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一章「王都動乱~紅蓮の正義~」
一章 最終話「闇が向かう先」
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ヌールとミクシリアを襲ったオルレーヌ史でも稀に見るあの大事件は、アマルティア幹部たるディアマントの討伐によって終止符を打たれた。
ヌール市民八千人、ミクシリア都民においては最低でも一万二千人という犠牲者数は、魔物によって一度に引き起こされた被害の中でも最大の数だという。
実行犯であるアマルティアと結託し、事件を裏から操ったとされるマクダウェル家は、もちろん責任を負わされることとなった。
当主であるビルと、彼に雇われたというエリックはブラッドフォード裁判所にて厳正に罰せられることに。
エリックが身に着けていた義眼型の魔動機械は、対魔物専門機関デュランダルの専門家に預けられ、当局の主導にてその詳細や流通経路を調査される運びになった。
マクダウェル家の大半の家臣は、ビルが影で操っていた魔物の生産過程によって命を落としたという。同じく亡くなったヌール伯への教唆、アマルティアとどのように接近したのかも含めて、ブラッドフォードは慎重にその実態の究明に尽力しているようだ。
なお、マクダウェルの次期当主の席にはビルの実子であるルイスが就くことになったのだが、その家系の安定した存続には未だ課題が多い様子。
騎士団長であるロベール・オスマンがよしみで彼の娘とルイスとの見合いを画策しているとの噂もあるが、実のところは明らかではない。
今回の事件で脅威となったディアマントの存在については、各方面も慌ただしい反応を見せている。
彼が有していたという伝説の大槌シャルーアは、元来カヴォード帝国にあった土の聖域ロカ・オーロに安置されていたものだ。
ゆえにこの遺物の処遇については物議を醸しているようだった。
オルレーヌ王家とミクシリア議会は帝国の使節団と、六霊守護の筆頭たる六霊教教皇までもを招聘し、オルレーヌ・カヴォード・エスピリトの三国合同の会談を開いた。
正式な発表はなされていないが関係者の話によると、新たな土の六霊守護の決定まで王国騎士団が代わりに遺物を管理することになったという。
そして、この事件の功労者たちも、未だに忙しない日々を送っていた。
七年ぶりに帰還を果たしたグレン・ブラッドフォードは、父である紅炎騎士の名代を務めその右腕として動いていた。
騎士団と連携を取り、倒壊した王都の街を再興しようと絶えず奔走している姿は住民たちからも尊ばれている。
また、王都で家をなくした者の受け入れを各所に志願したり、復興を続けるヌールへの支援を推し進めたりとその功労は大きい。
その多忙さゆえに気苦労も多かろうが、久々に家族の元へ帰った彼の顔には常に笑顔があったという。
ミクシリア協会所属のロレッタ・マルティネスは、見習いシスターにあるまじき大立ち回りを咎められることになったとのこと。非凡な戦闘力を持つとはいえ可憐な少女である彼女に、教会の者たちも大きな心配を寄せていたようだ。
事件が収集がつくまでミクシリア教会に滞在することになったジェナ・パレットは、六霊守護の関係者として目覚ましい活躍をしていた。
六霊教の教えにも明るい彼女は教会の者に連れ添って、事件後の不安に苛まれる王都民を訪ねてまわったという。
その親身な態度は人民の賞賛を大いに浴び、ある者はまるで光の大精霊ルシエルの如き慈愛だとさえ彼女を形容した。
教会関係者からの評判も高く、常に問題ばかりを起こす不良シスターとの対比を揶揄う言葉が飛び交ったそうだ。
かくして、ヌール襲撃から二週間、ミクシリア襲撃から一週間が経ったセレの月・17日。
受けた傷は相も変わらずそこにあるが、人々はその過去を受け止め、それぞれが確かに前を向こうとしていた。
「……そうだ。だから俺も、先に進まないと」
かれこれ何時間ものあいだ机と向き合っていたエルキュールだが、紙に走らせていたペンを止めて声を漏らした。何か重いものを下ろすような、やけに力が込められた呟きだった。
それからここまで連ねてきた記録に目を通しながら、エルキュールはこの日までの出来事を丁寧に思い返す。
始まりはアマルティアとの邂逅、ではなく八年前のあの日のことだ。
魔人であるエルキュールは当時、なにも知らないし話せもしない、なにに対しても然したる感慨を覚えない、人形のような存在だった。
呼吸も食事も睡眠もとる必要はなく、自身のコアと魔素質に含まれる魔素を削って生活してきた。
魔人でありながらヒトの家族を持ち、ヒトの村に身を潜め、ヒトのふりをして生きてきたのだ。
思えばそれこそが決して取り返しのつかない過ちだったのかもしれない。
村に近づいてきた魔獣に怯え、己の大切な者を傷つけられるのが耐えられなくて。芽生え始めた感情に振り回され、いたずらに魔人としての力を、アマルティアが言うところの原初の姿を解き放ってしまった。
それが決定打だった。周囲に魔人であることが露見し、疎まれ、傷つけられ、命を奪われそうになったのだ。
しかしエルキュールの家族は過ちを犯した彼を咎めることもなく、安住の地を求めた過酷な放浪の旅を厭うこともなかった。
そうした厚意に甘えて生きる日々は、エルキュールにとってありがたくもあったがやはりどこか惨めだった。
そして疑問に思った。自分の存在理由、価値、人の世に生きる意味を。だがいずれの書物も、いずれの経験も、いずれの風説も、その答えを教えてはくれなかった。
あるのはリーベとイブリスとの確執が如何に深いかを説く歴史や、あるいは魔物という存在の悍ましさを痛切に訴える人々の話だった。
答えを探すことをやめたエルキュールはとにかく魔物を殺すことにした。武器を選び、魔法を学び、自分から漏れ出る魔素質を徹底的に制御した。
人間のためになることを思いつく限りしてみた。人間の食べ物を疑似的に口にしてみた。
見てくれは人に近づいたように思えたが、それでも家族の姿を見るたびエルキュールのコアにある魔素が不快なうねりをもたらした。
アマルティアの襲来はエルキュールが行ってきたそれら模倣を嘲笑うかのようだった。イブリスとしての思想、行動理念はそのどれもが確固たるもので、彼ら魔人は自らの正義を信じて決して疑ってなどなかった。
その存在を知って、自身の在り方は根本から否定され、エルキュールの意思に関わらず魔人という身分は周囲に争いを撒いてしまうのだと悟った。
逃げた先では様々な出会いがあった。
飄々として相手を見定めるような態度をとる反面、実際は情に厚く誰よりも尊い正義を追い求めていた青年だったり。
温かく朗らかな性格であるのに、魔法に関してどこか暗い想いを抱えている魔術師の少女だったり。
あどけなさが残る容貌とは似つかぬ、あまりに鋭い魔獣への敵意を募らせる少女だったり。
エルキュールのことなど、そこそこ武術に明るい普通の青年だと思っているであろう彼らとの時間には、家族と過ごすのとは違う居心地の良さがあった。
だが旅の時間というのは、相応にエルキュールの影にもなった。
風魔法を操る姦しい魔人との邂逅からは、争いからは逃れられないという運命を感じた。
ヌール事件に人間の悪意が関わっていると知った時には、自分の理想とする像が穢されたような感覚を覚えた。
そしてかつての知人がイブリスとなって再びエルキュールの目の前に現れたとき、彼は魔人という種の本質を見ることになった。
リーベだった頃の記憶を保持していても、汚染を受ければ平気で人に刃を向けることができるという。魔人としてあるがままに生きたいという欲求が身を満たすのだという。
魔人であるエルキュールは、しかしそれに当てはまらなかった。知性を身につけてもリーベだった頃の記憶を思い出すこともなければ、誰かを汚染したいという衝動に駆られることもなかった。
イブリスとリーベに感じた徹底的な差を、エルキュールと魔人との間にも等しく感じた瞬間だった。
そしてアマルティア幹部ディアマントの最期のとき。彼が魔人となった経緯にはグレンも関わっているようだが、そこはエルキュールにとって大した問題ではない。
要点は彼が精霊の遺物を取り込み、ある種魔人を超えた存在となっていたこと。そして死の間際に示唆したアマルティアの目的に関わる言葉。
魔王、またはベルムント。その口ぶりからは幹部よりも上の、彼らにとっては絶対的な存在だと推察でき、ミルドレッドが口にしていた「主」にも通じるものがあったが。
「それがなぜ……闇の大精霊と同じ名を冠している……?」
ヴェルトモンド創世記などで語られる古代では、六つの大精霊がこの世を統治していたとされる。
火のゼルカン、水のトゥルリム、風のセレ、土のガレウス、光のルシエル、そして闇のベルムント。
六柱は六霊教においても同格に崇められ、現在大陸に鎮座している聖域も土以外は厳に管理されているが。
その内の一柱の聖域に愚かにも踏み入った彼が、畏敬の念を込めて闇精霊の名を口にしていたその理由が気になってやまないのだ。
「人間だった頃にはなかった信仰心が魔人になって芽生えた? いや、魔人である彼もガレウスのことは恨んでいたな」
余計に分からなくなる。精霊という区分で見ることがよくないのか。
確かにベルムントは他の大精霊と反目しあっていたという説や、六霊教でも罪の象徴として語られることもあるが。
それでも六霊教の教えでもベルムントのみが貶められることはまずない。どれもが人間を導く清い存在のはずなのだ。
しかし、それでも――。
「精霊の力を呪いと称したり、その名を崇める素振りを見せたり、彼の言動はやはり社会の通説と一致しない。仮にアマルティアと精霊の間に何か関係があるのだとしたら、俺も探ってみるべきかもしれないな」
言葉にして確かめれば、自ずと腑に落ちる。
以前までのエルキュールであれば、彼らの背景に目を向けることなく、それを打ち倒すことだけを考えていただろうが。
旅を通じてアマルティアや魔人について知るうち、エルキュールと彼らの間には思想云々には収まりきらない決定的な差があると思うようになったのだ。
事件から今まではエルキュールもやるべきことに翻弄されてそれを調べる機会もなかったが、幸いようやく事態も落ち着いてきた。
「旅を続けよう。敵を倒すための。人と共に在れる自分になる為の。帰るべきところへ帰るための」
新たに出来た目標も叶えるとなると、最後の目標を果たす日は少し遠のいてしまった気がするけれども。
その問題も含めて、これから具体的なことを話し合わなければなるまい。
エルキュールが自ら書き起こしていた記録を脇に抱えて立ち上がると、タイミングを計ったかのように部屋の戸がノックされる。
入室を促したそばから入ってきたのは、特徴的な白い軍服に身を包んだ黒髪の美丈夫。
机の前に立っているエルキュールに目を丸くすると、微笑みをつくって近づいてくる。
「……兼ねてより申してきた提案、その答えを聞きに来たのだが。ふむ、期せずして拙者も時宜を得たようだな?」
低く艶やかな声を震わす男にエルキュールは肯定を返す。
「承知した。ならば敷地内を案内するゆえ、暫し付き合ってもらおう。デュランダル作戦執行部特別捜査隊隊長、エルキュール・ラングレー殿」
「了解しました、オーウェン・クラウザー執行部長」
この選択が、良い未来に続きますよう。
先を行くオーウェンの背に続きながら、エルキュールは柄にもなく精霊へ願いをかけたのだった。
ヌール市民八千人、ミクシリア都民においては最低でも一万二千人という犠牲者数は、魔物によって一度に引き起こされた被害の中でも最大の数だという。
実行犯であるアマルティアと結託し、事件を裏から操ったとされるマクダウェル家は、もちろん責任を負わされることとなった。
当主であるビルと、彼に雇われたというエリックはブラッドフォード裁判所にて厳正に罰せられることに。
エリックが身に着けていた義眼型の魔動機械は、対魔物専門機関デュランダルの専門家に預けられ、当局の主導にてその詳細や流通経路を調査される運びになった。
マクダウェル家の大半の家臣は、ビルが影で操っていた魔物の生産過程によって命を落としたという。同じく亡くなったヌール伯への教唆、アマルティアとどのように接近したのかも含めて、ブラッドフォードは慎重にその実態の究明に尽力しているようだ。
なお、マクダウェルの次期当主の席にはビルの実子であるルイスが就くことになったのだが、その家系の安定した存続には未だ課題が多い様子。
騎士団長であるロベール・オスマンがよしみで彼の娘とルイスとの見合いを画策しているとの噂もあるが、実のところは明らかではない。
今回の事件で脅威となったディアマントの存在については、各方面も慌ただしい反応を見せている。
彼が有していたという伝説の大槌シャルーアは、元来カヴォード帝国にあった土の聖域ロカ・オーロに安置されていたものだ。
ゆえにこの遺物の処遇については物議を醸しているようだった。
オルレーヌ王家とミクシリア議会は帝国の使節団と、六霊守護の筆頭たる六霊教教皇までもを招聘し、オルレーヌ・カヴォード・エスピリトの三国合同の会談を開いた。
正式な発表はなされていないが関係者の話によると、新たな土の六霊守護の決定まで王国騎士団が代わりに遺物を管理することになったという。
そして、この事件の功労者たちも、未だに忙しない日々を送っていた。
七年ぶりに帰還を果たしたグレン・ブラッドフォードは、父である紅炎騎士の名代を務めその右腕として動いていた。
騎士団と連携を取り、倒壊した王都の街を再興しようと絶えず奔走している姿は住民たちからも尊ばれている。
また、王都で家をなくした者の受け入れを各所に志願したり、復興を続けるヌールへの支援を推し進めたりとその功労は大きい。
その多忙さゆえに気苦労も多かろうが、久々に家族の元へ帰った彼の顔には常に笑顔があったという。
ミクシリア協会所属のロレッタ・マルティネスは、見習いシスターにあるまじき大立ち回りを咎められることになったとのこと。非凡な戦闘力を持つとはいえ可憐な少女である彼女に、教会の者たちも大きな心配を寄せていたようだ。
事件が収集がつくまでミクシリア教会に滞在することになったジェナ・パレットは、六霊守護の関係者として目覚ましい活躍をしていた。
六霊教の教えにも明るい彼女は教会の者に連れ添って、事件後の不安に苛まれる王都民を訪ねてまわったという。
その親身な態度は人民の賞賛を大いに浴び、ある者はまるで光の大精霊ルシエルの如き慈愛だとさえ彼女を形容した。
教会関係者からの評判も高く、常に問題ばかりを起こす不良シスターとの対比を揶揄う言葉が飛び交ったそうだ。
かくして、ヌール襲撃から二週間、ミクシリア襲撃から一週間が経ったセレの月・17日。
受けた傷は相も変わらずそこにあるが、人々はその過去を受け止め、それぞれが確かに前を向こうとしていた。
「……そうだ。だから俺も、先に進まないと」
かれこれ何時間ものあいだ机と向き合っていたエルキュールだが、紙に走らせていたペンを止めて声を漏らした。何か重いものを下ろすような、やけに力が込められた呟きだった。
それからここまで連ねてきた記録に目を通しながら、エルキュールはこの日までの出来事を丁寧に思い返す。
始まりはアマルティアとの邂逅、ではなく八年前のあの日のことだ。
魔人であるエルキュールは当時、なにも知らないし話せもしない、なにに対しても然したる感慨を覚えない、人形のような存在だった。
呼吸も食事も睡眠もとる必要はなく、自身のコアと魔素質に含まれる魔素を削って生活してきた。
魔人でありながらヒトの家族を持ち、ヒトの村に身を潜め、ヒトのふりをして生きてきたのだ。
思えばそれこそが決して取り返しのつかない過ちだったのかもしれない。
村に近づいてきた魔獣に怯え、己の大切な者を傷つけられるのが耐えられなくて。芽生え始めた感情に振り回され、いたずらに魔人としての力を、アマルティアが言うところの原初の姿を解き放ってしまった。
それが決定打だった。周囲に魔人であることが露見し、疎まれ、傷つけられ、命を奪われそうになったのだ。
しかしエルキュールの家族は過ちを犯した彼を咎めることもなく、安住の地を求めた過酷な放浪の旅を厭うこともなかった。
そうした厚意に甘えて生きる日々は、エルキュールにとってありがたくもあったがやはりどこか惨めだった。
そして疑問に思った。自分の存在理由、価値、人の世に生きる意味を。だがいずれの書物も、いずれの経験も、いずれの風説も、その答えを教えてはくれなかった。
あるのはリーベとイブリスとの確執が如何に深いかを説く歴史や、あるいは魔物という存在の悍ましさを痛切に訴える人々の話だった。
答えを探すことをやめたエルキュールはとにかく魔物を殺すことにした。武器を選び、魔法を学び、自分から漏れ出る魔素質を徹底的に制御した。
人間のためになることを思いつく限りしてみた。人間の食べ物を疑似的に口にしてみた。
見てくれは人に近づいたように思えたが、それでも家族の姿を見るたびエルキュールのコアにある魔素が不快なうねりをもたらした。
アマルティアの襲来はエルキュールが行ってきたそれら模倣を嘲笑うかのようだった。イブリスとしての思想、行動理念はそのどれもが確固たるもので、彼ら魔人は自らの正義を信じて決して疑ってなどなかった。
その存在を知って、自身の在り方は根本から否定され、エルキュールの意思に関わらず魔人という身分は周囲に争いを撒いてしまうのだと悟った。
逃げた先では様々な出会いがあった。
飄々として相手を見定めるような態度をとる反面、実際は情に厚く誰よりも尊い正義を追い求めていた青年だったり。
温かく朗らかな性格であるのに、魔法に関してどこか暗い想いを抱えている魔術師の少女だったり。
あどけなさが残る容貌とは似つかぬ、あまりに鋭い魔獣への敵意を募らせる少女だったり。
エルキュールのことなど、そこそこ武術に明るい普通の青年だと思っているであろう彼らとの時間には、家族と過ごすのとは違う居心地の良さがあった。
だが旅の時間というのは、相応にエルキュールの影にもなった。
風魔法を操る姦しい魔人との邂逅からは、争いからは逃れられないという運命を感じた。
ヌール事件に人間の悪意が関わっていると知った時には、自分の理想とする像が穢されたような感覚を覚えた。
そしてかつての知人がイブリスとなって再びエルキュールの目の前に現れたとき、彼は魔人という種の本質を見ることになった。
リーベだった頃の記憶を保持していても、汚染を受ければ平気で人に刃を向けることができるという。魔人としてあるがままに生きたいという欲求が身を満たすのだという。
魔人であるエルキュールは、しかしそれに当てはまらなかった。知性を身につけてもリーベだった頃の記憶を思い出すこともなければ、誰かを汚染したいという衝動に駆られることもなかった。
イブリスとリーベに感じた徹底的な差を、エルキュールと魔人との間にも等しく感じた瞬間だった。
そしてアマルティア幹部ディアマントの最期のとき。彼が魔人となった経緯にはグレンも関わっているようだが、そこはエルキュールにとって大した問題ではない。
要点は彼が精霊の遺物を取り込み、ある種魔人を超えた存在となっていたこと。そして死の間際に示唆したアマルティアの目的に関わる言葉。
魔王、またはベルムント。その口ぶりからは幹部よりも上の、彼らにとっては絶対的な存在だと推察でき、ミルドレッドが口にしていた「主」にも通じるものがあったが。
「それがなぜ……闇の大精霊と同じ名を冠している……?」
ヴェルトモンド創世記などで語られる古代では、六つの大精霊がこの世を統治していたとされる。
火のゼルカン、水のトゥルリム、風のセレ、土のガレウス、光のルシエル、そして闇のベルムント。
六柱は六霊教においても同格に崇められ、現在大陸に鎮座している聖域も土以外は厳に管理されているが。
その内の一柱の聖域に愚かにも踏み入った彼が、畏敬の念を込めて闇精霊の名を口にしていたその理由が気になってやまないのだ。
「人間だった頃にはなかった信仰心が魔人になって芽生えた? いや、魔人である彼もガレウスのことは恨んでいたな」
余計に分からなくなる。精霊という区分で見ることがよくないのか。
確かにベルムントは他の大精霊と反目しあっていたという説や、六霊教でも罪の象徴として語られることもあるが。
それでも六霊教の教えでもベルムントのみが貶められることはまずない。どれもが人間を導く清い存在のはずなのだ。
しかし、それでも――。
「精霊の力を呪いと称したり、その名を崇める素振りを見せたり、彼の言動はやはり社会の通説と一致しない。仮にアマルティアと精霊の間に何か関係があるのだとしたら、俺も探ってみるべきかもしれないな」
言葉にして確かめれば、自ずと腑に落ちる。
以前までのエルキュールであれば、彼らの背景に目を向けることなく、それを打ち倒すことだけを考えていただろうが。
旅を通じてアマルティアや魔人について知るうち、エルキュールと彼らの間には思想云々には収まりきらない決定的な差があると思うようになったのだ。
事件から今まではエルキュールもやるべきことに翻弄されてそれを調べる機会もなかったが、幸いようやく事態も落ち着いてきた。
「旅を続けよう。敵を倒すための。人と共に在れる自分になる為の。帰るべきところへ帰るための」
新たに出来た目標も叶えるとなると、最後の目標を果たす日は少し遠のいてしまった気がするけれども。
その問題も含めて、これから具体的なことを話し合わなければなるまい。
エルキュールが自ら書き起こしていた記録を脇に抱えて立ち上がると、タイミングを計ったかのように部屋の戸がノックされる。
入室を促したそばから入ってきたのは、特徴的な白い軍服に身を包んだ黒髪の美丈夫。
机の前に立っているエルキュールに目を丸くすると、微笑みをつくって近づいてくる。
「……兼ねてより申してきた提案、その答えを聞きに来たのだが。ふむ、期せずして拙者も時宜を得たようだな?」
低く艶やかな声を震わす男にエルキュールは肯定を返す。
「承知した。ならば敷地内を案内するゆえ、暫し付き合ってもらおう。デュランダル作戦執行部特別捜査隊隊長、エルキュール・ラングレー殿」
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