ナース服の中の僕

なな

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第9章:形に、心を寄せて

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メイクは目立たない程度にするのが慣れてきた。
ただ、病棟の廊下を歩くとき、無意識に背中を丸めていることに気づいた。チュニックの裾が揺れ、ストッキング越しの脚が床を鳴らすたび、どこか視線が集まるような気がして落ち着かない。

(……僕を、見てる)

ナースたち。医師たち。時に患者。彼らの視線の中には、確かに“女性学生”を見るそれと、“違和感”を見るものが混ざっていた。

スカートの揺れ。歩き方。声のトーン。

そのどれか一つが、少しでも「男らしく」浮いてしまうと、自分だけが“異物”に思えてしまう。心の奥が、ひりつく。

(女子たちといるときは、あんなに自然なのに……)

帰宅後、制服を脱ぐ前に、鏡の前に立った。

ブラウスを脱ぎ、キャミソールの肩紐を外す。その下にある自分の胸は、当然のように平らで、肌に直接ふれる布が妙に心もとなく感じられる。

(この胸元が……“空っぽ”に見えるんだ)

制服の上からも、ブラのラインが見えない。他の女子たちの胸元には自然に浮かぶカーブと、柔らかい丸み。

“形”があることで、服に収まりが生まれ、何よりそのラインが──他の誰から見ても、女性として自然に映る。

(もし、僕にもそれがあったら……)

引き出しの奥。制服を受け取ったとき、なぜか一緒に渡された“女子用下着一式”の袋。そこにあった、まだ一度も使っていない白いブラジャーを、そっと取り出す。

淡い花柄のレース。やや小ぶりなカップ。見ているだけで、心が静かにざわつく。

(……着けてみよう)

キャミソールの下に、初めての“その形”を滑り込ませる。背中でホックを留めるのは難しくて、何度かやり直した。

ぱちん、と金具が合わさった瞬間、胸元を包む柔らかな圧迫感が生まれた。なんとなく周りの肉を集めてみる。カップが身体をなぞり、肩紐が落ち着いた位置に収まると、自分の胸の形が“輪郭”を持ったように感じられた。

その上からキャミソールを着る。次にチュニック。

ピンクの布が胸の前にふわりとかかると、いつもより服がしっくり馴染んだ。

(……確かに、違う)

それは単に見た目だけじゃなかった。ブラの存在が、背筋を伸ばす。胸のラインがあるだけで、自分の動作一つひとつが“女の子”の形に近づく気がした。

(この方が──僕は、落ち着くんだ)

鏡の前でそっと呼吸を整える。自分が“女の子の看護学生”として存在する、その輪郭が、ようやく心にフィットするようになった気がした。

それは偽りかもしれない。でも、心は確かに、静かになっていた。
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