風の中で吹き荒れている。
何となく感じていた暑さなど、とっくに極寒へと変わっていた。
『赤頭巾』の空間の中、ミントが緑地を出現させた時のように混ざり合ったのではなく、完全に雪がこの空間を支配している。


「オマエも鍵だってか」
「だったら何だ」
「別になんもねーよ」


吐き捨てるように言ったベギーネルが、自身の部下に何か合図を送ろうとした時だ。

彼女の足元に倒れていた『赤頭巾』の腕がピクリと動いた。

目敏く反応したベギーネルが飛び下がるように少年との間合いを取った直後、彼はゆっくりとした動作で上体を起こした。


「そーゆーことか。さすが鍵同士って言ったとこじゃねーの」


彼らのやり取りに、クロノもようやく理解した。

青年は交戦することよりも、『赤頭巾』の拘束を解くことを優先した。
鍵の異空間であれば、ナビィが掛けている紋章術を取り払うことが出来る。そうすれば、あとは『赤頭巾』が勝手に怪我を治して、復活してくれる。

やがて。ふらふらしながらも『赤頭巾』は自らの足で立ち上がった。


「やーめた。カリバーン襲っても、あの赤毛が来ねんじゃ、話になんねーわ」


あっさりと、ベギーネルは戦闘態勢を止めた。
そして、自身が連れている部下たちへ片手で合図を送る。彼女の命令に、彼らはクロノたちに向けていた銃口を一斉に下ろす。

彼女は『赤頭巾』を蹴り飛ばした。

簡単に吹き飛んだ少年の体はシグドの足元に転がる。
血相を変えたミントが、男の子の体を支えながら起こしていた。


「黒羽っつったっけか、カリバーンのガキ。今回は見逃してやんよ」


そんな捨て台詞を残して、ベギーネルは部下集団を引き連れて去って行く。
妙に素直に手を引いた聖槍の紋章術師に、クロノはより警戒心を抱いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...