フルムーン・オクロック

瑠俱院 阿修羅

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8. らせん状の回転木馬

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一行はぞろぞろとコロシアムにたどり着き、地下通路を通って中の砂場に出る。
さっきまでは明るい昼間だったのに、中に入ってみると星空だったので、〈なりそこない天使〉はひどく面くらってしまった。
ほかの子供たちも、不安そうにざわざわとお互い同士で話を始めた。
こうこうと月が照っているので地上は明るく、夕暮れと同じほどにものが見える。
砂場の真ん中に円形の柵に囲まれた円形の台があった。
その上に回転木馬が並んでいる。
馬はよく見ると、どれも額にツノがある。ユニコーンのメリーゴーランドだ。
ユニコーンの数は全部で24。
〈なりそこない天使〉を含めた子供の数も全部で24だ。
メリーゴーランドには屋根も中央の柱もなく、それぞれの木馬の握り棒を兼ねた支柱がどこまでも上へ伸びて、先は夜空に消えていた。
白い衣をまとった細い人影が、木馬の並ぶ円の中に見えた。
地の神子だな、と、〈なりそこない天使〉はすぐに感じとった。
背にかかる長い緑色の髪の、ここに連れてこられた子供たちよりは背の高い、やや年長の子供。
「コウコウセイ」という言葉が不意に脳裏をよぎった。
きゅっと閉じた口が気の強そうな印象を与える。
目はどこか夢見るようにやや上を向いている。
なりそこない天使は、イクテュースの言った「水の神子は子供」という言葉を思い出していた。
水の神子もこんなふうなのだろうか。地の神子と水の神子は何か関係があるのだろうか。
どれか一つでも尋ねてみようと思いながらぐずぐずしていると、その間にもケンタウルスペガサスはずんずん進み、メリーゴーラウンドの柵の入口にぴったりとローマ戦車の車台をつけて止まった。
「さあ。降りて木馬に乗るんだ」
〈なりそこない天使〉はびくびくしながら車台を降り、メリーゴーラウンドの台に登る階段を登った。
それを見たほかの子供たちもすぐさま階段に向かって殺到した。
どかどかと足音をたててそれぞれの選んだユニコーンの木馬に乗る。
「その子だけどうして、本物の子供の姿に戻っていない?」
円形の台の真ん中でぼうっと突っ立っているなりそこない天使をちらっと見て、地の神子コアトリクエが咎めるようにケンタウルスペガサスに尋ねた。
「この子が24人目だったため、懐かしいものに取り囲まれて元々の自分の姿を取り戻すヒマがなかったのです。ですが24人目が天使の姿というのは、何か象徴的ではないでしょうか」
「ふむ。それもそうだな」
地の神子コアトリクエはユニコーンのツノをうっとうしそうによけながら、木馬の間をすり抜けて台の端まで来た。
〈なりそこない天使〉をしばらくじろじろ見ていたが、翼に触ろうとしてはじかれたように手をひっこめ、すっと目をそらした。
彼女はケンタウルスペガサスの体からホースシャフトやその他の馬具をはずしてやりながら、ねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労だった。ケンタウルスペガサス。位置について」
なんとなく親しくなれそうな気がしていたケンタウルスペガサスが、〈なりそこない天使〉を残してメリーゴーラウンドの台の真ん中へ行き、膝を折る。
〈なりそこない天使〉は、なるべく彼に近いと思うユニコーンを選んで乗った。
彼はそこに置いてあった竪琴を手に取ると、もう〈なりそこない天使〉のほうはちらっとも見ずに目を閉じてしまった。
心細くなってあたりを見回すと、いつの間にか黄金のマスクもケンタウルスペガサスのそばにいて、手はクロスのポーズを解き、見たこともない奇妙な弦楽器を持っていた。
アルファベットの「U」の字に弦をつけたようなものだ。
なりそこない天使はその手をまじまじと見た。
ローマ戦車の車台の床から生えているように見えた手は、元々手首から先しかなかったのだ。
黄金のマスクと直接つながっていなくても、その手は自由に動かせるらしかった。
気づくと地の神子もケンタウルスペガサスも黄金のマスクも、みんな期待に満ちた顔で上空を見上げていた。それにつられて、木馬に乗った子供たちも上空を見上げる。
何があるのだろう。
暗い夜空に星がまたたいて、じっと見ていると吸い込まれていきそうだ。
ふいに、いっとう明るい星の輝きが丸い輪になって広がり、その輪が垂直に降りてきた。
〈なりそこない天使〉はまばゆさに目を閉じた。
もう一度目を開けた時、天からまっすぐに回転木馬の台まで届く光の円柱ができていた。
薄暗い砂場の中で、木馬のサークルの周りだけ昼間のように明るい。
〈なりそこない天使〉より後から目を開けた子供たちは、自分が光の輪の中にいることを知って、次々に驚きの声と歓声をあげた。
〈なりそこない天使〉は怖くなった。
そして、助けを求めるようにケンタウルスペガサスを見た。
青白い顔はよそよそしく真正面を見ていて、とても話しかけられるようすではなかった。
「これから儀式を始める」
コアトリクエは光の柱の真ん中で目を閉じ、大きく息を吸いこんで、澄んだ美しい声で歌い始めた。
歌いながら彼女は、縦に首飾りのようにつないだ巻貝の殻を振って、ころころと音を出した。
それを合図に、おごそかなコーラスが加わった。
誰が歌っているのだろう。
子供たちはみんなきょろきょろし始めた。
コーラス部分を歌っているのはユニコーンの木馬たちだった。
やがてケンタウルスペガサスが竪琴をかき鳴らし、黄金のマスクが続いて奇妙な弦楽器をつまびく。
やがて、音楽につき動かされてダンスを始めるように、ゆっくりと回転木馬が回り始めた。
回転は少しずつ速くなり、音楽も速くなっていく。
こうして同じところを回っていて、一体どこへ行けるというのだろう。
そう思っていると、〈なりそこない天使〉の頭の上を黒い影が覆った。
すぐ後ろにいた木馬が頭の上を飛びこしていくところだった。
よく見ると、回りながらユニコーンの木馬たちは、らせんを描いてしだいに上へ上へと登ってゆくところだった。
空中を駆けるその脚が前に後ろに動く。なりそこない天使の乗った木馬は、列の最後尾だった。
すでに儀式は始まっている。『約束の天体』へ向かっているのだろうか。
信じるしかない。
〈なりそこない天使〉は、元々の自分が思い出せないのならとにかく一刻も早く新しい場所へ行くのが一番いいのだと、自分に言い聞かせた。
ほかの子供たちのようすを見ると、みんなおとなしく木馬にまたがって上の方に向かっていく。
光の柱を出てユニコーンの木馬が夜空に飛び出すとどの子も目をきらきらと輝かせるので、夜空にはよほどすてきなものが待ち受けているのだと思い、なりそこない天使も少しどきどきしてきた。
次々に子供たちを乗せた木馬は、光の柱の中を夜空に吸いこまれていった。
〈なりそこない天使〉の前の木馬が星空のすぐ近くまで行った時、それに乗っている子供が言った。
「暗くなるまでにおうちに帰れる?」
もう消えてしまった、幻の家のことを言っているのだ。
急に帰りたくなったらしい。
その子を乗せている木馬が歌をやめて、なだめるように言った。
「『暗くなるまで』なんて言葉は意味がない。ここから先はずっと夜だよ」
子供はさっきより大きな声になった。
「やっぱりおうちに帰る。ママが待ってるから」
「あれは幻のママだよ。本物のパパとママが向こうで待ってる。パパとママは君のことが大好きだよ」
それで子供はおとなしくなり、木馬は夜空に吸いこまれていった。
いよいよ次は、なりそこない天使の番だ。
いきおいよくユニコーンが星空におどり出ると、体がふわっと浮いたようになって、重力を感じなくなった。
子供たちを乗せたユニコーンの木馬がみんな星空にいる。
彼らのコーラスがなくなっても、地上からは音楽が聞こえていた。
心地よい響きに酔って、〈なりそこない天使〉は目を閉じた。
きっと『約束の天体』へ近づいているのだ。
見わたすかぎり、またたく星また星。
けれども、どれか一つに向かっているわけではない。
自分で光っている星は太陽と同じ。
誰も燃えさかる火の玉には住めないと、誰かが言っていたのを思い出した。火の玉のそばで照らされている星の方へ行かなければ。
そう思って、それらしい天体を探してみるが、燃えている星とそうでない星のセットはどこにも見あたらない。
ふと気がつくと、自分の体が消えていた。
というより、どこまでが星空でどこからが自分か、その境界線がわからなくなっていた。
自分の中に宇宙を見るというのは何とも奇妙な感じだった。
またたく星の彼方に、ようやく見覚えのある青い星を見つけた。
あっ、きっとあれだ。
そう思ってそこを目指そうとしたとき、いきなり星は真っ二つに割れ、中から何かが散らばった。動物、魚、植物、それに肉眼では見えないはずの生き物たち。
それぞれが丸い透明な球の中に入っていて、細長いものは体を丸めている。球はいっせいに光を放ち始めた。中に入っている生き物たちの鼓動に合わせて、球が点滅する。まるで、それらの一つ一つが新しく生まれた星のようだ。
遠くに見える星は私たちの目に映る光だけ残して、実体はすでに消えている。そんなことも誰かが言った。恒星に人が住めないと言った、同じ誰かだ。その誰かと、星のことをたくさん話した。誰だろう。
いきなり、星のまたたきの一つ一つが助けを求める信号に思えてきた。
自分の中に見えるものが、本当はもう消えている。
そんな考えが、今の今まで宇宙そのものだった〈なりそこない天使〉を、急速に元の大きさに戻す。光を放つ星のような生物入りの球体を、〈なりそこない天使〉は救いを求めるように見て回った。
アポロ、テミス、アポロ、テミス。無意識にそうつぶやきながら。
突然、イクテュースの顔が目の前に浮かんだ。そして、なぜだかひどく悲しい気持ちになった。なりそこない天使は、星空がにじんできたのを不思議に思った。目玉がふくらんだような変な感じだ。
目をぎゅっと閉じると、それが水になって頬をつたった。
これは何と言ったっけ。 
そうだ。涙だ。
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