【R18/TL】ハイスペックな元彼は私を捉えて離さない

春野カノン

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知らなかった時間を知る者(3)

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私たちから離れた笠井さんの足音を耳に、ゆっくりと心を落ち着かせる。
安井さんと理玖くんが何かあるとは思っていない。


だけど理玖くんの口から聞くまでは安心できなかった。
あの人は2人で飲みに行ったり送ってもらったりしたと言っていたし。


「四ノ宮さんと笠井さんは元々知り合いだったんですね」

「あ、うん⋯そうみたいだね」

「仲良しですもんねあの2人」


今の会話を聞いていて何となく察したんだろう。
横山くんは口が堅いし、これ以上話が広がることはないはずだ。


笠井さんが戻ってくる間、横山くんはずっと隣にいてくれた。
気を紛らわせるように他愛もない話をしてくれてすごく心が和らいでいく。


水を片手に戻ってきた笠井さんからありがとうございます、と言って受け取り喉を湿した。
気持ちを切り替え、残りの時間を何事もなく過ごしていく。


笠井さんと横山くんが常に一緒にいてくれたため、それ以降は安井さんや横山さんが近づいてくることはなかった。
その後、無事に講演会を終えた私たちは見慣れた土地へとゆっくり帰る。


短いようで長く感じた2日だった。
講演会としては収穫がたくさんあったが、それ以外の問題もたくさん抱えることになりそうだ。


その日の帰り、理玖くんに話したいことがあると言って笠井さんが一緒に家の最寄り駅まで来てくれることになった。
到着時間を理玖くんに伝えると、迎えに行くね、とすぐに連絡が返ってきた。


***


家の近くの最寄り駅に着いた私はキャリーケースを引いて笠井さんと一緒に改札口を抜ける。
するとそこにはラフな格好の理玖くんがダウンを着て既に待ってくれていた。


私たちの姿を見つけた理玖くんは大きな動きで手を振って出迎えてくれる。
その顔を見た瞬間、今までの全てから開放されたように感じ、思わずキャリーケースを置いて理玖くんの胸に飛び込んだ。


突然だったにも関わらず理玖くんは私の身体を受け止めて大切そうにギュッと抱き締めてくれる。
心地よい体温と一定のリズムの心臓の音がひどく私を安心させた。


「陽葵ちゃんおかえり、会いたかったよ。どうかしたの?」


私の髪を優しく撫でながら降ってくるその声はとても優しくて、いろんな感情が心を埋めつくして上手く言葉にできない。
それを察した理玖くんは顔を上げて、後ろから私のキャリーケースも一緒に引いてきてくれた笠井さんに視線を向けた。


「圭哉。何かあった?」

「その事で話したくてここまで来た」

「陽葵ちゃんに何かあったの?」

「安井美鈴って覚えてるだろ?あいつが講演会に来てた」

「っ!」


私を抱き締める身体が一瞬だけ震えたのが分かった。
それがどういう感情からなのか私には分かる方法はない。


「理玖から話は聞いてたから気をつけてはいたんだけど、百瀬に接触してきてたからな。あいつに何か言われたみたいだし、ちゃんと話しておいた方がいいと思うぞ」

「そっか。それで陽葵ちゃんが⋯⋯」

「それに俺もこの出張で知ったんだが、来年になったらevolveと合同企画が始まるらしい。一緒に仕事やるにしろ、ちゃんと百瀬には伝えとけよ」

「分かった。ありがとう圭哉。陽葵ちゃんのこと守ってくれたんだよね」

「まぁ、誰かさんに頼まれたし、こいつは俺にとっても大事な後輩だからな」

「ありがとな。陽葵ちゃんにはちゃんと俺から話すよ。圭哉も気をつけて帰ってね」


笠井さんが私たちから離れる気配がしたため、抱き着いていた身体を離して真っ直ぐ向き直る。
この出張の間はずっと笠井さんに助けられてきた。


実際今も、笠井さんがいなかったら理玖くんに上手く話ができなかったかもしれない。
公私共に助けられている笠井さんにちゃんとお礼を言いたい。


「笠井さん、ありがとうございます。助けていただいて感謝してます」

「気にすんな。あとはお2人でごゆっくりな」


ヒラヒラと手を振って笠井さんは改札口を戻っていく。
私の隣に立つ理玖くんは私の指に手を絡め、キャリーケースをもう片方の手で引いてくれた。


「さて陽葵ちゃん帰ろうか。さっき圭哉が言ってたことちゃんと聞きたいし、俺も話したいからさ」

「うん」


自然と私の歩幅に合わせて歩いてくれる理玖くんはやっぱり気が使えて理想的な彼氏だ。
だけどこの優しさを安井さんにも向けていたのかと思うと、複雑な気持ちになる。


モヤモヤを抱えて、嫌われたくなくて言えなかったあの頃とは違って私はもうちゃんと伝えられるようになった。
この感情も全部理玖くんにぶつけたってきっと理玖くんは喜んで受け止めてくれるだろう。


(私の気持ちも全部話そう⋯)


行き慣れた道を通り、私たちは理玖くんの部屋に着いた。
理玖くんの部屋には毎週のように通っていたため私が使う物が置きっぱなしになっている。


そのため理玖くんの部屋に帰ってきたとしても困らなかった。
部屋の中は温かくなっており、理玖くんはリビングまで手を引いてくれる。


キャリーケースも最後まで運んでくれて着ていたコートを脱がせて綺麗にハンガーにまで掛けてくれた。
そのまま案内されるようにベッドに腰をかける。


「お腹空いてる?うどんならすぐ作れるけど」

「⋯たべたい」

「ふふ可愛いね陽葵ちゃん。待っててすぐ作るから」


ポンっと頭を撫でた理玖くんはそのままキッチンへと向かった。
1人残された私は無性に理玖くんの近くにいたくて彼の後を追ってキッチンへと足を踏み入れる。


キッチンで鍋にお湯を沸かしてうどんの準備をしてくれている理玖くんの背中にギュッと抱き着くと、どうしたの?と優しい声が降ってきた。


「ぎゅーしたくなった」

「そうなの?甘えん坊な陽葵ちゃんも可愛いなぁ。でも火を使ってるから危ないよ?」

「じっとしてるから、だめ?」

「そんな可愛く聞かれたらだめなんて言えないよ」


後ろから回した腕にそっと手を重ねて優しくてトントンとリズムを刻む。
背中に顔を埋めると理玖くんのほんのり甘い香りを鼻いっぱいに吸い込んだ。


どこまでも優しくて甘やかしてくれる理玖くんがやっぱり好きで、この優しさも何もかも私だけに向けられる特権を味わい続けたい。
1度は逃げて自分から手放してしまったこの人を今度は絶対に手離したくないと強く思った。


お出汁の香りが漂ってきてぐーっと私のお腹が鳴ると、理玖くんがふはっと笑う。
私もまさかお腹が鳴るとは思っていなくて恥ずかしくなり更におでこをグリグリと押し付けた。


「うどんに卵溶き入れちゃいまーす」

「おネギは?」

「仕方ないね。おネギも付けちゃいます!」


深い丼皿にうどんを盛り付けてくれた理玖くんにくっつきながら私はリビングへと戻る。
ローテーブルにうどんを置いた理玖くんは私の隣に腰を下ろした。


うどんからは温かい湯気が漂っておりすごく美味しそうだ。
箸を持ってゆっくりうどんをすくう。


「ちゃんとふーってして食べるんだよ」
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