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27それを目指す理由
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「ユリアンが楽しそうでよかった」
そうマティアス様が隣で呟く。
「そうですねえ」
初めての外国。初めての乗り物。きっと、ここはユリアンにとってはおもちゃ箱みたいな場所だろうな。私にとっても似たようなものだけれど。
私たちの目の前を手を繋いだ若い男女が通り過ぎていく。
夫婦……じゃない気がする。なんとなくだけれど。
親が若い頃は結婚前に男女が交際するなんて考えられなかったらしいけれど、今じゃ普通なんだよね。
兄なんて相当遊んでいるみたいだし。
私にはまねできないけど。だってどうせ別れるじゃない? 貴族王族なんて政略結婚当たり前だもの。
そうなったら付き合っていても別れなくちゃいけない。それってお互いに傷つくよねと思って私は誰とも交際できなかったなあ。周りは誰が好きとか、付き合って別れてとか結婚したいとか言っていたけれど。
「あんな風にお出かけとかちょっと憧れたな」
寄り添う男女を見送りつつ私が呟くと、マティアス様が、
「え?」
と言った。
「あの、恋人って言うんですっけ。結婚しないで誰かと付き合うっていうのにちょっとだけ憧れたんですよね。でも私は公女だし、政略結婚するものだと思っていたので……付き合うとかしませんでした」
でも縁談なんて一件も来ないから、好きなことをやろうと決めてその結果が今の神官見習いなんですけど。
「俺も同じこと思ってたなあ。兄に縁談はいろいろ来るのに俺には何にもなくて。ならいいやと好きなことしようって思ったな」
「許嫁のこと、もっと早く教えてくれていたらよかったのに。なんで黙っていたのでしょうね」
「そうだねえ。年に一度しか会わないっていうのも謎だし。何を考えていたのかわかんないな」
「賭けで許嫁って決めるってどうかしていると思うんですよね。父が勝って、マティアスさんと婚約ってことになったということですが、父が負けていたらどうなっていたんでしょうか? 父は何を賭けていたのか聞いていないんですよね」
マティアス様のお父様が勝ったらどうなっていたんだろう?
「……それは俺も知らないなあ」
まあ、ろくなものじゃないような気がするけれど。
「ねえ、エステルさん」
「はい」
「なんで、神官を目指してるの?」
「それは……デュクロ司祭様に出会ったからです」
自分の命を削って、人を救い続けている方。
だいぶお身体が弱っているのに、司祭様は活動をやめない。
デュクロ司祭に出会い、私の人生や価値観が変わったように思う。彼と出会わなかったら私は屋敷からでてここでひとり暮らしをしようなんて思わなかっただろう。
「癒しの司祭様か」
「はい。縁談もこないし学校卒業したらどうしようかな、と思った時、なら好きなことをやろうと思って。私にしかできないことがあるならそれをやりたい、と思ったんです。それが神官でした」
「君にしかできないことってなんなの?」
好奇心に満ちた瞳が私を見つめる。
そんな目で見つめられるとドキドキしてしまうんですが。
「近年では神様を信じる人ってとても減っていて、教会は結婚や葬式以外に出番が少なくなっています。でも日々の生活の中で悩みを抱えたときに相談にのることができるのが教会なんですよね。そういった悩みと向き合い、人々のお役にたちたいなと」
と、もっともらしいことを答える。
正直、それは私が神官を目指す理由の一面でしかないんだけれど。
たいていの人はこれで納得する。
マティアス様は小さく首を傾け、
「それだけ?」
と言った。
「そ、そ、それだけってどういうことですか」
「いや、なんだか模範解答みたいだなーと思って」
にこりと笑っておっしゃいますがけっこう突き刺さることをおっしゃっていませんか、マティアス様。
違う意味でドキドキしてきた。なにこれ、私、見透かされているの?
「も、模範解答とか変なこと言わないでください、本当のことですから」
「だって本音じゃないみたいで。まあ誰にでも言えないことってあるよね。俺だってまだ君に話していないことがあるし」
「そんなんじゃないですから」
私はさっとマティアス様から視線を外し、正面を見る。
この鼓動の音が聞こえているとか……ないよね。
私はちらりとマティアス様を見る。
彼は正面に視線を向けて、あ、と言った。
「ユリアンが戻ってきた」
たしかに彼が言うとおり、ユリアンが紙コップをふたつ握りこちらに小走りでやってくる。
「姉ちゃん、買って来たよ! マティアスさんも飲む?」
笑顔で言い、ユリアンは私たちに青い紙コップを差し出した。
「俺にも買って来てくれたの?」
「うん。何がいいかわかんないから無難そうなお茶選んできた! 俺はもう飲んできたから飲んで」
無邪気な笑顔で言うユリアンから、私たちは紙コップを受け取る。
「ありがとう、ユリアン」
「いえいえ」
ユリアンは私たちに紙コップを渡すと振り返って観覧車を見つめた。
「落ち着いたらあれに行こう! 楽しみだなあ。高い所から見える世界ってどんなだろう」
地上と違いなんてないと思うけれど、ユリアンは面白いことを考えるのね。
「俺が初めてあの観覧車に乗った時は、世界って広いなあ、と思ったよ」
そう呟いて、彼はお茶を飲む。
世界って広いかあ。
確かに世界は広い。この大陸にはたくさんの国があり、色んな髪や眼の色をした人が住んでいる。
人に害をなす魔物もまれに表れるし、獣人みたいな亜人も少ないけれどいる。
「俺が見ていた世界なんて本当に狭かったんだなーって思ったよ」
「マティアスさん、すごく難しいこと言うね。俺にはよくわかんないけど、高い所からの景色ってそんな風に価値観変わったりするんだね」
それはとても珍しい事案な気がするけれど、私は黙ってお茶を飲んだ。
ちょっと苦みのあるお茶は、私が普段飲むお茶とは風味が違う。
お茶を飲んでやっと落ち着いた私たちは観覧車へと向かった。
そうマティアス様が隣で呟く。
「そうですねえ」
初めての外国。初めての乗り物。きっと、ここはユリアンにとってはおもちゃ箱みたいな場所だろうな。私にとっても似たようなものだけれど。
私たちの目の前を手を繋いだ若い男女が通り過ぎていく。
夫婦……じゃない気がする。なんとなくだけれど。
親が若い頃は結婚前に男女が交際するなんて考えられなかったらしいけれど、今じゃ普通なんだよね。
兄なんて相当遊んでいるみたいだし。
私にはまねできないけど。だってどうせ別れるじゃない? 貴族王族なんて政略結婚当たり前だもの。
そうなったら付き合っていても別れなくちゃいけない。それってお互いに傷つくよねと思って私は誰とも交際できなかったなあ。周りは誰が好きとか、付き合って別れてとか結婚したいとか言っていたけれど。
「あんな風にお出かけとかちょっと憧れたな」
寄り添う男女を見送りつつ私が呟くと、マティアス様が、
「え?」
と言った。
「あの、恋人って言うんですっけ。結婚しないで誰かと付き合うっていうのにちょっとだけ憧れたんですよね。でも私は公女だし、政略結婚するものだと思っていたので……付き合うとかしませんでした」
でも縁談なんて一件も来ないから、好きなことをやろうと決めてその結果が今の神官見習いなんですけど。
「俺も同じこと思ってたなあ。兄に縁談はいろいろ来るのに俺には何にもなくて。ならいいやと好きなことしようって思ったな」
「許嫁のこと、もっと早く教えてくれていたらよかったのに。なんで黙っていたのでしょうね」
「そうだねえ。年に一度しか会わないっていうのも謎だし。何を考えていたのかわかんないな」
「賭けで許嫁って決めるってどうかしていると思うんですよね。父が勝って、マティアスさんと婚約ってことになったということですが、父が負けていたらどうなっていたんでしょうか? 父は何を賭けていたのか聞いていないんですよね」
マティアス様のお父様が勝ったらどうなっていたんだろう?
「……それは俺も知らないなあ」
まあ、ろくなものじゃないような気がするけれど。
「ねえ、エステルさん」
「はい」
「なんで、神官を目指してるの?」
「それは……デュクロ司祭様に出会ったからです」
自分の命を削って、人を救い続けている方。
だいぶお身体が弱っているのに、司祭様は活動をやめない。
デュクロ司祭に出会い、私の人生や価値観が変わったように思う。彼と出会わなかったら私は屋敷からでてここでひとり暮らしをしようなんて思わなかっただろう。
「癒しの司祭様か」
「はい。縁談もこないし学校卒業したらどうしようかな、と思った時、なら好きなことをやろうと思って。私にしかできないことがあるならそれをやりたい、と思ったんです。それが神官でした」
「君にしかできないことってなんなの?」
好奇心に満ちた瞳が私を見つめる。
そんな目で見つめられるとドキドキしてしまうんですが。
「近年では神様を信じる人ってとても減っていて、教会は結婚や葬式以外に出番が少なくなっています。でも日々の生活の中で悩みを抱えたときに相談にのることができるのが教会なんですよね。そういった悩みと向き合い、人々のお役にたちたいなと」
と、もっともらしいことを答える。
正直、それは私が神官を目指す理由の一面でしかないんだけれど。
たいていの人はこれで納得する。
マティアス様は小さく首を傾け、
「それだけ?」
と言った。
「そ、そ、それだけってどういうことですか」
「いや、なんだか模範解答みたいだなーと思って」
にこりと笑っておっしゃいますがけっこう突き刺さることをおっしゃっていませんか、マティアス様。
違う意味でドキドキしてきた。なにこれ、私、見透かされているの?
「も、模範解答とか変なこと言わないでください、本当のことですから」
「だって本音じゃないみたいで。まあ誰にでも言えないことってあるよね。俺だってまだ君に話していないことがあるし」
「そんなんじゃないですから」
私はさっとマティアス様から視線を外し、正面を見る。
この鼓動の音が聞こえているとか……ないよね。
私はちらりとマティアス様を見る。
彼は正面に視線を向けて、あ、と言った。
「ユリアンが戻ってきた」
たしかに彼が言うとおり、ユリアンが紙コップをふたつ握りこちらに小走りでやってくる。
「姉ちゃん、買って来たよ! マティアスさんも飲む?」
笑顔で言い、ユリアンは私たちに青い紙コップを差し出した。
「俺にも買って来てくれたの?」
「うん。何がいいかわかんないから無難そうなお茶選んできた! 俺はもう飲んできたから飲んで」
無邪気な笑顔で言うユリアンから、私たちは紙コップを受け取る。
「ありがとう、ユリアン」
「いえいえ」
ユリアンは私たちに紙コップを渡すと振り返って観覧車を見つめた。
「落ち着いたらあれに行こう! 楽しみだなあ。高い所から見える世界ってどんなだろう」
地上と違いなんてないと思うけれど、ユリアンは面白いことを考えるのね。
「俺が初めてあの観覧車に乗った時は、世界って広いなあ、と思ったよ」
そう呟いて、彼はお茶を飲む。
世界って広いかあ。
確かに世界は広い。この大陸にはたくさんの国があり、色んな髪や眼の色をした人が住んでいる。
人に害をなす魔物もまれに表れるし、獣人みたいな亜人も少ないけれどいる。
「俺が見ていた世界なんて本当に狭かったんだなーって思ったよ」
「マティアスさん、すごく難しいこと言うね。俺にはよくわかんないけど、高い所からの景色ってそんな風に価値観変わったりするんだね」
それはとても珍しい事案な気がするけれど、私は黙ってお茶を飲んだ。
ちょっと苦みのあるお茶は、私が普段飲むお茶とは風味が違う。
お茶を飲んでやっと落ち着いた私たちは観覧車へと向かった。
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