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第3話 第一部 2・茜色フレームのバイリンギャル?
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「明日、8時集合はいいよね。きみ、朝は強い? 目覚ましは持ってる?」
山口美優がバインダーにはさんだプリントを見ながら言った。一本にまとめた髪が左肩の下で少しだけ揺れている。
「朝は大丈夫です。下宿の婆さんはやたら早く起きるから」
「場所、分かんないんだったよね。」
角張ったあかね色のメガネフレームの奥から、真っ直ぐな瞳が僕を捉えている。
「いや、あのー、武部と一緒に行くことになったので」
「武部……、あー、テニス部も明日試合だったねー。武部君って、よく練習に顔出すおしゃべりな子だよね。あれ、確か卒業したあの武部美由起さんの弟だとか聞いたなあ……。テニス部だったの? おんなじ中学?」
「いや、僕は岩内から来たんで知ってる人はいないんです。武部は同じクラスで、なんか、何故かそういうことになって」
「イワナイ? 北海道あんまり詳しくないんだ」
「あの、泊原発って知ってますか? 積丹半島の西側の?」
「あ、あっちの方なの。そんなに遠くないよね。」
「札幌からちょうど100㎞ぐらいです。車だと2時間くらい」
「港町? 魚とか、ウニとかアワビとか採れる?」
「はい。寿司屋でうまい店ありますよ。友達のオヤジがやってるんです」
「へー、いいね。行ってみたい。海の町っていいよね!」
「ちっちゃい町ですよ」
「兄貴、車買ったばっかりだから行きたがるな、きっと。」
兄貴という古くさい言い方が、かえって新鮮に聞こえた。そして、兄妹でドライブに行くという映画の一場面のような姿を僕はどうしても想像できなかった。
「明日は第2コーナーの芝生席にテント張ることになるから、そのあたりに来ればいいよ。」
「第2コーナーって、ゴールの向かいのあたり?」
「そーだ、陸上は初めてだったんだよねー。でも、体育の授業とかで知ってるでしょ。リレーの第2走者のあたり。わかる?」
彼女は出来の悪い生徒に丹念に教え込んでくれる先生のようだ。
「大丈夫です。」
「本当? じゃあ、帰りに持って行くもの分担するから。まだわからないことがあったらその時必ず聞いてよ。練習の後、器具室でね。今日の練習は軽く終わるから、5時には帰れるよ。」
「ミーティングとかやらないんですか?」
「そういうのしないの、ここは。エントリーシートに要項がついていたでしょ。しっかり読んどいて。ほかは、あと、なんか心配なことない?」
「いや-、大丈夫だと思います。わざわざありがとうございました。」
「新人には優しくすることにしてるから。最初だけ。次の試合からはもうないから。しっかり今のうちに覚えて。じゃね。……ああ、学生服、かっこいいよ。」
バインダーを左手で抱え、膝から下を振り出すような歩き方で山口美優が出て行った。新人に対する優しさと思えばいいのか、マネージャーとしての義務を果たしただけなのか。昼休みの忙しい時間に教室まで連絡に来てくれたことに、僕は少しの戸惑いを感じていた。
何かを隠し持っているような表情の人たちを今までたくさん見てきた。その人たちはみんな視線が大きく動いていた。話のたんびに作り笑いをしたり、わざと難しい顔をしたりする。でも山口美憂は全く違った。こちらの目の奥をのぞき込むような、いや、僕の頭の中に入り込んで会話しているような、そんな話し方をした。
「あんたはどんな世界で生きてきたのさ」
僕は彼女の後ろ姿に無言でそう問いかけていた。
山口さんと入れ替わりに教室の前のドアから武部が顔を出した。小さな頷きを繰り返し、ニヤニヤしながら近づいて来る。
「おい。おいおい、デートに誘われた?」
武部は丸めて持っていた雑誌のようなもので脇腹を突っついてきた。
「なに言ってんの!」
「3年のバイリンギャル山口さん、いいよなー理知的でさ。」
「リチテキ?」
「いいよなー陸上部。素敵だなー。なんか、いかにも頭良さそうって感じだなー。ああいうシンメトリーを保った顔ってなかなかいないんだって。本当の美形だってことだよなー」
「シンメトリーとか理知的とか、お前、かっこいい言葉知ってんな」
「なんかボクの名前が聞こえたような気がしたんだけど?」
武部はわざとらしく「ボク」を強調して言った。
「お前のこと覚えてたよ。おしゃべりな男の子だってよ!」
「あたー、やっぱ、山口さんもマッチョが好きなんだなー」
「違うって!」
「カナダで長い間暮らしてるとさー、ボクみたいな日本的イケメンは好みじゃなくなるのかなー?」
「カナダ? ……なんでお前、そんなことばっかり詳しいのさ。」
「今ね、南ヶ丘コレクションを収集中。山口さんは当然第一番目に入れてある。」
「いつそんなことしてんの。よくそんな時間あるよな。」
「もてる男というのはねー、こういう手間は省かないものなんだよ。覚えておきたまえ、野田君」
人差し指で掛けてない眼鏡を上げるような仕草をしながら言った。
「だれの真似よ。変なやつ」
こんな気取った言い方も、武部だと笑っていられる。そして、なぜだかこいつは本当に女の子にもてる。
山口美優がバインダーにはさんだプリントを見ながら言った。一本にまとめた髪が左肩の下で少しだけ揺れている。
「朝は大丈夫です。下宿の婆さんはやたら早く起きるから」
「場所、分かんないんだったよね。」
角張ったあかね色のメガネフレームの奥から、真っ直ぐな瞳が僕を捉えている。
「いや、あのー、武部と一緒に行くことになったので」
「武部……、あー、テニス部も明日試合だったねー。武部君って、よく練習に顔出すおしゃべりな子だよね。あれ、確か卒業したあの武部美由起さんの弟だとか聞いたなあ……。テニス部だったの? おんなじ中学?」
「いや、僕は岩内から来たんで知ってる人はいないんです。武部は同じクラスで、なんか、何故かそういうことになって」
「イワナイ? 北海道あんまり詳しくないんだ」
「あの、泊原発って知ってますか? 積丹半島の西側の?」
「あ、あっちの方なの。そんなに遠くないよね。」
「札幌からちょうど100㎞ぐらいです。車だと2時間くらい」
「港町? 魚とか、ウニとかアワビとか採れる?」
「はい。寿司屋でうまい店ありますよ。友達のオヤジがやってるんです」
「へー、いいね。行ってみたい。海の町っていいよね!」
「ちっちゃい町ですよ」
「兄貴、車買ったばっかりだから行きたがるな、きっと。」
兄貴という古くさい言い方が、かえって新鮮に聞こえた。そして、兄妹でドライブに行くという映画の一場面のような姿を僕はどうしても想像できなかった。
「明日は第2コーナーの芝生席にテント張ることになるから、そのあたりに来ればいいよ。」
「第2コーナーって、ゴールの向かいのあたり?」
「そーだ、陸上は初めてだったんだよねー。でも、体育の授業とかで知ってるでしょ。リレーの第2走者のあたり。わかる?」
彼女は出来の悪い生徒に丹念に教え込んでくれる先生のようだ。
「大丈夫です。」
「本当? じゃあ、帰りに持って行くもの分担するから。まだわからないことがあったらその時必ず聞いてよ。練習の後、器具室でね。今日の練習は軽く終わるから、5時には帰れるよ。」
「ミーティングとかやらないんですか?」
「そういうのしないの、ここは。エントリーシートに要項がついていたでしょ。しっかり読んどいて。ほかは、あと、なんか心配なことない?」
「いや-、大丈夫だと思います。わざわざありがとうございました。」
「新人には優しくすることにしてるから。最初だけ。次の試合からはもうないから。しっかり今のうちに覚えて。じゃね。……ああ、学生服、かっこいいよ。」
バインダーを左手で抱え、膝から下を振り出すような歩き方で山口美優が出て行った。新人に対する優しさと思えばいいのか、マネージャーとしての義務を果たしただけなのか。昼休みの忙しい時間に教室まで連絡に来てくれたことに、僕は少しの戸惑いを感じていた。
何かを隠し持っているような表情の人たちを今までたくさん見てきた。その人たちはみんな視線が大きく動いていた。話のたんびに作り笑いをしたり、わざと難しい顔をしたりする。でも山口美憂は全く違った。こちらの目の奥をのぞき込むような、いや、僕の頭の中に入り込んで会話しているような、そんな話し方をした。
「あんたはどんな世界で生きてきたのさ」
僕は彼女の後ろ姿に無言でそう問いかけていた。
山口さんと入れ替わりに教室の前のドアから武部が顔を出した。小さな頷きを繰り返し、ニヤニヤしながら近づいて来る。
「おい。おいおい、デートに誘われた?」
武部は丸めて持っていた雑誌のようなもので脇腹を突っついてきた。
「なに言ってんの!」
「3年のバイリンギャル山口さん、いいよなー理知的でさ。」
「リチテキ?」
「いいよなー陸上部。素敵だなー。なんか、いかにも頭良さそうって感じだなー。ああいうシンメトリーを保った顔ってなかなかいないんだって。本当の美形だってことだよなー」
「シンメトリーとか理知的とか、お前、かっこいい言葉知ってんな」
「なんかボクの名前が聞こえたような気がしたんだけど?」
武部はわざとらしく「ボク」を強調して言った。
「お前のこと覚えてたよ。おしゃべりな男の子だってよ!」
「あたー、やっぱ、山口さんもマッチョが好きなんだなー」
「違うって!」
「カナダで長い間暮らしてるとさー、ボクみたいな日本的イケメンは好みじゃなくなるのかなー?」
「カナダ? ……なんでお前、そんなことばっかり詳しいのさ。」
「今ね、南ヶ丘コレクションを収集中。山口さんは当然第一番目に入れてある。」
「いつそんなことしてんの。よくそんな時間あるよな。」
「もてる男というのはねー、こういう手間は省かないものなんだよ。覚えておきたまえ、野田君」
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「だれの真似よ。変なやつ」
こんな気取った言い方も、武部だと笑っていられる。そして、なぜだかこいつは本当に女の子にもてる。
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