フルムーン・オクロック

瑠俱院 阿修羅

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16. イクテュースの正体

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伝書サラマンドラがすぐそばに舞い降りてきた時、メデューサスフィンクスはついいつもの癖がでて、前脚をふり上げた。
タッチの差で逃げられて壺の台の浮き彫りを爪でひっかいてしまい、背筋の寒くなるような音に自分で耳を倒した。
それを合図に、止まっていた時間がまた流れだしたようだった。
「おい、コネホ。イクテュースはどこから湧いたんだ」
照れ隠しのように、メデューサスフィンクスが尋ねる。
「知らない。僕がここに来た時には、もういた」
「じゃあ、おまえはいつからいるんだ」
ケンタウルスペガサスが聞く。
コネホはものも言わず、提げ太鼓を手に取ると、横の縫い目のほつれをいじりはじめた。
「おい。伝書サラマンドラ。コネホはいつ、ここに来た?教えてくれたらこの先ずっと、爪をひっかけないと約束してやる」
メデューサスフィンクスはそう言って、爪をひっこめた両前足を交互に上げて見せた。
コネホが止める間もなく、伝書サラマンドラは高く低く、鳴き声をあげた。それを聞くと、メデューサスフィンクスは一度ひっこめた爪を出し、コネホに迫った。
「おい、コネホ。おまえ、私やケンタウルスペガサスにはあれだけ変だの滑稽だのと言っておいて、おまえこそ、耳でこの島まで飛んできた、ダンボのできそこないの飛行ウサギだったんじゃないか」
「そうだったのか。おまけにまだ『約束の天体』へ旅立っていない。僕たちを臆病だの疑りぶかいだのと言っていたが、おまえこそ臆病で疑りぶかいんじゃないのか」
ケンタウルスペガサスもつめよる。
コネホはうつむいたまま、僕はここが気に入ってるんだとかなんとか、ぶつぶつ言い始めた。青い顔をして困っているので、〈なりそこない天使〉が助け舟を出そうとしたその時、ミノタウルスイカロスがぽつりと言った。
「おい。じゃあ、もしかして、イクテュースも…」
 ケンタウルスペガサスとメデューサスフィンクスが顔を見あわせ、コネホがあっ、そうかという顔をする。
三人とも、意外な事実に直面してうなずき合っている。
そして、誰も、なりそこない天使の表情が固まってしまったことに気づかなかった。
「なるほど。イクテュースも〈旅立つ子供〉だったというわけだ。しかも、我々と同様に臆病で疑りぶかい。しかし、こんなすれっからしになった私が言うのもナンだが、イクテュースと子供という言葉がどうもつながらないな」
メデューサスフィンクスが、頭のヘビを後ろ足に巻きつけて手遊びしながら言う。
「魂が宇宙空間に放り出されて時間が経つうちに、もう子供ではなくなっていることもあるって、いつかイシュアクアが言ってたっけ。でも、イクテュースにあてはめて考えてみたことなんてなかった」
コネホが言い終わるまで待たず、メデューサスフィンクスのそばに伝書サラマンドラが舞い降りてきて、耳打ちするように低く鳴いた。
メデューサスフィンクスは深刻な顔で聞き入っていたが、やがて、いあわせた面々を見回して、こう言った。
「イクテュースはここに、翼代わりの長い胸ビレで羽ばたいて飛行する魚の姿をした〈旅立つ子供〉として来た。そして、ここに留まり、だんだんとその姿は人間に近づいていった。この塔にいると、時間が経つにつれ人間の姿に近づくらしい。我々の場合はもともとが半人半獣だったわけだが」
「で、イクテュースはなぜ、ここに留まったんだ?」
ケンタウルスペガサスが伝書サラマンドラに聞くと、また、メデューサスフィンクスの耳元で鳴いた。彼女が再び、通訳する。
「自分だけが幸せになるより、たくさんの子供たちを幸せな土地へ送り出す手伝いがしたかった、と、これが第一の理由」
また、伝書サラマンドラが鳴き、メデューサスフィンクスが通訳する。
「そしてまた、別の理由は」
全員の目がメデューサスフィンクスに集まる。
次に伝書サラマンドラが鳴いた時、びっくりしたように彼女は伝書サラマンドラを見つめ、みんなを見わたして少し口ごもりながらこう言った。
「イシュアクアに恋をしているそうだ」
「ええっ?」
「なんだって、みんなして私を見るんだ。言ったのは私だが、出所は伝書サラマンドラだぞ」
メデューサスフィンクスがわめき、頭のヘビたちもいっせいに同意のうなずきで前方に傾く。
「だって、そんなこと、僕には一言も言わないよ」
コネホが叫んだ。彼は「恋」などという言葉に、イクテュースが突然見知らぬ世界の住人になってしまったような不安と寂しさを感じ、それをなんとか払いのけようとしていた。
「いや、私にはなんとなくわかる。そういうことは、あまりひとには言いたがらないものだ。ことによると、本人も気づいていないかもしれない。おや、どうした」
メデューサスフィンクスがようやく、〈なりそこない天使〉のようすがおかしいことに気づいて声をかけた。
あれだけ怖がっていたヘビだらけの頭を近づけても、おびえるでもなく逃げるでもなく、ぼうっとしている。
爪を出した前足を目の前で振ってみたが、真正面を向いたまま反応を示さない。
「おい、大丈夫か?」
ミノタウルスイカロスも、心配顔で近づいてきた。
「阿幌…」 
なりそこない天使はつぶやき、そして今度は大声で呼びかけた。
「阿幌!」
らせん階段を駆け上がっていくなりそこない天使を、全員が呆然と見送った。
「アポロって、あの太陽神のことか?」
メデューサスフィンクスに聞かれ、コネホが答える。
「さっきからずっと、アポロとかアルテミスとか、いろんなことを言ってた。前にいた世界のことを、何もかも思い出したんだ」
「そんなバカな。あの子はコアトリクエが子供たちの心の奥底から思い出をすくい取って造る『幻の家』に一度も入っていない。外から見ただけだ。それなのに、何もかも思い出すなんて」
ケンタウルスペガサスが叫ぶ。
「『約束の天体』へ旅立つためにここに来た子供たちは、地球でちゃんと育つことができなかった不幸な子ばかり。懐かしい人や楽しいことだけならいいけど、一番最後の別れの場面まで思い出したら、つらいだけなのに」
コネホが心配そうにらせん階段の方を見た。
急ぎ過ぎて段を踏みはずしそうになりながら、なりそこない天使は階段を駆け上った。
自分じゃない。あれが阿幌だ。
見覚えのある目。聞き覚えのある声。
イクテュースは阿幌の成長した姿だ。
《阿幌は本当にひどい子。この世界のどこにもいなくなってしまうんだったら、どうしてこんなにたくさん笑ったの?》
ママが写真の上にぽたぽたと涙を落としながら言った言葉だ。
《大丈夫だよ。ママ。天美寿がいるよ。阿幌と、両方になってあげるよ。だからもう、泣かないで》
《ありがとう。そういう天美寿もお目目がウサギちゃんよ。自分だけ悲しいみたいに思って、ママがわがままだったね。みんなで強くならなきゃね。でも、約束してちょうだい。天美寿はママをおいていかないでね。どこにもいなくなったりしないでね》
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