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4. なりそこない天使
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〈天使もどき〉はきょろきょろと周りを見回した。
すぐ近くの木が、がさがさと騒がしい音を立てた。
やがて一番下の枝から、右の肩がむき出しになる白い毛皮の服を着た少年が飛び降りた。
腰のところを荒縄でしぼった、図版のさし絵などで見る原始人の服だ。
「ずいぶん派手な到着だったなあ」
白目と黒目の区別のないルビーのような目をくりくりさせて、少年がいたずらっぽく笑う。
(この子も天使の仲間かな)
〈天使もどき〉はちらっと思った。
だが、翼がない。
頭に後光も射していない。
それに格好ときたらまるで、人間になりかけのウサギだ。
昔の宮廷画家が王侯貴族の家族の肖像を描いた絵に出てくるような、目鼻立ちが整っておっとりすました子供の顔を、金色の巻き毛が縁どっている。
そして、頭のてっぺんから、白くて長い耳が突き出ている。
そして、背中には、矢の入った筒と弓ヅルを背負っている。
ウサギが弓矢で射る獲物って、いったい何だろう。
〈天使もどき〉は不思議に思った。でも、聞かなければならないことは当然、ほかにある。
「ここ、どこ?」
木立の中から恐る恐る道の上に引き返しながら、〈天使もどき〉はウサギ少年に聞いた。
「ここは『いのちの島』。この道をずっと行けば『アンモナイトの森』があって、その中に『月のしずくの塔』がある。そこから『約束の天体』へ旅立つ」
〈天使もどき〉は、耳慣れない言葉の群れを心の中に一つずつ並べてみた。全然意味がわからないのでしかたなく、次の説明を待ってウサギ少年を見つめた。
「コネホ。〈旅立つ子供〉はいたのか?」
少し離れた木立ちの中から、別の声がした。大人の声だ。
「イクテュース」
ウサギ少年のコネホが呼びかける方へ、〈天使もどき〉も顔を向けた。
驚くほど背の高い男が、木立の中から姿を現した。
植物の蔓で編んだ帽子をかぶり、貫頭衣のマントを着ており、マントから出た腕と長い脚は、魚の鱗のような銀色の服でぴったりと覆われている。
そして、足には、親指を一巻きして足首につけた輪にゆわえたようなサンダルを履いている。
首には、イルカの入った水の球のペンダントをかけている。
ただ、水の球は首から下がった鎖すれすれのところにあるが接してはおらず隙間があるので、どうやって落ちずにそこにとどまっているのか、〈天使もどき〉には謎だった。
真ん中わけの長い髪が背中まで垂れている。
大人でも子供でも、こういう人は見たことがない。
それにしても、なんという不思議な目だろう。コネホの赤い目も不思議だが、この人の目は黒目だけの深いブルー。
というより、視線まで青く感じられるほどの透明感のある深い濃紺だ。
静かな目。
いつか家族で山登りした時に見た火口湖の水と同じ色だ。
でも、『家族』って何だっけ。
火口湖のことについて、誰かが教えてくれた。
でも、誰が?〈天使もどき〉は自分の中に答えを捜し始めたが、すぐに声が聞こえてそれは中断された。
「コネホ。いたならいたと教えてくれ」
「道に沿って木立の中をずっとつけてたんだけど、道をそれて森の中に入ろうとしたんだ。それだけじゃない。この子、変なんだよ」
ウサギと人間のあいのこみたいな生き物に『変』呼ばわりされ、むかっときた〈天使もどき〉はコネホの顔を思い切りにらみつけた。
コネホは目をそらした。
イクテュースはコネホの言葉を聞いて、今朝イシュアクアの話した月の異変を思い出していた。
何か関係があるのだろうか。
彼は天使の姿で現れた[旅立つ子供]を頭のてっぺんから足の先まで見た。けれどもこの、翼の生えたあどけない子供が凶兆だとは、どうしても思えなかった。彼は微笑みを浮かべた。
「どこが変なんだ。いつもの通り、空を飛ぶ何かに化身した〈旅立つ子供〉じゃないか」
「だって、普通は元いた世界に実際にいる生き物を思い浮かべるのに、この子、天使なんだよ。おまけに虫でも鳥でも、一応羽ばたきを調節しながら『太陰石』の上に降り立って水鏡で自分の化身した姿をとっくりと眺めるものなのに、この子ときたらいちもくさんに落ちてきて、ついでにドボン!」
彼は話しながら、何度も吹き出すのをこらえているようだった。
〈天使もどき〉はコネホをにらみつけるのをやめ、恥ずかしさにうつむいた。
コネホは木立ちの中から一部始終を見ていたのだ。
腰までしかない水の中で溺れそうになってじたばたしたところも、崖っぷちまで行ってへっぴり腰で引き返してきたところも。
「それにしても、天使だってさ。かつていた世界にも、空を飛べる生き物はたくさんいただろうに。なんでわざわざ、天国に属する存在を選んだんだろう。実際に見たことはないはずなのに」
「前にもいただろう。元いた世界では空想でしかなかった生き物になった者たちが」
「あいつら、途中で飛んでっちゃった」
「笑ったり、気を悪くするようなことを言ったりしたからだ。今度は気をつけるんだよ」
イクテュースに念を押され、いきなりウサギ少年のコネホが真顔になった。
「でも、前に見たような神話の魔物や化け物じゃない。天使だよ。もしかして、この子かな、伝説の救い主って」
間髪を入れずイクテュースが否定する。
「そうじゃない。きっと、本物を見たと思いこむくらい強く印象に残っているんだよ。天使が。絵とか、物語の挿絵とかそういうもので見たんだろう。ところで、そろそろ〈上弦時〉だ。行こう」
イクテュースは胸の水球時計をちらっと見てそう言うと、すたすたと歩きだした。
あわてて後にしたがうコネホに、〈天使もどき〉はついていくべきかどうか迷った。
あんな風に言われたら、自分でも球形の岩の水鏡で全身像を見てみたい。
でも、二人がどんどん遠ざかっていくので、〈天使もどき〉はやはり二人の後を追うことにした。
やっと意思の疎通ができる人たち(人と言いきれないにしろ)に会えたのに、またこんなところで一人ぼっちにされてはかなわない。
イクテュースは、葉という葉が日の光を反射しているまばゆい木々が道まで枝をはみ出させて生い茂る下を通りながら、目の前にのびていた小枝から葉を六枚ちぎり取った。
そして、二枚ずつ[天使もどき]とコネホにそれぞれ渡した。
「ほら。[銀さじ]の葉。本当に疲れを感じた時にだけ噛むこと」
日光を受けてそれを反射しているのかと思ったその葉は、手の中でも同じように光っていた。
コネホは〈銀さじ〉の葉を腰ひもにはさんだ。
〈天使もどき〉も真似をして、ローブの腰ひもにはさんだ。
イクテュースの足取りはいかにもゆっくりしているのに、歩幅が大きいせいかあっという間に道のゆるやかなカーブの向こう側に見えなくなってしまった。
「こっちだよ」
コネホが道をそれて木立の中に入るので、〈天使もどき〉もついていった。しばらくしてまた同じ道に出た。イクテュースがすぐ前を歩いている。
『9』の字の丸くなったカーブの中を、まっすぐ突っ切って近道したらしかった。
「この道の行き止まりが『月のしずくの塔』。道は島の外周から少しずつ、渦を巻いて中心に向かってる。外側をぐるっと回って終わりじゃないんだ。君も上から見ただろう。島の真ん中の、そこだけ特別に暗い森」
コネホが[天使もどき]をふりかえって言う。
「見た。そのすぐ後で落ちたんだ」
「落ちるようにできてるんだよ」
イクテュースがふりかえらずに言った。
おだやかで柔らかな声なので、むこう向きで話されても気にならなかった。
「あの大きな球形の岩『太陰石』は並はずれた引力を備えていて、上空を通りかかった[旅立つ子供]はみんなあの岩の上に降りるようになっているんだ。ま、落ちるやつもいるってことが、今日わかったけどね」
コネホがふりかえって、カン高い声で言い足す。
最後の一言に〈天使もどき〉はカチンときたが、聞きたいことがあったのでぐっとこらえた。
「どうして?どうしてあそこに降りるようにできているの?真ん中にあるあの塔へ行くのなら、そのままあそこまで行けばいいことじゃない」
「足元を見てごらん」
コネホが立ち止まって体ごとこちらを向いた。
〈天使もどき〉は言われたとおりにした。
〈天使もどき〉は青空を映す水たまりの上にいた。
でも、足がぬれないし、まるで氷の上にいるみたいに地面から下に沈まない。
まるで滑らかな氷。
いや、氷というより、よく晴れた夏の日に遠くの道路に見える「逃げ水」みたいだ。あれは近くに行くと消えるが、この水は足のすぐ下にあって消えない。
おまけに、〈天使もどき〉が一歩進むとそれにつれて移動する。
(いつの間に)と〈天使もどき〉は思った。
今まで全く気づいていなかったのだ。
「それから、後ろを向いて足元を見てごらん」
コネホが引き返して来ながら言った。
〈天使もどき〉はまた、言われたとおりにした。
そこには半袖のシャツに半ズボンを着た子供が映っていた。
見覚えがある。でも、誰だか思い出せない。
「それが元々の君の水に映った姿だよ。今見ることができるのは、後ろ姿だけだ。一緒についてきているんだ。一緒に塔まで行くことに意味があるんだ」
「水に映った…元々の…」
「元々の…」の後自分のことを何と呼んでいいかわからず、〈天使もどき〉は黙った。
(両方とも『僕』じゃ、どっちがどっちかわからないから、自分のことは名前で呼んでちょうだい。アポロ、テミスって)
ふいにとても近しい誰かの言葉が心によみがえった。
「元々の…なりそこない天使…」
この一言で、〈天使もどき〉のここでの名前は〈なりそこない天使〉になった。そして、この一言がコネホに新たなからかいのタネを提供することになった。
「なりそこない天使!」
コネホは笑いだした。
いつまでも笑い続け、笑いが治まりかけると、エネルギーを補給するように、〈なりそこない天使〉、〈なりそこない天使〉とくりかえしてまた笑う。それに飽きると、今度は別の呼び名を考えて並べたてた。
「できそこない天使、間違え天使、落っこち天使」
だんだん声が大きくなる。しまいには、「なりそこない天使の翼はダチョウの翼」「王様の耳はウサギの耳」と手をラッパの形にし、あちこちの方向へ向いて大声で叫んでいる。
そんなコネホと少し離れ気味に歩きながら、〈そこない天使〉は頭の中でしきりに別のことを考えていた。
前にいた世界のことは、思い出そうとすればするほど遠のいてしまう。
ここで教えられることは、理解しようとすればするほど、遠のいてしまう。さっきのコネホの話で、この先に目的地があってそこからさらに別の場所へ旅立つことは分かった。
問題は「どこへ」ということだ。
コネホは道端の、自分の背丈ほどもある岩のかたわらに立ち止まり、〈なりそこない天使〉が近づくまで待って、その真ん中あたりを指さした。
「この、ムカシトンボの化石をよく見てて」
そう言って、コネホはくるりと岩に背を向けた。
「だるまさんがころんだ」
コネホが化石の方に向き直った。
〈なりそこない天使〉、コネホが何をしているのかわからなかった。
コネホはもう一回背を向けた。
「だるまさんがころんだ」
ふりかえる。何も起こらない。
けれども三度目にコネホが「だるまさんが…」と言って黙ると、化石がもぞもぞとアニメーションのように動きだした。
「ころんだ」
ムカシトンボの化石は岩のてっぺんから頭をはみ出させてあわててひっこめ、元の位置に急いで戻った。
「バカだから、何度やってもひっかかるんだ。君もやってみる?」
〈なりそこない天使〉の方は、それどころではなかった。
「この道をまっすぐ行けば、約束の天体にたどり着くの?」
コネホは肩をすくめて、岩から離れた。
「ま、ありていに言えばね」
「アリテイって何?」
「知らない。ただ、前にイクテュースがこの言葉を使ってたから、真似してみただけ」
「自分でわかってることだけ教えてよ。それでなくても、こんぐらがってるんだから」
コネホはいきなり、怒った顔になった。
「じゃあ、教えてやるよ。君がもし、あの、ぐるっと並んだ彫刻の岩山でできた砦の真ん中にある『天海王の宮殿』に降りていたら、とんでもないことになってた。吠え続ける数えきれないくらいたくさんの犬。針の山。血の池。燃えさかる青白い炎。わがままで気まぐれな天海王は、純粋でいきのいい子供の魂が何よりの好物だ。魂を食らい、残った体は子供を運んできた化け物鳥にほうびとして与える」
なりそこない天使はびっくりして、歩くのも息をするのも忘れてしまった。
すぐ近くの木が、がさがさと騒がしい音を立てた。
やがて一番下の枝から、右の肩がむき出しになる白い毛皮の服を着た少年が飛び降りた。
腰のところを荒縄でしぼった、図版のさし絵などで見る原始人の服だ。
「ずいぶん派手な到着だったなあ」
白目と黒目の区別のないルビーのような目をくりくりさせて、少年がいたずらっぽく笑う。
(この子も天使の仲間かな)
〈天使もどき〉はちらっと思った。
だが、翼がない。
頭に後光も射していない。
それに格好ときたらまるで、人間になりかけのウサギだ。
昔の宮廷画家が王侯貴族の家族の肖像を描いた絵に出てくるような、目鼻立ちが整っておっとりすました子供の顔を、金色の巻き毛が縁どっている。
そして、頭のてっぺんから、白くて長い耳が突き出ている。
そして、背中には、矢の入った筒と弓ヅルを背負っている。
ウサギが弓矢で射る獲物って、いったい何だろう。
〈天使もどき〉は不思議に思った。でも、聞かなければならないことは当然、ほかにある。
「ここ、どこ?」
木立の中から恐る恐る道の上に引き返しながら、〈天使もどき〉はウサギ少年に聞いた。
「ここは『いのちの島』。この道をずっと行けば『アンモナイトの森』があって、その中に『月のしずくの塔』がある。そこから『約束の天体』へ旅立つ」
〈天使もどき〉は、耳慣れない言葉の群れを心の中に一つずつ並べてみた。全然意味がわからないのでしかたなく、次の説明を待ってウサギ少年を見つめた。
「コネホ。〈旅立つ子供〉はいたのか?」
少し離れた木立ちの中から、別の声がした。大人の声だ。
「イクテュース」
ウサギ少年のコネホが呼びかける方へ、〈天使もどき〉も顔を向けた。
驚くほど背の高い男が、木立の中から姿を現した。
植物の蔓で編んだ帽子をかぶり、貫頭衣のマントを着ており、マントから出た腕と長い脚は、魚の鱗のような銀色の服でぴったりと覆われている。
そして、足には、親指を一巻きして足首につけた輪にゆわえたようなサンダルを履いている。
首には、イルカの入った水の球のペンダントをかけている。
ただ、水の球は首から下がった鎖すれすれのところにあるが接してはおらず隙間があるので、どうやって落ちずにそこにとどまっているのか、〈天使もどき〉には謎だった。
真ん中わけの長い髪が背中まで垂れている。
大人でも子供でも、こういう人は見たことがない。
それにしても、なんという不思議な目だろう。コネホの赤い目も不思議だが、この人の目は黒目だけの深いブルー。
というより、視線まで青く感じられるほどの透明感のある深い濃紺だ。
静かな目。
いつか家族で山登りした時に見た火口湖の水と同じ色だ。
でも、『家族』って何だっけ。
火口湖のことについて、誰かが教えてくれた。
でも、誰が?〈天使もどき〉は自分の中に答えを捜し始めたが、すぐに声が聞こえてそれは中断された。
「コネホ。いたならいたと教えてくれ」
「道に沿って木立の中をずっとつけてたんだけど、道をそれて森の中に入ろうとしたんだ。それだけじゃない。この子、変なんだよ」
ウサギと人間のあいのこみたいな生き物に『変』呼ばわりされ、むかっときた〈天使もどき〉はコネホの顔を思い切りにらみつけた。
コネホは目をそらした。
イクテュースはコネホの言葉を聞いて、今朝イシュアクアの話した月の異変を思い出していた。
何か関係があるのだろうか。
彼は天使の姿で現れた[旅立つ子供]を頭のてっぺんから足の先まで見た。けれどもこの、翼の生えたあどけない子供が凶兆だとは、どうしても思えなかった。彼は微笑みを浮かべた。
「どこが変なんだ。いつもの通り、空を飛ぶ何かに化身した〈旅立つ子供〉じゃないか」
「だって、普通は元いた世界に実際にいる生き物を思い浮かべるのに、この子、天使なんだよ。おまけに虫でも鳥でも、一応羽ばたきを調節しながら『太陰石』の上に降り立って水鏡で自分の化身した姿をとっくりと眺めるものなのに、この子ときたらいちもくさんに落ちてきて、ついでにドボン!」
彼は話しながら、何度も吹き出すのをこらえているようだった。
〈天使もどき〉はコネホをにらみつけるのをやめ、恥ずかしさにうつむいた。
コネホは木立ちの中から一部始終を見ていたのだ。
腰までしかない水の中で溺れそうになってじたばたしたところも、崖っぷちまで行ってへっぴり腰で引き返してきたところも。
「それにしても、天使だってさ。かつていた世界にも、空を飛べる生き物はたくさんいただろうに。なんでわざわざ、天国に属する存在を選んだんだろう。実際に見たことはないはずなのに」
「前にもいただろう。元いた世界では空想でしかなかった生き物になった者たちが」
「あいつら、途中で飛んでっちゃった」
「笑ったり、気を悪くするようなことを言ったりしたからだ。今度は気をつけるんだよ」
イクテュースに念を押され、いきなりウサギ少年のコネホが真顔になった。
「でも、前に見たような神話の魔物や化け物じゃない。天使だよ。もしかして、この子かな、伝説の救い主って」
間髪を入れずイクテュースが否定する。
「そうじゃない。きっと、本物を見たと思いこむくらい強く印象に残っているんだよ。天使が。絵とか、物語の挿絵とかそういうもので見たんだろう。ところで、そろそろ〈上弦時〉だ。行こう」
イクテュースは胸の水球時計をちらっと見てそう言うと、すたすたと歩きだした。
あわてて後にしたがうコネホに、〈天使もどき〉はついていくべきかどうか迷った。
あんな風に言われたら、自分でも球形の岩の水鏡で全身像を見てみたい。
でも、二人がどんどん遠ざかっていくので、〈天使もどき〉はやはり二人の後を追うことにした。
やっと意思の疎通ができる人たち(人と言いきれないにしろ)に会えたのに、またこんなところで一人ぼっちにされてはかなわない。
イクテュースは、葉という葉が日の光を反射しているまばゆい木々が道まで枝をはみ出させて生い茂る下を通りながら、目の前にのびていた小枝から葉を六枚ちぎり取った。
そして、二枚ずつ[天使もどき]とコネホにそれぞれ渡した。
「ほら。[銀さじ]の葉。本当に疲れを感じた時にだけ噛むこと」
日光を受けてそれを反射しているのかと思ったその葉は、手の中でも同じように光っていた。
コネホは〈銀さじ〉の葉を腰ひもにはさんだ。
〈天使もどき〉も真似をして、ローブの腰ひもにはさんだ。
イクテュースの足取りはいかにもゆっくりしているのに、歩幅が大きいせいかあっという間に道のゆるやかなカーブの向こう側に見えなくなってしまった。
「こっちだよ」
コネホが道をそれて木立の中に入るので、〈天使もどき〉もついていった。しばらくしてまた同じ道に出た。イクテュースがすぐ前を歩いている。
『9』の字の丸くなったカーブの中を、まっすぐ突っ切って近道したらしかった。
「この道の行き止まりが『月のしずくの塔』。道は島の外周から少しずつ、渦を巻いて中心に向かってる。外側をぐるっと回って終わりじゃないんだ。君も上から見ただろう。島の真ん中の、そこだけ特別に暗い森」
コネホが[天使もどき]をふりかえって言う。
「見た。そのすぐ後で落ちたんだ」
「落ちるようにできてるんだよ」
イクテュースがふりかえらずに言った。
おだやかで柔らかな声なので、むこう向きで話されても気にならなかった。
「あの大きな球形の岩『太陰石』は並はずれた引力を備えていて、上空を通りかかった[旅立つ子供]はみんなあの岩の上に降りるようになっているんだ。ま、落ちるやつもいるってことが、今日わかったけどね」
コネホがふりかえって、カン高い声で言い足す。
最後の一言に〈天使もどき〉はカチンときたが、聞きたいことがあったのでぐっとこらえた。
「どうして?どうしてあそこに降りるようにできているの?真ん中にあるあの塔へ行くのなら、そのままあそこまで行けばいいことじゃない」
「足元を見てごらん」
コネホが立ち止まって体ごとこちらを向いた。
〈天使もどき〉は言われたとおりにした。
〈天使もどき〉は青空を映す水たまりの上にいた。
でも、足がぬれないし、まるで氷の上にいるみたいに地面から下に沈まない。
まるで滑らかな氷。
いや、氷というより、よく晴れた夏の日に遠くの道路に見える「逃げ水」みたいだ。あれは近くに行くと消えるが、この水は足のすぐ下にあって消えない。
おまけに、〈天使もどき〉が一歩進むとそれにつれて移動する。
(いつの間に)と〈天使もどき〉は思った。
今まで全く気づいていなかったのだ。
「それから、後ろを向いて足元を見てごらん」
コネホが引き返して来ながら言った。
〈天使もどき〉はまた、言われたとおりにした。
そこには半袖のシャツに半ズボンを着た子供が映っていた。
見覚えがある。でも、誰だか思い出せない。
「それが元々の君の水に映った姿だよ。今見ることができるのは、後ろ姿だけだ。一緒についてきているんだ。一緒に塔まで行くことに意味があるんだ」
「水に映った…元々の…」
「元々の…」の後自分のことを何と呼んでいいかわからず、〈天使もどき〉は黙った。
(両方とも『僕』じゃ、どっちがどっちかわからないから、自分のことは名前で呼んでちょうだい。アポロ、テミスって)
ふいにとても近しい誰かの言葉が心によみがえった。
「元々の…なりそこない天使…」
この一言で、〈天使もどき〉のここでの名前は〈なりそこない天使〉になった。そして、この一言がコネホに新たなからかいのタネを提供することになった。
「なりそこない天使!」
コネホは笑いだした。
いつまでも笑い続け、笑いが治まりかけると、エネルギーを補給するように、〈なりそこない天使〉、〈なりそこない天使〉とくりかえしてまた笑う。それに飽きると、今度は別の呼び名を考えて並べたてた。
「できそこない天使、間違え天使、落っこち天使」
だんだん声が大きくなる。しまいには、「なりそこない天使の翼はダチョウの翼」「王様の耳はウサギの耳」と手をラッパの形にし、あちこちの方向へ向いて大声で叫んでいる。
そんなコネホと少し離れ気味に歩きながら、〈そこない天使〉は頭の中でしきりに別のことを考えていた。
前にいた世界のことは、思い出そうとすればするほど遠のいてしまう。
ここで教えられることは、理解しようとすればするほど、遠のいてしまう。さっきのコネホの話で、この先に目的地があってそこからさらに別の場所へ旅立つことは分かった。
問題は「どこへ」ということだ。
コネホは道端の、自分の背丈ほどもある岩のかたわらに立ち止まり、〈なりそこない天使〉が近づくまで待って、その真ん中あたりを指さした。
「この、ムカシトンボの化石をよく見てて」
そう言って、コネホはくるりと岩に背を向けた。
「だるまさんがころんだ」
コネホが化石の方に向き直った。
〈なりそこない天使〉、コネホが何をしているのかわからなかった。
コネホはもう一回背を向けた。
「だるまさんがころんだ」
ふりかえる。何も起こらない。
けれども三度目にコネホが「だるまさんが…」と言って黙ると、化石がもぞもぞとアニメーションのように動きだした。
「ころんだ」
ムカシトンボの化石は岩のてっぺんから頭をはみ出させてあわててひっこめ、元の位置に急いで戻った。
「バカだから、何度やってもひっかかるんだ。君もやってみる?」
〈なりそこない天使〉の方は、それどころではなかった。
「この道をまっすぐ行けば、約束の天体にたどり着くの?」
コネホは肩をすくめて、岩から離れた。
「ま、ありていに言えばね」
「アリテイって何?」
「知らない。ただ、前にイクテュースがこの言葉を使ってたから、真似してみただけ」
「自分でわかってることだけ教えてよ。それでなくても、こんぐらがってるんだから」
コネホはいきなり、怒った顔になった。
「じゃあ、教えてやるよ。君がもし、あの、ぐるっと並んだ彫刻の岩山でできた砦の真ん中にある『天海王の宮殿』に降りていたら、とんでもないことになってた。吠え続ける数えきれないくらいたくさんの犬。針の山。血の池。燃えさかる青白い炎。わがままで気まぐれな天海王は、純粋でいきのいい子供の魂が何よりの好物だ。魂を食らい、残った体は子供を運んできた化け物鳥にほうびとして与える」
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私が呼んでいると勘違いして現れて、部屋でアイスを食べている宇宙人・銀太郎(仮名)。
全身銀色でツルツルなのがキモチワルイ。どうせなら、大大大好きなアイドルの滝川蓮君そっくりだったら良かったのに。……え? 変身できるの?
中学一年生・川上葵とナゾの宇宙人との、家族ぐるみのおつきあい。これは、国家機密です⁉
(表紙絵:山碕田鶴/人物色塗りして下さった「ごんざぶろ」様に感謝)
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