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究極の選択~腕枕or膝枕~

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立太子の儀を何とかこなし、正式に各国主要人を集めた御披露目パーティーも無事に終えた後のことである。

シエルが熱を出した。ある日、執務室でぶっ倒れてしまったのである。

戦場での怪我が元で熱を出して以来である。

ガイウスは心配のあまり、まさしく熊さながらにウロウロとシエルのベッドの周囲を歩き回って落ち着かない様子で、しきりに水分や薬を飲ませたりして世話していた。

「ガイウス、大丈夫よ。私は丈夫だけが取り柄なのだから、すぐ治るわ。」

「だが・・・熱があるというのに眠れないんだろう?それは大丈夫とは言わない。また当分の間は公爵が公務をこなすから、シエルは寝ることに専念しろ。休めるときに休まないと、また倒れるぞ。」

さすがに、病人に激務をこなせとはラッセン陛下も言えなかったらしい。

急遽、皇弟であり筆頭公爵であるシエルの父親グランフィールド公爵を呼び寄せ公務を代行させた。

国内の不穏分子の排除に当たっていたグランフィールド公爵は、ある程度の成果を得たため、すぐさま王宮へ駆け付けた。

シエルにとって両親とは険悪な仲とは言えないが、決して良好な関係ともいえない。

分かりやすく言えば、ギブアンドテークな関係と表現出来るだろうか?

シエルが物心つく前から1つ年下の病弱なレックスにばかり可愛がり、廃嫡されたボンクラ元皇太子の婚約者として必要以上に厳しい教育を施されたことが原因で、微妙な距離感を保ったまま今に至っている。

しかし、レックスがピンクブロンドの脳内お花畑の男爵令嬢と一緒になって、自分を無実の罪で断罪しようとする情報が陛下と父親の耳に入ったことで、兄である陛下の手前レックスをかばいきれなくなり、勘当処分にしたのは今から約半年前の出来事であった。

父であるグランフィールド公爵や母とはレックスのことで、少なからず元からあった溝が深まったのは確かだろう。

「そう・・・父上が来ているのね。」

戦後処理のため、王宮に缶詰状態でロクに屋敷に帰っていなかったが、最後に言葉を交わしたのは泣き崩れる母上の隣でレックスの勘当処分を伝えてきたとき以来か。

立太子の儀にも不穏分子の活発化を理由に皇族でありながら欠席したくらいである。母上は出席していたが挨拶以上の言葉を交わすことはなかった。

またシエルがグランフィールド公爵家からアルテミス皇王家への正式な養子縁組が決まり、表向きはラッセン陛下の子になったことも大きいのであろう。

「借りができたわね。」

自嘲気味に言葉を紡ぐ。少し困った顔しながら、ガイウスがシエルの頭に氷嚢を乗せる。

「実の親子で貸し借りもないとは思うが・・・。叔母上が心配していたぞ。」

「どうせ、心配するふりだけでしょう?」

王妃教育を泣いて嫌がり何度も脱走するたび、出来の悪い子だと母が嘆いたことをシエルは覚えている。朝早くから夜遅くまで厳しい家庭教師に監視係までもが常にピッタリ付きまとい、ろくに眠れる日々は来なかったのだ。

息抜きを兼ねてガイウスと一緒に剣をふるう時以外で楽しいと思った記憶は残っていない。

それでも戦に出陣する条件さえ受け入れれば、息子との婚約を白紙撤回して自由に生きてよいと陛下の言質をとったことから、幼いころより夢見た念願の安眠ライフのために剣を手に取り戦い続けた。

しかし命がけで手にした自由は天下に轟くボンクラ元皇太子のせいで木っ端微塵に吹き飛んだ。

グランフィールド公爵家の令嬢として、いつかは然るべき相手と再び婚約するとしても、せめて戦が終わってからは許される自由があった筈なのだ。または自分で相手を選ぶくらいの余地はあった筈なのだ。

自分は籠の鳥になるために生まれてきたんじゃない。ふつふつと怒りがこみあげてくる。

だから権力者は嫌いだ。陛下も両親も自分に過度の期待を寄せる家臣たちも嫌いだ。

例外があるとすれば・・・。

困ったままの顔をして大きな熊のような体を屈めながら、シエルを心配そうに琥珀色の瞳で覗き込む従兄を熱に浮かされながら見る。

「風邪うつるよ」

「うつせば治るかもしれない。それより、やはり眠れないか?」

「ん・・・。何だか今寝たら逆に悪い夢でも見そう。」

毒を幼いころから少量ずつ摂取したこの身体は、こういう時に薬が効きにくくて困る。

熱覚ましを飲んでも熱が下がらないのは、それだけ最近までの多忙な生活が原因だろう。免疫が低下するほど肉体を酷使し続けたのだ。思わず自嘲の笑みが零れる。

「やはり、膝枕だな。」

「ひざ・・・?」

「昔、寝かしつけるとき、いつも膝枕でスヤスヤ寝てた。誰も俺以外にシエルを寝かしつけようとする奴いなかったしな。」

再びピキッと固まるシエルを前に名案を思いつたとばかりにポンポンと自分の膝を叩くガイウス。

「あんなに小さいのに剣の稽古以外で自由がなくて、侍女たちも半放置していたからな。俺が顔を出す度に泣きそうな顔して、抱っこをせがんでは気づくと抱き枕がわりに俺の腕の中で寝ていた。」

「だ、だからいつの話して!」

「膝枕が嫌なら腕枕か?病気になると人肌恋しくなるからな。遠慮しなくていいぞ。」

キョトンとした顔で、とんでもないことを何でもないように答えるガイウスを前に、頭を抱えたくなるシエル。しかし氷嚢が邪魔でそれもかなわない。

「あのねぇ・・・。そういうことは本当に好きな人にするものでしょ?私は遠慮しとくわ。」

「じゃぁ、添い寝だな!抱き枕すれば寝れるだろう?」

人に話を聞けぇ~!と叫ぶシエルをよそに、いそいそと布団をめくって添い寝しようとするガイウス。

「嫁入り前の乙女のベッドに入ってくるなぁ~!バカ!バカ!バカ!」

熱が一気に上がってくるのを感じながら、力の入らない腕を必死に突っ張って距離を取ろうと、ガイウスの胸を押すが鍛え上げたられた鋼の胸板は全く動かない。

「もうすぐ結婚するんだから気にするな。とりあえず腕枕な。抱き着いていいぞ?」

話が全くかみ合っていないのだが、天然たらしのガイウスは気にした素振りもなく腕を頭の下に入れてくる。

「ひゃぁっ?」

思わず、珍妙な悲鳴を上げる。

シエルには自分の心臓が跳ね上がる音が聞こえてくるが、ガイウスは特に変わった様子もなく、逆にそれが憎たらしい。

「顔が近い!近いったら、バカ~~~!!!」

「ははっ!元気になってきたようだな?ほら傍にいるから眠れ。」

ゼーゼーと荒い呼吸を繰り返しながら、ぐったりしたところをくしゃくしゃ髪を撫でつけて、二カッと白い歯をのぞかせ声をかけてくる。

「眠れるわけないでしょうが・・・。」

何故こんなにも天然な男に自分は惚れてしまったのか?あまりにも罪作りな男である。

きっと刷り込みだ、そうに違いない。

幼いころから自分のものだと思える数少ない存在がガイウスだったとシエルは思う。

家族の関心は弟のレックスと未来の皇王妃という政略の駒にしかなかった。

12歳になって剣聖となってからは、ますます状況は悪化した。レックスの喘息がよくなっても、温室育ちの花のように大事にされて手厚く育てられた一方、ラッセン陛下に似た剣の才を見せるようになった丈夫なシエルは冷遇されたのだ。

身の回りのことは一通り自分でできるように躾けられたため、まだまだ大きくなる前に乳母とも早々に引き離された。侍女たちは遠巻きに自分に接して、パーティやお茶会に出るとき嫌というほど着飾らさることはあっても特に交流と呼べるものはなかった。

敵だらけの屋敷の中で「シエルが心配だから」と家を出て自分の世話係を買って出たことを、シエルが知ったのは幾つのときだったか、すでに覚えていない。

ガイウスは何でもないことのように振舞っているが、母方の実家であるマッケンリー侯爵家の跡取りではなかったこともシエルにとっては幸いしたのであろう。

結果的にガイウスは家出同然でグランフィールド公爵家へやってきて、ずっとシエルの子守をしていたのだ。

未来の皇王妃という政略の駒として生まれたてのシエルはボンクラ皇太子との婚約が決まった。

それは物心ついた時から分かっていたことで、ガイウスは「じゃあ、俺はシエルの側近として文官になろう」と難関の王宮官吏職の試験に臨み見事合格してきたのは、大分前の話である。

トロイア砦に赴くことになったときも、まさかガイウスが「シエル一人で行かせるわけにはいかないよ」と、ちょっとそこまで行くかのように、いつものように二カッと白い歯を見せながら笑って一緒に戦場まで本当に来てしまったのだ。

どこまで男前なんだろうと思わずにはいられない。

黒騎士と呼ばれる程の剣の実力を持ちながら、何故か文官という道に進んだガイウスを惜しいと騎士団長が何度も口説きに来ていたことをシエルは知っている。

しかし、悲しいかな。この年になって添い寝されるということは、女として全く見られていないということではないのか?

「ひ、膝枕~!」

とうとう降参してガイウスに向かって叫ぶ。

腕枕は顔が近いが膝枕なら何とかなる?腕枕よりかはマシだと熱に浮かされながらも我ながら冷静な?判断を下したと本人だけが思っていることにシエルは気づかない。



「究極の選択だわ・・・。」



ボソッと呟くシエルの傍で、いつも吊り上がっている切れ長の目尻を下げながら、膝枕するガイウスが語り掛ける。


「何か言ったか?」


今日も別の意味で眠れないのではないかと思うシエルだが、皮肉なことに見事膝枕されてる間にすーすー寝息を立てて眠っていた。

その寝顔を見ながら。

「可愛いなぁ。天使みたいだ。もうすぐ俺のお嫁さんになるのか。楽しみだな。」

その呟きはシエルの耳に届かなかった。

理想的な安眠枕の主は、軽くプラチナブロンドの髪を一房摘まんで、そっと口づける。

そして欠伸を一つ。

「さて俺も少し寝るかな。」

目覚めたシエルが、いつの間にか筋肉質な抱き枕の腕の中で一緒に眠っていた事実に固まったのは、たっぷり時間が経った後のことである。

ちなみに最後は腕枕に変わっていたりした。




ラッセン陛下から直々に皇太女シエルの伴侶の名前が告げられるのは、あともう少し先のお話。

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