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その後の世界で君とともに(本編)
20話 ユキコ
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ヤマトが生まれてから、ユキコのアダルトコーナーに顔を出す回数はめっきり減った。
「バートがいるとはいえ、アドバイスする人間がほとんどいない手探りの育児だものな」
とライル。
「今生きている大戦経験世代の出産経験者の多くは、『捧げられた眠り』についているからね」
「人のアドバイスが欲しくても、答えることが出来る人がいない」
ライルとカイトはしばし沈黙した。
それでも、ユキコは前進し続ける。そういう性格なのだ。
新たな展開もあった。ユキコたちの住むオーストラリアの実験コロニーで人同志のカップルが成立したのだ。大戦以前は日常的だった人の共同生活の模索が大戦後、始まったのである。
「彼らにとって、ユキコがパイオニアになるのか」
カイトは、今後ユキコの背負うであろう重圧を想像した。自分には背負えないとカイトは思う。しかし、ライルはカイトに同意せず、うーんと唸って思いがけないことを言い出した
「半分当たっていて、半分は違うな」
「どういうこと?」
「ユキコのパートナーが、お前でなくてアバターのバートだからだ」
カイトはライルの話が嫌なベクトルになる予感がして、眉をしかめた。
「出産に関してはパイオニア的な存在になりつつあるけどさ」
ライルは続ける。
「ユキコのパートナーはアバターだ」
「人同志のカップルとは違う、ということ?」
「人工子宮の出産と自然分娩で対応が違ったのと同じ構図」
ライルの言葉にカイトは理解できず首をひねる。
「ねぇ、人間のカップル成立後のアバターがどうなると思う?」
「どうなると言われても……」
カイトの言葉にライルは声のトーンを落として答えた。
「アバターの停止」
仮想空間に入り浸っているライルの情報は早い。
「パートナー型を停止するってこと?」
ライルは言葉を失った。人に寄り添い続けたパートナーを停止する、それはすなわちパートナー型アバターの死を意味した。
「ひどい」
その一言を絞り出すのが、カイトの精一杯だった。
「 でも、他に方法があるか? 人間同士のカップルにパートナー型アバターの入る余地はないだろうよ」
「人間の都合だけじゃないか」
「そうだ、人間の都合だけだ。その為のアバターだ。そういう考え方のカップルは今後広まっていくと思う」
そしてライルはカイトの顔を見つめて言った。
「お前も、ニーナのからだを捨てていること忘れるなよ」
それは違う、カイトは言いかけて口をつぐんだ。意識を移した後のアバターを回収車に乗せたのはカイト自身だった。
意識を移した後のアバターを「捨てる」ことと、アバターそのものの停止に、どれほどの違いがあるというのか? カイトには答えられなかった。
人間はいつでも残酷だ、大戦前も大戦後も繰り返す――そして再びカイト自身の残酷さを指摘され再認識した。
カイトは強く唇を噛み締めた。
ログアウトしたカイトの唇から血が一筋流れた。
「カイト⁉」
リビングルームに入ってきたニーナが驚いてソファに座っているカイトに駆け寄ってきた。
「何があったの? いや、しゃべらなくていい」
ニーナは手早くカイトの唇から流れる血を拭い、消毒した。
「いつも、迷惑をかけてばかりだ」
カイトがポツリと言う。
「それの何がいけないの?」
ニーナはそれだけ言うと、カイトの横にそっと座った。カイトの手を優しく握る。
「僕は君がいるから生きている」
「そう、私から奪い続けてあなたは生きている。それでいい」
カイトがニーナの太ももに顔をうずめてきた。
ニーナはカイトの頭を優しく撫で続けながら、素早く調べた。パートナー型アバターの停止が話題になっている。たぶんこれが原因だろうとニーナは思った。
いつの間にかカイトはニーナの膝枕で眠っていた。
「私はあなたに大事にされすぎている。私のことであなたが苦しむのは、私がいや」
ニーナはカイトが聞こえていないのをわかって囁いた。
数日後。ユキコがアダルトコーナーにログインした。
「久しぶ……ウォッ‼」
カイトがあいさつしするのを待たずに、ユキコはカイトの顔面にパンチしてきた。
仮想空間ゆえ、カイトの頭をユキコの腕が綺麗に突き抜ける。同席していたライルは気の毒そうにカイトを見るばかりだ。
「あいさつのお返しには、手ひどい仕打ちだね」
カイトは、ユキコの腕が貫いた状態のまま言った。
「ヤマトを見ていると、つくづく父親があんただってわかる時がある」
「どういう時に」
「泣いている時」
「なぜ泣いている時?」
「だって泣いている顔を見ているとあなたの顔がブワーッって浮かんでくるの。そのブワーッにはパンチしたくなる」
「それって、つまり僕にパンチしたいってこと?」
「まさしくそう」
ユキコはようやくパンチの気分が落ち着いたようで、カイトの顔から腕を引き抜いた。
「あのね、私に勝手にパイオニア押し付るとか、アバターカップルだからとか押し付けるな!」
「あげくに、唇に傷まで付けてバカみたい、いやバカそのもの」
ユキコはカイトの消えかけている唇の傷のあたりに手を動かした。
「そういう負の感情がおかしい流れを助長するんだって言ってるの!」
カイトに言いたいだけ言うと、ユキコはふぅと一息ついてライルにキッと顔を向けた。
「中途半端な噂話を無責任にバカのカイトにするな!」
ライルの顔がヒクヒクとひきつった。
「パートナー型アバターの停止の件、あれはアバターとの話し合いの結果だからね。アバターからの提案なのを知らないのでしょ」
「アバターからの提案?」
「私たちの世代とアバターの関係や繋がりは、ヤマトを含めたこれからの世代が理解できないかもしれない」
ユキコは続けた。
「だからこそ次の世代に説明していくのは必要だと思うよ? でも同じ世代間でもこの状態って!」
ユキコは怒っていた。
「カップルになった二人が、簡単にアバターを捨てたみたいな誤解するなってこと」
ユキコは更にまくしたてた。
「溝を生み出しているのは、自分たちだって自覚して! わかった⁉」
ユキコは言うだけ言って、ようやく落ち着いたようだ。
「でっかい子供がアダルトコーナーにいるから来てみたけど、怒鳴りつけてスッキリした」
続けて
「こういうアホのために、ちゃんとプレスリリースしなきゃダメなのよ。センター、繋がっているよね? じゃあね」
ユキコは言いたいことを言い切ってあっという間にログアウトした。
カイトとライルはユキコの迫力に呆然としていたが
「あいつ、やっぱり統率力あるんじゃね?」
ライルが言うとカイトも同意して頷いた。
(つづく)
ユキコさん強すぎ。もっと展開が暗くなるはずだったのに。前もユキコさんが暴れすぎて、展開が変わったんだよなぁ(遠い目)
「バートがいるとはいえ、アドバイスする人間がほとんどいない手探りの育児だものな」
とライル。
「今生きている大戦経験世代の出産経験者の多くは、『捧げられた眠り』についているからね」
「人のアドバイスが欲しくても、答えることが出来る人がいない」
ライルとカイトはしばし沈黙した。
それでも、ユキコは前進し続ける。そういう性格なのだ。
新たな展開もあった。ユキコたちの住むオーストラリアの実験コロニーで人同志のカップルが成立したのだ。大戦以前は日常的だった人の共同生活の模索が大戦後、始まったのである。
「彼らにとって、ユキコがパイオニアになるのか」
カイトは、今後ユキコの背負うであろう重圧を想像した。自分には背負えないとカイトは思う。しかし、ライルはカイトに同意せず、うーんと唸って思いがけないことを言い出した
「半分当たっていて、半分は違うな」
「どういうこと?」
「ユキコのパートナーが、お前でなくてアバターのバートだからだ」
カイトはライルの話が嫌なベクトルになる予感がして、眉をしかめた。
「出産に関してはパイオニア的な存在になりつつあるけどさ」
ライルは続ける。
「ユキコのパートナーはアバターだ」
「人同志のカップルとは違う、ということ?」
「人工子宮の出産と自然分娩で対応が違ったのと同じ構図」
ライルの言葉にカイトは理解できず首をひねる。
「ねぇ、人間のカップル成立後のアバターがどうなると思う?」
「どうなると言われても……」
カイトの言葉にライルは声のトーンを落として答えた。
「アバターの停止」
仮想空間に入り浸っているライルの情報は早い。
「パートナー型を停止するってこと?」
ライルは言葉を失った。人に寄り添い続けたパートナーを停止する、それはすなわちパートナー型アバターの死を意味した。
「ひどい」
その一言を絞り出すのが、カイトの精一杯だった。
「 でも、他に方法があるか? 人間同士のカップルにパートナー型アバターの入る余地はないだろうよ」
「人間の都合だけじゃないか」
「そうだ、人間の都合だけだ。その為のアバターだ。そういう考え方のカップルは今後広まっていくと思う」
そしてライルはカイトの顔を見つめて言った。
「お前も、ニーナのからだを捨てていること忘れるなよ」
それは違う、カイトは言いかけて口をつぐんだ。意識を移した後のアバターを回収車に乗せたのはカイト自身だった。
意識を移した後のアバターを「捨てる」ことと、アバターそのものの停止に、どれほどの違いがあるというのか? カイトには答えられなかった。
人間はいつでも残酷だ、大戦前も大戦後も繰り返す――そして再びカイト自身の残酷さを指摘され再認識した。
カイトは強く唇を噛み締めた。
ログアウトしたカイトの唇から血が一筋流れた。
「カイト⁉」
リビングルームに入ってきたニーナが驚いてソファに座っているカイトに駆け寄ってきた。
「何があったの? いや、しゃべらなくていい」
ニーナは手早くカイトの唇から流れる血を拭い、消毒した。
「いつも、迷惑をかけてばかりだ」
カイトがポツリと言う。
「それの何がいけないの?」
ニーナはそれだけ言うと、カイトの横にそっと座った。カイトの手を優しく握る。
「僕は君がいるから生きている」
「そう、私から奪い続けてあなたは生きている。それでいい」
カイトがニーナの太ももに顔をうずめてきた。
ニーナはカイトの頭を優しく撫で続けながら、素早く調べた。パートナー型アバターの停止が話題になっている。たぶんこれが原因だろうとニーナは思った。
いつの間にかカイトはニーナの膝枕で眠っていた。
「私はあなたに大事にされすぎている。私のことであなたが苦しむのは、私がいや」
ニーナはカイトが聞こえていないのをわかって囁いた。
数日後。ユキコがアダルトコーナーにログインした。
「久しぶ……ウォッ‼」
カイトがあいさつしするのを待たずに、ユキコはカイトの顔面にパンチしてきた。
仮想空間ゆえ、カイトの頭をユキコの腕が綺麗に突き抜ける。同席していたライルは気の毒そうにカイトを見るばかりだ。
「あいさつのお返しには、手ひどい仕打ちだね」
カイトは、ユキコの腕が貫いた状態のまま言った。
「ヤマトを見ていると、つくづく父親があんただってわかる時がある」
「どういう時に」
「泣いている時」
「なぜ泣いている時?」
「だって泣いている顔を見ているとあなたの顔がブワーッって浮かんでくるの。そのブワーッにはパンチしたくなる」
「それって、つまり僕にパンチしたいってこと?」
「まさしくそう」
ユキコはようやくパンチの気分が落ち着いたようで、カイトの顔から腕を引き抜いた。
「あのね、私に勝手にパイオニア押し付るとか、アバターカップルだからとか押し付けるな!」
「あげくに、唇に傷まで付けてバカみたい、いやバカそのもの」
ユキコはカイトの消えかけている唇の傷のあたりに手を動かした。
「そういう負の感情がおかしい流れを助長するんだって言ってるの!」
カイトに言いたいだけ言うと、ユキコはふぅと一息ついてライルにキッと顔を向けた。
「中途半端な噂話を無責任にバカのカイトにするな!」
ライルの顔がヒクヒクとひきつった。
「パートナー型アバターの停止の件、あれはアバターとの話し合いの結果だからね。アバターからの提案なのを知らないのでしょ」
「アバターからの提案?」
「私たちの世代とアバターの関係や繋がりは、ヤマトを含めたこれからの世代が理解できないかもしれない」
ユキコは続けた。
「だからこそ次の世代に説明していくのは必要だと思うよ? でも同じ世代間でもこの状態って!」
ユキコは怒っていた。
「カップルになった二人が、簡単にアバターを捨てたみたいな誤解するなってこと」
ユキコは更にまくしたてた。
「溝を生み出しているのは、自分たちだって自覚して! わかった⁉」
ユキコは言うだけ言って、ようやく落ち着いたようだ。
「でっかい子供がアダルトコーナーにいるから来てみたけど、怒鳴りつけてスッキリした」
続けて
「こういうアホのために、ちゃんとプレスリリースしなきゃダメなのよ。センター、繋がっているよね? じゃあね」
ユキコは言いたいことを言い切ってあっという間にログアウトした。
カイトとライルはユキコの迫力に呆然としていたが
「あいつ、やっぱり統率力あるんじゃね?」
ライルが言うとカイトも同意して頷いた。
(つづく)
ユキコさん強すぎ。もっと展開が暗くなるはずだったのに。前もユキコさんが暴れすぎて、展開が変わったんだよなぁ(遠い目)
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