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光と闇に咲く麗しき華
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窓から入り込む太陽の光に眩しさを覚えながら私は起き上がりました。
「ふぁー、もう朝ですか……」
まだ微かに残る眠たさに目を擦り、布団から出ながら枕元に置いていた懐中時計で時間を確認して、着替えるために備え付けのクローゼットへと向かう。
そして、仕事用に用意されているメイド服に着替えながら今日の予定を思い浮かべ、一日の流れを一人確認して一人頷きます。
「さて、これで大丈夫でしょうか?」
備え付けの姿見の前で髪や服装に乱れがないことを確認した後、もう一度懐中時計で時刻を確認して部屋を出た。
こうして、私、神楽鷹華の一日は始まります。
廊下を歩きながら微かに下から聞こえてくる喧噪に耳を傾ける。
その音から既に戦場になっているだろう厨房の状況が目に浮かび、何度も手伝いを申し出て断られている事を思い出してしまう。
本来なら自分ももっと早く起きてあそこに加わるべきなのはよく分かっているが、お嬢様のお世話をする為にと言われてしまうとどうしても強く出る事が出来ない。
何よりこの私自身は作った料理やお菓子を気絶するほど喜んでくれる両親や仲間たちからお前にしか任せられないと強く言われてしまうと引くしかない。
「しかし、なぜ皆さんは私が料理をしようとすると止めるのでしょうか……?」
美味しすぎるのが原因なんでしょうかね……。食べた全員が気絶してしまう程ですし、流石に旦那様やお嬢様が料理を食べて気絶するというのはまずいでしょうし。
「って、いったーーーーーい!!」
急に走った額の痛みに涙目になって座り込む。
うぅ、なんでこんなに痛いのでしょう……。
そんな事を不思議に思いながら視線を前に向けるとどうやら考え込んで歩いている内に目的の場所に着いていたようで私がぶつかったのがお嬢様の部屋の扉だと気が付きました。
「あぁ、もう着いたのですね……」
まだ痛む額を手で押さえながらも立ち上がる。そして、ポケットからハンカチを出して額に一度押し当てて目の前に持ってくる。
「出血はしてないようですし、そこまで腫れてないと良いのですが」
涙を拭ってそのハンカチをしまう。
深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせ、私はドアをノックしました。
「失礼します」
特に部屋の中から返事は無く、どうやらお嬢様はまだ寝られているようでした。
ドアを開き、部屋の中へと入ると手前のテーブルには昨日の夜に読まれていたと思われる本が何冊か乱雑に置いてありますし。
「はぁー、この感じだと昨日も遅くまで起きていらっしゃったようですね」
部屋に入ってからもお嬢様は起きてこられる様子が無いのと少し時間に余裕が有る事から私は簡単ながら片づける事にしました。
今こうして見習いとして勤め始める前の幼い頃から入り浸ったお嬢様の部屋だからこそ何処に何が有ったかぐらいは分かるし、何よりも勤め始めてからもお嬢様付きとして通っているからこそ新しい物が増えていたとしても直ぐに気が付きます。
「ふぅ、こんなものでしょうか?」
手早くテーブルの上を奇麗にした私は一度確認した後、未だに起きる気配を見せないお嬢様の為に足音を潜め、素早くベッドの奥にある窓に近づく。
既に天気が良い事を知っている私はそのまま閉められていたカーテンを勢いよく開き、日差しがベッドに差し込むようにした。しかし、寝ているお嬢様はその日差しから逃げるように布団の中に潜り込んでしまいます。
「はぁー、お嬢様、朝です。起きてください」
声を掛けながら布団越しに身体を揺らしてみるが起きる様子が見えません。
ただ、このままというのもまずいので布団を引っぺがしてもう一度声を掛けてみますが。
「んー、なに……? もう……、朝?」
「はい、朝ですから起きてください、お嬢様」
一度、私の方に目を向けたお嬢様だったが、どうやらまだ半分夢の中のようで布団を奪い返すとそのまままた潜り込んでしまう。
「ヨーカ? もう、ちょっと……」
「お嬢様、起きてください!!」
大声で起こし始めた私に流石にお嬢様もしっかりと目を覚ましたのか顔を少し出して私を見てくる。
まるで懇願するような目だったが、だんだんと時間が押してきているのも有って私は敢えてそれを無視して布団をしっかりとはぎ取った。
そうするとお嬢様も流石に諦めたようで身体を起こしてベッドの上に座り込む。そして、その姿を確認した私はそそくさとクローゼットへと向かい、今日のお嬢様の服装について悩み始めます。
「お嬢様、今日はどのような洋服になさいましょうか?」
「……、……ない」
「お嬢様?」
「昔みたいにしてくれないと着替えない」
どうやらお嬢様の意思は固いらしく、私に目を合わせようともせずにベッドに座っているだけだった。
そうは言っても今の私はお嬢様に使える使用人の一人。まぁ、正確にいうと見習いなのですが、昔は姉妹のように育ってきた為にそんな私が他の使用人と同じように接するのが気になったのだろう。
さて、どうしたものでしょうか。一度、お嬢様を見たままの姿で考え始める私だった特にこれと言って良い案が浮かばない。正直、昔みたいに呼びたいし、話したいのは私もと言いたいところだけど……。
「もう……、前に二人っきりの時はって約束も忘れたの?」
「あれ、そうでしたか?」
確かにそんな事を言われたような気がするけど、それでも簡単に昔みたいに出来るかというとそんな訳有るはずもない。
「もう、本当に忘れてしまったのかしら?」
「そ、そんな事ないよ!!」
泣きそうな顔をして私の顔を見つめるお嬢様に私は白旗を挙げる。
慌てたように話しかける私の姿にさっきまでの様子が嘘のようににっこりと笑うお嬢様。
「言ったわね!」
「はぁー、今だけですよ。もう……」
仕方なしにそう言うとお嬢様は嬉しそうにしながらベッドから降りて私の傍までやってくる。
「それで今日の服はどうするかだったわね?」
「そうですね。今日はこれと言って何処かに出かけるとも来客が有るとも聞いていないのでどうします?」
「そうね、今日は確かに出かける気分にもならないし、そこまで派手な物じゃなくていいわ」
そう言いながらお嬢様はクローゼット内に有る一着へと目を向けた。
その視線の先に目を向けるとそこにはシンプルなブルーの一着がかかっていた。
「じゃあ、今日はこれにしましょう」
「そうね、それが良いわ」
クローゼットの中からそれを取り出すと既にお嬢様は着ていた物を脱ぎ始めていたので私は急いでそれを回収しながらもお嬢様の動きに合わせて着替えを手伝っていきます。
「ねぇ、ヨーカ? もしかして、まだ私の事をお嬢様って言っていないかしら、心の中で?」
「そ、そんな事はないですよ?」
「本当?」
態々、上目遣いで見てくるお嬢……、レイナに失敗してしまったと思いながらもどうにか誤魔化そうと私は必死になって言葉を紡ぐ。
既になんとなくながら気が付いているレイナの事を考えるなら口に出さなくても呼び方は元に戻しておいた方が良さそうかな。
これじゃあ、お父さんに怒られるなと思い、厳格な父親の姿を思い浮かべながら鷹華は作業を終えた。
「どこかおかしい所はないかしら?」
「大丈夫ですよ。それよりも早く食堂に向かわないと」
姿見で確認するレイナをチラリと見ながらも懐中時計を取り出して時間を確認した鷹華は食堂に向かう事をレイナに言うとレイナは素直に確認を終わらせて歩き始めた。
コンコンコンと扉をノックして入室する事を部屋の主に告げる。
「失礼します」
「あぁ、鷹華か。少し待ってくれ」
机に向かって書類を見ていた私の父でもある執事長の神楽鷹光は一度視線を私に向けるとそう言って手元の書類を片付け始めた。
どうやら片手間では話せない内容の話のようで合わせて視線でソファーに座るように指示される。
「すまない、待たせてしまった」
「いえ、大丈夫です」
手に一枚の書類を持って対面へと座った父さんは一度書類に目を向けた後に私を呼び出した訳を話し始めた。
「今日、呼び出したのはレイナお嬢様に関してだ」
「レ、お嬢様がどうかしましたか?」
一瞬、名前で呼びそうになったが父さんには気が付かれずに済んだようでそのまま話を聞き続ける。
正直、約束の事も父さんや旦那様は薄々気が付いているような気はするけど、それでも表立ってその事を言われていないので隠していた方が良いに決まっている。
「どうやら旦那様の政敵が活発に動き始めると情報が入った。それと併せてレイナお嬢様や奥様を狙って何やら企んでいるらしいとも」
「それは……、今まで以上にこの屋敷も狙われるという事でしょうか?」
「あぁ、恐らく……。既に襲撃の計画が実行に移されているとの話も有るようだが、日時までは調べる事が出来なかった」
「では、今日この後から襲撃される可能性も有ると……」
そう聞いた私の言葉に父さんは目を瞑りながらも頷く。
「既に旦那様にも話は通してあるが、いつ何時襲撃が来てもいいように武装及び防衛体制を整える事になった」
目を開いた父さんの真剣な眼差しに押されるように息を呑んでしまうが、直ぐに我に返って頷く。
それを確認した父さんは一瞬だけ笑みを作るとすぐさま真剣な顔をした。
「鷹華には今日この時よりお嬢様の護衛を主に夜間は他の暗部と交代しながらこの館の防衛を務めて貰う事になるが大丈夫か?」
「はい、この命に掛けて」
そう言った私の言葉を聞いた父さんは一息吐くと立ち上がり、机の方へと戻り始める。
そして、その背から退室するように言っていると感じた私はソファーから立ち上がった。
「鷹華、お嬢様には一切この事について気が付かれる事が無いように」
扉を開けて廊下に出ようとした私の背にかかる一言に「はい」と短く返事をしながらも私は今まで以上に覚悟を決めて歩き始めた。
部屋で隠してあった装備を確認して身に着けた私はそのまま防衛時の集合場所となる使用人館の隠し部屋へと顔を出した。
すると既に何人かは配置に就いていたようでガランとした状態に少し遅れちゃったと思いながらも壁の一角に用意されている掲示板から自分の配置位置や時間を確認する。
「えっと、今日は裏庭担当で……、えっ、朝まで交代無し!?」
初日からなかなか大変な任務になる事に軽く絶望しながらも見間違いでも無い事を確認して気持ちを切り替えていく。
「これもレイナ……、お嬢様の安全の為! 頑張りますよ、鷹華!!」
部屋を出る前にもう一度装備を確認した私はそれを合図にするかのようにだんだんと暗部としての私へと思考切り替えていく。
そして、裏庭まで移動した私は敵からの襲撃を考えていつでも動ける状態で待ち続ける。
今日、裏庭に配置されたのは私一人。裏庭自体は表に比べればこじんまりしているものの、代わりに屋敷までの距離が近い事も有って襲撃された場合には急いで対応しなければならないでしょう。
勿論、屋敷には何人かの暗部が守りについているのでいざという時は応援に駆けつけてくれるでしょうが、それでお嬢様たちに危険が迫るような事態になってしまっては意味がない。
「さて、今日は来るのか、来ないのか。……、出来れば来てほしくないのですが……」
ささっと裏庭の気になった所に目を向けた後に裏庭中央の開けた場所に一人立ち、壁を越えてやってくるかもしれない敵を待つ。
神楽家に生まれた身として既にそういった経験はしているとはいえ、好き好んで汚れたくない私からすると今日の所は何も無く終わってほしかった。
だが、そんな思いを裏切る様に一つの影が壁を乗り越えようとしている事に気が付いてしまう。
「はぁー、ここはフランベルジュ家の敷地。何を考えて入ってこられたかは知りませんが、それ以上進むようなら止めさせてもらいます」
裏庭に飛び降りた影に向かってそう言ってみるもその影は何も言わず、声の主だった私を一瞥するとすぐさま動き出す。
「残念です。フランベルジュ家が暗部の一人として対応します!!」
素直に帰って頂きたかったと思いながらもその侵入者に対応するために私も動き始める。
レイナ、お嬢様も含めたフランベルジュ家を守るために。
父さんの姿を見て育ち、優しくしてくださるお嬢様の幸せを、未来を守るために私は今日も頑張り続けるのだった。
そして、あの襲撃があった日から数日。
あの日、お嬢様たちを狙って襲い掛かってきた襲撃者を裏庭で拘束する事が出来た私はそのまま屋敷の守りについていた暗部にそれを引き渡しました。
おおよそ分かっていたものの、あの襲撃者は旦那様の政敵が金で雇った流れの者だという事が判明。
もともとこの国で私たちのような主に忠誠を誓うような存在でもなかった事も幸いして簡単に情報が手に入ったようで直ぐにその襲撃者のアジトに仲間を送ったところ証拠にもなる物品も手に入ったとか。
もっとも、どうやら敵が雇ったのはその者だけでは無かったようでそれからも何度か襲撃を受け事にはなり、その都度、私や他の暗部が対応していた訳ですが……。
お嬢様の警護を優先するように言われていた私はその間も何回か襲撃者を捕らえる事になり、時よりお嬢様に気が付かれそうになるという失態を犯してしまいました。
まぁ、救いだったのは屋敷内で聞かれた事で、毎回のなんとか必死に言い訳した事とボロが出そうになるのを見越した父さんの采配か近くを通った暗部の使用人のお陰で誤魔化し切れた事ですね。
そして、相手も痺れを切らしてきたのかだんだんと状況も集団も選ばなくなりかけた頃、ついに逆転の一手となる事が起きました。
きっかけは学園から帰ってきたお嬢様の様子がおかしい事に私が気が付いた事でした。
元々、大好きな婚約者がいる学園にそれはもう嬉しそうに通っていたお嬢様は本当に幸せを満喫されているようで、旦那様たちフランベルジュ家の方々や私も含めた屋敷の使用人全員がその様子を見守っていました。
しかし、その日のお嬢様は何やら泣きそうな、いや、必死に泣くことを我慢しているような表情で直ぐに部屋へと籠られました。いつもなら私や屋敷にいらっしゃる奥様を相手に今日有った事を話される事もせずに。
それを疑問に思った私はすぐさまその様子と原因が恐らく学園、若しくは婚約者の方に有るのではと父さんに報告。
直ぐに動き出した父さんたちによって政敵が学園にも手を回していた事も判明し、お嬢様の様子に怒り心頭だった旦那様の指示の下、集まりに集まった証拠と共に反撃を開始されました。
そこからは集まっていた証拠の数も有ってあっさりと方がつき、平穏が戻ってくるとお嬢様もいつものように笑顔を見せ、それを見た私たちも落ち着きを取り戻すのでした。
「本当にこのような幸せな時間が続くと良いですね」
窓から見えた幸せそうなお嬢様の帰宅姿に合わせて私もまたお迎えに向かうのでした。
「ふぁー、もう朝ですか……」
まだ微かに残る眠たさに目を擦り、布団から出ながら枕元に置いていた懐中時計で時間を確認して、着替えるために備え付けのクローゼットへと向かう。
そして、仕事用に用意されているメイド服に着替えながら今日の予定を思い浮かべ、一日の流れを一人確認して一人頷きます。
「さて、これで大丈夫でしょうか?」
備え付けの姿見の前で髪や服装に乱れがないことを確認した後、もう一度懐中時計で時刻を確認して部屋を出た。
こうして、私、神楽鷹華の一日は始まります。
廊下を歩きながら微かに下から聞こえてくる喧噪に耳を傾ける。
その音から既に戦場になっているだろう厨房の状況が目に浮かび、何度も手伝いを申し出て断られている事を思い出してしまう。
本来なら自分ももっと早く起きてあそこに加わるべきなのはよく分かっているが、お嬢様のお世話をする為にと言われてしまうとどうしても強く出る事が出来ない。
何よりこの私自身は作った料理やお菓子を気絶するほど喜んでくれる両親や仲間たちからお前にしか任せられないと強く言われてしまうと引くしかない。
「しかし、なぜ皆さんは私が料理をしようとすると止めるのでしょうか……?」
美味しすぎるのが原因なんでしょうかね……。食べた全員が気絶してしまう程ですし、流石に旦那様やお嬢様が料理を食べて気絶するというのはまずいでしょうし。
「って、いったーーーーーい!!」
急に走った額の痛みに涙目になって座り込む。
うぅ、なんでこんなに痛いのでしょう……。
そんな事を不思議に思いながら視線を前に向けるとどうやら考え込んで歩いている内に目的の場所に着いていたようで私がぶつかったのがお嬢様の部屋の扉だと気が付きました。
「あぁ、もう着いたのですね……」
まだ痛む額を手で押さえながらも立ち上がる。そして、ポケットからハンカチを出して額に一度押し当てて目の前に持ってくる。
「出血はしてないようですし、そこまで腫れてないと良いのですが」
涙を拭ってそのハンカチをしまう。
深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせ、私はドアをノックしました。
「失礼します」
特に部屋の中から返事は無く、どうやらお嬢様はまだ寝られているようでした。
ドアを開き、部屋の中へと入ると手前のテーブルには昨日の夜に読まれていたと思われる本が何冊か乱雑に置いてありますし。
「はぁー、この感じだと昨日も遅くまで起きていらっしゃったようですね」
部屋に入ってからもお嬢様は起きてこられる様子が無いのと少し時間に余裕が有る事から私は簡単ながら片づける事にしました。
今こうして見習いとして勤め始める前の幼い頃から入り浸ったお嬢様の部屋だからこそ何処に何が有ったかぐらいは分かるし、何よりも勤め始めてからもお嬢様付きとして通っているからこそ新しい物が増えていたとしても直ぐに気が付きます。
「ふぅ、こんなものでしょうか?」
手早くテーブルの上を奇麗にした私は一度確認した後、未だに起きる気配を見せないお嬢様の為に足音を潜め、素早くベッドの奥にある窓に近づく。
既に天気が良い事を知っている私はそのまま閉められていたカーテンを勢いよく開き、日差しがベッドに差し込むようにした。しかし、寝ているお嬢様はその日差しから逃げるように布団の中に潜り込んでしまいます。
「はぁー、お嬢様、朝です。起きてください」
声を掛けながら布団越しに身体を揺らしてみるが起きる様子が見えません。
ただ、このままというのもまずいので布団を引っぺがしてもう一度声を掛けてみますが。
「んー、なに……? もう……、朝?」
「はい、朝ですから起きてください、お嬢様」
一度、私の方に目を向けたお嬢様だったが、どうやらまだ半分夢の中のようで布団を奪い返すとそのまままた潜り込んでしまう。
「ヨーカ? もう、ちょっと……」
「お嬢様、起きてください!!」
大声で起こし始めた私に流石にお嬢様もしっかりと目を覚ましたのか顔を少し出して私を見てくる。
まるで懇願するような目だったが、だんだんと時間が押してきているのも有って私は敢えてそれを無視して布団をしっかりとはぎ取った。
そうするとお嬢様も流石に諦めたようで身体を起こしてベッドの上に座り込む。そして、その姿を確認した私はそそくさとクローゼットへと向かい、今日のお嬢様の服装について悩み始めます。
「お嬢様、今日はどのような洋服になさいましょうか?」
「……、……ない」
「お嬢様?」
「昔みたいにしてくれないと着替えない」
どうやらお嬢様の意思は固いらしく、私に目を合わせようともせずにベッドに座っているだけだった。
そうは言っても今の私はお嬢様に使える使用人の一人。まぁ、正確にいうと見習いなのですが、昔は姉妹のように育ってきた為にそんな私が他の使用人と同じように接するのが気になったのだろう。
さて、どうしたものでしょうか。一度、お嬢様を見たままの姿で考え始める私だった特にこれと言って良い案が浮かばない。正直、昔みたいに呼びたいし、話したいのは私もと言いたいところだけど……。
「もう……、前に二人っきりの時はって約束も忘れたの?」
「あれ、そうでしたか?」
確かにそんな事を言われたような気がするけど、それでも簡単に昔みたいに出来るかというとそんな訳有るはずもない。
「もう、本当に忘れてしまったのかしら?」
「そ、そんな事ないよ!!」
泣きそうな顔をして私の顔を見つめるお嬢様に私は白旗を挙げる。
慌てたように話しかける私の姿にさっきまでの様子が嘘のようににっこりと笑うお嬢様。
「言ったわね!」
「はぁー、今だけですよ。もう……」
仕方なしにそう言うとお嬢様は嬉しそうにしながらベッドから降りて私の傍までやってくる。
「それで今日の服はどうするかだったわね?」
「そうですね。今日はこれと言って何処かに出かけるとも来客が有るとも聞いていないのでどうします?」
「そうね、今日は確かに出かける気分にもならないし、そこまで派手な物じゃなくていいわ」
そう言いながらお嬢様はクローゼット内に有る一着へと目を向けた。
その視線の先に目を向けるとそこにはシンプルなブルーの一着がかかっていた。
「じゃあ、今日はこれにしましょう」
「そうね、それが良いわ」
クローゼットの中からそれを取り出すと既にお嬢様は着ていた物を脱ぎ始めていたので私は急いでそれを回収しながらもお嬢様の動きに合わせて着替えを手伝っていきます。
「ねぇ、ヨーカ? もしかして、まだ私の事をお嬢様って言っていないかしら、心の中で?」
「そ、そんな事はないですよ?」
「本当?」
態々、上目遣いで見てくるお嬢……、レイナに失敗してしまったと思いながらもどうにか誤魔化そうと私は必死になって言葉を紡ぐ。
既になんとなくながら気が付いているレイナの事を考えるなら口に出さなくても呼び方は元に戻しておいた方が良さそうかな。
これじゃあ、お父さんに怒られるなと思い、厳格な父親の姿を思い浮かべながら鷹華は作業を終えた。
「どこかおかしい所はないかしら?」
「大丈夫ですよ。それよりも早く食堂に向かわないと」
姿見で確認するレイナをチラリと見ながらも懐中時計を取り出して時間を確認した鷹華は食堂に向かう事をレイナに言うとレイナは素直に確認を終わらせて歩き始めた。
コンコンコンと扉をノックして入室する事を部屋の主に告げる。
「失礼します」
「あぁ、鷹華か。少し待ってくれ」
机に向かって書類を見ていた私の父でもある執事長の神楽鷹光は一度視線を私に向けるとそう言って手元の書類を片付け始めた。
どうやら片手間では話せない内容の話のようで合わせて視線でソファーに座るように指示される。
「すまない、待たせてしまった」
「いえ、大丈夫です」
手に一枚の書類を持って対面へと座った父さんは一度書類に目を向けた後に私を呼び出した訳を話し始めた。
「今日、呼び出したのはレイナお嬢様に関してだ」
「レ、お嬢様がどうかしましたか?」
一瞬、名前で呼びそうになったが父さんには気が付かれずに済んだようでそのまま話を聞き続ける。
正直、約束の事も父さんや旦那様は薄々気が付いているような気はするけど、それでも表立ってその事を言われていないので隠していた方が良いに決まっている。
「どうやら旦那様の政敵が活発に動き始めると情報が入った。それと併せてレイナお嬢様や奥様を狙って何やら企んでいるらしいとも」
「それは……、今まで以上にこの屋敷も狙われるという事でしょうか?」
「あぁ、恐らく……。既に襲撃の計画が実行に移されているとの話も有るようだが、日時までは調べる事が出来なかった」
「では、今日この後から襲撃される可能性も有ると……」
そう聞いた私の言葉に父さんは目を瞑りながらも頷く。
「既に旦那様にも話は通してあるが、いつ何時襲撃が来てもいいように武装及び防衛体制を整える事になった」
目を開いた父さんの真剣な眼差しに押されるように息を呑んでしまうが、直ぐに我に返って頷く。
それを確認した父さんは一瞬だけ笑みを作るとすぐさま真剣な顔をした。
「鷹華には今日この時よりお嬢様の護衛を主に夜間は他の暗部と交代しながらこの館の防衛を務めて貰う事になるが大丈夫か?」
「はい、この命に掛けて」
そう言った私の言葉を聞いた父さんは一息吐くと立ち上がり、机の方へと戻り始める。
そして、その背から退室するように言っていると感じた私はソファーから立ち上がった。
「鷹華、お嬢様には一切この事について気が付かれる事が無いように」
扉を開けて廊下に出ようとした私の背にかかる一言に「はい」と短く返事をしながらも私は今まで以上に覚悟を決めて歩き始めた。
部屋で隠してあった装備を確認して身に着けた私はそのまま防衛時の集合場所となる使用人館の隠し部屋へと顔を出した。
すると既に何人かは配置に就いていたようでガランとした状態に少し遅れちゃったと思いながらも壁の一角に用意されている掲示板から自分の配置位置や時間を確認する。
「えっと、今日は裏庭担当で……、えっ、朝まで交代無し!?」
初日からなかなか大変な任務になる事に軽く絶望しながらも見間違いでも無い事を確認して気持ちを切り替えていく。
「これもレイナ……、お嬢様の安全の為! 頑張りますよ、鷹華!!」
部屋を出る前にもう一度装備を確認した私はそれを合図にするかのようにだんだんと暗部としての私へと思考切り替えていく。
そして、裏庭まで移動した私は敵からの襲撃を考えていつでも動ける状態で待ち続ける。
今日、裏庭に配置されたのは私一人。裏庭自体は表に比べればこじんまりしているものの、代わりに屋敷までの距離が近い事も有って襲撃された場合には急いで対応しなければならないでしょう。
勿論、屋敷には何人かの暗部が守りについているのでいざという時は応援に駆けつけてくれるでしょうが、それでお嬢様たちに危険が迫るような事態になってしまっては意味がない。
「さて、今日は来るのか、来ないのか。……、出来れば来てほしくないのですが……」
ささっと裏庭の気になった所に目を向けた後に裏庭中央の開けた場所に一人立ち、壁を越えてやってくるかもしれない敵を待つ。
神楽家に生まれた身として既にそういった経験はしているとはいえ、好き好んで汚れたくない私からすると今日の所は何も無く終わってほしかった。
だが、そんな思いを裏切る様に一つの影が壁を乗り越えようとしている事に気が付いてしまう。
「はぁー、ここはフランベルジュ家の敷地。何を考えて入ってこられたかは知りませんが、それ以上進むようなら止めさせてもらいます」
裏庭に飛び降りた影に向かってそう言ってみるもその影は何も言わず、声の主だった私を一瞥するとすぐさま動き出す。
「残念です。フランベルジュ家が暗部の一人として対応します!!」
素直に帰って頂きたかったと思いながらもその侵入者に対応するために私も動き始める。
レイナ、お嬢様も含めたフランベルジュ家を守るために。
父さんの姿を見て育ち、優しくしてくださるお嬢様の幸せを、未来を守るために私は今日も頑張り続けるのだった。
そして、あの襲撃があった日から数日。
あの日、お嬢様たちを狙って襲い掛かってきた襲撃者を裏庭で拘束する事が出来た私はそのまま屋敷の守りについていた暗部にそれを引き渡しました。
おおよそ分かっていたものの、あの襲撃者は旦那様の政敵が金で雇った流れの者だという事が判明。
もともとこの国で私たちのような主に忠誠を誓うような存在でもなかった事も幸いして簡単に情報が手に入ったようで直ぐにその襲撃者のアジトに仲間を送ったところ証拠にもなる物品も手に入ったとか。
もっとも、どうやら敵が雇ったのはその者だけでは無かったようでそれからも何度か襲撃を受け事にはなり、その都度、私や他の暗部が対応していた訳ですが……。
お嬢様の警護を優先するように言われていた私はその間も何回か襲撃者を捕らえる事になり、時よりお嬢様に気が付かれそうになるという失態を犯してしまいました。
まぁ、救いだったのは屋敷内で聞かれた事で、毎回のなんとか必死に言い訳した事とボロが出そうになるのを見越した父さんの采配か近くを通った暗部の使用人のお陰で誤魔化し切れた事ですね。
そして、相手も痺れを切らしてきたのかだんだんと状況も集団も選ばなくなりかけた頃、ついに逆転の一手となる事が起きました。
きっかけは学園から帰ってきたお嬢様の様子がおかしい事に私が気が付いた事でした。
元々、大好きな婚約者がいる学園にそれはもう嬉しそうに通っていたお嬢様は本当に幸せを満喫されているようで、旦那様たちフランベルジュ家の方々や私も含めた屋敷の使用人全員がその様子を見守っていました。
しかし、その日のお嬢様は何やら泣きそうな、いや、必死に泣くことを我慢しているような表情で直ぐに部屋へと籠られました。いつもなら私や屋敷にいらっしゃる奥様を相手に今日有った事を話される事もせずに。
それを疑問に思った私はすぐさまその様子と原因が恐らく学園、若しくは婚約者の方に有るのではと父さんに報告。
直ぐに動き出した父さんたちによって政敵が学園にも手を回していた事も判明し、お嬢様の様子に怒り心頭だった旦那様の指示の下、集まりに集まった証拠と共に反撃を開始されました。
そこからは集まっていた証拠の数も有ってあっさりと方がつき、平穏が戻ってくるとお嬢様もいつものように笑顔を見せ、それを見た私たちも落ち着きを取り戻すのでした。
「本当にこのような幸せな時間が続くと良いですね」
窓から見えた幸せそうなお嬢様の帰宅姿に合わせて私もまたお迎えに向かうのでした。
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「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
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