余命二ヶ月の水魔法使いと真面目なメイドの不器用な恋

佐倉響

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第二章 嫌われ者の魔法使い

02

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 フィナはアルバの家から森を抜け、街にたどり着く。苗を売っている店はどこなのか。クラレンス領の街を歩いたことはない。まずは見て回るしかないだろう。ぐるりと街を歩くと人が多い場所に目がついた。王都ほどではないが、ちょっとした市場ができている。果物や野菜、精肉、穀物、紅茶、絹織物。これだけ種類があるのなら、どこかに苗を取り扱っている店もないだろうか。その予想は当たり、フィナは無事に苗売り店を見つけた。

 庭の広さを思い出しながら、花の種類と数を決める。だが、あの殺風景な庭には苗だけでは足りないだろう。肥料や花壇にするため、レンガか石も買うことにする。アルバの家は木造なので、石積みにした方が雰囲気がいいだろうか。金銭に関してはシリルから家紋の入った懐中時計をもらっていた。これを見せれば、すべてシリルが払うことになっている。

 無事に買い物は終わったが、荷物は明日にまとめてアルバの家まで持ってきてもらうことになった。商人の中には、アルバがこの領地に来ていることを知っているらしい。どこに届けるのか聞いてぎょっとする人もいた。

 何も持ち帰らずに帰るのももったいないので、フィナは果物を多く買うことにした。カゴの中はイチゴでいっぱいになり、フィナの表情も心なしか緩んでいるように見える。

「あなた、もしかしてクラレンス伯爵のところで働いているメイドなの?」
「ええと……」

 さて帰ろうという時に、見知らぬ女性から声をかけられフィナは戸惑った。

 シリル・クラレンスに言われてアルバの世話をしているので、彼のところで働いているという言い方は微妙なところだ。

「ああ、私はマーサ。さっき伯爵様の家紋が見えてね」
「そうだったのですね、私はフィナと申します」

 マーサは年配の女性ですこしだけ腰が曲がっている。初めて会うフィナに対し、驚くほど好意的だった。茶色の瞳は艶々で、濁りがない。

「若い子がここで働くのは大変だろう」
「私はまだ昨日来たばかりなのですが、今のところ苦労はないです。それに、ここはとても落ち着く場所だと思いますから」
「そう言ってくれると嬉しいわぁ。ほら、ここは年寄りと子どもが多いのよ。戦争が終わったのだから若い人が戻ってくると思ったんだけど、そのまま王都に居着いてしまう人の方が多いみたいでねぇ。だからあなたのようにクラレンス領に来てくれる人は珍しくて」

 言われてみれば、とフィナは街中を歩く人の年齢を思い出す。フィナと同じ年齢の男性はとくに少なかった。

「では、私はこれで……」
「あらマーサ、その女性は誰?」

 そろそろ別れの挨拶をしようとしたフィナだったが、別の女性に声をかけられてしまった。振り返ると、マーサと同じくらいの年齢の女性が三人近づいてくる。軽く囲まれる形になったフィナは一人一人挨拶することになった。

「じゃあフィナちゃんは王都から来たのね!」
「はい」
「王都と言えば、この前凱旋パレードがあったのでしょう。どうだった?」
「その頃もメイドとして働いていたので、パレードを見る余裕はありませんでした」
「まあ! 凱旋パレードくらい、時間をくれてもいいのにねぇ」

 彼女達はフィナよりも数倍勢いがあり、フィナは相づちを打つのに忙しかった。

「じゃあ、魔法使いのアルバがどんな見た目をしているのかは知らないのね」
「それは……」
「フィナちゃんみたいな若い子は近づくだけでも危険だわ。姿を見ただけで殺されちゃうかもしれないし」
「でも、この領地に住み始めたって話も聞いたわよ」
「嫌だわ、怖い。何もないところなんだから、そのうち出て行ってくれるといいんだけど」

 ──こんな田舎ですら、アルバは悪く言われてしまうのか。

 蜜色の瞳には、彼女達を悪者のように見ることはできなかった。けれど、アルバをそういう風に見ることもできない。フィナが思うアルバは、人々から聞く彼の姿とまるで違った。

 主人だというのに、メイドの手伝いをしたがる人。

 何かすれば律儀に「ありがとう」が言える人。

 余命宣告されているのに、小さなことに幸福を感じられる人。

 フィナはカゴを強く握りしめる。中に入れたイチゴはアルバのために買ったものだった。

「本来ならすぐに戦争が終わるはずだったのに、戦う予定がなかった領土まで攻撃したって本当なのかしらね」
「たった一人で突撃して、兵士以外も攻撃したみたいだし……戦争は終わったけれど、本当に平和になれるのかしら」

 フィナは凱旋パレードの様子を見ていない。まるで罪人を晒すのが目的のパレードだったらしいことは聞いていた。それでも姿が見えない中でも人々からは恐れられ、嫌悪されている。

 まだアルバと出会って一日だが、フィナは気づいてしまった。

 彼は人と会わないようにしている。家の中で家事をしている時、熱心にフィナの手伝いをしようとするのに、他の誰かが関わることに関しては消極的だった。荷物の受け取りも、花の苗を買いに行くことも、アルバはしなかった。

 自分が魔法使いのアルバであると気づかれていなくても、彼は人前に出ない。素知らぬふりをしたところで今のフィナみたいに話しかけられたら、世間話の延長線上でどれほど自分が悪人なのか突きつけられるのだろう。

 フィナが家を出る時、アルバは不安そうな表情で見送ってくれた。何を心配しているのだろう、と思っていたけれど今なら理解できた。

「……申し訳ございません、私はそろそろ」
「もうすこし喋っても大丈夫じゃない?」

 引き留められたフィナは、マーサ達をまっすぐ見つめた。

 フィナの心には寂しさとほんのすこしの申し訳なさがあった。

「アルバ様の夕飯を作る時間ですので、失礼いたします」

 背筋を伸ばしたまま、丁寧にお辞儀をする。

 フィナが顔を上げると、マーサ達は目を見開いていた。それ以上かける言葉は見つからず、フィナは今度こそアルバが待つ家に帰る。

 あの場で、反対意見を伝えることはできなかった。

 そもそもフィナはアルバ自身の口から戦争で何をしたのか、聞いたことがない。新聞や人々から広まった噂が真実なのか嘘なのかすら知らないのだ。

 森の中を歩き、家が見えるようになると玄関前で座り込んでいる人がいた。体を小さくして地面に座り込んでいる。こうして見ると、小さな子どものように見える。アルバはフィナが声をかけるよりも先に顔を上げると、すぐに立ち上がった。

「フィナ、おかえり」

 待っていればいいのにわざわざ駆け寄り、イチゴが入ったカゴをフィナの手から取る。あまりにも自然な動きで、フィナは拒めなかった。

「花の苗はどうだった?」
「明日、家に届きます」
「このイチゴはどうしたの?」
「市場があったので、買って帰りました」
「こんなにいっぱい食べきれないと思うけど、フィナも好きなの?」
「すべてアルバ様の分です。半分はジャムにしようと思います」
「ジャム?」

 ラベンダー色の瞳は不思議そうにフィナを見つめた。

「パンやお菓子につけて食べる物です」
「フィナの作るパンがもっと美味しくなるの?」
「甘い物が好きであれば、お口に合うかと」
「そっか。楽しみだなぁ」

 アルバは先に家の扉を開ける。けれどフィナは家の前で足を止めた。

「どうしたの、フィナ」

 入る気配のない彼女にアルバは声をかける。昨日と変わらず、穏やかな表情でフィナを見つめた。

「……いいえ」

 だからフィナも変わらず、淡々とした表情で彼を見る。言えるはずがない。

 ──あなたは本当に、誰かを殺したのですか。

「いいえ、何もありません」

 聞いてしまえば、目の前の幸せそうな顔が壊れてしまう気がした。
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