フルムーン・オクロック

瑠俱院 阿修羅

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14. 真実の姿

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《阿幌。どこへ行くの?》
《セミのぬけがらを探しに行くんだ》
《天美寿も行く。天美寿はぬけがらだって、幼虫だって触れるもん。ほかの女の子たちはいやがるけど》
《やれやれ。手美寿は男の子の遊びがしたいのか》
目を細めて、パパが天美寿に笑いかける。
《違うよ。阿幌と同じにしたいの》
「なりそこない天使」
突然の声が、心の深いところにもぐりこんでいた〈なりそこない天使〉を、いっぺんに引っ張りあげた。
〈なりそこない天使〉はゆっくりと目を開けた。
顔をのぞきこんでいるのがコネホだったので、〈なりそこない天使〉はもう一度目を閉じた。
「こら、また寝るなよ」
観念してがばっと起き上がる。
さあ、グズだのドジだの空気読めないだの、なんとでも言え。
「心配したよう」
あんなに口の悪いコネホが涙ぐんでそう言うので、〈なりそこない天使〉は拍子抜けしてしまった。
〈なりそこない天使〉は自分のなりを見て、一部始終を思い出し、がっかりした。
阿幌は、つまり自分は死んだのだ。
〈なりそこない天使〉は、阿幌が化身した姿だ。
パパとママはどんな思いをしただろう。
動物でも虫でも幽霊でもなんでもいいから元の世界に戻って、パパとママに会いたかった。
周りを見回すと、メデューサスフィンクスもケンタウルスペガサスもいた。そこは塔の最上階で、床は六角形のふたをはめこんで平らにしてあった。
「今は〈二十六夜時〉。本当なら、〈旅立つ子供〉がこんなところにいるはずのない時間だ」
コネホが、〈なりそこない天使〉の意識が戻って安心したというように頭の後ろで手を組んでごろりと横になった。
「ミノタウルスイカロス。具合はどうだ?」
ケンタウルスペガサスに聞かれ、作り物の翼を押しつぶすようにして壁によりかかっていた牛人間は、頭を振りながら答えた。
「まだ、自分がどこにいるのかわからない」
「よかった。いつものおまえだ」
「あたりまえだよ。今朝到着した[旅立つ子供]じゃないんだから」
コネホが言う。
「ミノタウルスイカロス。森に迷いこんだのはわかるが、どうしてこの『送りの部屋』まで登ってきたんだ」
「イシュアクアの顔を見たら、もっと見ていたいと思ったものだから」
「ここまで来た〈旅立つ子供〉たちも、たいていはそうだよ。やれ、イクテュースの言うことが信じられないの、やれ、僕の態度が気に入らないのと言って、道の半分も来ないで逃げ出したこと、今になって後悔してるんじゃない?」
コネホが言い終わるまで待たず、ケンタウルスペガサスとメデューサスフィンクスは同時に首を横に振った。
それから二人は、ミノタウルスイカロスを見た。彼は少し考えこむようすをしてから答えた。
「だけど、『約束の天体』へ行ったら今のオレとは違うタイプの人間になれるんだろう。オレには自分のグズさがよくわかってる。馬鹿力だけが取り柄だ」
「そのただ一つの取り柄を借りたかったんだがな」
ミノタウルスイカロスに〈銀さじの葉〉を渡しながら、ケンタウルスペガサスが言う。
「私もケンタウルスペガサスの望みは昔のよしみでかなえてやりたかった」
あまり疲れていないメデューサスフィンクスは、コネホに渡された〈銀さじの葉〉を、床の上でスピンさせては前脚で押さえつけて遊んでいる。
イクテュースが振っていた壺の楽器専用の台には、楽器と並んで伝書サラマンドラがちょこんと座っている。
「イシュアクアには、ミノタウルスイカロスが今朝到着した〈旅立つ子供〉でないことくらいわかったはずだよ。今日の彼女、どうかしてる」
コネホの愚痴には全く耳をかたむけず、ケンタウルスペガサスは空をあおぐようにして嘆いた。
「救い主〉もう、『天海王の宮殿』に連れて行かれて、いけにえにされたんだろうな」
いきなり、伝書サラマンドラがばさばさと羽ばたいて、いあわせた面々をめんくらわせた。
伝書サラマンドラは飛び上がると、後ろ足で髪、もしくはヘビの手入れをしていたメデューサスフィンクスのすぐ近くに降り立ち、ぎいぎいと鳴いた。
「ふんふん、なるほど」
「そいつは何と言っているんだ」
ケンタウルスペガサスに聞かれ、メデューサスフィンクスがめんどうくさそうに答えた。
「おまえが見かけたのは救い主ではなく、イシュアクアだそうだ」
ええっ!と、なりそこない天使を除く全員が驚きの声をあげる。
伝書サラマンドラが、今度は最初より長く鳴いた。
「今朝からイシュアクアのようすがおかしかった。イクテュースたちが〈旅立つ子供〉の迎えに行った後、城を出たので心配になってあとをつけて行った、と言っている」
また一声鳴く。
「『貝殻化石の平原』まで行って倒れ、天海王に連れて行かれた…だと?やい。いい加減にしろ。おまえごときの通訳をさせられているだけでもむかつくのに、よくもそんなでたらめを。天海王に食われたなら、なぜ、イシュアクアがここにいる」
メデューサスフィンクスが爪を出し、頭のヘビを逆立ててすごむ。
そのすさまじい形相に、〈なりそこない天使〉まで怖くなってケンタウルスペガサスの後ろに隠れた。
伝書サラマンドラは羽ばたいて、今は透明ではなく普通の石でできた天井すれすれを飛びまわりながら、ぎいぎいと鳴いた。
「何と言ってるんだ」
ケンタウルスペガサスに聞かれ、メデューサスフィンクスはふてくされたように答えた。
「天海王の呪縛にあやつられているのかのも知れないんだとさ。だから、今日、〈旅立つ子供〉でもなんでもなくふらふら迷いこんできたミノタウルスイカロスに儀式を授けるために、わざわざ手紙で本物を迎えに行ったイクテュースたちを呼び戻したりしたのではないかと」
〈なりそこない天使〉は、少し安心していた。
『約束の天体』などと言われても、何か得体の知れない怖い場所という印象があった。
それに、もう帰れないにしても、元いた場所、地球からもっと遠く離れてしまうようでいやだった。
伝書サラマンドラをおどすのに飽きたメデューサスフィンクスが、爪をひっこめてあおむけにごろりと寝ころんだ。
「イシュアクアのことなど、はっきりいって私にはどうでもいい。ミノタウルスイカロスは無事だったのだし、〈なりそこない天使〉もこれで、我々の仲間入りだな」
〈なりそこない天使〉はそれに答えず、コネホを向いて聞いた。
「なりそこない天使はもう、儀式を受けることはないの?」
「明日の夜明け前になってイシュアクアが月のお告げを受けるまで何とも言えないけど、多分、大丈夫だよ。だって、君は自分から逃げ出した連中とは違う。さらわれた子供がまた戻ってきたことはこれまで一度もないけど、まだ六角形の水槽の水に姿を映し出していないんだもの。元々の君の、水鏡に映った姿はまだ、水槽の底にあるよ」
なりそこない天使は、びっくりして叫んだ。
「だけど、六角形の水の底に映った顔を、確かに見たんだ」
コネホは口をとがらせて言いかえしてきた。
「そんなはずはないよ。イクテュースが身をていして君を守った。六角水槽の上に体を投げ出して。自分で逃げ出した子供たちの時のように、逃げ水だけがここまで来て水に映った影だけが流れて行ってしまったら永遠に君は儀式を受けられないから。誓って言うが、君は六角水槽の水鏡に自分の姿を映し出してはいない」
「いいや。確かに顔が映った」
「映ってない」
また、『月のしずくの塔』に来るまでの道でのこぜりあいが始まりそうだった。
メデューサスフィンクスが、割って入る。
「まあまあ、二人とも。私も見ていたが、なりそこない天使。おまえは水に映っていない。イクテュースの上半身で水槽の上はふさがれていた。おまえに水が見えたとしても、隙間からだから、おまえの顔は映らない」
「じゃ、イクテュースだったんじゃないか?映ったの」
ケンタウルスペガサスがぽつりと言った。
全員が彼の方を見、続いてお互いに顔を見合わせた。
急にしんとなった六角音楽堂に、天井すれすれを飛びまわる伝書サラマンドラの羽ばたきの音だけがばさばさと響いていた。
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