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疾風の靴

疾風の靴8

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 拾おうとした魔石が数個、突然光を放ち始めた。そして、地面が揺れ始める。
 地震か??そう思ったと同時に、魔石がパン!と音を立て割れ、ピキピキと地面の割れる音がした。
 いや……地面は割れてない。揺れているのも、音を立てているのも、空間だ。何もないはずの目の前の空間には徐々に亀裂が入り、歪んでいく。そして、その亀裂は音を激しくさせながら、絞り込むように空間を圧迫、集約して黒い塊になっていく。
 明るかったダンジョンは色も吸収されたように明るさを無くし、集約した黒い塊は不気味な煙りを放ち、視界を更にぼやけさせた。
 こ、こんな事が起こるのか?!いったい何が!?
 「な、何が起こってる?!」
 俺はそう言い、隣のアリシアを見る。彼女は顔面蒼白になり、唇を震わせて呟く。
 「……イ、イレギュラー……。」
 「イレギュラー?!神々の気まぐれと違うのか?!」
 「似たような物だけど……この場合は、何かのきっかけで発動したんだと思う!理由は分からないけど!!」
 そう言えば、イリアが前言っていたような。王宮使いの時に処理していたイレギュラーってやつの事か??何でこんな時に?!
 やがて、煙りは晴れ、その姿が露わになる。
 全長、4m以上はあるだろうか?髪の毛は無く、全身赤い。膨らんだ腹に似合わず、その他の部位は厚い筋肉に覆われている。気持ち悪いほど青黒く光る瞳は見つめられただけで、凍えてしまいそうな寒気をはらんでいた。
 装備は片手に極太の棍棒だけ……。しかし、一撃でも貰えば即死……あるいは致命傷になるだろう。それくらいの存在感だ。
 俺は、流れる冷や汗を飲む込むように、ゴクリと唾を飲み込んだ。
 これは確実にヤバい。俺のレベルやステータスでどうこう出来る相手ではない。本能がそう告げている。
 どうする?このまま戦うのか??いや……冷静になれ。勝ち目のない戦いだ。相手はまだ動いてはいない。こちらにも気づいていないだろう。というか、まだ電源の入っていないロボットのように微動だにしない。今のうちなら、逃げられる。疾風の靴もある。アリシアを背負って、抱えて、走っても、今ならまだ……動いていない、今ならまだ逃げられる!
 「すまない。アリシア!!」
 俺はアリシアを抱えて、走りだす。『速く』と意志を込めて……。

 次の瞬間、何が起こったのか分からなかった。
 俺の目の前に棍棒が振り下ろされ、爆風で俺とアリシアは吹っ飛ばされていた。
 モンスターは起動したのか?!疾風の靴を使った速度に反応した?疾風の靴が作動しなかった?もしかして、使いすぎて魔力切れ?!色々な思いが頭の中を駆け巡る。
 とりあえず、飛ばされたアリシアの元へ行かないと。
 俺は意志を『速く』と込める。しかし、疾風の靴は光らない。やはり、魔力切れか!!
 モンスターは動いた俺に狙いを定めず、まだ動けない遠くのアリシアに狙いを定める。
 確実に仕留めれる方を選ぶ……?普通のモンスターなら、目の前の相手、近くの相手を攻撃する。やはり、あれは普通ではない……もしかして、知能もあるのか??
 「『石ツブテ』!!!」
 まず、あのモンスターの意識をこちらに向けなければ……。
 顔を目掛けて、全力で投げる。石ツブテは頬に当たり、モンスターはこちらを見る。血が流れないので、効いているかどうかはパッと見た目では分からないが……モンスターの意識はこちらに向いた。
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