黒き魔人のサルバシオン

鈴谷凌

文字の大きさ
117 / 158
二章「聖域を巡る旅~咲き綻ぶ光輝~」

二章 第三十二話「ブリザード」

しおりを挟む
 ロレッタ・マルティネスという少女の存在意義は、専ら世に蔓延る魔獣を駆逐することにある。
 それは八年前から始まった物語。あるいは少女が自らに課した呪い。
 ロレッタにとって最愛の肉親である父と母、そして一人の姉が、理不尽な巨悪によって喪われたあの日から。
 彼女は仄暗い使命感に駆られ続けてきた。
 もしも自身の存在意義がそうでないのだとしたら。このヴェルトモンドという世界は救いようもなく狂ってしまっているに違いない。
 あの思慮深かった父を。精霊に対し敬虔であった母を。自分よりも遥かに優れた能力を持っていた姉を。
 騙し討ちのように奪い去っておきながら。一等みじめな自分だけを生き長らえさせておきながら。
 それが単なる不運という二文字でのみ片付けられる意味しか持ちえないなど。
 ロレッタにはとうてい受け入れ難いことであった。

 ならば。ロレッタ・マルティネスという少女の存在意義は、専ら世に蔓延る魔獣を駆逐することにある。そうでなければならない。
 その限りでのみ、ロレッタはロレッタを肯定できるのだ。
 長きにわたって戦闘技術を磨き、王都で自由に動ける立場につき、やがてはデュランダルの名を借りる機会までも巡ってきた今。
 これまで費やしてきた行為はついに実を結び、ロレッタは己の激情を正当な手段で以て昇華することができるようになった。

 悪である魔物、魔人。ヒトを汚染する醜き怪物を討ち、存在を否定し、過去の怨嗟を晴らす宿願を、この地でも果たすことができると。
 あの魔人の名を聞くまで、ロレッタは固く信じていたのだが――。


「…………」

 ルミナス山の洞窟を抜けた先、木々と降雪の景色の中、湖のほとりに彼女は立っていた。

「――あら、ごきげんよう」

 白銀を背に振り返る女性。薄緑の瀟洒なドレスと踵の高い靴が彼女の気品を引き立たせるも、この厳しい銀世界には不釣り合いで。
 悠然と地を踏みしめる足取りも、不敵な表情も、やはり常人のそれではなかった。
 極めつきは、その胸元に輝く緑光である。
 彼女のドレスがふわりと揺れるたびに怪しく煌めくのは、さながらヒトの心臓の鼓動のような力強い生命力を感じさせた。

 コア。魔物に見られる魔素質の器官。人間を遥かに凌ぐ魔力を有するそれは、その女性の正体を決定的なものにしていた。

「ミルドレッド……」

 有象無象の魔物とは桁違いの力を放つ魔人は、この地の現状を鑑みれば件のアマルティア幹部に間違いないのだろう。
 しかし、そうした至極当然な推論とは別に。
 ロレッタには確信があった。当然のように彼女こそがミルドレッドだと断ずるだけの根拠が。

「アナタにそう呼ばれる日が訪れるとは。露にも思いませんでしたわ」

「……っ! ええ、八年ぶりかしら、姉さま。随分と見違えてしまったのね」

「それは勿論。あのときのワタクシはただの無力な乙女でしたが……今は、そう。このように――」

 ミルドレッドが指を鳴らすと、たちまち彼女の周りに強風が吹き荒れる。木の葉と雪を巻き込みながら渦を形成するそれは、間違いなく先ほどあの洞窟で感じたものと同じであり。
 ロレッタにとっては、懐かしさすら感じる魔力を帯びていた。
 再び指を鳴らして風を止めるミルドレッド。
 対するロレッタは、溢れだす不快感をいよいよ隠せなくなっていた。

「私はずっと、精霊のもとに先立ってしまった姉さま達のために、魔物どもを根絶やしにすると誓っていたのだけれど。どうやらそれも間違いだったみたいね」

 左手に装着した特殊手甲を向けながら問い詰める。

「答えて。どうして貴女が魔人になっているの? あのとき私を庇ってくれた姉さまは、どこに行ってしまったの……?」

「あら、そんな正解が分かり切った問いが望みですの? ワタクシたちがこの地にいる理由などを聞いたほうがまだ有益ではなくて?」

 瞬間、ロレッタの手甲から鎖が射出されたが、ミルドレッドは舞うようにうねる一撃を躱した。
 力量差は勿論のこと、少女の逡巡も、これには大いに関わっていたことだろう。

「……よろしい。聞き分けのない子供には酷な宣言となってしまいますけど」

 乱れた着衣を華麗に直しつつ、ミルドレッドは凄絶な笑みを浮かべて――。

「アナタの姉、ミルドレッド・マルティネスは八年前の事件の日に死に絶えました。今ここに居ますのはアマルティア幹部、颶風のミルドレッド……どのような障害をも吹き飛ばす、世界に革命をもたらす存在なのです」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

チート魔力のせいで世界の管理者に目を付けられましたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる―― そう信じている守銭奴、鏡谷知里(28)。 交通事故で死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。 しかもなぜか、規格外のチート魔力を手に入れていた。 だがその力は、本来存在してはいけないものだった。 知里の魔力は、封印されていた伝説の冒険者の魔力と重なったことで生まれた世界のバランスを崩す力。 その異常な魔力に目を付けたのは、この世界を裏から支配する存在―― 「世界を束ねる管理者」 神にも等しい力を持つ彼らは、知里を危険視し始める。 巻き込まれたくない。 戦いたくもない。 知里が望むのはただ一つ。 金を稼いで楽して生きること。 しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。 守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。 金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる 巻き込まれ系異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

借金5億で異世界転移、よりによって金本位制の世界だった

夜明け一葉
ファンタジー
32歳の個人トレーダー・佐藤慧は、5年間の雪辱を賭けたトレードで5億円の借金を抱え、意識を失った。目覚めると、そこは剣と魔法が存在する見知らぬ世界だった。常識が通じない異世界で、金貨を見るだけで嘔吐する「金アレルギー」を抱えながら、若き冒険者リナと出会い、生き延びる術を探し始める。諦めることだけができなかった男が、新たな世界で再び立ち上がる異世界サバイバル譚。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

ソロ冒険者のぶらり旅~悠々自適とは無縁な日々~

.
ファンタジー
今年から冒険者生活を開始した主人公で【ソロ】と言う適正のノア(15才)。 その適正の為、戦闘・日々の行動を基本的に1人で行わなければなりません。 そこで元上級冒険者の両親と猛特訓を行い、チート級の戦闘力と数々のスキルを持つ事になります。 『悠々自適にぶらり旅』 を目指す″つもり″の彼でしたが、開始早々から波乱に満ちた冒険者生活が待っていました。

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

処理中です...