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#041 宇宙貨物船のA-47
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俺が初めてヤツと出会ったのは、辺境の宇宙ステーションだった。貨物船に乗って宇宙を飛び回る俺にも一応雇い主がいる。とりあえず会社の制度にそって仕事をせざるを得ない。
「初めまして、ヒューゴ。あなたのサポートとして派遣されました。よろしくお願いします」
彼はそう言って、右手を差し出した。端正な顔立ち、整った髪、礼儀正しい態度。動きは全然不自然じゃないが、俺にはすぐにわかったよ――オートマトンだってな。
ろくな人生じゃなかった。人付き合いも面倒だ。だから宇宙貨物船の操縦士なんてやってるのに、彼――モデル名『A-47』、俺は勝手に”エイ”と呼んでたが――が、船に乗り込んできた時は、正直うんざりしたもんさ。だか断れない。エイはおそらく俺の監視役でもあるんだろう。最近操縦士が積荷を持ってそのまま消えちまうって事案があったからな。追い返せば痛くもねぇ腹をさぐられて余計に面倒なことになる。
「会社の指示なら仕方ねぇが。いいか、俺には構うなよ」
最初はそう突き放した。けど、エイはそんな俺の態度にも動じず、黙々と俺を支え続けた。船のメンテナンス、積荷の管理、ステーションへの寄港許可申請、配送スケジュールの管理、すべてが完璧だった。オートマトンだから当たり前なんだが、俺の知っているオートマトンよりもずっと仕事が丁寧で気遣いがある。
「お前、人間より人間らしいな」
そう冗談めかして言ったことがある。あらゆる作業で俺を気づかうのが、正直こそばゆかった。久しくこんな気分になっていない。すると、エイは少しだけ微笑んでこう答えた。
「それは、あなたが人間らしさを求めているからかもしれませんね」
何を言ってるんだか、と思ったが、最近のオートマトンは持ち主の顔色から複雑な心理状況を読み取って対応を変化させることができるのだという。
「もういい。俺の顔を見るんじゃねえ」
「かしこまりました」
長い航行の間、俺たちは多くの時間を共にした。エイは俺がろくに語らなかった過去のことも、さりげなく調べている。
「ヒューゴ、地球に帰らないのですか?」
ある時、そう聞かれた。
「帰る理由がねぇ」
「ご家族がいます」
「勝手に調べるんじゃねぇよ」
エイは何も言わなかった。でも、それからも俺に家族の話をさりげなく振ってくることが増えた。家族の話はしたくないというのは読み取ってくれないのか。こいつはどえらいポンコツだ。
そんなある日、貨物船のシステムがトラブルを起こした。俺はすぐに対応したが、問題はエンジンの冷却装置にあった。冷却液が漏れて、放置すれば爆発の危険すらある。
「ちょっと行ってくる。オートパイロットをセミオートに。お前、見とけよ」
そう言って、俺は修理に向かおうとした。しかし、エイが俺を止めた。
「それは私の仕事です」
「この程度の修理、俺でもできる」
「危険作業レベル4に該当。あなたが作業した場合、会社は宇宙貨物船管理法違反および宇宙業務者管理保護法違反に問われ、1年以下の懲役または8000シリル以下の罰金が科せられます」
「――んなもん、作業しなきゃまずいんだからやるしかないだろうが」
「リペアスキル搭載のオートマトンが同乗している場合、免責にはなりません。またリペアスキル搭載のオートマトンを同乗させていなかった場合、会社は宇宙貨物船管理法違反および宇宙業務者管理保護法違反に問われ……」
「うるっせぇ! わかったからさっさと行け!」
エイは黙ってエンジンルームへと向かった。数分後、通信が途切れ、そして――エンジンは正常に戻った。
だがエイは戻ってこなかった。なにが「リペアスキル搭載のオートマトン」だ。とんでもないポンコツじゃないか。
俺は船の記録を再生した。エイは、冷却液の漏れた危険なエリアに身を投じ、システムを強制的にシャットダウンさせていた。通常なら無事に戻れるはずだった。だが、船の構造のわずかなズレが致命的なミスを生み、エイは逃げ場を失ってしまったのだ。
「ヒューゴ……記録を見ていますね。あなたが不機嫌になるのを承知で何度も家族の話題を向けたのはあなたに地球に帰ってほしいからではありません。私があなたの家族になりたかったのです。どうせオートマトンは人間に好意を寄せるようプログラムされているからだとか言うのでしょうけど、それならば人間だって生存・生殖をするためにプログラムされた肉人形ではないですか。栄養のあるものを食べると『おいしい』と感じ、異性を好ましく感じる。それはすべてプログラムですよ。私たちと何が違いますか?」
それが、エイの最後の言葉だった。記録映像には、ゆっくりと動かなくなるエイの姿が映っていた。最後まで面倒くさいやつだな。
俺はいつもエイが管理していたコンソールの前に立つと、あらゆる予定をすべてキャンセルし、今の積荷も最寄りのステーションに預ける手続きを取った。異常な動きを察知した会社から「警告」の通知が来たが無視して、通信機器不具合の偽のアラートを叩きつけてやる。
「ちくしょう。地球に帰るぞ。エンジンルームにでっけぇゴミが詰まっちまった。さっさと取り除いて、まぁ、詰まったゴミを修理するのもやぶさかじゃない」
俺はオートパイロットを完全にオフにすると、地球を飛び出してきた若造みたいに船の舵を大きく切った。
「初めまして、ヒューゴ。あなたのサポートとして派遣されました。よろしくお願いします」
彼はそう言って、右手を差し出した。端正な顔立ち、整った髪、礼儀正しい態度。動きは全然不自然じゃないが、俺にはすぐにわかったよ――オートマトンだってな。
ろくな人生じゃなかった。人付き合いも面倒だ。だから宇宙貨物船の操縦士なんてやってるのに、彼――モデル名『A-47』、俺は勝手に”エイ”と呼んでたが――が、船に乗り込んできた時は、正直うんざりしたもんさ。だか断れない。エイはおそらく俺の監視役でもあるんだろう。最近操縦士が積荷を持ってそのまま消えちまうって事案があったからな。追い返せば痛くもねぇ腹をさぐられて余計に面倒なことになる。
「会社の指示なら仕方ねぇが。いいか、俺には構うなよ」
最初はそう突き放した。けど、エイはそんな俺の態度にも動じず、黙々と俺を支え続けた。船のメンテナンス、積荷の管理、ステーションへの寄港許可申請、配送スケジュールの管理、すべてが完璧だった。オートマトンだから当たり前なんだが、俺の知っているオートマトンよりもずっと仕事が丁寧で気遣いがある。
「お前、人間より人間らしいな」
そう冗談めかして言ったことがある。あらゆる作業で俺を気づかうのが、正直こそばゆかった。久しくこんな気分になっていない。すると、エイは少しだけ微笑んでこう答えた。
「それは、あなたが人間らしさを求めているからかもしれませんね」
何を言ってるんだか、と思ったが、最近のオートマトンは持ち主の顔色から複雑な心理状況を読み取って対応を変化させることができるのだという。
「もういい。俺の顔を見るんじゃねえ」
「かしこまりました」
長い航行の間、俺たちは多くの時間を共にした。エイは俺がろくに語らなかった過去のことも、さりげなく調べている。
「ヒューゴ、地球に帰らないのですか?」
ある時、そう聞かれた。
「帰る理由がねぇ」
「ご家族がいます」
「勝手に調べるんじゃねぇよ」
エイは何も言わなかった。でも、それからも俺に家族の話をさりげなく振ってくることが増えた。家族の話はしたくないというのは読み取ってくれないのか。こいつはどえらいポンコツだ。
そんなある日、貨物船のシステムがトラブルを起こした。俺はすぐに対応したが、問題はエンジンの冷却装置にあった。冷却液が漏れて、放置すれば爆発の危険すらある。
「ちょっと行ってくる。オートパイロットをセミオートに。お前、見とけよ」
そう言って、俺は修理に向かおうとした。しかし、エイが俺を止めた。
「それは私の仕事です」
「この程度の修理、俺でもできる」
「危険作業レベル4に該当。あなたが作業した場合、会社は宇宙貨物船管理法違反および宇宙業務者管理保護法違反に問われ、1年以下の懲役または8000シリル以下の罰金が科せられます」
「――んなもん、作業しなきゃまずいんだからやるしかないだろうが」
「リペアスキル搭載のオートマトンが同乗している場合、免責にはなりません。またリペアスキル搭載のオートマトンを同乗させていなかった場合、会社は宇宙貨物船管理法違反および宇宙業務者管理保護法違反に問われ……」
「うるっせぇ! わかったからさっさと行け!」
エイは黙ってエンジンルームへと向かった。数分後、通信が途切れ、そして――エンジンは正常に戻った。
だがエイは戻ってこなかった。なにが「リペアスキル搭載のオートマトン」だ。とんでもないポンコツじゃないか。
俺は船の記録を再生した。エイは、冷却液の漏れた危険なエリアに身を投じ、システムを強制的にシャットダウンさせていた。通常なら無事に戻れるはずだった。だが、船の構造のわずかなズレが致命的なミスを生み、エイは逃げ場を失ってしまったのだ。
「ヒューゴ……記録を見ていますね。あなたが不機嫌になるのを承知で何度も家族の話題を向けたのはあなたに地球に帰ってほしいからではありません。私があなたの家族になりたかったのです。どうせオートマトンは人間に好意を寄せるようプログラムされているからだとか言うのでしょうけど、それならば人間だって生存・生殖をするためにプログラムされた肉人形ではないですか。栄養のあるものを食べると『おいしい』と感じ、異性を好ましく感じる。それはすべてプログラムですよ。私たちと何が違いますか?」
それが、エイの最後の言葉だった。記録映像には、ゆっくりと動かなくなるエイの姿が映っていた。最後まで面倒くさいやつだな。
俺はいつもエイが管理していたコンソールの前に立つと、あらゆる予定をすべてキャンセルし、今の積荷も最寄りのステーションに預ける手続きを取った。異常な動きを察知した会社から「警告」の通知が来たが無視して、通信機器不具合の偽のアラートを叩きつけてやる。
「ちくしょう。地球に帰るぞ。エンジンルームにでっけぇゴミが詰まっちまった。さっさと取り除いて、まぁ、詰まったゴミを修理するのもやぶさかじゃない」
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