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夜中の訪問(数子)
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話の内容までは聞きとれない。でも漏れてくる声を聞いた途端、心臓が破裂しそうなほど激しく暴れ始めた。
どうして鈴田先生が来てるの? しかもこんな時間に。
自分から? それともお父さんが呼んだ?
頭の半分が瞬時に疑問符で埋め尽くされ、もう半分ではこんな事を考えていた。
恐らく先生は、今日起こった事をお父さんに話しただろう。
今は状況的に、それをうやむやにしては、他に何の話も進められないはずだから。
とにかく居間へ行かなければ。
取り敢えずパジャマ代わりのTシャツとショートパンツから、さっきまで着ていたオレンジ色のワンピースに急いで着替えた。
そのすぐ後、廊下を歩き始めた私の足音に気付き、お父さんが居間から顔を出す。
「数子、ちょっと来なさい」
機嫌が悪くなさそうな事に少し驚き、ほっとした。
静かに深呼吸しながら居間に入り、磁石に吸い寄せられるように、お父さんの正面に座る先生と視線を合わせた。
ふっと微笑みかけられ、暗闇に火が灯ったように、不安や心細さが一気に和らいだ。
それに情けないくらい嬉しかった。
数時間前、あんな風に別れを告げ逃げ出しておきながら、何てだらしないのだろう。
「先生、どうして……」
呟くような問いかけに答えたのは、お父さんだ。
「私が頼んだんだよ……。数子、立ってないで座りなさい」
私が座卓のいわゆるお誕生席に座ると、お父さんは悪戯っぽい表情で話し始めた。
「まぶた腫らした娘に、彼とは別れるって言われたら、何かあったと思うだろう? 何時になっても良いから電話をくれるようにって、鈴田先生の留守電に入れたんだよ」
「……」
あの時は、ただ前に進み出したかった。
でも結局私は、憐れっぽく心配の種を蒔いただけだ。
「いえ先生、留守電を聞く前から、僕も出来るだけ早くお話がしたいと思っていましたし」
「そうか……」
お父さんは呟くように言った。そして束の間の沈黙の後、
「数子……、鈴田先生が今日何があったのか、話してくれたよ」
予想していたはずなのに、言葉を聞いた瞬間、心はズンと重くなる。
ただお父さんが先生に対し、秘密を守らなかったと怒っている様子が無いことだけは救いだった。
「お前に心配かけたくなかったが、結局その思いがあだになって、奈落に突き落とすような事になってしまった。……本当にすまない」
しわがれた声で噛みしめるように言いながら、涙を滲ませる。
お父さんの心の痛みを思い、私も胸が締め付けられるようだった。
落ちくぼんだ瞳を見つめながら、
「私なら大丈夫……。お父さんこそ今まで本当に辛かったでしょう?」
そう言って、唇の端を上向かせる。
色々な思いが込み上げてきて、それ以上言葉が出なかった。
「今後の事は、明日話そう……」
お父さんはそう言って、重たい荷物を下ろしたように、深く溜め息をついた。
「鈴田先生、君にも色々すまなかったな」
「いえ、もとはと言えば僕の知人がしでかした事ですし、こちらこそ本当に済みませんでした」
先生はきっぱりと言って深く頭を下げた。一旦顔を上げ、
「遅いので、そろそろ帰ります。お時間をとって頂いてありがとうございました」
そう言って、また頭を下げる。
「ああ、そうか……。数子、見送ってあげなさい。私はもう寝るから、ここで失礼するよ」
あれほど交際に反対してたのに……。
驚いて目を丸くしていると、お父さんは悪戯な声と表情で、「数子、嫌ならいいんだぞ」と。
*
玄関を出て、先に口を開いたのは先生だ。
「数子、時間を巻き戻せるとしても、やっぱり俺は同じ事をすると思う。でも……」
「先生、父も私もあなたの献身は望んでないの」
「献身なんて言うな……」
先生はいきなり私を腕に閉じ込めた。
「どうして私と付き合ってるのか分からないって言ってたけど、本当に分からないのか?」
熱っぽい問いかけに心臓が高鳴り、言葉が出てこない。
「じゃあ、元カレとのキスやプロポーズに、あんなに嫉妬したのは何でだと思う?」
「それは……」
顎をそっと上向かされ、視線が甘く切なく交差する。
「数子のこと愛してるからに決まってるだろう!? 別れたいなんて、これからは冗談でも言わないでくれ。数子がいなかったら生きていけない」
思わずくすりと笑ってしまった。
「笑うなよ……」
「だって、生きていけないなんて嘘っぽいこと言うから。カップラーメンとイチゴ牛乳があれば、あなたは生きていけるでしょう?」
「ったくお前、ホント可愛げがない。でも俺は、数子じゃなきゃダメだから」
懇願するような眼差しを見つめながら、思いが唇から溢れだす。
「守ってもらわなくても大丈夫って、病院では強がり言ったけど、本当は不安で堪らなかったの。それに……」
私が少し間を置くと、「それに?」と唇がこすれるくらいの距離で問いかけられた。
「私もあなたを愛してる……。ずっと傍にいさせて?」
刹那、折れそうなほどきつく抱きしめられ、噛みつくように唇を塞がれる。
激しく甘い口付けは、今の彼の気持ちをそのまま映し出しているような気がして、私は泣いてしまいそうなほどの安心感に包まれていた。
どうして鈴田先生が来てるの? しかもこんな時間に。
自分から? それともお父さんが呼んだ?
頭の半分が瞬時に疑問符で埋め尽くされ、もう半分ではこんな事を考えていた。
恐らく先生は、今日起こった事をお父さんに話しただろう。
今は状況的に、それをうやむやにしては、他に何の話も進められないはずだから。
とにかく居間へ行かなければ。
取り敢えずパジャマ代わりのTシャツとショートパンツから、さっきまで着ていたオレンジ色のワンピースに急いで着替えた。
そのすぐ後、廊下を歩き始めた私の足音に気付き、お父さんが居間から顔を出す。
「数子、ちょっと来なさい」
機嫌が悪くなさそうな事に少し驚き、ほっとした。
静かに深呼吸しながら居間に入り、磁石に吸い寄せられるように、お父さんの正面に座る先生と視線を合わせた。
ふっと微笑みかけられ、暗闇に火が灯ったように、不安や心細さが一気に和らいだ。
それに情けないくらい嬉しかった。
数時間前、あんな風に別れを告げ逃げ出しておきながら、何てだらしないのだろう。
「先生、どうして……」
呟くような問いかけに答えたのは、お父さんだ。
「私が頼んだんだよ……。数子、立ってないで座りなさい」
私が座卓のいわゆるお誕生席に座ると、お父さんは悪戯っぽい表情で話し始めた。
「まぶた腫らした娘に、彼とは別れるって言われたら、何かあったと思うだろう? 何時になっても良いから電話をくれるようにって、鈴田先生の留守電に入れたんだよ」
「……」
あの時は、ただ前に進み出したかった。
でも結局私は、憐れっぽく心配の種を蒔いただけだ。
「いえ先生、留守電を聞く前から、僕も出来るだけ早くお話がしたいと思っていましたし」
「そうか……」
お父さんは呟くように言った。そして束の間の沈黙の後、
「数子……、鈴田先生が今日何があったのか、話してくれたよ」
予想していたはずなのに、言葉を聞いた瞬間、心はズンと重くなる。
ただお父さんが先生に対し、秘密を守らなかったと怒っている様子が無いことだけは救いだった。
「お前に心配かけたくなかったが、結局その思いがあだになって、奈落に突き落とすような事になってしまった。……本当にすまない」
しわがれた声で噛みしめるように言いながら、涙を滲ませる。
お父さんの心の痛みを思い、私も胸が締め付けられるようだった。
落ちくぼんだ瞳を見つめながら、
「私なら大丈夫……。お父さんこそ今まで本当に辛かったでしょう?」
そう言って、唇の端を上向かせる。
色々な思いが込み上げてきて、それ以上言葉が出なかった。
「今後の事は、明日話そう……」
お父さんはそう言って、重たい荷物を下ろしたように、深く溜め息をついた。
「鈴田先生、君にも色々すまなかったな」
「いえ、もとはと言えば僕の知人がしでかした事ですし、こちらこそ本当に済みませんでした」
先生はきっぱりと言って深く頭を下げた。一旦顔を上げ、
「遅いので、そろそろ帰ります。お時間をとって頂いてありがとうございました」
そう言って、また頭を下げる。
「ああ、そうか……。数子、見送ってあげなさい。私はもう寝るから、ここで失礼するよ」
あれほど交際に反対してたのに……。
驚いて目を丸くしていると、お父さんは悪戯な声と表情で、「数子、嫌ならいいんだぞ」と。
*
玄関を出て、先に口を開いたのは先生だ。
「数子、時間を巻き戻せるとしても、やっぱり俺は同じ事をすると思う。でも……」
「先生、父も私もあなたの献身は望んでないの」
「献身なんて言うな……」
先生はいきなり私を腕に閉じ込めた。
「どうして私と付き合ってるのか分からないって言ってたけど、本当に分からないのか?」
熱っぽい問いかけに心臓が高鳴り、言葉が出てこない。
「じゃあ、元カレとのキスやプロポーズに、あんなに嫉妬したのは何でだと思う?」
「それは……」
顎をそっと上向かされ、視線が甘く切なく交差する。
「数子のこと愛してるからに決まってるだろう!? 別れたいなんて、これからは冗談でも言わないでくれ。数子がいなかったら生きていけない」
思わずくすりと笑ってしまった。
「笑うなよ……」
「だって、生きていけないなんて嘘っぽいこと言うから。カップラーメンとイチゴ牛乳があれば、あなたは生きていけるでしょう?」
「ったくお前、ホント可愛げがない。でも俺は、数子じゃなきゃダメだから」
懇願するような眼差しを見つめながら、思いが唇から溢れだす。
「守ってもらわなくても大丈夫って、病院では強がり言ったけど、本当は不安で堪らなかったの。それに……」
私が少し間を置くと、「それに?」と唇がこすれるくらいの距離で問いかけられた。
「私もあなたを愛してる……。ずっと傍にいさせて?」
刹那、折れそうなほどきつく抱きしめられ、噛みつくように唇を塞がれる。
激しく甘い口付けは、今の彼の気持ちをそのまま映し出しているような気がして、私は泣いてしまいそうなほどの安心感に包まれていた。
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