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1章 1節 仲間と成長の時間 《ディスペア編》

第25話 急行

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訓練広場から訓練棟へと向かう廊下には大勢の訓練生が集まっていた。

「全然進めない…」

進もうとしても押し返され目的の物に近づくことが出来ない。

普段は十分な余裕を持ってすれ違えるほどの幅がある廊下だが今日に限ってはぎゅうぎゅうに詰められなおかつさらに無理やり押し込まれているかのような密度だ。

原因はひとつ

『7日後に第143回目の班対抗戦を行う!内容は廊下に張り出しておいた。
各班確認し情報を共有しておくこと』

…と剣術訓練中に放送された班対抗戦の告知。

その内容を見ようと廊下には大勢の訓練生が集まっていた。

「どうしようかアル?」


目の前に広がる光景を眺めながら隣で同じく眺めるアルにこのまま行くか行かないかを問う。


「どうするって言ってもなタイガも居ないしな」


一緒に歩いてきたはずのタイガの姿がいつの間にか消えていた、
おそらくこの大群の波に連れ去られ飲み込まれてしまったのかな?


「次の訓練まで時間があるしもう少し待ってみようぜ」


「そうだn「おーい、おーい!」…タイガの声が聞こえない?」


「ん?あーあそこだ」


アル指さす方を見ると集団の中で緑の頭ががぴょこぴょこと飛び跳ねているのが見える。

「タイガこっちだ!」

「やっと抜け出せたよ」


大柄な魔族の股下を通り抜けタイガは少し疲れた表情をしながらやってくる。


「急に居なくなるから心配したよ」


「ごめんごめん、でもしっかり内容は確認できたよ」

「どうせ前回と一緒だろ?変わったのか?」

「えっとね…」


タイガから説明を受けまとめると、
今回の班対抗戦はポイント制らしい。

エリアは訓練所周辺の森で行われる、
時間は朝食後から次の日の昼食の時間まで。

各班ごとに10点持ちポイントがありそれを班の人数に平均して割り振り、

5人の班はそれぞれ2点づつ、
4人の班は3が2人、2が2人、
3人の班は4が1人、3が2人。

相手の班メンバーを倒すまたは降参するか、エリア各地に配置された教官が戦闘続行不可能だと判断した場合、
相手が持っている点を獲得することができ。

班全員が倒れたらその班は退場。


そして班内で1人リーダー指揮官を決め、
そのリーダーは持ち点を5点さらに加算される。

さらに教官達が各自の力量、訓練時の能力を見て判断し1から5点が加算され、
最後まで残っている班は人数分5点加算される。

失格になった班は0になる訳ではなくその時点で稼いだ累計特典を持って脱落となる。


そして最終的に稼いだポイントで順位が決まる。

あくまでも自分の班が倒した相手に定められたポイントを取得するので、
相手が他の班を倒し20点持ってたからと言って倒しても20点入る訳では無い。



「…って感じかな?」


「つまり…どういう事だ?」

アルは小さく唸った後考えるのを諦めた様子だ。

「つまりいっぱい倒せばいいってことでしょ?」

「おー、ハイルは頭がいいな」


僕もあまり分かってないけど、
たとえ5人の班全員が最後まで残り、25点得たとしても、
既に脱落している班が多く相手を倒しそれ以上の得点を稼いでいたら、
1位になれないこともあるのか。

1位になるためにはどの班よりも多く相手を倒し、こちらの班の人数を減らさず時間まで残るのが鍵になるのかな?


「経験者としてどう思う?」

既に1回経験している二人に聞いてみる。

「今回もいつもd「前回の失敗を活かさないとね、アル~?」ふがが」

タイガがアルの口を教え言葉を遮った。

不安が募るけど7日間の間に最低限なんとかなればいいな。

「そう言えば17班の扱いってどうなるの?」


「どうなるって?」

「えっと、その…ルナちゃんの事…」


ここには居ない少女の事を思い出す。


「ああ~前回は参加しなかったから2人で参加したんだよね、今回はハイルを入れて3人で参加になるのかな?」

3人なら4点の3、3かな、やっぱり人数が少ないチームは1人脱落するだけで他の班とかなり差がついちゃうのか、でも少人数な分移動も楽になるのかな?
ここら辺は実際にやってみないと分からないね。


「あれ、なに?」「えっ?どれだ?」「なにか飛んでる?」


周囲がざわめき始めここにいる全員が窓の外に目を向けている、

その視線を追って見ると
赤い月に照らされたなにかが浮いていた。

いやただ浮いていると言うよりだんだん大きく、近づいてきている。

飛んできているものは白くて丸くバサバサと上下に動く翼が生えていた、
そしてその姿に見覚えがある事に気がつく。

「あれリュピィじゃない?」

「リュピィってルナと一緒にいる竜のか?」

「うん、おーいリュピィー!!」

開け放たれた窓から身を乗り出し大声で叫ぶ僕に周りの視線が集中する。

そして何かを探すように飛び回っていたリュピィは僕の声に気が付き、凄いスピードで胸に飛び込んできた。

「──っ!?リュピィ!?」

腕に抱いたリュピィは疲れたのかぐったりしていたがその姿を見て息を飲んだ。

綺麗で真っ白だった体は土が着き赤黒く汚れ、
少し触れただけで羽が数枚抜け落ち
口から血が垂れたような痕が付着していた。

「どうしたのリュピィ!?」

「あわわ、これ教官に早く見せた方がいいんじゃい!?」


「そうだね──ちょっと待って」


タイガの言葉に頷きかけ違和感を覚える。

なぜ普段ルナちゃんと一緒に行動しているはずのリュピィが何故1人で飛んできたのか、
そしてどうしてこんなにも傷ついて居るのか、

彼女がリュピィをこんな風に扱ったとは考えれない、
誰かに助けを求める為に飛んできた?

嫌な考えを頭が想像し冷や汗を流す。

「リュピィ、ルナちゃんは?」


「ピィ」


恐る恐る聞くと、リュピィは力なくある方向に首を向け鳴く。

あの方向は…何時もルナちゃんがいる場所だ!!




そう考えるよりも早く廊下の窓から空中へ身を乗り出していた。


「ちょっとハイルっ!?」

タイガの驚く声が聞こえた。


「タイガ、アル!ルナちゃんが危ないかもしれない早く教官に報告を!!」


落下しながらそう伝え、着地と共に右手を足首に当て魔力を流し込み《身体強化ブースト》を発動する。


すぐさま訓練棟の後ろに回り込み壁を飛び越える、
いつもなら壁に空いている穴を通り抜けているけど今はその時間すら惜しい。

「リュピィ、ルナちゃんの所まで案内頼むよ」


「ピィ」


腕の中の白い竜は力なく鳴いた。



─────────────────────


森の中はまるで静寂に支配されたかのように静かだった、
自分の呼吸と大地を駆ける音だけが大きく聞こえる。

「ルナちゃん!何処にいるんだ!!」

先程から何度も大声を上げ探しているが返事は聞こえない。

何時もルナちゃんが居る大きな木が存在する場所から、リュピィに導かれ森の中を駆け回っているが一向に見つかる気配はない。

身体は走り疲れ熱を帯びているはずなのに、
それ以上の冷気が身体を撫で、
寒い程に風を感じ嫌な予感が募る。


その時微かにルナちゃんの魔力を感じ立ち止まる。

「?」

立ち止まった僕をリュピィは急かすように見つめてくる。

「大丈夫だから」


まず足を肩幅に開き真っ直ぐに立ち一旦落ち着く、
そして足裏を地面に付けながら、左脚の踵の先に右脚の土踏まずが来るように持ってくる、
そのまま右足のつま先を地面に着けたまま踵を上げ、
トントントンとつま先で地面を叩く。

そして発された音に魔力をのせ、木や葉に当たり徐々に反響し拡散していく。

周囲に漂う魔力の中で微かに感じた薄れゆくルナちゃんの魔力の方向を手繰り寄せる。



「向こうかな」



1番強く魔力を感じた場所に向かって走る。


「ピィ!!」


しばらく魔力を感じた方向に走っているとリュピィが腕の中から飛び立ち、前方に飛んで行くどうやらルナちゃんの存在を感じとったみたい、方向はあっていたようだ。

それにしてもここまでリュピィに怪我を負わせた犯人の姿を見てない、
一体誰が襲ったんだろうか?



林を抜け視界が開け現れたものに驚き

「──なんでここにお前がっ!?」

そんな声が漏れてしまう。



目の前にはあの日村まで逃げている途中の僕を襲った黒い獣より2回りほど大きな存在が新たな乱入者、
僕を見て低く唸っていた。

そして立ち塞がる獣の奥には崩れたような形跡の崖、
悪い予感が的中したかと思ったが、
崖のヘリを掴む小さな手が見える。


「そこをどけっ!!」

大きな声を上げながら獣に向かって走りながら
腰に手を当てるがそこには何も存在しない、

刀は自室、訓練用の木剣は前の時間に片付けている。


策も武器も何もないが強引にでも前に進むしか方法は存在しない、
彼女が崖を掴んでいられる時間もあまり残されていないだろう。

「ピィっ!!」

鳴き声と共に目の前を塞いでいた獣の内一体に炎が降り注ぎ消滅する。

黒い獣2匹の左右から襲い来る爪の一撃を地面を転がりながら獣が消えた隙間を通り回避する。


「ルナちゃんっ!!」


手をつかもうとした瞬間するりと躱すように手は下へと落下する。

「ルナちゃん!!手を伸ばしてっ!!」


すぐさま崖から身を乗り出し手を必死に伸ばすがルナちゃんは手を伸ばそうとしない。

「ルナっ!!手を伸ばせ!!」「ピィ!!」

リュピィと一緒になって叫ぶと微かに手がこちらの方へ伸ばされたような気がするが、既に拳一個分ほどの距離が空き空を切ってしまう。


くそっダメなのかっ!!


少しずつ落ちていくルナちゃんの姿がゆっくりに見え、
口が動き言葉を紡いでいるように見える。


「タ…スケテ」


そう言ったように感じた途端考えとは逆に身体は崖から飛び降りていた。


身体に受ける風邪によって身体の熱は冷まされ冷静になって考える。

このままでは僕より先にルナちゃんが地面衝突するのが分かりきっている。

もう誰かが傷付く姿は見たくないっ!!


空中で膝を曲げ右脚足首を触りながらさらに《身体強化》を重ねがけし、すぐ真横に存在する壁、崖の壁面を上に力が向くように膝を伸ばして蹴り下に向かって飛び、
加速する視界と身体で何とか接近しルナちゃんを抱き抱える。



「僕がっ!守ってみせるっ!!」




そのまま重力に従い落下する感覚を味わう、
このまま落下すれば大怪我は免れないだろう。

しかしここは空中で何も出来ない。

せめて傷つかないようにと彼女を強く抱き締めた。

落下の恐怖に押しつぶされそうになり目を閉じようとした瞬間、黒い煙のようなものが僕達を覆った気がした。
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