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一章 魔性の美男子
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――結婚することになった。
レイがその知らせを聞いたのは、今から二ヶ月ほど前のことだった。
侯爵家次男のライナス・シェルバーン。レイの主人である彼は、今年で二十一歳になるが、今まで婚約者がいた事はなく、恋人もいない。「結婚するつもりはない」とまで言っていた彼の言葉に、レイは静かに驚いた。
結婚相手は伯爵家三男のフィネロ・アウロス。貴族間では珍しい男同士の同性婚。といっても、恋愛結婚ではなく政略結婚――ライナス曰く二人の間に愛は無いそうだ。
政略結婚とはいうが、その目的は知らない。他の使用人達も驚いていたくらいだ。だからカイ――仲の良い同僚に、「ライナス様はフィネロ様のことが好きなのかな」と聞いたら、妙に真剣な顔で「そんなことは絶対に有り得ない」と言われてしまった。
◇
魔法というのは、便利なものだ。
コトコトと、火にかけていないのに温かくなっていく不思議なやかん。確かポットという名前の魔道具を見ながら、レイはそんな事を思う。
この国――ソラリ王国には「魔法使い」が存在している。文字通り魔法が使える人のことだ。ただ、その数はかなり少ない。
例えばライナスの兄であり、シェルバーン侯爵家当主のマティアスは「魔法使い」だ。
しかし、ライナスは「魔法使い」ではない。「魔法使い」かどうかは血統で決まるわけではない。数が少ないのもそれが理由だ。
だから、貴重な存在である「魔法使い」は、その身分にかかわらず丁重に扱われる。
魔道具というのは、魔力結晶を動力源にして動く、誰でも使える不思議な道具だ。
火を使うことなく煌々と光る「ランプ」や、食材を腐らせずに長期間保存できる「パントリー」などが有名だろう。
ここ、シェルバーン侯爵家の館にはそんな魔道具があちらこちらに置いてある。便利なものもあれば、いつ使うのか分からないガラクタのようなものまであるが、その殆どは魔法技師であるマティアスが作ったものだ。
このポットには沢山のボタンがついている。細かい温度調整が出来るらしいが、今のところ緑色のボタンしか押したことがない。
じっと眺めていると、蓋部分から作り物の小鳥が飛び出して、リンリンと音が鳴る。お湯が沸いたようだ。何回見ても可愛くて思わず笑みが溢れる。
レイは音が鳴り止むのを待ってから、ポットを持ち上げた。
◇
二人分のお茶を用意して、ライナスの前に座る。「少し休憩をしたい」と言われたが、何か話でもあるのだろうか。
本来、従者は主人と一緒に座ってはいけないが、この館では普通のことだ。
王都から離れたこの地では、使用人達は長年勤めている者ばかりであり、国境付近に位置していることも相まって、その数も少ない。
その上、噂が他の貴族達に広まることも無いので、使用人達の関係性はかなり親密だ。
レイもここに来た当初は驚いたが、たまに他の使用人とお茶を楽しんでいるライナスを見かけてからは、特に気にすることはなくなった。
「二週間後、フィネロがこちらへやって来る」
ライナスがお茶を飲み、息をついてから言う。
「承知いたしました、何か用意するものはありますか?」
「いや、大丈夫だ。ちなみにフィネロの従者として、カイを付ける予定だ」
「そうなんですね」
カイ――半年ほど前に結婚した同僚の男だ。レイのことを弟のようだという彼は、初めての友人でもある。
カイが従者として働く姿を想像して、不思議な気分になる。
「ああ、それと彼を『フィネロ夫人』と呼ぶのはやめてほしい」
「ではなんとお呼びすれば良いでしょうか。『フィネロ様』で構いませんか?」
「ああ、頼む」
フィネロは男性だから夫人と呼ばれるのは嫌なのかもしれない。特に疑問に思わず頷く。
「……レイはフィネロのことを知っているか?」
「いえ……」
ライナスが窺うような口調で尋ねてくる。
フィネロ・アウロス。彼の名前は聞いたことがあったが、知っていることと言えば、髪の長い綺麗な男である、ということだけだ。「フィネロ、という男に話しかけられてね……」と言っていたあの人を思い出す。彼はそれ以外になにか言っていただろうか。
「そうか、フィネロは、その、遊び人と呼ばれる類の人物なんだ。男女問わず綺麗な人には手を出して……一夜を共にすることも稀ではない、と。だから気を付けてほしい」
遊び人、その意味はよくわからなかったけれど続く言葉でなんとなく理解する。確か彼は「魔性の美男子なんて言われているけどね……」とも言っていたような。
そこから想像する人物像はライナスと真逆のものだ。
だけど……レイは目の前のライナスをじっと見つめる。
濃紺の髪を短く切り揃え、少し長めの前髪を整えている姿は、くっきりとした美しい顔立ちを際立たせている。美しいといっても、女性的な優美なものではなく精悍で男性的な美しさで、彼の立派な――レイよりも一回りほど大きい体格と調和が取れている。
綺麗、というより男らしいが、それでも綺麗な人というのはライナスのような人を指すのだろう。「綺麗な人に手を出す」フィネロの好みとは違うのだろうか。
じっと見つめていたからか、ライナスが恥ずかしそうに目を伏せる。
「承知いたしました……」
なんとなく気まずくなってライナスから視線を逸らすと、部屋の隅にある鏡が視界に入り、映る自分と目が合った。
茶色の髪は肩につかない程度で乱雑に切り揃えられ、前髪は目が隠れるくらいに伸びている。髪で隠れている顔はある人曰く、昔の父に少し似ているらしい。――体格は真逆だがね。とも言っていたが。
昔の影響だろうか、レイは今でも一般的な成人男性より食べられず、その体は細く、よく言えば華奢、悪く言えば不健康だ。
顔が見えにくい、ひょろっとした体格の地味な男。
鏡に映る自分を言葉で表すならこんなものだろう。だからライナスの言葉はあまり心に響かなかった。
レイがその知らせを聞いたのは、今から二ヶ月ほど前のことだった。
侯爵家次男のライナス・シェルバーン。レイの主人である彼は、今年で二十一歳になるが、今まで婚約者がいた事はなく、恋人もいない。「結婚するつもりはない」とまで言っていた彼の言葉に、レイは静かに驚いた。
結婚相手は伯爵家三男のフィネロ・アウロス。貴族間では珍しい男同士の同性婚。といっても、恋愛結婚ではなく政略結婚――ライナス曰く二人の間に愛は無いそうだ。
政略結婚とはいうが、その目的は知らない。他の使用人達も驚いていたくらいだ。だからカイ――仲の良い同僚に、「ライナス様はフィネロ様のことが好きなのかな」と聞いたら、妙に真剣な顔で「そんなことは絶対に有り得ない」と言われてしまった。
◇
魔法というのは、便利なものだ。
コトコトと、火にかけていないのに温かくなっていく不思議なやかん。確かポットという名前の魔道具を見ながら、レイはそんな事を思う。
この国――ソラリ王国には「魔法使い」が存在している。文字通り魔法が使える人のことだ。ただ、その数はかなり少ない。
例えばライナスの兄であり、シェルバーン侯爵家当主のマティアスは「魔法使い」だ。
しかし、ライナスは「魔法使い」ではない。「魔法使い」かどうかは血統で決まるわけではない。数が少ないのもそれが理由だ。
だから、貴重な存在である「魔法使い」は、その身分にかかわらず丁重に扱われる。
魔道具というのは、魔力結晶を動力源にして動く、誰でも使える不思議な道具だ。
火を使うことなく煌々と光る「ランプ」や、食材を腐らせずに長期間保存できる「パントリー」などが有名だろう。
ここ、シェルバーン侯爵家の館にはそんな魔道具があちらこちらに置いてある。便利なものもあれば、いつ使うのか分からないガラクタのようなものまであるが、その殆どは魔法技師であるマティアスが作ったものだ。
このポットには沢山のボタンがついている。細かい温度調整が出来るらしいが、今のところ緑色のボタンしか押したことがない。
じっと眺めていると、蓋部分から作り物の小鳥が飛び出して、リンリンと音が鳴る。お湯が沸いたようだ。何回見ても可愛くて思わず笑みが溢れる。
レイは音が鳴り止むのを待ってから、ポットを持ち上げた。
◇
二人分のお茶を用意して、ライナスの前に座る。「少し休憩をしたい」と言われたが、何か話でもあるのだろうか。
本来、従者は主人と一緒に座ってはいけないが、この館では普通のことだ。
王都から離れたこの地では、使用人達は長年勤めている者ばかりであり、国境付近に位置していることも相まって、その数も少ない。
その上、噂が他の貴族達に広まることも無いので、使用人達の関係性はかなり親密だ。
レイもここに来た当初は驚いたが、たまに他の使用人とお茶を楽しんでいるライナスを見かけてからは、特に気にすることはなくなった。
「二週間後、フィネロがこちらへやって来る」
ライナスがお茶を飲み、息をついてから言う。
「承知いたしました、何か用意するものはありますか?」
「いや、大丈夫だ。ちなみにフィネロの従者として、カイを付ける予定だ」
「そうなんですね」
カイ――半年ほど前に結婚した同僚の男だ。レイのことを弟のようだという彼は、初めての友人でもある。
カイが従者として働く姿を想像して、不思議な気分になる。
「ああ、それと彼を『フィネロ夫人』と呼ぶのはやめてほしい」
「ではなんとお呼びすれば良いでしょうか。『フィネロ様』で構いませんか?」
「ああ、頼む」
フィネロは男性だから夫人と呼ばれるのは嫌なのかもしれない。特に疑問に思わず頷く。
「……レイはフィネロのことを知っているか?」
「いえ……」
ライナスが窺うような口調で尋ねてくる。
フィネロ・アウロス。彼の名前は聞いたことがあったが、知っていることと言えば、髪の長い綺麗な男である、ということだけだ。「フィネロ、という男に話しかけられてね……」と言っていたあの人を思い出す。彼はそれ以外になにか言っていただろうか。
「そうか、フィネロは、その、遊び人と呼ばれる類の人物なんだ。男女問わず綺麗な人には手を出して……一夜を共にすることも稀ではない、と。だから気を付けてほしい」
遊び人、その意味はよくわからなかったけれど続く言葉でなんとなく理解する。確か彼は「魔性の美男子なんて言われているけどね……」とも言っていたような。
そこから想像する人物像はライナスと真逆のものだ。
だけど……レイは目の前のライナスをじっと見つめる。
濃紺の髪を短く切り揃え、少し長めの前髪を整えている姿は、くっきりとした美しい顔立ちを際立たせている。美しいといっても、女性的な優美なものではなく精悍で男性的な美しさで、彼の立派な――レイよりも一回りほど大きい体格と調和が取れている。
綺麗、というより男らしいが、それでも綺麗な人というのはライナスのような人を指すのだろう。「綺麗な人に手を出す」フィネロの好みとは違うのだろうか。
じっと見つめていたからか、ライナスが恥ずかしそうに目を伏せる。
「承知いたしました……」
なんとなく気まずくなってライナスから視線を逸らすと、部屋の隅にある鏡が視界に入り、映る自分と目が合った。
茶色の髪は肩につかない程度で乱雑に切り揃えられ、前髪は目が隠れるくらいに伸びている。髪で隠れている顔はある人曰く、昔の父に少し似ているらしい。――体格は真逆だがね。とも言っていたが。
昔の影響だろうか、レイは今でも一般的な成人男性より食べられず、その体は細く、よく言えば華奢、悪く言えば不健康だ。
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