Geometrially_spell_aria

吹雪舞桜

文字の大きさ
91 / 97
第2章

090

しおりを挟む
まだはっきりとしない意識の中、クロノはゆっくりと上体を起こす。

不気味なほど急に訪れた静寂に妙な胸騒ぎを感じていた。
極寒の寒さはない、ミラノの叫び声も、誰の声も聞こえない。

顔を上げたクロノの視界に映った光景は、酷い有様だった。
半壊どころか跡形もなく崩壊した洋風屋敷に、甚大な被害に煙を上げつつも何とか着地した航空機。重剣が刺さっている場所にはそれぞれ、倒れたシグドとミラノ、そして真っ赤に染まった研究員がいるのが確認できる。


 ――何があったんだ……?


何が起きたのか、どんな戦況なのか、全く想像できない。

唯一、あの状況下でシグドがグラール連中へ攻撃したことは理解できた。


まるでこの場所だけ世紀末から切り取ってきたような光景にクロノは、時間感覚どころか時代感覚が狂ったような気分になり、思わず空を見上げた。が、太陽の位置は意識を失う前からそれほど移動していなかった。


「う……っ」


背後で小さく声が聞こえ、クロノは振り返る。
同じように倒れていたミントが、ゆっくりと起き上がろうとしていた。


「大丈夫か?」
「クロノ、さん……?」


どこかぼんやりしている様子の彼女からは、まだ意識か視界か、そのどちらかがはっきりしていないことが伺える。そっと近寄って、それとなく顔を覗き込んでみれば、どこか不安と焦りを宿した瞳と目が合った。

その瞬間、金切り声が耳を打つ。


「一体なんなの!? 音の紋章術があんなに危険なんて聞いてない!」


地団駄を踏むごとく憤慨を露に上げられた独り言。

その声音には隠しきれない程の疲労がみえていた。
けれど、ツインテール少女はふらつきながらも自身の足で立ち上がった。


「どいつもこいつも、紋章術師って揃いも揃って化け物ばっか!」


一体、誰に向けた悪態だったのだろうか。
プリプリと怒るカルナは刀を抜くと、覚束ない足取りながらも歩き出す。

真っ直ぐにシグドたちの元へ向かうカルナの視界に、どうやらクロノたちは映っていないようだ。彼女は起き上がった少年たちを一瞥することも気にかける様子もない。

もしかしなくても、シグドたちにトドメを刺すつもりなのだろう。
クロノは咄嗟に近くに転がっていたナイフを掴んだ。


「クロノさん?」
「ここにいてくれ」


『赤頭巾』を頼む、と思い出したかのように付け足せば、ミントは渋々ながら頷いた。


クロノが飛び出したところで状況が好転するとは思えない。
だが、だからと言ってたった一人の親友と、彼が大事にしているその相棒を見殺しにできるほどクロノは冷血ではなかった。

カルナの死角からそっと距離を詰めるクロノだったが、どうやら彼女は一つのことに気を取られると周りが見えなくなる質らしく、こちらを警戒する素振りすらない。シグドには悪いがこのまま囮になってもらい、その間に奇襲でもかけるか、と考えながらクロノは白い紋章石を三つ握る。振り返れば姿がはっきり確認できる状況で奇襲と言うのも、冷静に考えればおかしな話ではあるが。

クロノは物音を立てずにカルナとの距離を詰め、紋章石を一つ、その足元に投げた。


「きゃっ!?」


呆気なく命中した紋章術にカルナが怯んでる隙に、クロノは一気に間合いを詰める。

迷わずその腹を狙った一撃は、しかし、クロノの殺気を浴びて途端に冷静さを取り戻したカルナが刀で華麗に防いだ。


「もう。せっかく施設から連れて来たのに、殺すなんて酷いよ!」
「殺した本人に言えよ」


ナイフと刀がぶつかり合う音が絶え間なく響く。
紋章術を使えないクロノは敵の紋章術を警戒していたが、意外なことにカルナもまた紋章術を使ってくる様子がなかった。

真上から振り下ろされた刀を、ナイフで受け止める。


「何で戦おうとすんの?」
「は?」


カルナの言葉の意味がクロノにはわからなかった。

最初はミントのことを話題に出されたのかとも思ったクロノだったが、この状況でその話題が出てくることはないだろう。カルナだって、第二演習場の一件でクロノがシグドやミラノと関係があることは知っているはずなので、普通に考えれば彼らを庇うのは当然だとわかりそうなものだが。

そのうえで、守るや庇う、ではなく戦うことに疑問を持ったカルナの問いには、何か別の意味を持っているようなそんな気がした。


「ま、何でもいいけど!」


だが、結局カルナは何も言わなかった。

ギリギリと押す力が強くなる刀を、クロノはナイフの刃で滑らせるようにしていなす。
そうして、思わずバランスを崩したカルナの脇腹へ、回転蹴りを食らわせる。体重の差なのか性別の違いなのか、蹴り飛ばした本人が驚くほどに少女は軽々と吹っ飛んだ。

が、カルナは空中で体勢を立て直すと、何事もなかったかのように着地する。


「信じらんない! 女の子を蹴飛ばすなんて!」
「なら、刀持って襲ってくんな」


地面を蹴ったカルナに、クロノはナイフを構えて迎え撃とうとするが。


「クロノさん、後ろ!」


ミントの声と同時、背後に鋭い殺気を感じた。
クロノが振り返り切るよりも先に、鈍色に反射した光が視界をかけていく。


「っ!」


続けて視界が真っ赤に染まり、肩に痛みが走る。

ぐらりと揺れた少年の体が思っていたよりも強い力で地面に倒された。
青ざめたミントの悲鳴が、聞こえた気がした。


「残念でした。カルナの紋章術は接近戦に特化してるんだよ」


気のせいだろうか、一瞬だけ声がブレて聞こえた。

背後から切り倒してきた人物を見れば、陽炎のように揺れて消えるツインテール少女の姿。


「影の紋章術か……」


相手の紋章術を知らなかったとはいえ、何の考えもなく突っ込んだのがまずかったのかもしれない。警戒はしていたのだが、攻撃タイプではなく補助タイプだと想定していなかった辺り詰めが甘いと言わざるを得ない。

油断していたわけじゃない。
警戒心が足りなかった。


「少しそこで大人しくしててよ。先にあっち殺すから」


カルナが刀の先で示したのはシグドで。
後回しにされたことよりも、親友一人助けられない自分の無力さに憤りを感じ、クロノはナイフを強く握りしめる。紋章術さえ使えれば、とたらればが脳裏に浮かぶ。

が、クロノはまだ諦めていなかった。


手の中には、白い石がまだ二つ残っている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは夫と婚姻してから三年という長い時間を振り返る。 その間、夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜

日々埋没。
ファンタジー
​「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」  ​かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。  その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。  ​レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。 ​ 地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。 ​「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」  ​新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。  一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。  ​やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。  レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。

処理中です...