Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

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第2章

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グラールの第二演習場で出会った、超個性的かつ変な格好をしていた女紋章術師。あの時が初対面だったわけだが、クロノはその人物のことを良く覚えていた。

そんな相手と対峙するのは、服装こそは変わっていないものの、連れ帰った時よりも綺麗さっぱりしている『赤頭巾』。ローブに付いていた血のシミは綺麗になくなっていた。


「あれ本当に『赤頭巾』か? 魔力が中途半端じゃねえか」


交戦中の二人を眺めながらシグドが呟いた。
怪訝そうな顔の青年は、ふいと隣の少年を見やる。


「……そういや。お前んとこ、確か『赤頭巾』を紋章術で黙らせてるとか言ってたよな」
「ああ、言ってたけど」


それは、まだカリバーンの屋敷が本部として機能していた頃。クロノがシグドを守るため、エイレンを丸め込もうと告げた一言。憶測の域を出ない当てずっぽうの言葉だったが、ほとんど正解だったことは彼のリアクションで知っている。
シグドの発言がどういう意味を持っているのか、クロノは理解した。

〝中途半端な魔力〟と〝紋章術で黙らせている〟から導き出される答えはひとつしかない。


 ――『赤頭巾』は本気が出せないのか。


おそらく、急な強襲でナビィの拘束が中途半端に解けたのだろう。


「あ……!」


クロノの隣でミントが声を上げた。

紋章術師の強烈な蹴りが岩を破壊し、砕けた破片が『赤頭巾』へと降りかかる。
咄嗟のことに反応出来なかった『赤頭巾』を地面へ蹴りつけた紋章術師は、そのまま少年を踏みつけた。

遠くに居ても聞こえる、何かが折れた音。
声もなく、少年は動かなくなった。


「――――――」


瞬間、真後ろから聞こえた銃声と、何かを弾く音。

見えない壁に阻まれて勢いを失った銃弾がバラバラと地面に落ちるのを見ながら、クロノとシグドが同じタイミングで振り返る。
そして、彼らは示し合わせたように自身の連れをその背に庇うように半歩前へと出た。

槍のエンブレムを身につける集団が、銃口をこちらに向けて身構えていた。


「術を解くんじゃねえぞ」


シグドの言葉にミラノが無言で頷いた。

そのやり取りに、先程の不意打ちから自分たちを守ったのはミラノか、と彼女の反応速度に感服する。彼らが武器を構える微かな音に気付いていたのかもしれない。
しかし、今はミラノの紋章術のおかげで攻撃を防げるとしても、それがいつまでもつのかはわからない。だからと言って、クロノやシグドが突っ込もうものなら、あっという間に蜂の巣状態になってしまうだろう。

不意に、この集団のリーダー格だろう人間が通信機を取り出した。
何か話しているようだが、言葉までは聞こえない。
しばらくしてから通信機をしまうと、リーダー格は偉そうに告げる。


「あの砂地へ出ろ。抵抗すれば打つ」


結局、クロノたちは素直に従うことにした。
敵の出方がわからない以上、逆らうのは得策ではないし、それに相手があの女紋章術師ならば交渉の余地があるかもしれない。クロノの意見だったが誰も反対はしなかった。


「ベギーネル様。言われた通り連れて来ました!」
「へー。カリバーンって覗きの趣味でもあんじゃね?」


砂地へと出たクロノ達を迎えたのは、聖槍の紋章術師――ベギーネル。
カラスマスクのおかげで表情はわからないが、嘲笑を浮かべているのは想像出来る。


「そうなのか」
「あのバカリーダーと一緒にするな」


素直に信じかけたシグドに釘をさしてから、クロノは改めてベギーネルを睨む。
だけど、彼女は敵意むき出しのクロノではなくその後ろに立つ少女を見ていた。が、すぐにどこか拗ねたようにミントから視線を外すと、改めてクロノたちを見る。


「何しに来たかなんて野暮ったいことは聞かねーわ。聖剣の赤毛リーダー出しな」


出さないとこの鍵壊すぞ、とベギーネルはどこか楽しげに交換条件を持ちかけてきた。
間違いなく、彼女はこの間の聖杯との取引を成立させようとしている。
そこまでして例の少女がほしいのか。

ソエストの話によれば、紋章術に対しての毒を持つセラの姉妹。
しかも、クロノが紋章術を失うはめになったきっかけとも言える人物だ。それだけでリラと呼ばれる少女の重要性と価値は十分証明されている。

なおさら、現在リアフェールで気絶中のエイレンをほいほいと出すわけにはいかない。


「聖槍と聖剣のいざこざに興味ねぇよ。そのガキをよこせ」


シグドの本音であろうその言葉は、ベギーネルの話など無関係だと言わんばかりだ。
実際に彼は聖槍がエイレンを狙う理由を知らないのだが、興味もないらしい。


「聖剣の赤毛リーダーと交換だっての」


ベギーネルもベギーネルで、エイレンの身柄しか要求しない。
足元に転がっている鍵には興味がないのか、それ以上にリラが欲しいのか。

クロノは後ろ手で武器に触れた。
互いに平行線のままなら、交渉は決裂だ。そうなれば戦闘は避けられないだろう。


「ミラノ、下がってろ」


シグドは後ろ手でミラノを更に下がらせた。

その言葉が示す意味は考えるまでもない。
クロノはミントの腕を掴むと、ミラノの傍へと移動させる。同時にミラノへミントを頼むと目配せをすれば、彼女は力強く頷いた。

シグドは一歩前へ出て、足元の砂を踏みしめた。


「俺らを巻き込むな」


青年の言葉と共に、凍てつく魔力が空間を震わせる。
ぶわりと突き刺さるような冷風が、蒸し暑い空気の中を駆け抜けた。クロノのそれとは毛色の違う冷気。それを纏った魔力が、この砂地だけでなく、敷地全体を包み込む。

砂漠はあっと言う間に、雪原へと変わり果てた。

屋敷の残骸は雪に埋もれ、しんしんと降るはずの雪は激しい風の中で吹き荒れている。
何となく感じていた暑さなど、とっくに極寒へと変わっていた。
『赤頭巾』の空間の中、ミントが緑地を出現させた時のように混ざり合ったのではなく、完全に雪がこの空間を支配している。


「オマエも鍵だってか」
「だったら何だ」
「別になんもねーよ」


吐き捨てるように言ったベギーネルが、自身の部下に何か合図を送ろうとした時だ。

彼女の足元に倒れていた『赤頭巾』の腕がピクリと動いた。

目敏く反応したベギーネルが飛び下がるように少年との間合いを取った直後、彼はゆっくりとした動作で上体を起こした。


「そーゆーことか。さすが鍵同士って言ったとこじゃねーの」


彼らのやり取りに、クロノもようやく理解した。

青年は交戦することよりも、『赤頭巾』の拘束を解くことを優先した。
鍵の異空間であれば、ナビィが掛けている紋章術を取り払うことが出来る。そうすれば、あとは『赤頭巾』が勝手に怪我を治して、復活してくれる。

やがて。ふらふらしながらも『赤頭巾』は自らの足で立ち上がった。


「やーめた。カリバーン襲っても、あの赤毛が来ねんじゃ、話になんねーわ」


あっさりと、ベギーネルは戦闘態勢を止めた。
そして、自身が連れている部下たちへ片手で合図を送る。彼女の命令に、彼らはクロノたちに向けていた銃口を一斉に下ろす。

彼女は『赤頭巾』を蹴り飛ばした。

簡単に吹き飛んだ少年の体はシグドの足元に転がる。
血相を変えたミントが、男の子の体を支えながら起こしていた。


「黒羽っつったっけか、カリバーンのガキ。今回は見逃してやんよ」


そんな捨て台詞を残して、ベギーネルは部下集団を引き連れて去って行く。
妙に素直に手を引いた聖槍の紋章術師に、クロノはより警戒心を抱いた。
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