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一章「王都動乱~紅蓮の正義~」
一章 第十八話「王都入り 前編」
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光の魔術師、ジェナ・パレットとの邂逅。アマルティアの魔人ミルドレッドが引き起こしたとされる魔獣の一件。そしてそれに巻き込まれる形となった、カイル・クラークの失踪事件から四日が経過したその日、アルトニーの詰所に一本の魔動通信が入ってきた。
差出人はロベール・オスマン。このオルレーヌ全国に配置された騎士各員の頂点に立つ選りすぐりの猛者その人である。齢五十に差し掛かろうとは思えない精悍な顔つきと鍛え抜かれた岩のような肉体。毅然とした態度で部下を指揮するその姿に部下からの信頼は厚く、密かに熱狂的なファンもついているという噂だ。
だが、傑物とすら謳われるその御仁からの直々の連絡、その内容というのは誰もが思いもしないものであった。
『エルキュール・ラングレーという青年と話がしたい』
取次ぎに来たカーティス隊長からそんな伝言を受けたとき、月並みな表現にはなるがエルキュールは心底驚いていた。
王都に向かおうと準備を進めていた只中の連絡であるのもそうだが、そんな時宜に適った偶然性だけではない。
片や全国の騎士を束ねる大人物。片や人の目を避けながら生活する、表向きは単なる平凡な青年。
圧倒的な立場の違い。その中にいる両者に接点が生じるなど微塵にも考えていなかったというのが主たる理由だった。
しかもこの通信は公的な理由ではなく、あくまでもロベールの個人的な用件のために行われたのだという。
焦らずにはいられなかった。
ただでさえ最近は魔人である身でありながら、堂々と動きすぎたと反省していたところだったのだ。
その正体が明るみになってしまったのではないかと思うと、気が気ではなかった。
通信機を持つエルキュールの手は震え、体内の魔素が嫌に活発になっているのを感じていた。
だがそれを表に出すほどエルキュールも柔ではない。大事なのは平静を装うこと。十年に及ぶ生活で培った図太さを十全に発揮して、ロベールとの通話に臨んだ。
「……はい、エルキュールですが」
「ああ。お初にお目にかかる、オルレーヌ騎士団団長のロベール・オスマンだ……済まないね、突然無理を言ってしまって。しかし、どうしても君に話しておかなければならないことがあってな」
低く、微かに濁りが混じった声色。しかし、決して老いぼれているという印象はなく、どちらかと言えばくすんだ銀のような渋く、味わい深いものであると感じた。
「……だが、本題に入る前に一つ、君には言っておかなければならないことがある……」
そこでロベールは意味深に間を置いた。
頼むから早く本題に移り、この緊張から解放してくれと、エルキュールは内心悪態をつきそうになったのだが――
「……ヌールの件についての謝罪だ。エルキュールよ、これに関しては大変申し訳なかった。何もしてやれなくて心苦しいと思っている。騎士を操る大任を負う私からすれば、ただ君にだけ謝罪を述べても何の責任も果たせていないということは重々承知している。多くの民が傷ついたのだ、許されようとは思っていない。だがそれでもまずは言わせてほしい。本当に済まなかった……!」
聞いていた人物像も、期待していた問答もない、そこにあったのは、一人の男の激情だった。後悔、謝意、その並々ならぬ熱に触れ、エルキュールも言葉を失う。
エルキュールも考えなかったわけではない。あの事件の責任の所在について。守り手たる騎士の落ち度について。
確かにエルキュールからすれば、この騎士団長の男に怒りを感じてもおかしくはない。彼を責め立てる権利があるのかもしれない。
しかし、エルキュールは被害を受けたことに対する不満を、この男にぶつけようとは思わなかった。
それどころか、無力感を滲ませるロベールの言葉は、エルキュールの自身の正体が露見してしまうのではないかという緊張と警戒を幾らか溶かし、僅かな親近感へと変えた。
「……オスマン騎士団長。不甲斐ないと感じているのは自分も同じです。肝心な時に注意を逸らし、駆けつけたときには街は無残に蹂躙されていて、そんな俺の怒りすらもアマルティアに軽くあしらわれた。俺は自分が許せないんです。だから、あなたに謝られる謂れもない……けれど、もしあなたにその気があるのなら、代わりにヌール復興に尽力してくれたら嬉しいです」
悔やむ気持ちはエルキュールとて変わらない。魔人である自分がアマルティアの狂気を引き付けてしまったのだと考えると、もはや強迫にも似た自責の念に苛まれる。
しかし、後悔も葛藤も今は捨て置くと、あの夜に改めて誓ったのだ。
エルキュールは努めて冷静に言うべきを言った。
「謂れもない、か……強いな、君は。復興の件はしかと承知した。エルキュール、君のその言葉に決意と感謝を込めて、早急に取り計らせよう」
直に対面せずともその決意は伝わったようだ。通信機越しの暗かったロベールの声が若干明るいものになる。が、続く彼の言は再び硬い情調を孕んでいた。
「……だが、やはりか。報告で状況を確認したが、被害は想定以上に甚大のようだな」
「報告……?」
「ああ。ここに連絡を入れる前に調べさせてもらった次第だ。私の腹心であるナタリアと、君も知っているだろうニコラス・バーンズという男からな」
「ニコラス騎士隊長ですか。だから俺がここにいることもご存じだったというわけですね」
前者の方は馴染みなかったが、後者の方はエルキュールもよく知っている。ヌールの騎士を束ねる彼からの情報を受けているということなら、ロベールがこちらのことに詳しいのも頷ける。
「『エルキュール殿によろしく』だそうだ。また事件解決に協力してくれたことを感謝していたな」
「そうですか……あの時は少し気が動転していて碌な挨拶もできませんでしたが……」
今更になって罪悪感が募る。自分という存在が引き裂かれてしまったような感覚に陥っていたものだから仕方ないとはいえ、あの時のエルキュールの振る舞いは自分で振り返ってみてもあまり良いものではなかった。
「気にすることはない。それにアルトニーの危機に関しても大した活躍だったそうだな?」
「……それも偏に仲間のおかげです。カーティス隊長から聞いているかもしれませんが、またしても同じ過ちを繰り返してしまいましたし」
「アマルティア幹部、ミルドレッドか。もちろんこの件に関しても既に承知している。ヌールのザラームと合わせれば二人目の魔人の存在――アマルティアがこうも急激に動き始めたのを見るに、すぐ君に連絡を取ったのはやはり正解だったようだ」
ロベールの口ぶりはいかにも暗示的で、対するエルキュールにも緊張が走る。高い身分にある彼が、わざわざ無名の青年に連絡を寄越したのだ。この奇妙な状況に、幾度目かも分からぬ深刻な想像を掻き立てられる。
「少々長くなったが、ここからが本題だ。エルキュール、君に……いや正確には君とその仲間である彼らに、どうしても聞き届けてもらいたい頼みがあって連絡をさせてもらった」
「どうしても、ですか」
有無を言わせぬ力強い口調の中でも、殊更に強調された言葉。繰り返すその声が意図せず震えてしまっているのを、エルキュールは感じていた。
これまでの会話を振り返れば、その頼みというのが厄介なものであるのは容易に知れる。
「ああ。だが用件自体は単純なものだ。今から三日後のセレの月・12日――そこで君と、その仲間である彼らと直接会って話がしたい。あのヌール事件と王都に関することだ」
「……! やはり、その二つに関連が?」
「詳細は省くが、その通りだ。しかし現在起こっている事態は君が思うよりも随分と厄介のものであろう。そこで今回の件は、私と君たち、そしてある協力者を交えた三者で話し合いを持とうと考えている」
「そうですか。しかし、協力者とは……? 口ぶりから察するにあなたの部下という訳でもないようですが……」
それは疑問を解決するための質問というよりも、口から自然と出た何気ない呟きというほうが近かった。
言うなれば物の弾み。しかしそんな気軽さとは裏腹に、通信機の向こう側のロベールからの声が不自然に止まる。
息を呑んでいるのか。会話としては脈絡に沿っているように思われるが、尋常ではないその様子に、まるで湖の水が一瞬にして凍り付いてしまったかのような緊張感すら感じられる。
「オスマン騎士団長?」
「……すまない。君の指摘通り、協力者というのは私の部下ではない。デュランダル――王都を拠点として活動する対イブリスの専門機関、その役員に協力を仰いだのだ。丁度私の知人がそこに勤めているものでな」
再度問いかければ、何事もなかったかのように説明するロベール。彼の態度はさておき、その内容には得心がいった。
デュランダルの名声は、もはやこのオルレーヌで知らぬものがいないほどに高いといわれている。
騎士団のような公的なものではない民間の組織で、伝統あるそれらと比べても若い機関であるにもかかわらず、既に数々の魔物に関する問題を解決してきた実績がある。
これまでヌールという地方に住んでいたエルキュールにとってはあまり馴染みはなかったが、腕が立つ新興の組織というその煽情的な背景も重なり、最近の若者――特に王都の者にとっては古風な騎士団よりも支持を集めているそうだった。
傍から見ればライバル関係にあると思われる両者だったが、ロベールの物言いからその実二つの仲は良好なものであるらしい。
「場所はデュランダル本部。明日にでも馬車をそちらに手配する。詳しい道のりは担当の者に聞くといい」
エルキュールが何も告げぬ間にもロベールの話は続く。話を断るという選択肢はないものと見做しているようだ。
もちろんそのことに今更不満を覚えはしない。急な話であることと、あまり目立ちたくはないという思いはあるが、内容自体はとても素晴らしいものだった。
「話は分かりました。あなたも知っての上で提案を持ちかけたのでしょうが、俺たちも王都には行きたいと思っていたところです。グレンたちも特に反対はしないでしょう」
「そうか……感謝する。では――」
「しかし、それとは別に。やはり聞かせてくれませんか? どうしてあなたが一向に自分の部下に頼ろうとしないのか。その上どうして俺やデュランダルにばかり話を持ちかけるのかを」
「…………」
鋭さすらも感じられる真っ直ぐなエルキュールの問いに、さしものロベールも暫し沈黙した。
その様子からも、先ほど言い繕った点からも、このことはロベールにとって聞かれたくないことなのだろう。
それを口にさせることに少しばかり躊躇いを感じるのも確かだ。エルキュールとて人には言えないことなど多々あるのだから。
だがエルキュールが指摘した点は、他の誰であっても疑いを向けるほどに不可解なものなのも事実だった。
騎士団を組織する権利があるのなら、それを用いて問題を解決するのが筋である。わざわざこんな連絡を寄越す必要もない。
しかし、その理屈を抜きにしてでも、なおエルキュールは自身の疑問の芽をこの場で断っておかねばならないと感じていた。
人を頼ること。人を疑うこと。何れも魔人であるエルキュールがこれまでの短い旅の中で学んだことである。そして自身の望みを叶えるには必要なことである。
だからこその尋問。この先ロベールたちの力を借りるなら、疑いを晴らしておきたかった。特に騎士団長やデュランダルのような大物が相手の場合は。
果たしてそんなエルキュールの覚悟に当てられたのだろうか、向こうのロベールが思案を巡らすように声を漏らした。
「……ふむ、やはり君は強い。強かというべきか……私に対してここまで快弁を振るう若者というのも珍しい」
「気に障りましたか」
「まさか。どちらかと言うと、君に手数をかけさせてしまって申し訳ないと感じていたところだ」
そう言ってロベールは豪胆に笑う。質問を誤魔化そうという気配は感じられず、とにかく正面から接するエルキュールの態度が妙に面白いと思っているようだった。
「意図的に情報を伏せようとしたのは認める。何分、事が事なのでな。出来るならば直接会ったときにでも話そうと考えていたのだ」
どうやらロベールの方も、エルキュールを見定めんとしている途中のようであった。
彼が持ちかけた提案、直接顔を合わせての会合は、言うなれば試験のようなもの。そこで眼鏡にかなわなければ、この問題にエルキュールらを関わらせないという心積もりもあったのかもしれない。
兎にも角にも、ヌールの街を守れなかったという負い目を抱きながら、この件に関しては冷徹に事を進めるロベールの徹底ぶりに、エルキュールは内心で感嘆していた。
しかし、それと同時に、ロベールの言い回しからはこの問題の根底にある複雑さというのも仄めかされており、緊張がエルキュールの背を伝った。
張り詰めた空気を硬いロベールの言葉が震わす。
「――率直に言えば、我が騎士団の中にもヌールの件を引き起こしたとされる不穏分子が紛れているのだ。故に君たちを始めとする外部の人間に、王都に蔓延る暗雲を払ってもらいたいと考えている……と、これが君たちに協力を要請した理由だ。納得してくれるだろうか?」
「…………」
無駄を省いた事務的な言葉は、受け入れがたい事実さえ正確に伝えてくれる。そこに疑いの余地は残されていなかった。
ヌール事件に関連する不穏分子。即ちアマルティアと繋がりを持つ者。
可能性の域を彷徨っていたその存在は、あろうことか公的な組織である騎士団の中にまで潜んでいるのだという。
なるほどロベールの身分からでは簡単には口に出来ないことだと、エルキュールは渋面をつくる。
しかし、そうであるならエルキュールの為すべきことは明確に決まったと言えよう。
恥を忍んで真摯に対応してくれたロベールに礼を告げると、エルキュールは決意を新たにその提案への賛意を示したのだった。
差出人はロベール・オスマン。このオルレーヌ全国に配置された騎士各員の頂点に立つ選りすぐりの猛者その人である。齢五十に差し掛かろうとは思えない精悍な顔つきと鍛え抜かれた岩のような肉体。毅然とした態度で部下を指揮するその姿に部下からの信頼は厚く、密かに熱狂的なファンもついているという噂だ。
だが、傑物とすら謳われるその御仁からの直々の連絡、その内容というのは誰もが思いもしないものであった。
『エルキュール・ラングレーという青年と話がしたい』
取次ぎに来たカーティス隊長からそんな伝言を受けたとき、月並みな表現にはなるがエルキュールは心底驚いていた。
王都に向かおうと準備を進めていた只中の連絡であるのもそうだが、そんな時宜に適った偶然性だけではない。
片や全国の騎士を束ねる大人物。片や人の目を避けながら生活する、表向きは単なる平凡な青年。
圧倒的な立場の違い。その中にいる両者に接点が生じるなど微塵にも考えていなかったというのが主たる理由だった。
しかもこの通信は公的な理由ではなく、あくまでもロベールの個人的な用件のために行われたのだという。
焦らずにはいられなかった。
ただでさえ最近は魔人である身でありながら、堂々と動きすぎたと反省していたところだったのだ。
その正体が明るみになってしまったのではないかと思うと、気が気ではなかった。
通信機を持つエルキュールの手は震え、体内の魔素が嫌に活発になっているのを感じていた。
だがそれを表に出すほどエルキュールも柔ではない。大事なのは平静を装うこと。十年に及ぶ生活で培った図太さを十全に発揮して、ロベールとの通話に臨んだ。
「……はい、エルキュールですが」
「ああ。お初にお目にかかる、オルレーヌ騎士団団長のロベール・オスマンだ……済まないね、突然無理を言ってしまって。しかし、どうしても君に話しておかなければならないことがあってな」
低く、微かに濁りが混じった声色。しかし、決して老いぼれているという印象はなく、どちらかと言えばくすんだ銀のような渋く、味わい深いものであると感じた。
「……だが、本題に入る前に一つ、君には言っておかなければならないことがある……」
そこでロベールは意味深に間を置いた。
頼むから早く本題に移り、この緊張から解放してくれと、エルキュールは内心悪態をつきそうになったのだが――
「……ヌールの件についての謝罪だ。エルキュールよ、これに関しては大変申し訳なかった。何もしてやれなくて心苦しいと思っている。騎士を操る大任を負う私からすれば、ただ君にだけ謝罪を述べても何の責任も果たせていないということは重々承知している。多くの民が傷ついたのだ、許されようとは思っていない。だがそれでもまずは言わせてほしい。本当に済まなかった……!」
聞いていた人物像も、期待していた問答もない、そこにあったのは、一人の男の激情だった。後悔、謝意、その並々ならぬ熱に触れ、エルキュールも言葉を失う。
エルキュールも考えなかったわけではない。あの事件の責任の所在について。守り手たる騎士の落ち度について。
確かにエルキュールからすれば、この騎士団長の男に怒りを感じてもおかしくはない。彼を責め立てる権利があるのかもしれない。
しかし、エルキュールは被害を受けたことに対する不満を、この男にぶつけようとは思わなかった。
それどころか、無力感を滲ませるロベールの言葉は、エルキュールの自身の正体が露見してしまうのではないかという緊張と警戒を幾らか溶かし、僅かな親近感へと変えた。
「……オスマン騎士団長。不甲斐ないと感じているのは自分も同じです。肝心な時に注意を逸らし、駆けつけたときには街は無残に蹂躙されていて、そんな俺の怒りすらもアマルティアに軽くあしらわれた。俺は自分が許せないんです。だから、あなたに謝られる謂れもない……けれど、もしあなたにその気があるのなら、代わりにヌール復興に尽力してくれたら嬉しいです」
悔やむ気持ちはエルキュールとて変わらない。魔人である自分がアマルティアの狂気を引き付けてしまったのだと考えると、もはや強迫にも似た自責の念に苛まれる。
しかし、後悔も葛藤も今は捨て置くと、あの夜に改めて誓ったのだ。
エルキュールは努めて冷静に言うべきを言った。
「謂れもない、か……強いな、君は。復興の件はしかと承知した。エルキュール、君のその言葉に決意と感謝を込めて、早急に取り計らせよう」
直に対面せずともその決意は伝わったようだ。通信機越しの暗かったロベールの声が若干明るいものになる。が、続く彼の言は再び硬い情調を孕んでいた。
「……だが、やはりか。報告で状況を確認したが、被害は想定以上に甚大のようだな」
「報告……?」
「ああ。ここに連絡を入れる前に調べさせてもらった次第だ。私の腹心であるナタリアと、君も知っているだろうニコラス・バーンズという男からな」
「ニコラス騎士隊長ですか。だから俺がここにいることもご存じだったというわけですね」
前者の方は馴染みなかったが、後者の方はエルキュールもよく知っている。ヌールの騎士を束ねる彼からの情報を受けているということなら、ロベールがこちらのことに詳しいのも頷ける。
「『エルキュール殿によろしく』だそうだ。また事件解決に協力してくれたことを感謝していたな」
「そうですか……あの時は少し気が動転していて碌な挨拶もできませんでしたが……」
今更になって罪悪感が募る。自分という存在が引き裂かれてしまったような感覚に陥っていたものだから仕方ないとはいえ、あの時のエルキュールの振る舞いは自分で振り返ってみてもあまり良いものではなかった。
「気にすることはない。それにアルトニーの危機に関しても大した活躍だったそうだな?」
「……それも偏に仲間のおかげです。カーティス隊長から聞いているかもしれませんが、またしても同じ過ちを繰り返してしまいましたし」
「アマルティア幹部、ミルドレッドか。もちろんこの件に関しても既に承知している。ヌールのザラームと合わせれば二人目の魔人の存在――アマルティアがこうも急激に動き始めたのを見るに、すぐ君に連絡を取ったのはやはり正解だったようだ」
ロベールの口ぶりはいかにも暗示的で、対するエルキュールにも緊張が走る。高い身分にある彼が、わざわざ無名の青年に連絡を寄越したのだ。この奇妙な状況に、幾度目かも分からぬ深刻な想像を掻き立てられる。
「少々長くなったが、ここからが本題だ。エルキュール、君に……いや正確には君とその仲間である彼らに、どうしても聞き届けてもらいたい頼みがあって連絡をさせてもらった」
「どうしても、ですか」
有無を言わせぬ力強い口調の中でも、殊更に強調された言葉。繰り返すその声が意図せず震えてしまっているのを、エルキュールは感じていた。
これまでの会話を振り返れば、その頼みというのが厄介なものであるのは容易に知れる。
「ああ。だが用件自体は単純なものだ。今から三日後のセレの月・12日――そこで君と、その仲間である彼らと直接会って話がしたい。あのヌール事件と王都に関することだ」
「……! やはり、その二つに関連が?」
「詳細は省くが、その通りだ。しかし現在起こっている事態は君が思うよりも随分と厄介のものであろう。そこで今回の件は、私と君たち、そしてある協力者を交えた三者で話し合いを持とうと考えている」
「そうですか。しかし、協力者とは……? 口ぶりから察するにあなたの部下という訳でもないようですが……」
それは疑問を解決するための質問というよりも、口から自然と出た何気ない呟きというほうが近かった。
言うなれば物の弾み。しかしそんな気軽さとは裏腹に、通信機の向こう側のロベールからの声が不自然に止まる。
息を呑んでいるのか。会話としては脈絡に沿っているように思われるが、尋常ではないその様子に、まるで湖の水が一瞬にして凍り付いてしまったかのような緊張感すら感じられる。
「オスマン騎士団長?」
「……すまない。君の指摘通り、協力者というのは私の部下ではない。デュランダル――王都を拠点として活動する対イブリスの専門機関、その役員に協力を仰いだのだ。丁度私の知人がそこに勤めているものでな」
再度問いかければ、何事もなかったかのように説明するロベール。彼の態度はさておき、その内容には得心がいった。
デュランダルの名声は、もはやこのオルレーヌで知らぬものがいないほどに高いといわれている。
騎士団のような公的なものではない民間の組織で、伝統あるそれらと比べても若い機関であるにもかかわらず、既に数々の魔物に関する問題を解決してきた実績がある。
これまでヌールという地方に住んでいたエルキュールにとってはあまり馴染みはなかったが、腕が立つ新興の組織というその煽情的な背景も重なり、最近の若者――特に王都の者にとっては古風な騎士団よりも支持を集めているそうだった。
傍から見ればライバル関係にあると思われる両者だったが、ロベールの物言いからその実二つの仲は良好なものであるらしい。
「場所はデュランダル本部。明日にでも馬車をそちらに手配する。詳しい道のりは担当の者に聞くといい」
エルキュールが何も告げぬ間にもロベールの話は続く。話を断るという選択肢はないものと見做しているようだ。
もちろんそのことに今更不満を覚えはしない。急な話であることと、あまり目立ちたくはないという思いはあるが、内容自体はとても素晴らしいものだった。
「話は分かりました。あなたも知っての上で提案を持ちかけたのでしょうが、俺たちも王都には行きたいと思っていたところです。グレンたちも特に反対はしないでしょう」
「そうか……感謝する。では――」
「しかし、それとは別に。やはり聞かせてくれませんか? どうしてあなたが一向に自分の部下に頼ろうとしないのか。その上どうして俺やデュランダルにばかり話を持ちかけるのかを」
「…………」
鋭さすらも感じられる真っ直ぐなエルキュールの問いに、さしものロベールも暫し沈黙した。
その様子からも、先ほど言い繕った点からも、このことはロベールにとって聞かれたくないことなのだろう。
それを口にさせることに少しばかり躊躇いを感じるのも確かだ。エルキュールとて人には言えないことなど多々あるのだから。
だがエルキュールが指摘した点は、他の誰であっても疑いを向けるほどに不可解なものなのも事実だった。
騎士団を組織する権利があるのなら、それを用いて問題を解決するのが筋である。わざわざこんな連絡を寄越す必要もない。
しかし、その理屈を抜きにしてでも、なおエルキュールは自身の疑問の芽をこの場で断っておかねばならないと感じていた。
人を頼ること。人を疑うこと。何れも魔人であるエルキュールがこれまでの短い旅の中で学んだことである。そして自身の望みを叶えるには必要なことである。
だからこその尋問。この先ロベールたちの力を借りるなら、疑いを晴らしておきたかった。特に騎士団長やデュランダルのような大物が相手の場合は。
果たしてそんなエルキュールの覚悟に当てられたのだろうか、向こうのロベールが思案を巡らすように声を漏らした。
「……ふむ、やはり君は強い。強かというべきか……私に対してここまで快弁を振るう若者というのも珍しい」
「気に障りましたか」
「まさか。どちらかと言うと、君に手数をかけさせてしまって申し訳ないと感じていたところだ」
そう言ってロベールは豪胆に笑う。質問を誤魔化そうという気配は感じられず、とにかく正面から接するエルキュールの態度が妙に面白いと思っているようだった。
「意図的に情報を伏せようとしたのは認める。何分、事が事なのでな。出来るならば直接会ったときにでも話そうと考えていたのだ」
どうやらロベールの方も、エルキュールを見定めんとしている途中のようであった。
彼が持ちかけた提案、直接顔を合わせての会合は、言うなれば試験のようなもの。そこで眼鏡にかなわなければ、この問題にエルキュールらを関わらせないという心積もりもあったのかもしれない。
兎にも角にも、ヌールの街を守れなかったという負い目を抱きながら、この件に関しては冷徹に事を進めるロベールの徹底ぶりに、エルキュールは内心で感嘆していた。
しかし、それと同時に、ロベールの言い回しからはこの問題の根底にある複雑さというのも仄めかされており、緊張がエルキュールの背を伝った。
張り詰めた空気を硬いロベールの言葉が震わす。
「――率直に言えば、我が騎士団の中にもヌールの件を引き起こしたとされる不穏分子が紛れているのだ。故に君たちを始めとする外部の人間に、王都に蔓延る暗雲を払ってもらいたいと考えている……と、これが君たちに協力を要請した理由だ。納得してくれるだろうか?」
「…………」
無駄を省いた事務的な言葉は、受け入れがたい事実さえ正確に伝えてくれる。そこに疑いの余地は残されていなかった。
ヌール事件に関連する不穏分子。即ちアマルティアと繋がりを持つ者。
可能性の域を彷徨っていたその存在は、あろうことか公的な組織である騎士団の中にまで潜んでいるのだという。
なるほどロベールの身分からでは簡単には口に出来ないことだと、エルキュールは渋面をつくる。
しかし、そうであるならエルキュールの為すべきことは明確に決まったと言えよう。
恥を忍んで真摯に対応してくれたロベールに礼を告げると、エルキュールは決意を新たにその提案への賛意を示したのだった。
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