53 / 59
2019年12月
人生の早い段階で知りたかった二つのこと。
しおりを挟む
ある意味、自己紹介になるかもですw。
人生のタイミングって難しいものがある。
人生五十年やってきて、大きく二つのことで、タイミングが違っていたらなぁと思う。
一つはアトピー性皮膚炎。今ではメジャーな症状だが、私が発症したのが小学校低学年。当時アトピー性皮膚炎という言葉すらなかった。
で、右手の中指が常にかゆくて、かきむしって、あかぎれだったので病院へ行ったのだが、診断名は「水虫」だった。両親は忙しく、低学年の私は独りで病院に行って、帰宅後、診断名を親に告げた。
当時の自分は「水虫」がよくわからなかったので、素直に親にに伝えると、親はかなりショックを受けていた。
「手って水虫になるの?」
いや、私に聞かれても……。その診断名は、私より親の方が動揺した。私は週に三回、「水虫菌を殺す」治療に通い続けた。
言い忘れていたが、私の生まれ故郷は田舎である。但し、そこそこ大きな総合病院があるぐらいには人がいた町だった。
で、一年間水虫の治療を欠かさず通ったある日、担当の医師から「今度、大学病院から皮膚科の医師が来るので、一度診てもらって」と言われた。
一向に改善しない水虫治療に先生なりの打開策を、患者の私に話したのかもしれない。私は何せ低学年の小学生である。大人の言うことはきちんと聞くとしつけられ、素直に従っていた。当然、医師に従って、大学の先生の診察を受けることになった。
右手の中指の皮膚を採取され、顕微鏡で先生は観察した。そして、こちらを向くと
「これのどこが水虫なのですか?」
と医者が低学年の小学生に尋ねてきたのである。りっぱな先生に問われて、私はうろたえるしかなかった。
「み、水虫って診断されたから、水虫の治療してきたです……」
「これは水虫ではありません、○○です」
実は、水虫でないとえらいお医者さんに言われたショックで次の言葉が吹っ飛んでしまった。
頭の中で、今までの水虫の治療、殺菌の治療は何だったのだろう?と疑問が渦巻くばかりだった。処方された薬は今でいうステロイド軟こう。
塗ると魔法のように治った。そして再発した。以降、ステロイド軟こうとはいろいろな形で対峙してきた。
結論だけ言うと、自分は病院でもらったステロイド軟こう塗って、皮膚をそこそこのレベルで維持するのがいいみたいとなった。
無論、個人的にいきついた自分個人の感想である。他人に押し付ける気は毛頭ない。
十代の頃は、大人になったら症状はなくなると言われ続けていたが、大人になっても治らず、結局今も付き合っている状態だ。
そして、手が一番ひどい状況だったため、私の指には日本人らしい繊細な器用さは現れなかった。私は、幼くして日本人の美徳が欠落した人間になった。
そして、つい数年前、自分が発達障害の傾向のあるグレーゾーンの一般人という判断を初めて受けた。五十年以上、よく変人と言われて「誉め言葉」だと思っていたほど、自覚がなかった。
改めて思い出せば、いろいろ変だった。友人がまったく出来ない、自分の中に変なルールがある、パートの面接で落とされまくって、ようやく採用されれば、いじめられる。ひとの名前は最低限しか覚えられない、などなど。
いじめられて辛いとちょっとは思ったが、案外、一人でいればいいだけと割り切っていたので、ダメージは少ない変な人間だった。
また読書が大好きで、読み始めると止まらない。寝る時間も食事もそっちのけで読みふけるので、、親から「読書禁止令」が出た。親の言いつけは守るものだったから、それ以降、何年も教科書参考書以外の本を一切読まなくなった。
何かに執着すると飽きるということはない。三日坊主とは無縁だった。
結婚して以降、十年家計簿をつけ続けた。ある日
「記録しているだけで、データから生活を変えるなどしないと意味ないのでは?」
と連れに言われて、熱意がブチッときれた。以降、家計簿に一切興味を持てなくなった。
とにかく、やることが極端なのだ。
最近、発達障害という言葉をネットでよく聞き、もしかして自分はこれなのかも?と疑うようになった。
精神病院で「その傾向がある」と言われその時は納得したが、ほんとに「傾向があるだけ」なのだろうか? 今さら、自分が一般人でないのではないかという考えに固執し始めている。
まぁ、一人の先生の判断じゃ納得しきれないので、追々別のところでも診察してもらいたいとは思う。
というわけで、もっと早く知りたかったことを大きく二つ抱えて、今に至っている。そして、この二つの問題によって自分が日本人の器用な手先と、日本人の繊細な気配りができない問題で、やや悩み中だ。日本人の美徳とされる特徴が二つともない。悲しい。
人間は常に悩む存在だから、悩み続けるしかないのだろうな、まぁそんなものだ。
早く知りたかったが、知って良かったともいえるし、ね。
とまぁ、そんな自己紹介的なお話はここでおしまい。
人生のタイミングって難しいものがある。
人生五十年やってきて、大きく二つのことで、タイミングが違っていたらなぁと思う。
一つはアトピー性皮膚炎。今ではメジャーな症状だが、私が発症したのが小学校低学年。当時アトピー性皮膚炎という言葉すらなかった。
で、右手の中指が常にかゆくて、かきむしって、あかぎれだったので病院へ行ったのだが、診断名は「水虫」だった。両親は忙しく、低学年の私は独りで病院に行って、帰宅後、診断名を親に告げた。
当時の自分は「水虫」がよくわからなかったので、素直に親にに伝えると、親はかなりショックを受けていた。
「手って水虫になるの?」
いや、私に聞かれても……。その診断名は、私より親の方が動揺した。私は週に三回、「水虫菌を殺す」治療に通い続けた。
言い忘れていたが、私の生まれ故郷は田舎である。但し、そこそこ大きな総合病院があるぐらいには人がいた町だった。
で、一年間水虫の治療を欠かさず通ったある日、担当の医師から「今度、大学病院から皮膚科の医師が来るので、一度診てもらって」と言われた。
一向に改善しない水虫治療に先生なりの打開策を、患者の私に話したのかもしれない。私は何せ低学年の小学生である。大人の言うことはきちんと聞くとしつけられ、素直に従っていた。当然、医師に従って、大学の先生の診察を受けることになった。
右手の中指の皮膚を採取され、顕微鏡で先生は観察した。そして、こちらを向くと
「これのどこが水虫なのですか?」
と医者が低学年の小学生に尋ねてきたのである。りっぱな先生に問われて、私はうろたえるしかなかった。
「み、水虫って診断されたから、水虫の治療してきたです……」
「これは水虫ではありません、○○です」
実は、水虫でないとえらいお医者さんに言われたショックで次の言葉が吹っ飛んでしまった。
頭の中で、今までの水虫の治療、殺菌の治療は何だったのだろう?と疑問が渦巻くばかりだった。処方された薬は今でいうステロイド軟こう。
塗ると魔法のように治った。そして再発した。以降、ステロイド軟こうとはいろいろな形で対峙してきた。
結論だけ言うと、自分は病院でもらったステロイド軟こう塗って、皮膚をそこそこのレベルで維持するのがいいみたいとなった。
無論、個人的にいきついた自分個人の感想である。他人に押し付ける気は毛頭ない。
十代の頃は、大人になったら症状はなくなると言われ続けていたが、大人になっても治らず、結局今も付き合っている状態だ。
そして、手が一番ひどい状況だったため、私の指には日本人らしい繊細な器用さは現れなかった。私は、幼くして日本人の美徳が欠落した人間になった。
そして、つい数年前、自分が発達障害の傾向のあるグレーゾーンの一般人という判断を初めて受けた。五十年以上、よく変人と言われて「誉め言葉」だと思っていたほど、自覚がなかった。
改めて思い出せば、いろいろ変だった。友人がまったく出来ない、自分の中に変なルールがある、パートの面接で落とされまくって、ようやく採用されれば、いじめられる。ひとの名前は最低限しか覚えられない、などなど。
いじめられて辛いとちょっとは思ったが、案外、一人でいればいいだけと割り切っていたので、ダメージは少ない変な人間だった。
また読書が大好きで、読み始めると止まらない。寝る時間も食事もそっちのけで読みふけるので、、親から「読書禁止令」が出た。親の言いつけは守るものだったから、それ以降、何年も教科書参考書以外の本を一切読まなくなった。
何かに執着すると飽きるということはない。三日坊主とは無縁だった。
結婚して以降、十年家計簿をつけ続けた。ある日
「記録しているだけで、データから生活を変えるなどしないと意味ないのでは?」
と連れに言われて、熱意がブチッときれた。以降、家計簿に一切興味を持てなくなった。
とにかく、やることが極端なのだ。
最近、発達障害という言葉をネットでよく聞き、もしかして自分はこれなのかも?と疑うようになった。
精神病院で「その傾向がある」と言われその時は納得したが、ほんとに「傾向があるだけ」なのだろうか? 今さら、自分が一般人でないのではないかという考えに固執し始めている。
まぁ、一人の先生の判断じゃ納得しきれないので、追々別のところでも診察してもらいたいとは思う。
というわけで、もっと早く知りたかったことを大きく二つ抱えて、今に至っている。そして、この二つの問題によって自分が日本人の器用な手先と、日本人の繊細な気配りができない問題で、やや悩み中だ。日本人の美徳とされる特徴が二つともない。悲しい。
人間は常に悩む存在だから、悩み続けるしかないのだろうな、まぁそんなものだ。
早く知りたかったが、知って良かったともいえるし、ね。
とまぁ、そんな自己紹介的なお話はここでおしまい。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アルファポリスであなたの良作を1000人に読んでもらうための25の技
MJ
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスは書いた小説を簡単に投稿でき、世間に公開できる素晴らしいサイトです。しかしながら、アルファポリスに小説を公開すれば必ずしも沢山の人に読んでいただけるとは限りません。
私はアルファポリスで公開されている小説を読んでいて気づいたのが、面白いのに埋もれている小説が沢山あるということです。
すごく丁寧に真面目にいい文章で、面白い作品を書かれているのに評価が低くて心折れてしまっている方が沢山いらっしゃいます。
そんな方に言いたいです。
アルファポリスで評価低いからと言って心折れちゃいけません。
あなたが良い作品をちゃんと書き続けていればきっとこの世界を潤す良いものが出来上がるでしょう。
アルファポリスは本とは違う媒体ですから、みんなに読んでもらうためには普通の本とは違った戦略があります。
書いたまま放ったらかしではいけません。
自分が良いものを書いている自信のある方はぜひここに書いてあることを試してみてください。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる