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17 どうしよう
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その後、昴さんは子爵に報告に行った。
私は応接室でしのぶさんと狸と一緒にいたのでどんな話をしていたのかわからないけれど、戻ってきた昴さんいわく、狸がこの屋敷に通う許可がおりたらしい。
「もし、害があるようならまた僕が呼ばれるだけだよ」
そう昴さんが言うと、狸はぶるぶると首を横に振り、怯えた声で言った。
「そ、そ、そんなことしないです」
「あら、どういうことですの?」
しのぶさんは昴さんの仕事を知らないらしく、不思議そうな顔になる。
その問いかけに昴さんは答えず、しのぶさんに頭を下げた。
「では、僕たちはこれで」
「笠置様、事情はわかりませんがこの子がお世話になりました」
と言い、しのぶさんは頭も下げる。そして、私の方を向いて言った。
「かなめさん」
「え、あ、はい」
「お話、楽しかったわ。ありがとう。また会いにいらしてくださいね」
「あ……はい」
恥ずかしさに私は俯き、消え入る声で返事をした。
そんな風に人に言われた経験は殆どないから、どんな顔をしたらいいのかわからなくて私はもじもじしてしまう。
本気じゃないんだろうけど、でもそう言われるのは嬉しい。
昴さんを待つ間に、色々話をしたからかな……
昴さんとの関係を聞かれたけど、同居人、と言ったら婚約者ではないのかと言われてしまった。
私と昴さんはそんな関係じゃないし、そもそも身分が違いすぎる。
「帰ろう。夕食をとらないと」
言いながら、昴さんは私の腕にそっと触れてくる。
「あ……は、はい」
「あら、ご夕食まだでしたらご用意いたしましたのに」
そんなしのぶさんの声が背後から聞こえてくるけれど、すばるさんは振り返り言った。
「お気遣いありがとうございます。ですが時間も遅いですし、今日は帰ります」
張りつけたような笑みを浮かべて昴さんは言い、帽子を被る。
「あら、そうですか。では玄関までお送りしますね」
しのぶさんは狸を抱えたまま、立ち上がった。
しのぶさんと狸、そしてちょっと渋い顔をしている加賀子爵に見送られ、屋敷を後にした。
昴さんの屋敷の周りは商店街だから通りは賑やかだけど、この辺りは住宅街のためか人影は少ない。
月は出ていないみたいで、星が煌めいているのがわかる。
子供の頃、星座の話を聞いた気がする。
星と星を繋いで星座ができて、その星座ひとつひとつに物語があるって。
しばらくすると外灯の数も増えて、人通りが増えてくる。
夕食を食べるお店に向かいながら、私は少し前を歩く昴さんに尋ねた。
「昴さん」
「何」
「しのぶさんみたいに、相手があやかしでもあんな風にすんなり受け入れるとかあるんですか?」
「……なくはないよ。昔話にいくらでも、人ならざる者と暮らし子供をなす存在がいるじゃないか」
考えてみたら雪女って子供生まれていたような。
私が知らないだけで、あやかしと人の間に子供が生まれる事例はたくさんあるのかも。
「そ、そうですけど……あそこまですんなり受け入れる人、いるんだなって拍子抜けしたというか驚いたというか」
「あぁ、そうだね」
昴さんは言葉少なく答える。
どうも様子がおかしい。
狸から鬼の話を聞いた辺りから機嫌が悪いような気がする。
「昴さん」
「何」
「あの、狸さんが言っていた鬼って何者なんでしょうか」
「さあ」
狸は、その鬼の名前を知らなかった。
昴さんが子爵に話をしに行っている間に鬼について聞いたけどその外見しかわからなかった。
長い銀色の髪に紅い瞳。額に二本の角が生えた、美しい鬼。
「あの、狸さんは長い銀色の髪の、紅い目の鬼だって言ってました」
「あぁ、やっぱり」
……やっぱり?
昴さんにはその鬼が何者か、心当たりがあるんだろうか。
彼がまとう空気がとても怖い。
どういう言葉をかけたらいいかわからず、私は黙って彼の後を着いて行った。
「明日」
急に昴さんは立ち止まりこちらを振り返る。
帽子を被っているせいで表情はよく見えない。
「浅草に行こうと思う」
浅草……?
名前は知ってるけれど、行ったことはない。
たしかとても大きなお寺があってとても賑やかな場所だときいた。
「浅草……ですか……?」
「女の子が楽しめそうな場所みたいだから」
何があるんだろう……浅草。
知らない場所は少し怖いけどわくわくもする。
でも結構距離あるような……?
「どうやって行くんですか?」
「……電車かな」
電車……
乗ったことがない乗り物だ。
ど、どうしよう……何着ていこう……
美津子さんに相談しておけば良かった……!
明日、美津子さんいるかな……? 日曜だからお仕事に行くかな……
あ、行く前になんとか手伝って貰う……?
どうしよう……電車とか浅草とか何着たらいいのか全然わからない……
そんなことをぐちゃぐちゃと考えていると、昴さんが近寄ってきて私の顔を覗き込んできた。
「行こう。これじゃあ帰りが遅くなるから」
「あ、は、は、はい」
裏返った変な声で返事をして、私は顔が熱くなるのを感じながらいそいそと歩き出した。
夕食とお風呂を済ませて帰宅すると、昴さんはすることがある、と言って書斎に入っていった。
飲み物を用意するか聞いたけれど、いらない、と言われてしまったので私はひとり、自室にこもる。
寝間着に着替えて私は持っている服を並べた。
……どうしよう……明日……
ワンピースが数枚と着物、帯……そんなに数がない。
どれを着たらいいんだろう……
ワンピースのほうがいいのかな? それとも無難に着物……?
京佳さんと買い物行ったときに頼んだ着物、まだ出来てないし……
どうしよう……
髪の毛もどうしたらいいかわからない。今だってただ後ろで三つ編みにしているだけだ。
考えても答えが出るわけがなく、諦めて私は服をしまい、布団の中に潜り込んだ。
私は応接室でしのぶさんと狸と一緒にいたのでどんな話をしていたのかわからないけれど、戻ってきた昴さんいわく、狸がこの屋敷に通う許可がおりたらしい。
「もし、害があるようならまた僕が呼ばれるだけだよ」
そう昴さんが言うと、狸はぶるぶると首を横に振り、怯えた声で言った。
「そ、そ、そんなことしないです」
「あら、どういうことですの?」
しのぶさんは昴さんの仕事を知らないらしく、不思議そうな顔になる。
その問いかけに昴さんは答えず、しのぶさんに頭を下げた。
「では、僕たちはこれで」
「笠置様、事情はわかりませんがこの子がお世話になりました」
と言い、しのぶさんは頭も下げる。そして、私の方を向いて言った。
「かなめさん」
「え、あ、はい」
「お話、楽しかったわ。ありがとう。また会いにいらしてくださいね」
「あ……はい」
恥ずかしさに私は俯き、消え入る声で返事をした。
そんな風に人に言われた経験は殆どないから、どんな顔をしたらいいのかわからなくて私はもじもじしてしまう。
本気じゃないんだろうけど、でもそう言われるのは嬉しい。
昴さんを待つ間に、色々話をしたからかな……
昴さんとの関係を聞かれたけど、同居人、と言ったら婚約者ではないのかと言われてしまった。
私と昴さんはそんな関係じゃないし、そもそも身分が違いすぎる。
「帰ろう。夕食をとらないと」
言いながら、昴さんは私の腕にそっと触れてくる。
「あ……は、はい」
「あら、ご夕食まだでしたらご用意いたしましたのに」
そんなしのぶさんの声が背後から聞こえてくるけれど、すばるさんは振り返り言った。
「お気遣いありがとうございます。ですが時間も遅いですし、今日は帰ります」
張りつけたような笑みを浮かべて昴さんは言い、帽子を被る。
「あら、そうですか。では玄関までお送りしますね」
しのぶさんは狸を抱えたまま、立ち上がった。
しのぶさんと狸、そしてちょっと渋い顔をしている加賀子爵に見送られ、屋敷を後にした。
昴さんの屋敷の周りは商店街だから通りは賑やかだけど、この辺りは住宅街のためか人影は少ない。
月は出ていないみたいで、星が煌めいているのがわかる。
子供の頃、星座の話を聞いた気がする。
星と星を繋いで星座ができて、その星座ひとつひとつに物語があるって。
しばらくすると外灯の数も増えて、人通りが増えてくる。
夕食を食べるお店に向かいながら、私は少し前を歩く昴さんに尋ねた。
「昴さん」
「何」
「しのぶさんみたいに、相手があやかしでもあんな風にすんなり受け入れるとかあるんですか?」
「……なくはないよ。昔話にいくらでも、人ならざる者と暮らし子供をなす存在がいるじゃないか」
考えてみたら雪女って子供生まれていたような。
私が知らないだけで、あやかしと人の間に子供が生まれる事例はたくさんあるのかも。
「そ、そうですけど……あそこまですんなり受け入れる人、いるんだなって拍子抜けしたというか驚いたというか」
「あぁ、そうだね」
昴さんは言葉少なく答える。
どうも様子がおかしい。
狸から鬼の話を聞いた辺りから機嫌が悪いような気がする。
「昴さん」
「何」
「あの、狸さんが言っていた鬼って何者なんでしょうか」
「さあ」
狸は、その鬼の名前を知らなかった。
昴さんが子爵に話をしに行っている間に鬼について聞いたけどその外見しかわからなかった。
長い銀色の髪に紅い瞳。額に二本の角が生えた、美しい鬼。
「あの、狸さんは長い銀色の髪の、紅い目の鬼だって言ってました」
「あぁ、やっぱり」
……やっぱり?
昴さんにはその鬼が何者か、心当たりがあるんだろうか。
彼がまとう空気がとても怖い。
どういう言葉をかけたらいいかわからず、私は黙って彼の後を着いて行った。
「明日」
急に昴さんは立ち止まりこちらを振り返る。
帽子を被っているせいで表情はよく見えない。
「浅草に行こうと思う」
浅草……?
名前は知ってるけれど、行ったことはない。
たしかとても大きなお寺があってとても賑やかな場所だときいた。
「浅草……ですか……?」
「女の子が楽しめそうな場所みたいだから」
何があるんだろう……浅草。
知らない場所は少し怖いけどわくわくもする。
でも結構距離あるような……?
「どうやって行くんですか?」
「……電車かな」
電車……
乗ったことがない乗り物だ。
ど、どうしよう……何着ていこう……
美津子さんに相談しておけば良かった……!
明日、美津子さんいるかな……? 日曜だからお仕事に行くかな……
あ、行く前になんとか手伝って貰う……?
どうしよう……電車とか浅草とか何着たらいいのか全然わからない……
そんなことをぐちゃぐちゃと考えていると、昴さんが近寄ってきて私の顔を覗き込んできた。
「行こう。これじゃあ帰りが遅くなるから」
「あ、は、は、はい」
裏返った変な声で返事をして、私は顔が熱くなるのを感じながらいそいそと歩き出した。
夕食とお風呂を済ませて帰宅すると、昴さんはすることがある、と言って書斎に入っていった。
飲み物を用意するか聞いたけれど、いらない、と言われてしまったので私はひとり、自室にこもる。
寝間着に着替えて私は持っている服を並べた。
……どうしよう……明日……
ワンピースが数枚と着物、帯……そんなに数がない。
どれを着たらいいんだろう……
ワンピースのほうがいいのかな? それとも無難に着物……?
京佳さんと買い物行ったときに頼んだ着物、まだ出来てないし……
どうしよう……
髪の毛もどうしたらいいかわからない。今だってただ後ろで三つ編みにしているだけだ。
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