フルムーン・オクロック

瑠俱院 阿修羅

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9. 天海王の宮殿

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その、大柄な男は子供を探し求めて『まやかしの街』を歩いていた。
つり上がった太い眉は真ん中でつながり、鋭い目とワシ鼻の下はごわごわとしたヒゲに覆われている。
背が高く肩幅の広いがっしりとした体には、足首まである黒い衣をまとっている。
最近、祈りの鳥が宮殿に連れてくる子供の数が減ってきた。
それで、彼は、まだ子供たちがたくさん残っているであろう貝殻化石の平原から直接子供たちを連れ出そうと、宮殿から小船を漕ぎだしたのだ。
だが、貝殻化石の平原に来てみると、子供たちが儀式を待つ間過ごす家はすでになく、木がぽつりぽつりと生えているだけの真っ白な荒野になっていた。
彼はそこでこの『まやかしの街』に足を向けた。
ここならまだ、子供が残っているかもしれない。
自分を見れば恐れをなして子供たちが逃げまわるに違いない。
その時は両腕に抱えられるだけ抱えて連れてこようと、彼は心に決めていた。
しかし、来てみると空き家が並んでいるだけの廃墟同然の場所で、子供たちの姿はなかった。
「遅かったか」
大男はため息をついた。その時、声が聞こえた。
「う…うん」
大男は急いでいりくんだ小路を曲がり、声の方へ向かった。道に倒れていた声の主は、たいへん小柄だった。
(子供だ)
大男は内心小躍りしながら、近寄った。
子供は白く長い衣をまとい、その上から頭巾のついた黒い外套を着ていた。後ろ髪の結び目に羽根が一本くくりつけてある。地面に着く前にとっさにそむけた横顔はこれまでに見たどの子供よりも歳が上に思え、また、どの子供より美しかった。
少女だ。だが、ただの女の子ではない。
まるで咲きほこる花かきらめく星の化身のようだ。あるいは妖精か。
「おい」
子供の閉じていたまつ毛が上下に開いて、深い緑色の目が現れた。子供は、自分の前にかがんでいる大男に気づいてあわてふためき、立ち上がろうと地面を掻きながらめちゃくちゃに手足を動かした。
だが、何かが立ち上がるのをはばんでいるようだ。大男はすぐにぴんときた。
(影だ)
彼も一度、この平原でうっかり石につまずいて転び、その時垂直にのびていた影がそのまま90度動いて地面に突き刺さったことがある。結局、日が暮れて影が溶けるまでそこを動けなかった。
そんなことがあってからこの島に渡ってくるのが嫌になったし、祈りの鳥にも同じことが起こるかもしれないと思い、もっとずっと遠い場所からの子供の輸送だけを命じるようになったのだ。
彼は[旅立つ子供]も自分と同じように倒れると影が地面に突き刺さるのだと知り、少なからず驚いていた。
「じっとしていろ。悪いようにはせん」
大男に言われ、子供は観念したようにおとなしくなった。
大男はその大きな体で子供を覆う影を作り、子供の影を少しずつ地面から引き抜いて体を抱え起こした。
「おまえだけ、どうしてここに残されたのだ。ほかの子供たちはみんな、『月明かりのコロシアム』へ儀式を受けに行ったのだろう」
子供は答えなかった。
「まあいい。私は天海王と呼ばれている者だ。これから、おまえを私の宮殿へ連れて行く」
子供は怖がるでもなく、泣くでもなく、ただ目を伏せただけだった。天海王は子供を抱き上げて、小船のつないである岬を目指した。
かなりの道のりを運ばれたが、子供は暴れもせずじっとしていた。船に乗せられる時も逃げようとはしなかった。海に漕ぎだしてからは、じっとオールが作り出す小さな波を見ていた。船がいよいよ岩山の砦に近づくと、子供の表情は険しくなり、目には決意のようなものが現れた。
岩山の切り立った崖の間を小舟ですり抜けると、『天海王の宮殿』がいきなり間近に現れる。青白いドーム型の宮殿だが、間近で見ると、全体が卵型で上半分だけが海面から出ていることがわかる。
球形をした水のようなものが連なり、それがらせんを描いて、卵の形を作り上げている。
つなげた透明なビーズ玉で隙間なく卵をぐるぐる巻きにしたような形だ。それが天井までいって渦を巻き、てっぺんで終わっているのだ。
球形の水の一つ一つが夜光虫やホタルイカのように光っている。少し離れて見るとドーム全体が、さかまく青い炎で覆われているように見える。
弾力のある丸い水の球の隙間を青い水が流れている。空を映している海そのままの青い色だ。
子供は目を丸くして宮殿の外観を見ていたが、天海王が小舟を桟橋につなぐと自らすすんで『天海王の宮殿』の水の球の壁に入った。まるで壁の球同士がただ接しているだけで押し開けられること、青い水が体にかかっても濡れず、服にもしみこまないことをあらかじめ知っているかのようだった。
床は固くつるつるしているが、やはり氷ではなく水状のものだ。
宮殿の内側から見ると、壁を形成している水の球はすべて水鏡になっている。
凸面鏡なので、真ん中が広がった奇妙な形にものがゆがめられて映る。
子供はそこに映し出されたたくさんの、豆粒ほどの自分のデフォルメされた姿を見て、初めて笑顔を見せた。中央の『食の部屋』へ続く回廊の壁に平たいごく普通の姿見を見つけ、立ち止まってもの珍しそうに見つめた。しばらくすると、面白がっていろいろなポーズをし、しまいに声をたてて笑った。鏡を見たことのない子供がいるのだろうかと、天海王はあきれて見守った。
子供が笑うと、右の頬だけえくぼができた。
なぜか、その子供はこれまでに祈りの鳥が運んできた子供たちとは違うような気がした。
天海王が鏡ごしに自分を見ていることに気づいて、子供はとたんに元の硬い表情に戻り、急いで姿見の前を離れた。
「あなたは天海王か」
宮殿に来てから初めて、子供が口をきいた。
「そうだ」
子供と並んで水の球の回廊を歩きながら、天海王は答えた。
子供が天海王の前に回りこみ、真剣なまなざしで聞いた。
「祈りの鳥に命じて、たくさんの子供たちをこの宮殿に運ばせているのはあなたか?」
「そうだ」
「なぜ、そんなことをする」
子供は責めるように問う。
天海王は、なぜこの子供がそんな言い方をするのかわからず、肩をすくめ、やがて誇らしげに答えた。
「天空の主から、そうしろと命じられているからだよ。それがオレの仕事だ。今朝、祈りの鳥の到着を待って耳をすましていたら、天空の主が言われた。『いのちの島』から水の神子が天空の主に向かって祈りの歌を捧げていたと。それで、この島にいる子供たちのことを思い出して、ひさかたぶりに船を漕ぎだしたというわけだ」
子供はそれを聞いたとたん、まるで突然周りの世界が消えてしまったように顔色をなくし、その場に立ちすくんでしまった。
「天空の主の…望みなのか?」
「そう。月は本島のイシュアクアに送りべとしての使命を与えた。オレは直接、天空の主からなすべきことを命じられた。この世界『ムーン・ラ』はそうやって成り立っている」
「ムーン・ラ?この世界はムーン・ラというのか」
「そうだ。海の果ての果てまで含めて、その名がついている。だが、陸地は一つだけ。おまえがいた『いのちの島』がそうだ。そして、こっちが『天海王の宮殿』これは海に浮いているだけ。岩山の砦に囲まれていなければ、海に漂い出てしまう」
「『いのちの島』のことならよく知ってる。ずっと昔から、私はあそこにいた」
「そうか。そんなに長く儀式を待たされて、置いて行かれたんじゃ、割に合わないな」
いきなり、子供の目がうるんで、みるみる水の膜がその全体を覆う。
「天空の主が自ら望んだことなのか?子供たち…みんな…」
天海王は、子供がパパ、ママと泣き叫ぶのには慣れていたが、こんなふうに静かに泣く子供は見たことがなかった。
「私を…連れて行ってほしい。かつてここに運びこまれた子供たちと…同じところへ」
子供は泣きながら、とぎれとぎれにこう言った。
「自分からそれを望む子供に出会ったのは初めてだな。泣いたりわめいたりして逃げようとするのが普通なのに。わかった。こっちだ。おいで」
天海王は子供を、卵で言えば真ん中の黄身にあたる場所に造られた特別に広い部屋、『食の部屋』に導いた。この部屋も卵形で床から上は半分に切った卵の形、つまりドーム型をしている。壁には等間隔に、88鍵ずつの鍵盤がはめこまれている。
抱き上げて部屋の真ん中の、互いに背を向け片膝をついた二人の青年像がかつぐ水盤に寝かせる時も、子供は怖がるようすを見せなかった。
今までの子供たちとは明らかに違う。
この少女はもしかしたら、宇宙空間にさまよい出た全ての魂を『約束の天体』へ導くという伝説の救い主かもしれない。
救い主なら、ほかの子供たちと同じ儀式をしては大変なことになる。
「あなたは救い主か」
天海王はこわごわ聞いた。
「救い主なものか」
思いがけない鋭い口調に天海王は驚いたが、違うとわかれば迷うことはない。
彼はいつもの手順を思い出し、水盤のかたわらに立って両手を前へ水平にのばした。
黒い衣の袖からは星の形をしたものが飛び出して空中を飛んでいき、壁の鍵盤に到達すると角が五本の指に役割をして音楽を奏で始めた。
天海王が向きを少し変えて同じようにすると、また別の星形の物体が一組飛んでいき別の鍵盤で音楽を奏で二重奏になる。
そしてまた別の星の組み合わせというふうに音は厚みを増していく。
こうして天海王は両袖から星形のものを飛ばし続けながら一回転し、ドーム型の『食の部屋』いっぱいに音楽が鳴り響いた。
「いつもこんなごたいそうなファンファーレを奏でて、子供の魂を食らうのか」
「ん?何か言ったか?」
 子供の声は、音楽にかき消されて天海王の耳には届かなかった。
その時、建物の外からギギーッとけたたましい声がした。
「祈りの鳥が到着した。ほかの子供たちも連れてくるから、そこで待っていろ。ま、どこかへ行こうとしても、その水盤からは出られないわけだが」
天海王はそう言い残して、美しい音楽の流れ続ける『食の部屋』を出て行った。
しばらくして、自分の体の5倍以上ある大きな袋をかついで天海王は戻ってきた。中には泣き叫ぶ子供たちが入っている。
『食の部屋』に入って、彼は仰天した。
さっきの子供が消えていたのだ。水盤の水に白い羽根が浮いていた。
あの子供が髪を束ねるひもに差していたものだ。
「やはりあの子は、普通の子供ではなかったのだ」
天海王は、水盤からつまみ上げた羽根をくるくるとひるがえした。
彼はしばらく考えこむようすをしていたが、羽根を腰ひもに差すと、ぎゃあぎゃあ泣き叫んでいる袋の中身を、音楽が鳴り響く『食の部屋』いっぱいにあけた。
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