【R18/TL】ハイスペックな元彼は私を捉えて離さない

春野カノン

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縋るその先にあるのは(4)

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という言葉を聞いた理玖くんは腕の中の私を見下ろし目を見開いていた。
多分この顔は大学生の頃に私が話した内容を思い出した顔だ。


「お、お兄さん?!」

「えと、私のお兄ちゃんの太陽です」

「陽葵の兄です」


ガバッとすごい速さで私の身体から離れた理玖くんは背筋をピンッと伸ばし緊張した面持ちでお兄ちゃんを見つめていた。
こんな姿を見るのは初めてのためなんだか新鮮だ。


「まぁ入りたまえ」

「何その変な言い方。そして私の部屋なんだけど」


玄関で帰そうとしなかったのはお兄ちゃんの中で第一印象は悪くなかったということだ。
それが分かりホッとした。


リビングに入るとテーブルの上に広がっていたケーキを見て理玖くんがあ、と言葉を漏らす。
そしてそのまま自分が持っていた箱を私たちに見せると、3人で顔を見合わせて思わず笑ってしまう。


ありがたくその箱を受け取り中身を確認すると、中身まで全く同じケーキが入っていた。
まさかお店も中身も全く同じケーキを見ることになるなんて驚きだ。


「ごめん陽葵ちゃん。全く同じケーキ買ってきちゃって⋯⋯」

「ううん、そんな謝らないで。嬉しいよありがとう」


理玖くんは申し訳なさそうに眉を下げると、少しだけ悲しそうな顔をした。
それに胸が痛み、思わず理玖くんの腕をぎゅっと握る。


「これ、なんでこの2つ買ってきたんだ?」

「あ、えーと⋯陽葵ちゃんの好きなケーキの1番はいちごでその次がチョコだから、です」


ローテーブルを囲むように3人で座るとお兄ちゃんが理玖くんに唐突に問いかけた。
その答えを聞いたお兄ちゃんは一瞬だけ目を見開くと、突然理玖くんの頭をわしゃわしゃと撫でる。


その光景を唖然としながら眺め、わしゃわしゃと撫でられる理玖くんもまた理解できておらずポカンとされるがままだ。
存分に撫でたお兄ちゃんは満足したのか食べさしのケーキをすくい、再び口に運ぶ。


「陽葵のこと大好きなんだな」

「え、はい。すごく好きです。何よりも大切です」


お兄ちゃんは珍しく目を細め、柔らかな表情を浮かべて理玖くんを見つめる。
そんな笑顔を見ながら少しだけ似た者同士の2人を見て自然と笑みがこぼれた。


「あの、俺帰ります。せっかく陽葵ちゃんとお兄さんが一緒にいる所に、俺がいると邪魔になっちゃうと思うので」

「え、理玖くん?」

「そのケーキ良かったら明日にでも食べて。また連絡するね」


そう言って理玖くんはお兄ちゃんに深々と頭を下げて部屋を出ていった。
遠くからパタンと扉が閉まる音がした後に、隣の部屋から小さく物音が聞こえてくる。


隣の部屋から物音が聞こえてきたことを不思議に思ったお兄ちゃんは私に視線を向ける。
隠しておくことも出来ないため、隣に引っ越してきたことを素直に話した。


「隣に住んでんのか。あの彼氏」

「うん。そうだよ」

「⋯⋯いろいろ言いたいことはあるが、あんまり言うと陽葵に嫌われるし、とりあえず堪えるがひとつ聞かせてくれ。あの彼氏って陽葵の大学時代の元彼、だよな?」

「見たことあったっけ?」

「写真で1度見たことがある」


お兄ちゃんは妹の私に対して過保護のため彼氏に厳しい。
ちゃんとした礼儀があるのか、いい加減な人じゃないのか、私のことを大事にしているのか。


そういうのを多分、自分の物差しで図っているんだと思う。
実際健二くんと付き合ってた時は一緒に住もうと言う話を先延ばしにされたことを話した頃から疑いの目を向けるようになった。


お兄ちゃんの懸念は現実となり今に至るため、お兄ちゃんの見る目はあながちズレてはない。
だけど今回の理玖くん相手には今のところ何も言ってきていない。


「大学生の頃、陽葵がめちゃくちゃ泣いてた日あったよな。あれ、あいつと別れた時だろ」

「え??!なんで覚えてるの!」

「そりゃ忘れるわけないだろ。陽葵があんなに泣いてるとこ見たの初めてだったし」


記憶力が良いのも問題だ。
絶対もう忘れてると思っていたのに。


「あいついい彼氏だな。陽葵のことちゃんと分かってる。俺と全く同じケーキ頼んでるとこ見たら似た者同士かと思ったわ」


確かに理玖くんが買ってきてくれたケーキからは自分の好みより先に私の好みを優先させてくれる所に愛を感じた。
私がいなくたって私のことを想ってくれてたんだと伝わってくる。


自分が買ってきたケーキの最後の一口を食べ終え、コーヒーを飲みきった。
するとそそくさと帰る準備を始める。


「帰るの?」

「あぁ。陽葵の顔は見れたし、満足したからな」

「ありがとねケーキ」

「陽葵が幸せそうで何よりだ。あの彼氏と仲良くな」

「うん。ありがとう。また今度はゆっくり来てね」

「次は音も連れてくるわ。陽葵に会えると嬉しそうだから。またな」


玄関まで背中を追いかけ、お兄ちゃんに手を振って見送る。
帰る前にお兄ちゃんは私の頭をわしゃわしゃと撫で、笑顔を浮かべて帰っていった。


お兄ちゃんの頭を撫でる行為は愛情表現の一部のためそれを理玖くんにしたということは、お兄ちゃんの中で理玖くんは頭を撫でるに相応しい人だと判断されたということだ。
理玖くんをそう思ってくれたことは純粋に嬉しい。


残された私は机の上を片付け、そのまま夜を迎えた。
夜ご飯も食べ終え、時刻が21時を少し過ぎたタイミングで私は隣の部屋に住む理玖くんの部屋を尋ねる。


玄関を開けた理玖くんは私の姿を見て驚き目を見開いていた。
まさか私が来るなんて思ってもなかったんだろう。


「どうしたの陽葵ちゃん」

「このケーキ、一緒に食べない?」


理玖くんが私のために買ってきてくれたケーキを片手に目の前に差し出すとふわっと私と身体を抱き締める。
ケーキが潰れないように優しく抱き締めるその動きがとても愛おしい。


「理玖くんと一緒に食べたくて。取っておいたの」

「はぁ~陽葵ちゃん可愛すぎる。なんでそんな可愛いの?」

「ケーキ持ってきただけなんだけど⋯⋯」

「入って。一緒に食べよ。俺も陽葵ちゃんと食べたいって思ってたから嬉しい」


優しい笑顔に導かれるように私は理玖くんの部屋へと足を踏み入れる。
私の背中にそっと手を回してエスコートしてくれるその動きにキュンと胸を高鳴らせた。


大切な人と一緒に食べるケーキは格別に美味しいだろう。
私たちはケーキのように甘い夜を過ごした。
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