118 / 158
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」
二章 第三十三話「ブラスト」
しおりを挟む
「あの馬鹿シスター……これが終わったらただじゃ済まさねえ……!」
態度が急変したロレッタを追うグレンが幾度目かの愚痴を零す。
本来ならばミルドレッドの気配を感じた時点で付近に散っているソレイユ戦士団を召集する手筈だったが、彼女のせいで予定が大幅に乱されてしまった。
これで万が一にも目標を逃がしてしまえば、折角のグレンの決断も水の泡に帰してしまう。
それは彼にとって、何があっても許し難い結末であった。
「……いや、そうじゃねえ……そうじゃねえだろ、グレン・ブラッドフォード!」
地を蹴る足にいっそう力が込められる。
ここで問題なのは、イルミライトに従うほかない己の自尊心が傷つけられたことでも気に食わないロレッタに振り回されたことによる憤慨でもない。
「エルキュールやジェナが自由に動けない今、オレが誰よりも周りを警戒するべきだってのに……!」
普段は冷静な分、グレンもロレッタの安定感に甘えていた節があった。それ故の怠慢であり、この結果なのだ。
グレンは、己が許せなかった。信頼のおける友に対し無力のままでいた自分を。
だが幸か不幸か、罪を贖うことについては、グレンもよく知るところであった。
たとえ多くの過ちを犯しても、この手から零れ落ちるものをただ眺めていてはいけない。
手を伸ばせば掴める可能性が一縷でもあるのなら、手を差し出さない理由などない。
故にグレンは走り続ける。自分に失望しながらも。憤怒に身を焦がしながらも。
それこそが、彼の宿命なのかもしれない。
がむしゃらに駆け、やがて暗い視界が開ける。洞窟を抜けて雪舞う山道に辿り着いたグレンは辺りを見回す。
ここまでの一本道でロレッタと出くわさなかったということは、彼女はこの先の何処かにいるはずなのだが。
「天候が良くねぇ上に広いな……いったん人手の到着を待つか?」
ルミナス山を捜索している付近のソレイユ戦士団とは、ロレッタの失踪も含めて既に連絡を済ましている。
逸る気持ちはあれど、この悪環境を鑑みるに万全を期した方が良さそうだ。
そんなグレンの冷静な思考を嘲るように。それは訪れた。
「……っ!?」
空気を切り裂くかのように鋭く、騒音を伴う空気の流れ。
周囲の木立を揺らし、降雪を巻き上げながら通り過ぎていくそれを、グレンは下半身に力を入れてどうにか耐え忍ぶ。
「今のは……」
魔素感覚に乏しい彼にも感じられるほどの凄まじい魔力。奇しくも数刻前に触れたばかりの感覚に、再び背筋を凍らせられる。
間違いなく、この近くにミルドレッドがいる。さらに魔法を放出している状況だとすると、緊急性は一気に跳ねあがる。
そして今の状況から見るに。戦闘態勢にある彼女と敵対している人物とは、自ずと数が絞られるわけで。
「――ロレッタ!」
最悪の可能性に思い至った途端に、グレンは行動を開始していた。
もはや慎重さを気にしている余裕などなく、先ほどの魔法の放出点をどうにか足を使って特定しようと試みる。
警戒を徹底しながら木々を抜け、雪化粧した岩肌を踏破し、凍てついた湖を望む頃になってようやく。
ようやく、目的の人物に巡り合えた。最悪の光景を伴って。
水色の髪の少女は、いつもグレンに生意気な態度をとる彼女は、あの威勢のよさが嘘のように湖畔で倒れている。
その傍らには、緑光を湛えし暴風の魔人の姿。彼女はたっぷりと余力を残した様子で、倒れ伏す少女を見つめていた。
何が起きたかなど、言うまでもない。
事の真相に気づいたグレンは、冷静に、恐ろしいほど冷静に、両手で構えた銃大剣へ魔力を込めはじめた。
剣身に刻まれた術式が術者の意志に応え、銃砲には魔を灰塵とせし灼熱が宿る。
完全に不意を衝いた一撃。そこには戦闘に長けたグレンの敏腕が如実に顕れていたが。
「――なんて杜撰な魔法」
「……っ!?」
音を殺して放出した魔法は、魔人に命中する直前、不自然にその軌道を上に変えた。
実際にはそんなことはないはずだが、少なくともグレンの目にはそう映った。
「ふむ、これも見えないようですわね。どうやらアナタはこの子に比べて随分と魔素感覚に乏しいようで」
「……お前がミルドレッドだな。目的を吐け。ついでにそいつから離れろ」
振り向きざまに揺れるドレスすらも魔人の余裕を飾り、彼我の実力差を感じさせた。
それでもグレンは内心の動揺を気取られないよう平静を取り繕う。魔法の才はさておき、武術の心得ではまだ食い下がる余地があるのだから、下手に臆病になるのはかえって不利を決定づけてしまうだけだろう。
「その折れない闘志、ヒトの身でありながらなお賞賛に値しますわ。要求に関しましては……折角の怒気を以てして、ワタクシに無理やり聞かせるというのは如何かしら?」
「見え透いた挑発は魔獣用か何かか? まさかそんな文句で人間様を煽っているつもりじゃあないよな?」
時間を稼ぎながら周囲を落ち着いて観察する。
ロレッタに関しては見る限り一命を取り留めており、汚染の兆候も見られない。しかしこの寒い山中で放置し続けるのも好ましくはない。
グレンの心境としてはすぐにでもあの魔人を排除してロレッタの安全を確保したいところだが、できれば増援が来るまではこちらから手を出すのは避けたかった。
悔しいが、あのミルドレッドはグレン一人で相手するには手に余る存在なのだ。
今はただ、この均衡が続けばよい。慎重なグレンの作戦は、されど冷酷なる魔人には響かなかった。
「……訂正致しますわ。アナタは強く、そして賢い。ワタクシを討つだけの策を持っていらっしゃる。ならば、ここはニンゲン様のルールに則り、ひとつ取引をしましょう」
「なに……? おい、まさか。待て……!」
グレンが動き出すよりも早く、ミルドレッドは風の魔素で刃を象り、倒れ伏すロレッタに差し向けた。
「見ての通り、ワタクシはこの子を汚染していませんし、命も取ってはおりません。そして……蝶を捕らえる蜘蛛の巣の如く、ワタクシの置かれている状況もまた厳しいもの」
「あんた、まさか――」
「ひひひ、察しの良い殿方は好きですわ。即ちワタクシの命と、この子の命。二つに一つ、アナタに選んでいただきましょう」
結局のところグレンは侮っていた。
ロレッタがいま一命を取り留めているのは、もしかしたら彼女とミルドレッドの間に何かしらの関係がある故のことだと。つまりはここで下手に命を奪うことはしないと。
かつてディアマントとグレンに関係があったように、彼女たちにも浅からぬ因縁があることは、ロレッタの急変を思えばある程度は推測できる。
あるいは、グレンは幾らか賢すぎたのかもしれない。
だからこそ推論に頼った手練手管で主導権を握ろうとして、今こうして直接的な手段を許してしまった。
増援は間に合わない。
直ちにこの場で選択しなくては、この魔人は容赦なくロレッタの首を断ち、イルミライトの包囲網を切り抜けるため抗争を始めるのだろう。
「さて、グレン・ブラッドフォード。かつてワタクシたちの同胞に下したアナタの正義は、此度はどのような決断を生むのでしょうね?」
「ちっ……また間違えちまったようだな、オレは」
紅炎騎士の名代として、彼女たちの仲間として。これではあまりに不甲斐ない。
嫌な気分を押しとどめて、グレンは瞬時に思考を巡らせた。
「そいつには手を出すな。そしてもうこの地で妙な動きをするな。これがオレにできる最大限の譲歩だ」
「……ええ、結構ですわ」
斯くて、契約は成立した。
ミルドレッドは一瞬悲しげな笑みでロレッタを見つめた後、向けていた風の刃を解いた。
その表情が何を意味するのかグレンには知る由もないが、とにかく彼女もこれ以上戦う気はないようだった。
「では、ご機嫌よう。……ああ。ですが一つだけ付け加えておきますと、今回に限ってはワタクシどもも被害者ですのよ? あくまで視察のつもりでしたのに、あの秘密主義の六霊守護サマに容赦なく来られて」
「そうかよ。オレはお前らもあいつらも嫌いだがな。いいからさっさと失せてくれ」
「……ひひひ、アナタといいこの子といい……ヒトの持つ情というのは難儀なものですわね?」
皮肉めいた言葉を残し、ミルドレッドは自らの身体を風の魔素と同化させると、一陣の風となって去っていった。
ゲートとは一味違う転移魔法。つくづくあれと本気でやりあう未来があったかと思うと、気が遠くなるグレンであった。
「ったく、それにしても……」
取り残されていたロレッタのもとに駆け寄り、まずはその詳しい状態を診る。
グレンが考えていた通り、そこには汚染や命に関わる傷はなく、ただ気を失っているに過ぎないようだった。
否、それどころかではない。
ロレッタの肉体には切り傷ひとつ見当たらず、気絶に至った要因は魔力の使用過多による衰弱と見られた。
つまり、あのミルドレッドは迫りくるロレッタに対し防御に徹するのみで、一切反撃をしていなかったということだ。
「お前らの間に何があったってんだ、クソ……」
ひとまず木陰にロレッタを寝かせたグレンは適当な地面に火を熾すと、幹に背を預けて愚痴を零した。
これ以上アルクロット山脈で悪さをすることがないとはいえ、アマルティアの危険性を知る身としてはできるならここで捉えておきたかった。
エヴリンの無理を呑み、不本意ながら要求通りに動いてきただけに、圧し掛かってくる落胆と失意は大きい。
「……そう言えば、視察とか言ってやがったな、あいつ」
気を紛らわせるために思いついたのは、ミルドレッドが漏らした去り際の言葉。
六霊守護の本拠地にリスクを承知で忍び込んで来るほどだ。真っ先にグレンが考えたのは、六大精霊が残した遺物が保管されている聖域のこと。
しかし――。
「どうにも腑に落ちねえな」
遺物は確かに強力だが、土精霊ガレウスの遺物をその身に取り込んだディアマントの末路を思えば、これほどのリスクを負うのは理解しがたいこと。
それならば聖域への用件はまた別のものということになるが、生憎エヴリンの情報統制のおかげでこれと言った推測すらできない現状だ。
「……まあいいさ。魔人は追っ払ったんだ、これであいつらも守りたい秘密とやらを守れるだろうさ」
後はロレッタが目覚めてから情報を聞き出し、余力があればエルキュールの行方も探る。
今後の方針を定めたグレンは、不意に訪れたこの暫しの休息に身を任せることとした。
態度が急変したロレッタを追うグレンが幾度目かの愚痴を零す。
本来ならばミルドレッドの気配を感じた時点で付近に散っているソレイユ戦士団を召集する手筈だったが、彼女のせいで予定が大幅に乱されてしまった。
これで万が一にも目標を逃がしてしまえば、折角のグレンの決断も水の泡に帰してしまう。
それは彼にとって、何があっても許し難い結末であった。
「……いや、そうじゃねえ……そうじゃねえだろ、グレン・ブラッドフォード!」
地を蹴る足にいっそう力が込められる。
ここで問題なのは、イルミライトに従うほかない己の自尊心が傷つけられたことでも気に食わないロレッタに振り回されたことによる憤慨でもない。
「エルキュールやジェナが自由に動けない今、オレが誰よりも周りを警戒するべきだってのに……!」
普段は冷静な分、グレンもロレッタの安定感に甘えていた節があった。それ故の怠慢であり、この結果なのだ。
グレンは、己が許せなかった。信頼のおける友に対し無力のままでいた自分を。
だが幸か不幸か、罪を贖うことについては、グレンもよく知るところであった。
たとえ多くの過ちを犯しても、この手から零れ落ちるものをただ眺めていてはいけない。
手を伸ばせば掴める可能性が一縷でもあるのなら、手を差し出さない理由などない。
故にグレンは走り続ける。自分に失望しながらも。憤怒に身を焦がしながらも。
それこそが、彼の宿命なのかもしれない。
がむしゃらに駆け、やがて暗い視界が開ける。洞窟を抜けて雪舞う山道に辿り着いたグレンは辺りを見回す。
ここまでの一本道でロレッタと出くわさなかったということは、彼女はこの先の何処かにいるはずなのだが。
「天候が良くねぇ上に広いな……いったん人手の到着を待つか?」
ルミナス山を捜索している付近のソレイユ戦士団とは、ロレッタの失踪も含めて既に連絡を済ましている。
逸る気持ちはあれど、この悪環境を鑑みるに万全を期した方が良さそうだ。
そんなグレンの冷静な思考を嘲るように。それは訪れた。
「……っ!?」
空気を切り裂くかのように鋭く、騒音を伴う空気の流れ。
周囲の木立を揺らし、降雪を巻き上げながら通り過ぎていくそれを、グレンは下半身に力を入れてどうにか耐え忍ぶ。
「今のは……」
魔素感覚に乏しい彼にも感じられるほどの凄まじい魔力。奇しくも数刻前に触れたばかりの感覚に、再び背筋を凍らせられる。
間違いなく、この近くにミルドレッドがいる。さらに魔法を放出している状況だとすると、緊急性は一気に跳ねあがる。
そして今の状況から見るに。戦闘態勢にある彼女と敵対している人物とは、自ずと数が絞られるわけで。
「――ロレッタ!」
最悪の可能性に思い至った途端に、グレンは行動を開始していた。
もはや慎重さを気にしている余裕などなく、先ほどの魔法の放出点をどうにか足を使って特定しようと試みる。
警戒を徹底しながら木々を抜け、雪化粧した岩肌を踏破し、凍てついた湖を望む頃になってようやく。
ようやく、目的の人物に巡り合えた。最悪の光景を伴って。
水色の髪の少女は、いつもグレンに生意気な態度をとる彼女は、あの威勢のよさが嘘のように湖畔で倒れている。
その傍らには、緑光を湛えし暴風の魔人の姿。彼女はたっぷりと余力を残した様子で、倒れ伏す少女を見つめていた。
何が起きたかなど、言うまでもない。
事の真相に気づいたグレンは、冷静に、恐ろしいほど冷静に、両手で構えた銃大剣へ魔力を込めはじめた。
剣身に刻まれた術式が術者の意志に応え、銃砲には魔を灰塵とせし灼熱が宿る。
完全に不意を衝いた一撃。そこには戦闘に長けたグレンの敏腕が如実に顕れていたが。
「――なんて杜撰な魔法」
「……っ!?」
音を殺して放出した魔法は、魔人に命中する直前、不自然にその軌道を上に変えた。
実際にはそんなことはないはずだが、少なくともグレンの目にはそう映った。
「ふむ、これも見えないようですわね。どうやらアナタはこの子に比べて随分と魔素感覚に乏しいようで」
「……お前がミルドレッドだな。目的を吐け。ついでにそいつから離れろ」
振り向きざまに揺れるドレスすらも魔人の余裕を飾り、彼我の実力差を感じさせた。
それでもグレンは内心の動揺を気取られないよう平静を取り繕う。魔法の才はさておき、武術の心得ではまだ食い下がる余地があるのだから、下手に臆病になるのはかえって不利を決定づけてしまうだけだろう。
「その折れない闘志、ヒトの身でありながらなお賞賛に値しますわ。要求に関しましては……折角の怒気を以てして、ワタクシに無理やり聞かせるというのは如何かしら?」
「見え透いた挑発は魔獣用か何かか? まさかそんな文句で人間様を煽っているつもりじゃあないよな?」
時間を稼ぎながら周囲を落ち着いて観察する。
ロレッタに関しては見る限り一命を取り留めており、汚染の兆候も見られない。しかしこの寒い山中で放置し続けるのも好ましくはない。
グレンの心境としてはすぐにでもあの魔人を排除してロレッタの安全を確保したいところだが、できれば増援が来るまではこちらから手を出すのは避けたかった。
悔しいが、あのミルドレッドはグレン一人で相手するには手に余る存在なのだ。
今はただ、この均衡が続けばよい。慎重なグレンの作戦は、されど冷酷なる魔人には響かなかった。
「……訂正致しますわ。アナタは強く、そして賢い。ワタクシを討つだけの策を持っていらっしゃる。ならば、ここはニンゲン様のルールに則り、ひとつ取引をしましょう」
「なに……? おい、まさか。待て……!」
グレンが動き出すよりも早く、ミルドレッドは風の魔素で刃を象り、倒れ伏すロレッタに差し向けた。
「見ての通り、ワタクシはこの子を汚染していませんし、命も取ってはおりません。そして……蝶を捕らえる蜘蛛の巣の如く、ワタクシの置かれている状況もまた厳しいもの」
「あんた、まさか――」
「ひひひ、察しの良い殿方は好きですわ。即ちワタクシの命と、この子の命。二つに一つ、アナタに選んでいただきましょう」
結局のところグレンは侮っていた。
ロレッタがいま一命を取り留めているのは、もしかしたら彼女とミルドレッドの間に何かしらの関係がある故のことだと。つまりはここで下手に命を奪うことはしないと。
かつてディアマントとグレンに関係があったように、彼女たちにも浅からぬ因縁があることは、ロレッタの急変を思えばある程度は推測できる。
あるいは、グレンは幾らか賢すぎたのかもしれない。
だからこそ推論に頼った手練手管で主導権を握ろうとして、今こうして直接的な手段を許してしまった。
増援は間に合わない。
直ちにこの場で選択しなくては、この魔人は容赦なくロレッタの首を断ち、イルミライトの包囲網を切り抜けるため抗争を始めるのだろう。
「さて、グレン・ブラッドフォード。かつてワタクシたちの同胞に下したアナタの正義は、此度はどのような決断を生むのでしょうね?」
「ちっ……また間違えちまったようだな、オレは」
紅炎騎士の名代として、彼女たちの仲間として。これではあまりに不甲斐ない。
嫌な気分を押しとどめて、グレンは瞬時に思考を巡らせた。
「そいつには手を出すな。そしてもうこの地で妙な動きをするな。これがオレにできる最大限の譲歩だ」
「……ええ、結構ですわ」
斯くて、契約は成立した。
ミルドレッドは一瞬悲しげな笑みでロレッタを見つめた後、向けていた風の刃を解いた。
その表情が何を意味するのかグレンには知る由もないが、とにかく彼女もこれ以上戦う気はないようだった。
「では、ご機嫌よう。……ああ。ですが一つだけ付け加えておきますと、今回に限ってはワタクシどもも被害者ですのよ? あくまで視察のつもりでしたのに、あの秘密主義の六霊守護サマに容赦なく来られて」
「そうかよ。オレはお前らもあいつらも嫌いだがな。いいからさっさと失せてくれ」
「……ひひひ、アナタといいこの子といい……ヒトの持つ情というのは難儀なものですわね?」
皮肉めいた言葉を残し、ミルドレッドは自らの身体を風の魔素と同化させると、一陣の風となって去っていった。
ゲートとは一味違う転移魔法。つくづくあれと本気でやりあう未来があったかと思うと、気が遠くなるグレンであった。
「ったく、それにしても……」
取り残されていたロレッタのもとに駆け寄り、まずはその詳しい状態を診る。
グレンが考えていた通り、そこには汚染や命に関わる傷はなく、ただ気を失っているに過ぎないようだった。
否、それどころかではない。
ロレッタの肉体には切り傷ひとつ見当たらず、気絶に至った要因は魔力の使用過多による衰弱と見られた。
つまり、あのミルドレッドは迫りくるロレッタに対し防御に徹するのみで、一切反撃をしていなかったということだ。
「お前らの間に何があったってんだ、クソ……」
ひとまず木陰にロレッタを寝かせたグレンは適当な地面に火を熾すと、幹に背を預けて愚痴を零した。
これ以上アルクロット山脈で悪さをすることがないとはいえ、アマルティアの危険性を知る身としてはできるならここで捉えておきたかった。
エヴリンの無理を呑み、不本意ながら要求通りに動いてきただけに、圧し掛かってくる落胆と失意は大きい。
「……そう言えば、視察とか言ってやがったな、あいつ」
気を紛らわせるために思いついたのは、ミルドレッドが漏らした去り際の言葉。
六霊守護の本拠地にリスクを承知で忍び込んで来るほどだ。真っ先にグレンが考えたのは、六大精霊が残した遺物が保管されている聖域のこと。
しかし――。
「どうにも腑に落ちねえな」
遺物は確かに強力だが、土精霊ガレウスの遺物をその身に取り込んだディアマントの末路を思えば、これほどのリスクを負うのは理解しがたいこと。
それならば聖域への用件はまた別のものということになるが、生憎エヴリンの情報統制のおかげでこれと言った推測すらできない現状だ。
「……まあいいさ。魔人は追っ払ったんだ、これであいつらも守りたい秘密とやらを守れるだろうさ」
後はロレッタが目覚めてから情報を聞き出し、余力があればエルキュールの行方も探る。
今後の方針を定めたグレンは、不意に訪れたこの暫しの休息に身を任せることとした。
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
チート魔力のせいで世界の管理者に目を付けられましたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――
そう信じている守銭奴、鏡谷知里(28)。
交通事故で死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。
しかもなぜか、規格外のチート魔力を手に入れていた。
だがその力は、本来存在してはいけないものだった。
知里の魔力は、封印されていた伝説の冒険者の魔力と重なったことで生まれた世界のバランスを崩す力。
その異常な魔力に目を付けたのは、この世界を裏から支配する存在――
「世界を束ねる管理者」
神にも等しい力を持つ彼らは、知里を危険視し始める。
巻き込まれたくない。
戦いたくもない。
知里が望むのはただ一つ。
金を稼いで楽して生きること。
しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。
守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。
金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる
巻き込まれ系異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった
夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~
.
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。
その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。
そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。
『悠々自適にぶらり旅』
を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。
勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました
まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。
その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。
理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。
……笑えない。
人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。
だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!?
気づけば――
記憶喪失の魔王の娘
迫害された獣人一家
古代魔法を使うエルフの美少女
天然ドジな女神
理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ
などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕!
ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに……
魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。
「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」
これは、追放された“地味なおっさん”が、
異種族たちとスローライフしながら、
世界を救ってしまう(予定)のお話である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる