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5うなされて目を覚まして

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 ミクは、終電がなくなる前に帰って行った。
 後片付けをして、っていうかほとんどレイジがやってくれたけど。
 交代でシャワーを浴びて寝たのは私が寝たのは12時頃だった。
 リビングで寝ましょうか、とレイジは言ったけれど私は少し起きていたかったし、寝室に布団を敷いた。 
 うめき声で目覚めたのは、夜中の2時過ぎ。

「……あ……やだ……」

 もぞもぞと私はベッドから這い出て、頭の上のスタンドの明かりをつける。
 レイジはうなされている様で、苦しげな顔をしているのがわかった。

「……ちが……と……る、さん、たすけ……」

 うめき声の間に、人の名前らしい響きを聞き取る。
 とおるさん。
 たぶん彼はそう言った。
 例の幼なじみのことだろうか。
 私は苦しげに呻く彼の身体を揺さぶった。

「レイジ君、レイジ君」

 レイジの身体を揺さぶっていた手をがっと掴まれる。

「あ……う……あ、こと……み、さん……?」

 どうやら目を覚ましたらしい。
 荒い息に、酷い汗。
 怖い夢でも見たのか。まるで子供みたいだけど……って子供か、たぶん彼は。
 掴まれた手はそのままで、彼は言った。

「……すみません、起こしちゃいましたね」

「ううん、それより大丈夫? だいぶうなされてたけど」

 そう問いかけると、彼は弱弱しく笑った。

「大丈夫です……その、すみません」

 けれど手は掴んだままだ。
 どうしようか。これ。

「お水、持ってくるね」

 私はそう言って、そっと、手を引き抜いた。
 やっと手を掴んでいたことに気が付いたらしいレイジは、あっという顔をする。

「すみません、本当に」

 そしてレイジは視線を逸らした。
 ちょっと掴まれていた手が熱く感じる。
 恋? まさか。
 あんな子供に。いや、いい子だけどさ。
 でも、年下すぎる。

 キッチンへと向かい、グラスにミネラルウォーターを入れる。
 寝室に戻ると、レイジが携帯電話を見つめていた。
 メッセージを読んでいるみたいで、その表情はちょっと辛そうだった。

「レイジ君?」

 声をかけると、はっとして、彼は携帯電話を背中にしまう。

「はい、これ」

 私は布団の横に座り、彼にグラスを差し出した。
 彼は軽く頭を下げて、ありがとうございます、と言った。
 軽く指が触れる。
 レイジはグラスに口をつけ、ごくごくと飲み込んだ。
 グラスの半分くらい入っていた水を飲みほして、レイジは大きく息を吐く。

「ねえ、レイジ君」

「はい」

 二重の大きな瞳が私を見つめる。

「何かあったの? 携帯見てたけど」

 すると、彼は視線を逸らした。

「……ずっと、電源切ってたんですが。
 電源入れたら、その、幼なじみからメッセージが来ていたので」

 それだけ言って、彼は押し黙る。
 そして首を振りにっこりと笑って見せた。

「大丈夫です。
 すみません、置いていただいているのにご心配をおかけして」

 その笑顔にちょっとだけどきりとする。
 ……ちょっとだけだよ? いや、ちょっとでもまずいよね。
 だって、相手はまだ子供なのに。

「……大丈夫ならいいけど。
 えーとね、レイジ君。
 話せないなら聞く気ないし。でも、うなされてたから」

「すみません。その……怖い夢を見たので。本当にすみません」

 そう言って、彼はぎゅっと布団を握りしめた。




 そのあと、彼がうなされることはなかった。
 朝8時。
 私が目を覚ますと、レイジが使っている布団はきちんと部屋の隅に畳まれていた。
 たぶん、私が彼より早く起きるのは不可能な気がする。
 仕事の日なら、私は6時半には起きるけど、たぶんきっと、レイジはそれよりもずっと早く起きるだろうなって思う。朝ごはんを作るために。
 私がリビングへと通じる扉を開けると、そこには座布団に座り本を読む彼の姿があった。
 レイジは顔を上げるとにこっと笑い、

「おはようございます」

 と言った。

「おはよう……」

「朝食、準備してあります。ご用意しますね」

 そう言って、彼は立ち上がりキッチンのほうへと向かって行った。
 私が洗面所で顔を洗い戻ると、リビングの座卓に朝食が用意されていた。
 ご飯に、味噌汁。鮭に、卵焼き。
 なんだろう。この旅館の朝食みたいなやつは。
 2人分用意されているってことは、レイジはまだ食べてないってことか?

「……何時に起きたの?」

「琴美さんよりは早くです」

 そう言って、彼は笑う。
 いや、そうじゃなくて。

「どれくらい?」

「そんなには早くないですよ」

 どうやら何時に起きたかは言わないつもりらしい。
 私に気を使わせないためか? 絶対私よりかなり早く起きているよね。
 読んでる本、ホームズだけど、昨日読んでた巻よりふたつは進んでるもの。
 釈然としないけれど、答えないなら仕方ない。
 私は手を合わせて、


「いただきます」

 と言って、彼が作ってくれたご飯に手を付けた。
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