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選挙事務所はワールドワイドの深水に
16 停滞と転換
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そろそろ本格的に選挙活動をしなければならない。とは言っても俺は人前に出るのが苦手なので、ネットで動くことしかできないし、瑠夏は事務仕事で手が空かない。要は選挙戦本番にもかかわらず、これ以上スロットルは回せない状況に陥っているのだ。
これからは、テレビをぶっ壊して、相手陣営から金を貰ってくるような時間はなさそうだ。俺は、目の前の人手不足には目を瞑り、広報用の絵の繋がった首相を書くこととした。
筆を進めていると瑠夏が帰ってきた。
「手続きは全て終わったわ。もうすぐ告知だけど、そちらの準備は?」
知ってるだろう。DNA鑑定した子供の親なんかよりわかりやすい。選挙戦を戦い抜く準備なんてできていないことは明らかだ。
「努力はしたけど、なかなかこれ以上は難しくって。」
努力といえば、タバコと大麻に火をつけることと、壊したテレビを修復したことぐらいだ。俺は、これを最大の努力としてアピールしてやった。
「あらそう。選挙ってのは、自分を上げるより、相手を落とすほうが断然楽なのよ。」
まるで、こちらの成果が上がっていないかのような口ぶりだ。まあまあ出てきた人気は無視かよ。
「今度は不倫現場でも抑えてこいとでも言うのかよ。」
俺は、瑠夏には珍しく吠えている。パラノイアの性ってもんだ。認められなくちゃ気がすまねえ。
「だって仕方ないでしょ!これ以上難しいっていうのは、あなたじゃない。」
瑠夏の方もこちらへ吠えてきた。闘犬どころか、闘鶏だとしても酷い吠え合いだ。
俺も瑠夏も、吠えたってどうにもならないって知ってはいるが、吠えずにはいられない。大脳辺緑系で生じたフラストレーションは、前頭葉では収まりきらずに互いの前頭葉で激しくぶつかり、反射し、増幅していた。
「ちょっと、待ってくれ。」
俺は無駄に使う酸素を遮断して、短い言葉で、ギリギリ一杯エネルギーを使い切るように懇願する。
あまりにも俺が、豹変した姿で言ったからだろう。瑠夏はそれを素直に受け入れた。俺は、ゆっくりと背を見せないように瑠夏から半径5メートルを中心に腹を向けて半周する。カフェの厨房の奥底に埋まったキビヤックの缶詰目指して引き出しに手を突っ込んだ。ビンゴ!前聞いてた通り、匂いのカモフラージュのキビヤックとともに、包まった大麻も掴み上げた。
「こういう時は、一旦一服するだろ。」
二つの缶詰めのうち、一個を瑠夏にパスした。瑠夏は無言で掴み、中から大麻だけを取り出して火をつけた。
こういう時は、本当はエクスタシーの方がいいらしい。マリファナでは、俺も瑠夏も、どんなことがあっても、我慢はできるが納得はできない。エクスタシーなら、苦行からも多幸感を得られるんだろう。しかし、現代日本で入手は難しい。マリファナがリスクとリターンが釣り合ってるんだから、仕方がない。
フロアには、煙を吹き出す音だけが反射していた。言葉はないが、瑠夏の落ち着いた雰囲気が伝わってきた。それは俺も同じだ。ブレイクタイムも終わらせて、今度は建設的な話し合いにしよう。そう思って瑠夏に伝えようとしたところ、ドアを叩く音がした。大麻を吸う時は、瑠夏が店中のカーテンを閉める。雀荘だった時の癖だろう。だから、人が来ても隠せる。
俺と瑠夏は、換気扇を回して消臭剤をいたるところへ振りまいた。処理をするのにかかった時間は5分ぐらいだろうか。その間もドアは、叩かれて振動し続けた。
先ほどまでの落ち着きが、虚無であることは、当然理解していたのだが、想定外の出来事によって胸は高鳴り、動悸が感じられた。警察のガサ入れか。それとも半グレの侵略か。どんなに焦りで、錯綜しそうでもこの瞬間に大麻に頼ることはできない。
「開けるよ。」
静かに瑠夏に伝えると、静かに頷いた。瑠夏は、大麻の効果をしっかりと継続させていた。ここで大麻ブローカーをしているから、こんなことは慣れっこなんだろう。
俺は、鍵を回した。音が鳴ったからか、ノックは、何もなかったかのように止まった。
平静を装うことを意識して、ドアノブに手をかける。それでも、掴んだドアノブは、俺の腕を伝ってがたがたと不規則に振動して、ドアを開けるのを苦労させた。
なんとかドアを開けると、そこにいたのは、警察でも、半グレでもなく、真面目を具現化したような男が一人佇んでいた。
「どちらですか?」
俺は、一定の警戒を解きつつも、その風貌に騙されないよう、探り探り聞いた。
「週刊新秋の記者で、進藤涼と言います。」
ドアの向こうのやつは警察なんかよりよっぽど危なっかしいやつだった。男の両手に乗っている名刺には、確かに週刊新秋の文字が刻まれていた。
これからは、テレビをぶっ壊して、相手陣営から金を貰ってくるような時間はなさそうだ。俺は、目の前の人手不足には目を瞑り、広報用の絵の繋がった首相を書くこととした。
筆を進めていると瑠夏が帰ってきた。
「手続きは全て終わったわ。もうすぐ告知だけど、そちらの準備は?」
知ってるだろう。DNA鑑定した子供の親なんかよりわかりやすい。選挙戦を戦い抜く準備なんてできていないことは明らかだ。
「努力はしたけど、なかなかこれ以上は難しくって。」
努力といえば、タバコと大麻に火をつけることと、壊したテレビを修復したことぐらいだ。俺は、これを最大の努力としてアピールしてやった。
「あらそう。選挙ってのは、自分を上げるより、相手を落とすほうが断然楽なのよ。」
まるで、こちらの成果が上がっていないかのような口ぶりだ。まあまあ出てきた人気は無視かよ。
「今度は不倫現場でも抑えてこいとでも言うのかよ。」
俺は、瑠夏には珍しく吠えている。パラノイアの性ってもんだ。認められなくちゃ気がすまねえ。
「だって仕方ないでしょ!これ以上難しいっていうのは、あなたじゃない。」
瑠夏の方もこちらへ吠えてきた。闘犬どころか、闘鶏だとしても酷い吠え合いだ。
俺も瑠夏も、吠えたってどうにもならないって知ってはいるが、吠えずにはいられない。大脳辺緑系で生じたフラストレーションは、前頭葉では収まりきらずに互いの前頭葉で激しくぶつかり、反射し、増幅していた。
「ちょっと、待ってくれ。」
俺は無駄に使う酸素を遮断して、短い言葉で、ギリギリ一杯エネルギーを使い切るように懇願する。
あまりにも俺が、豹変した姿で言ったからだろう。瑠夏はそれを素直に受け入れた。俺は、ゆっくりと背を見せないように瑠夏から半径5メートルを中心に腹を向けて半周する。カフェの厨房の奥底に埋まったキビヤックの缶詰目指して引き出しに手を突っ込んだ。ビンゴ!前聞いてた通り、匂いのカモフラージュのキビヤックとともに、包まった大麻も掴み上げた。
「こういう時は、一旦一服するだろ。」
二つの缶詰めのうち、一個を瑠夏にパスした。瑠夏は無言で掴み、中から大麻だけを取り出して火をつけた。
こういう時は、本当はエクスタシーの方がいいらしい。マリファナでは、俺も瑠夏も、どんなことがあっても、我慢はできるが納得はできない。エクスタシーなら、苦行からも多幸感を得られるんだろう。しかし、現代日本で入手は難しい。マリファナがリスクとリターンが釣り合ってるんだから、仕方がない。
フロアには、煙を吹き出す音だけが反射していた。言葉はないが、瑠夏の落ち着いた雰囲気が伝わってきた。それは俺も同じだ。ブレイクタイムも終わらせて、今度は建設的な話し合いにしよう。そう思って瑠夏に伝えようとしたところ、ドアを叩く音がした。大麻を吸う時は、瑠夏が店中のカーテンを閉める。雀荘だった時の癖だろう。だから、人が来ても隠せる。
俺と瑠夏は、換気扇を回して消臭剤をいたるところへ振りまいた。処理をするのにかかった時間は5分ぐらいだろうか。その間もドアは、叩かれて振動し続けた。
先ほどまでの落ち着きが、虚無であることは、当然理解していたのだが、想定外の出来事によって胸は高鳴り、動悸が感じられた。警察のガサ入れか。それとも半グレの侵略か。どんなに焦りで、錯綜しそうでもこの瞬間に大麻に頼ることはできない。
「開けるよ。」
静かに瑠夏に伝えると、静かに頷いた。瑠夏は、大麻の効果をしっかりと継続させていた。ここで大麻ブローカーをしているから、こんなことは慣れっこなんだろう。
俺は、鍵を回した。音が鳴ったからか、ノックは、何もなかったかのように止まった。
平静を装うことを意識して、ドアノブに手をかける。それでも、掴んだドアノブは、俺の腕を伝ってがたがたと不規則に振動して、ドアを開けるのを苦労させた。
なんとかドアを開けると、そこにいたのは、警察でも、半グレでもなく、真面目を具現化したような男が一人佇んでいた。
「どちらですか?」
俺は、一定の警戒を解きつつも、その風貌に騙されないよう、探り探り聞いた。
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