ナース服の中の僕

なな

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第8章:鏡の向こうの、誰か

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「今日、昼休みにやってみよっか。ナチュラルメイク、ちょっとだけ!」

実習四日目。報告を終えた休憩時間、由梨の一言に周りの女子たちが目を輝かせる。

「え、でも……」

「大丈夫大丈夫! ファンデもリップも、ちゃんと落とせるやつ持ってきてるし。遊び半分だよ!」

「ねー、やってみようよ~」

軽やかに押し切られ、悠真は控え室の隅で小さな鏡の前に座らされることになった。チュニックの袖をそっとまくり、女子たちが並べたコスメたちを前に、思わず緊張が走る。

「じゃ、まずはこれ。日焼け止め兼用の下地ねー。色つかないから安心して」

由梨が指先にとった透明なジェルを、悠真の頬にそっと伸ばす。その指の感触が、くすぐったくて、甘くて、思わずまぶたが落ちた。

「……なんか、変な感じ」

「でしょ? でも慣れると気持ちいいよ。はい、次ファンデー。薄くね」

ポンポンとスポンジで肌を叩かれる感覚。頬、額、鼻筋、あご──何かを“塗り隠されていく”感じと同時に、肌がなめらかに整えられていく心地よさ。

「すご……なんか、肌がツルッとして見える」

「でしょ? ほら、鏡見て!」

言われて手鏡をのぞきこむと、そこには──

(……これ、僕……?)

つやのある頬、ほんのり色のついた唇。眉毛も少し整えられて、目元がくっきりして見える。

表情は確かに自分のままなのに、“女の子の輪”の中に、完全に溶け込んでしまったような──そんな姿。

「わあ、やっぱ似合う! ね、見て見てこの角度!」

「やだ可愛い~! ちょっと写真撮ってもいい?」

「だ、だめっ、それは……!」

「冗談だって~!」

笑い声が弾ける。その中にいて、悠真はただ黙って鏡を見つめていた。

(僕、もう……ほとんど“女の子”に見えるんだ)

なのに──

鏡の中の自分の喉元に、うっすらと浮いた筋。指先に見える節の太さ。座ったときに思わず開きそうになった膝。それら全てが、「自分は本当は違う」という現実を、逆にはっきりと浮かび上がらせる。

(僕だけ、混ざってるようで……混ざりきれない)

女子たちの中で笑っているのに、どこかで自分が“透明な壁の向こう側”にいる気がする。その壁を超えてしまいたいのか、守りたいのか──自分でも、わからない。

「ほら、リップ最後に塗ってあげるね」

薄紅色のグロスが唇に触れた瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。

自分の口元が、まるで“本物の女の子”のように柔らかく、甘く変わっていくのを見ながら、悠真は静かに思った。

(僕は……どこへ行こうとしてるんだろう)

「これ、トラベル用のコスメセットだけどあげるね。中には入っているのと同じの買えば大丈夫だから明日からメイクして来たらいいよ!」

思わず頷いていた。
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