【本編完結】偽物の番

麻路なぎ

文字の大きさ
45 / 103

45 帰る家

しおりを挟む
 暑い。
 湿度が高くて、歩いているだけで汗が噴き出て着ているTシャツが肌に張り付いてくる。
 瀬名さんのマンションから駅までの道のりは歩いて十分弱、と言うところだろうか。
 途中の自販機でスポドリを買い、それの蓋を開けて中身を飲みながら車通りの多い通りを歩く。
 千早になんて言おう?
 ……下手に誤魔化すよりも、素直に言うほうがいいよなあ。どうせ、瀬名さんに会っていたことなんて匂いでわかるだろうし。
 スマホを握りしめ、画面を見つめる。
 真っ黒な画面にはもちろん何も映らない。
 あぁ、そうだ。
 瀬名さんにメッセージ送っておかないと。
 ……あの人、何考えてんだろ?
 どこまでが冗談で、どこからが本気なのかわからない。
 抱きたくなる、って本気かよ?
 俺、オメガじゃねーぞ。
 ……あ、でも、あの人オメガに興味ないんだっけ?
 面倒だとか言っていたような。
 あの人にも、運命の相手とかいるのかなあ。
 瀬名さんなら、なんだかわけのわからない力で、運命なんて断ち切りそうだな。
 運命かあ。
 ――運命を断ち切ることなんてできるんだろうか?
 宮田はそれを断ち切ろうと足掻いている。
 そして、千早も……なのかな。
 宮田だけが運命を断ち切り、千早だけが運命に縛られ続けるなんてこともあり得るんだろうか?
 もしそうなったら、千早はどうなるんだろう?
 ……今まで、運命なんて考えたことなかった。
 俺には関わりのないはずのものだった。
 なのに。
 俺の知らない運命の糸が、俺を絡め取ろうとする。
 そんなものに左右される人生なんて、俺はまっぴらなんだけどな。
 自分の運命くらい、自分で決める。
 そう思い、俺は左手の拳をぎゅっと、握りしめた。



 土曜日の昼間の駅前は人がとても多かった。
 人の波から逃げながら俺は、スマホを開き、メッセージアプリをタッチする。
 千早、今、どうしてるんだろう?
 時刻は十五時二十分。
 こんな時間にあいつとやり取りしたことなんてねえんだよな。
 かすかに震える指でスマホを操作し、俺は千早にメッセージを送った。

『今、家にいる?』

 とだけ書いて送ると、すぐに既読が付く。

『家で課題やってた。お前、バイトじゃないのか?』

 家にいるんだ。よかった。

『出てきたけど体調悪くなっちゃって』

『今どこだ、迎えに行く』

 あぁ、やっぱりそうなるんだな。
 とりあえず、いつもの東口のコンビニ前で待つことを伝えると、既読だけが付き返事は来なかった。
 たぶんきっと、今慌てて用意してんだろうな。
 想像すると、ちょっと笑ってしまう。
 俺は、コンビニ外の壁に背を預け、人の波を見つめる。
 人が多いな。
 親子連れ、学生の集団、カップル。
 彼らは楽しそうに通りを歩いて行く。
 俺と千早って、あんな風に幸せそうに見えるのかなあ。
 ……そもそも、明るい時間に手を繋いで歩くとかしてねえや。
 さすがに恥ずかしいし。
 しばらくぼんやりしていると、人の波の中から黒とグレーのTシャツを着た千早が見えた。
 彼は俺の姿を認めると、小走りに俺に近づいてきて、そして腕が伸びてくる。
 この暑い中、抱きしめられるのは嫌なんだけど?
 しかもここ、日中の駅前だぞ?
 
「……何があった?」

 耳元で聞こえた声が怖い。
 怒ってる? それとも、別の感情?
 これ、絶対匂いで何か察してるよな。
 俺にもアルファとかの匂いがわかればいいのに。
 俺には何にもわからない。

「と、とりあえず離せよ、恥ずかしいから」

 言いながら千早の胸を押すと、嫌そうな顔で離れて行く。
 さすがに俺は、人目を気にする。
 女子高生の集団が、キャーキャー言いながら通り過ぎていくのを見なかったふりをして、俺は千早に言った。

「過呼吸っていうの? それ起こして……それで、あの、瀬名さんがちょうどそばにいたから、休ませてもらってた」

 嘘をついても仕方ないので、オブラートに包みつつあったことを言う。
 すると、千早の表情は見るからに硬くなる。
 あ、やっぱり瀬名さんの名前には反応するよな。

「……一緒に、いたのか」

 感情を押さえようとしているのがひしひしと伝わる声で言われ、俺は無言で頷いた。

「そりゃ、バイト一緒だし。あの人、医学部の学生だし」

「何もされなかったか?」

 何もの範疇にもよるんですがそれは。
 抱きしめられたし、キスされたし。
 何もされなかった、とは言えない。
 嘘をつくの、苦手なんだよな……
 俺が黙っていると、千早の手が、俺の頬に触れる。

「顔色悪いな。帰ろう」

 帰る。
 どこに?
 千早の家か。
 今日は土曜日だ。
 千早の家に泊まる日。
 でも正直、今日はあんなことできる気はしない。
 とにかく今は横になりたい。

「とりあえず、俺、休みたい」

 もうおさまったと思ったのに、胸に痛みを感じる。
 何なんだろう、これ。
 
「琳太郎」

 手が背中へと回り、身体を引き寄せられてしまう。
 だから暑いし、ここは外だっての。
 そう思うものの言葉は出てこない。
 思った以上に俺、何か変なのかも。
 俺は、千早に支えられつつ、彼の家へと向かった。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

どっちも好き♡じゃダメですか?

藤宮りつか
BL
 俺のファーストキスを奪った相手は父さんの再婚相手の息子だった――。  中学生活も終わりに近づいたある日。学校帰りにファーストキスを自分と同じ男に奪われてしまった七緒深雪は、その相手が父、七緒稔の再婚相手の息子、夏川雪音だったと知って愕然とする。  更に、二度目の再会で雪音からセカンドキスまで奪われてしまった深雪は深く落ち込んでしまう。  そんな時、小学校からの幼馴染みである戸塚頼斗から「好きだ」と告白までされてしまい、深雪はもうどうしていいのやら……。  父親の再婚が決まり、血の繋がらない弟になった雪音と、信頼できる幼馴染みの頼斗の二人から同時に言い寄られる生活が始まった深雪。二人の男の間で揺れる深雪は、果たしてどちらを選ぶのか――。  血の繋がらない弟と幼馴染みに翻弄される深雪のトライアングルラブストーリー。

【完結】いばらの向こうに君がいる

古井重箱
BL
【あらすじ】ヤリチンかつチャラ男のアルファ、内藤は、上司から見合いを勧められる。お相手の悠理は超美人だけれども毒舌だった。やがて内藤は悠理の心の傷を知り、彼を幸せにしてあげたいと思うようになる── 【注記】ヤリチンのチャラ男アルファ×結婚するまではバージンでいたい毒舌美人オメガ。攻視点と受視点が交互に出てきます。アルファポリス、ムーンライトノベルズ、pixiv、自サイトに掲載中。

あなたは僕の運命なのだと、

BL
将来を誓いあっているアルファの煌とオメガの唯。仲睦まじく、二人の未来は強固で揺るぎないと思っていた。 ──あの時までは。 すれ違い(?)オメガバース話。

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

ノエルの結婚

仁茂田もに
BL
オメガのノエルは顔も知らないアルファと結婚することになった。 お相手のヴィンセントは旦那さまの部下で、階級は中尉。東方司令部に勤めているらしい。 生まれ育った帝都を離れ、ノエルはヴィンセントとふたり東部の街で新婚生活を送ることになる。 無表情だが穏やかで優しい帝国軍人(アルファ)×明るいがトラウマ持ちのオメガ 過去につらい経験をしたオメガのノエルが、ヴィンセントと結婚して幸せになる話です。 J.GARDEN58にて本編+書き下ろしで頒布する予定です。 詳しくは後日、活動報告またはXにてご告知します。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

処理中です...