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第2章
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まだはっきりとしない意識の中、クロノはゆっくりと上体を起こす。
不気味なほど急に訪れた静寂に妙な胸騒ぎを感じていた。
極寒の寒さはない、ミラノの叫び声も、誰の声も聞こえない。
顔を上げたクロノの視界に映った光景は、酷い有様だった。
半壊どころか跡形もなく崩壊した洋風屋敷に、甚大な被害に煙を上げつつも何とか着地した航空機。重剣が刺さっている場所にはそれぞれ、倒れたシグドとミラノ、そして真っ赤に染まった研究員がいるのが確認できる。
――何があったんだ……?
何が起きたのか、どんな戦況なのか、全く想像できない。
唯一、あの状況下でシグドがグラール連中へ攻撃したことは理解できた。
まるでこの場所だけ世紀末から切り取ってきたような光景にクロノは、時間感覚どころか時代感覚が狂ったような気分になり、思わず空を見上げた。が、太陽の位置は意識を失う前からそれほど移動していなかった。
「う……っ」
背後で小さく声が聞こえ、クロノは振り返る。
同じように倒れていたミントが、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
「大丈夫か?」
「クロノ、さん……?」
どこかぼんやりしている様子の彼女からは、まだ意識か視界か、そのどちらかがはっきりしていないことが伺える。そっと近寄って、それとなく顔を覗き込んでみれば、どこか不安と焦りを宿した瞳と目が合った。
その瞬間、金切り声が耳を打つ。
「一体なんなの!? 音の紋章術があんなに危険なんて聞いてない!」
地団駄を踏むごとく憤慨を露に上げられた独り言。
その声音には隠しきれない程の疲労がみえていた。
けれど、ツインテール少女はふらつきながらも自身の足で立ち上がった。
「どいつもこいつも、紋章術師って揃いも揃って化け物ばっか!」
一体、誰に向けた悪態だったのだろうか。
プリプリと怒るカルナは刀を抜くと、覚束ない足取りながらも歩き出す。
真っ直ぐにシグドたちの元へ向かうカルナの視界に、どうやらクロノたちは映っていないようだ。彼女は起き上がった少年たちを一瞥することも気にかける様子もない。
もしかしなくても、シグドたちにトドメを刺すつもりなのだろう。
クロノは咄嗟に近くに転がっていたナイフを掴んだ。
「クロノさん?」
「ここにいてくれ」
『赤頭巾』を頼む、と思い出したかのように付け足せば、ミントは渋々ながら頷いた。
クロノが飛び出したところで状況が好転するとは思えない。
だが、だからと言ってたった一人の親友と、彼が大事にしているその相棒を見殺しにできるほどクロノは冷血ではなかった。
カルナの死角からそっと距離を詰めるクロノだったが、どうやら彼女は一つのことに気を取られると周りが見えなくなる質らしく、こちらを警戒する素振りすらない。シグドには悪いがこのまま囮になってもらい、その間に奇襲でもかけるか、と考えながらクロノは白い紋章石を三つ握る。振り返れば姿がはっきり確認できる状況で奇襲と言うのも、冷静に考えればおかしな話ではあるが。
クロノは物音を立てずにカルナとの距離を詰め、紋章石を一つ、その足元に投げた。
「きゃっ!?」
呆気なく命中した紋章術にカルナが怯んでる隙に、クロノは一気に間合いを詰める。
迷わずその腹を狙った一撃は、しかし、クロノの殺気を浴びて途端に冷静さを取り戻したカルナが刀で華麗に防いだ。
「もう。せっかく施設から連れて来たのに、殺すなんて酷いよ!」
「殺した本人に言えよ」
ナイフと刀がぶつかり合う音が絶え間なく響く。
紋章術を使えないクロノは敵の紋章術を警戒していたが、意外なことにカルナもまた紋章術を使ってくる様子がなかった。
真上から振り下ろされた刀を、ナイフで受け止める。
「何で戦おうとすんの?」
「は?」
カルナの言葉の意味がクロノにはわからなかった。
最初はミントのことを話題に出されたのかとも思ったクロノだったが、この状況でその話題が出てくることはないだろう。カルナだって、第二演習場の一件でクロノがシグドやミラノと関係があることは知っているはずなので、普通に考えれば彼らを庇うのは当然だとわかりそうなものだが。
そのうえで、守るや庇う、ではなく戦うことに疑問を持ったカルナの問いには、何か別の意味を持っているようなそんな気がした。
「ま、何でもいいけど!」
だが、結局カルナは何も言わなかった。
ギリギリと押す力が強くなる刀を、クロノはナイフの刃で滑らせるようにしていなす。
そうして、思わずバランスを崩したカルナの脇腹へ、回転蹴りを食らわせる。体重の差なのか性別の違いなのか、蹴り飛ばした本人が驚くほどに少女は軽々と吹っ飛んだ。
が、カルナは空中で体勢を立て直すと、何事もなかったかのように着地する。
「信じらんない! 女の子を蹴飛ばすなんて!」
「なら、刀持って襲ってくんな」
地面を蹴ったカルナに、クロノはナイフを構えて迎え撃とうとするが。
「クロノさん、後ろ!」
ミントの声と同時、背後に鋭い殺気を感じた。
クロノが振り返り切るよりも先に、鈍色に反射した光が視界をかけていく。
「っ!」
続けて視界が真っ赤に染まり、肩に痛みが走る。
ぐらりと揺れた少年の体が思っていたよりも強い力で地面に倒された。
青ざめたミントの悲鳴が、聞こえた気がした。
「残念でした。カルナの紋章術は接近戦に特化してるんだよ」
気のせいだろうか、一瞬だけ声がブレて聞こえた。
背後から切り倒してきた人物を見れば、陽炎のように揺れて消えるツインテール少女の姿。
「影の紋章術か……」
相手の紋章術を知らなかったとはいえ、何の考えもなく突っ込んだのがまずかったのかもしれない。警戒はしていたのだが、攻撃タイプではなく補助タイプだと想定していなかった辺り詰めが甘いと言わざるを得ない。
油断していたわけじゃない。
警戒心が足りなかった。
「少しそこで大人しくしててよ。先にあっち殺すから」
カルナが刀の先で示したのはシグドで。
後回しにされたことよりも、親友一人助けられない自分の無力さに憤りを感じ、クロノはナイフを強く握りしめる。紋章術さえ使えれば、とたらればが脳裏に浮かぶ。
が、クロノはまだ諦めていなかった。
手の中には、白い石がまだ二つ残っている。
不気味なほど急に訪れた静寂に妙な胸騒ぎを感じていた。
極寒の寒さはない、ミラノの叫び声も、誰の声も聞こえない。
顔を上げたクロノの視界に映った光景は、酷い有様だった。
半壊どころか跡形もなく崩壊した洋風屋敷に、甚大な被害に煙を上げつつも何とか着地した航空機。重剣が刺さっている場所にはそれぞれ、倒れたシグドとミラノ、そして真っ赤に染まった研究員がいるのが確認できる。
――何があったんだ……?
何が起きたのか、どんな戦況なのか、全く想像できない。
唯一、あの状況下でシグドがグラール連中へ攻撃したことは理解できた。
まるでこの場所だけ世紀末から切り取ってきたような光景にクロノは、時間感覚どころか時代感覚が狂ったような気分になり、思わず空を見上げた。が、太陽の位置は意識を失う前からそれほど移動していなかった。
「う……っ」
背後で小さく声が聞こえ、クロノは振り返る。
同じように倒れていたミントが、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
「大丈夫か?」
「クロノ、さん……?」
どこかぼんやりしている様子の彼女からは、まだ意識か視界か、そのどちらかがはっきりしていないことが伺える。そっと近寄って、それとなく顔を覗き込んでみれば、どこか不安と焦りを宿した瞳と目が合った。
その瞬間、金切り声が耳を打つ。
「一体なんなの!? 音の紋章術があんなに危険なんて聞いてない!」
地団駄を踏むごとく憤慨を露に上げられた独り言。
その声音には隠しきれない程の疲労がみえていた。
けれど、ツインテール少女はふらつきながらも自身の足で立ち上がった。
「どいつもこいつも、紋章術師って揃いも揃って化け物ばっか!」
一体、誰に向けた悪態だったのだろうか。
プリプリと怒るカルナは刀を抜くと、覚束ない足取りながらも歩き出す。
真っ直ぐにシグドたちの元へ向かうカルナの視界に、どうやらクロノたちは映っていないようだ。彼女は起き上がった少年たちを一瞥することも気にかける様子もない。
もしかしなくても、シグドたちにトドメを刺すつもりなのだろう。
クロノは咄嗟に近くに転がっていたナイフを掴んだ。
「クロノさん?」
「ここにいてくれ」
『赤頭巾』を頼む、と思い出したかのように付け足せば、ミントは渋々ながら頷いた。
クロノが飛び出したところで状況が好転するとは思えない。
だが、だからと言ってたった一人の親友と、彼が大事にしているその相棒を見殺しにできるほどクロノは冷血ではなかった。
カルナの死角からそっと距離を詰めるクロノだったが、どうやら彼女は一つのことに気を取られると周りが見えなくなる質らしく、こちらを警戒する素振りすらない。シグドには悪いがこのまま囮になってもらい、その間に奇襲でもかけるか、と考えながらクロノは白い紋章石を三つ握る。振り返れば姿がはっきり確認できる状況で奇襲と言うのも、冷静に考えればおかしな話ではあるが。
クロノは物音を立てずにカルナとの距離を詰め、紋章石を一つ、その足元に投げた。
「きゃっ!?」
呆気なく命中した紋章術にカルナが怯んでる隙に、クロノは一気に間合いを詰める。
迷わずその腹を狙った一撃は、しかし、クロノの殺気を浴びて途端に冷静さを取り戻したカルナが刀で華麗に防いだ。
「もう。せっかく施設から連れて来たのに、殺すなんて酷いよ!」
「殺した本人に言えよ」
ナイフと刀がぶつかり合う音が絶え間なく響く。
紋章術を使えないクロノは敵の紋章術を警戒していたが、意外なことにカルナもまた紋章術を使ってくる様子がなかった。
真上から振り下ろされた刀を、ナイフで受け止める。
「何で戦おうとすんの?」
「は?」
カルナの言葉の意味がクロノにはわからなかった。
最初はミントのことを話題に出されたのかとも思ったクロノだったが、この状況でその話題が出てくることはないだろう。カルナだって、第二演習場の一件でクロノがシグドやミラノと関係があることは知っているはずなので、普通に考えれば彼らを庇うのは当然だとわかりそうなものだが。
そのうえで、守るや庇う、ではなく戦うことに疑問を持ったカルナの問いには、何か別の意味を持っているようなそんな気がした。
「ま、何でもいいけど!」
だが、結局カルナは何も言わなかった。
ギリギリと押す力が強くなる刀を、クロノはナイフの刃で滑らせるようにしていなす。
そうして、思わずバランスを崩したカルナの脇腹へ、回転蹴りを食らわせる。体重の差なのか性別の違いなのか、蹴り飛ばした本人が驚くほどに少女は軽々と吹っ飛んだ。
が、カルナは空中で体勢を立て直すと、何事もなかったかのように着地する。
「信じらんない! 女の子を蹴飛ばすなんて!」
「なら、刀持って襲ってくんな」
地面を蹴ったカルナに、クロノはナイフを構えて迎え撃とうとするが。
「クロノさん、後ろ!」
ミントの声と同時、背後に鋭い殺気を感じた。
クロノが振り返り切るよりも先に、鈍色に反射した光が視界をかけていく。
「っ!」
続けて視界が真っ赤に染まり、肩に痛みが走る。
ぐらりと揺れた少年の体が思っていたよりも強い力で地面に倒された。
青ざめたミントの悲鳴が、聞こえた気がした。
「残念でした。カルナの紋章術は接近戦に特化してるんだよ」
気のせいだろうか、一瞬だけ声がブレて聞こえた。
背後から切り倒してきた人物を見れば、陽炎のように揺れて消えるツインテール少女の姿。
「影の紋章術か……」
相手の紋章術を知らなかったとはいえ、何の考えもなく突っ込んだのがまずかったのかもしれない。警戒はしていたのだが、攻撃タイプではなく補助タイプだと想定していなかった辺り詰めが甘いと言わざるを得ない。
油断していたわけじゃない。
警戒心が足りなかった。
「少しそこで大人しくしててよ。先にあっち殺すから」
カルナが刀の先で示したのはシグドで。
後回しにされたことよりも、親友一人助けられない自分の無力さに憤りを感じ、クロノはナイフを強く握りしめる。紋章術さえ使えれば、とたらればが脳裏に浮かぶ。
が、クロノはまだ諦めていなかった。
手の中には、白い石がまだ二つ残っている。
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