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1話 ずっと欲しい、と言ったのに
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夜勤明けの薄暗い部屋。
ベッドに倒れ込んだ瞬間、背中に重みがのしかかる。
「…待って、まだシャワーしてなっ...」
言いかけた声は、唇で塞がれた。
強引に舌を絡められ、息が乱れていく。
「我慢できないんだよ」
低く掠れた声が耳もとに聞こえ、背筋が震える。
シーツを握りしめる指先を、彼の手が荒々しく押さえ込む。
触れられる場所ごとに、熱が広がっていく。
押し倒され、貪られる。
その激しさが、俺を“恋人”として求めている証拠のようで――苦しいほど嬉しかった。
「おまえが欲しい。ずっと...」
耳をかすめる囁きに、理性なんて簡単に焼き切れてしまう。
「…俺も、先生が…」
途切れ途切れに声が漏れる。
身体を重ねるたび、彼の熱と汗が肌にまとわりついて離れない。
荒い呼吸と脈打つ鼓動が、まるでひとつに溶け合うみたいだ。
この瞬間だけは信じられた。
――俺は愛されている、と。
この人にとって俺は特別だと。
何も疑わず、ただ夢中で彼の名を呼び続けた。
数日前の夜を思い出すだけで、まだ胸が熱くなる。
あのとき確かに彼は「ずっと欲しい」と言った。
俺を抱きしめる腕は力強く、唇は何度も俺の名を呼んでいた。
――彼は俺の最愛の人だ。疑いなんて、ひとかけらもなかった。
その日もいつも通り、ナースステーションでバタバタと働いていた。
カルテを確認していると、同僚の弾んだ声が飛び込んできた。
「ねえ聞いた? 松本先生、婚約したんだって!」
「相手は大学の後輩らしいよ、美人なんだってー」
ペン先が止まり、紙に黒い染みをつくった。
…婚約?
耳に入ってくる言葉が、頭の中でつながらなかった。
「式は来月だってさ」
「すごーい、やっぱり松本先生はモテるよね」
周りは祝福と羨望の声であふれていた。
視界の端に、当の本人が白衣姿で立っていた。
落ち着いた笑顔で「ありがとう」と返していた。
その顔は、数日前に俺を激しく求めた男と同じだった。
同じはずなのに、まるで別人に見えた。
…何なんだよっ…。
俺は、ただの遊びだったのか?
あの夜の熱も、耳もとで囁かれた「ずっと欲しい」も、全部――嘘?
信じたくない。
いや、信じられるわけがない。
だって、ほんの数日前まで彼は俺の名前を呼びながら、俺を抱きしめていたんだ。
それがどうして、今ここで婚約の話を笑顔でしていられる?
頭の中で映像がぐるぐる回る。
シーツに沈められた夜、彼の熱い手。
「結婚おめでとう」とささやく同僚の声。
全然つながらない。
現実と記憶が噛み合わなくて、思考が空回りする。
「おめでとうございます!」という声に合わせるように、俺の手からカルテの束が滑り落ちた。
バサッ、と床に散らばる白い紙。
しゃがもうとしても、指先が小刻みに震えてつかめない。
「大丈夫?」と隣の同僚が声をかけてくる。
笑わなきゃ、平気な顔をしなきゃ、そう思えば思うほど、口元が引きつる。
心臓が暴れて、呼吸が浅くなる。
笑みを作ろうとするけど、口元が引きつる。
必死に取り繕いながら、胸の奥では叫んでいた。
…先生、俺を捨てたのかっ…!
トイレに駆け込み、鏡に映る顔を見た。
頬は蒼白で、唇は震え、呼吸も乱れている。
「……嘘だ。嘘に決まってる」
かすれた声が何度もこぼれた。
震える指で水をすくって顔を叩き、なんとか呼吸を整えて扉を開ける。
そこに、彼が立っていた。
何事もなかったかのような表情で。
「先生…嘘だよね?」
すがる声が情けなく震えた。
だけど、返ってきた言葉は容赦なかった。
「…あれは遊びだ」
淡々と、吐き捨てるように。
「俺は結婚する。俺のことは忘れろ」
胸の奥が、ズタズタに裂ける音がした。
昨日まで熱をぶつけ合った男の口から出るとは思えないほど冷たい声。
彼の目には、もう俺の姿さえ映っていない。
喉の奥が焼けるように痛んだ。
叫び出したいのに、声が出ない。
膝が崩れそうになるのを必死に堪える。
その瞬間、ナースコールのベルが鳴り響いた。
逃げ場なんて与えられない。
「……はい、すぐ参ります」
笑みを貼りつけ、血の味がする唇を噛み締めながら、俺は病室へと歩き出した。
カルテをめくる指が震えて、字がにじむ。
「先輩、点滴準備お願いします!」
後輩の声に反射的にうなずく。
無表情を装い、針を構える手元はいつも通りのはずだった。
――数日前、同じ手で彼の頬を撫でた。
「おまえの手、好きだな」
そう囁いて、彼は俺の指先に唇を触れさせた。
その感触を思い出すだけで、胸が焼ける。
「いつもありがとうね」
患者に礼を言われ、作り笑いを返す。
その笑顔の裏で、心の奥は叫んでいた。
――何が遊びだ。
――俺は本気だったのに。
体に染みついた仕事の動きが、かろうじて俺を支えている。
でも一瞬でも気を抜けば、溢れそうな悔しさに押し潰される。
背中越しに、彼の声が聞こえた気がした。
「おまえが欲しい。ずっと」
あの夜の言葉が、嘲笑のように耳にこびりつく。
俺は顔を上げ、無理やり口角を上げた。
――大丈夫。仕事は続けなきゃいけない。
震える胸を押し隠しながら、俺は次の病室へと足を向けた。
ベッドに倒れ込んだ瞬間、背中に重みがのしかかる。
「…待って、まだシャワーしてなっ...」
言いかけた声は、唇で塞がれた。
強引に舌を絡められ、息が乱れていく。
「我慢できないんだよ」
低く掠れた声が耳もとに聞こえ、背筋が震える。
シーツを握りしめる指先を、彼の手が荒々しく押さえ込む。
触れられる場所ごとに、熱が広がっていく。
押し倒され、貪られる。
その激しさが、俺を“恋人”として求めている証拠のようで――苦しいほど嬉しかった。
「おまえが欲しい。ずっと...」
耳をかすめる囁きに、理性なんて簡単に焼き切れてしまう。
「…俺も、先生が…」
途切れ途切れに声が漏れる。
身体を重ねるたび、彼の熱と汗が肌にまとわりついて離れない。
荒い呼吸と脈打つ鼓動が、まるでひとつに溶け合うみたいだ。
この瞬間だけは信じられた。
――俺は愛されている、と。
この人にとって俺は特別だと。
何も疑わず、ただ夢中で彼の名を呼び続けた。
数日前の夜を思い出すだけで、まだ胸が熱くなる。
あのとき確かに彼は「ずっと欲しい」と言った。
俺を抱きしめる腕は力強く、唇は何度も俺の名を呼んでいた。
――彼は俺の最愛の人だ。疑いなんて、ひとかけらもなかった。
その日もいつも通り、ナースステーションでバタバタと働いていた。
カルテを確認していると、同僚の弾んだ声が飛び込んできた。
「ねえ聞いた? 松本先生、婚約したんだって!」
「相手は大学の後輩らしいよ、美人なんだってー」
ペン先が止まり、紙に黒い染みをつくった。
…婚約?
耳に入ってくる言葉が、頭の中でつながらなかった。
「式は来月だってさ」
「すごーい、やっぱり松本先生はモテるよね」
周りは祝福と羨望の声であふれていた。
視界の端に、当の本人が白衣姿で立っていた。
落ち着いた笑顔で「ありがとう」と返していた。
その顔は、数日前に俺を激しく求めた男と同じだった。
同じはずなのに、まるで別人に見えた。
…何なんだよっ…。
俺は、ただの遊びだったのか?
あの夜の熱も、耳もとで囁かれた「ずっと欲しい」も、全部――嘘?
信じたくない。
いや、信じられるわけがない。
だって、ほんの数日前まで彼は俺の名前を呼びながら、俺を抱きしめていたんだ。
それがどうして、今ここで婚約の話を笑顔でしていられる?
頭の中で映像がぐるぐる回る。
シーツに沈められた夜、彼の熱い手。
「結婚おめでとう」とささやく同僚の声。
全然つながらない。
現実と記憶が噛み合わなくて、思考が空回りする。
「おめでとうございます!」という声に合わせるように、俺の手からカルテの束が滑り落ちた。
バサッ、と床に散らばる白い紙。
しゃがもうとしても、指先が小刻みに震えてつかめない。
「大丈夫?」と隣の同僚が声をかけてくる。
笑わなきゃ、平気な顔をしなきゃ、そう思えば思うほど、口元が引きつる。
心臓が暴れて、呼吸が浅くなる。
笑みを作ろうとするけど、口元が引きつる。
必死に取り繕いながら、胸の奥では叫んでいた。
…先生、俺を捨てたのかっ…!
トイレに駆け込み、鏡に映る顔を見た。
頬は蒼白で、唇は震え、呼吸も乱れている。
「……嘘だ。嘘に決まってる」
かすれた声が何度もこぼれた。
震える指で水をすくって顔を叩き、なんとか呼吸を整えて扉を開ける。
そこに、彼が立っていた。
何事もなかったかのような表情で。
「先生…嘘だよね?」
すがる声が情けなく震えた。
だけど、返ってきた言葉は容赦なかった。
「…あれは遊びだ」
淡々と、吐き捨てるように。
「俺は結婚する。俺のことは忘れろ」
胸の奥が、ズタズタに裂ける音がした。
昨日まで熱をぶつけ合った男の口から出るとは思えないほど冷たい声。
彼の目には、もう俺の姿さえ映っていない。
喉の奥が焼けるように痛んだ。
叫び出したいのに、声が出ない。
膝が崩れそうになるのを必死に堪える。
その瞬間、ナースコールのベルが鳴り響いた。
逃げ場なんて与えられない。
「……はい、すぐ参ります」
笑みを貼りつけ、血の味がする唇を噛み締めながら、俺は病室へと歩き出した。
カルテをめくる指が震えて、字がにじむ。
「先輩、点滴準備お願いします!」
後輩の声に反射的にうなずく。
無表情を装い、針を構える手元はいつも通りのはずだった。
――数日前、同じ手で彼の頬を撫でた。
「おまえの手、好きだな」
そう囁いて、彼は俺の指先に唇を触れさせた。
その感触を思い出すだけで、胸が焼ける。
「いつもありがとうね」
患者に礼を言われ、作り笑いを返す。
その笑顔の裏で、心の奥は叫んでいた。
――何が遊びだ。
――俺は本気だったのに。
体に染みついた仕事の動きが、かろうじて俺を支えている。
でも一瞬でも気を抜けば、溢れそうな悔しさに押し潰される。
背中越しに、彼の声が聞こえた気がした。
「おまえが欲しい。ずっと」
あの夜の言葉が、嘲笑のように耳にこびりつく。
俺は顔を上げ、無理やり口角を上げた。
――大丈夫。仕事は続けなきゃいけない。
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