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第12話 第一部 11・ これが陸上部の新しい練習?
しおりを挟む沼田先生の練習方法が変わった。
1年生に対して新しいやり方をしているのだという。3年生は残り三ヶ月を自分のやり方で通すのに対して、1、2年生は体力的な弱さを改善させたいのだという。南が丘の生徒は中学まで勉強にかけてきた時間が非常に長い。他のスポーツが盛んな私立高校に比べると二倍も三倍もの時間になるという。とすれば、いきおい体を動かしてきた時間、運動に費やしてきた時間は短い。
陸上という競技の特殊性から、初期のころだと一つの競技に特化してしまうと、他の動きはできなくとも記録を伸ばすことができる。
例えば、走り高跳びなどは自分の持っているジャンプ力と体重の軽さだけで勝負できていた。ただしそれは、中学の段階までで、それ以上の段階になってからはトレーニングを積み重ねるしかない。学校の運動会で足の速いやつや、より高く跳べるやつがそのまま試合に出て、持っていた能力だけで成功した人たちが多いのだ。もちろん、山野紗希のように全国大会まで進んだ運動のエリートもいる。だが、中学の陸上はどちらかといえば練習しなくても結果を出せるスポーツだったと言えなくもない。
高校になると積み上げた練習の成果は大きな差となって現れ、その最も大きな差は一人一人の体力の差となって現れる。南ヶ丘高校陸上部では、本格的な部活動のためにまずは体力づくり、そして動きの基本を徹底させて、自分の体に正しい動きを身に着けさせることが必要なのだ。沼田先生はそう考えているのだと、マネージャーの山口さんがいつものように丁寧に教えてくれた。
次の日はそのことを自分の口ではっきりと伝えていた。
「ちょっとな、おまえ達の基礎体力のなさが気になる」
「なんのことっすか」
坪内さんの反応がやたらと速い。頭の回転が僕らより速いのか、考える前に口に出てしまうのか。多分その両方に違いない。
「おまえたちさ、縄跳び何回できる?」
「なんっすか、いきなり」
「いいから、何回できる?」
「先生、そんなのみんな数えたことないですよ普通」
1、2年生とは別メニューで、ハードルを並べていた三年の山野憲輔さんが少しあきれたような言い方をした。
「二重跳びは? できるか?」
「そのくらいできますよ。小学校の時毎日やらされてましたから」
妹の山野紗紀が兄以上にとんがった言い方をした。
「ほら」
沼田先生が後ろに置いてあったスポーツ店のロゴが入った大きなビニール袋を開けると、カウンター付き縄跳び用の縄が幾つか出てきた。
「じゃあ、みんなでやってみようか」
沼田先生はからかうような言い方をしている。
この日は練習開始と共に縄跳び大会になった。
「二重跳び、片足跳び、ランニング縄跳び、そして両足跳び……ツーステップなんかダメだぞ。ほらボクサーがやるような片足二回ずつのリズム跳びとか、とにかくいろんな跳び方で一人2000回は跳べ。途中で止まんないでだぞ」
縄跳びは単調な今までの練習と違って楽しくできるが、2000回は半端な数ではない。
高跳び一本にかけているはずのタクがはじめにギブアップした。女の子より先にダウンしてしまったのだ。五カ所に分かれてやっても全員が跳び終わるのには一時間もかかってしまった。明日からこれをウオーミングアップに組み込んでやることになった。ちょっと面白くなってきたと僕は感じていた。
次の日は縄跳びの後、1、2年生だけを集めた。3年生には自分の競技の練習をさせている。
「逆上がりがまだ出来ないやつはどのくらいいるんだ?」
沼田先生は幅跳び用の砂場の近くにある鉄棒のところまで来るとそう聞いた。
「小学校の体育の時間にやらされたよな」
「あの、なんか変な湾曲した板みたいの使わなかった」
「公園でみんな練習してたよな」
「私たちは、できない子だけ朝練させられたよ」
みんな遠い昔のことのように話し始めた。何人かの手が上がった。その中には野田タクも入っていた。
「なんだよタク、逆上がりできねえのかよ」
坪内さんの口撃が開始された。
「いや、そんなの出来たって、なんもいいことないじゃないすか」
「それは出来ないやつのいいわけでしかありませんよ。タクちゃん」
「じゃあ坪内さんは出来んでしょうね」
「当然でしょ。逆上がりぐらい出来ないで、陸上部っていえますかって」
坪内さんは自慢げにそう言って、左端の低い鉄棒に向かった。
「いや、いやちょっと待ちな」
沼田先生が坪内さんを止め、右端にある一番高い鉄棒の下に行った。
「ここで逆上がりが出来るようになれ」
沼田先生は軽くジャンプして鉄棒にぶら下がると、そのまま両足を上げていき少し出てきたおなかをバーに引き寄せて、腕の力で自分の体をグイと持ち上げるようにして回った。そして、鉄棒の上から言った。
「こんなふうにな、ぶら下がった状態から逆上がりするんだ」
「ムリ!」
「できねー」
「体育の先生じゃないんだから」
「できっこないよ」
「ムリムリ」
誰もがそんな逆上がりをしようと思ったことはないと強く拒否した。まして、自分の背丈より高い鉄棒に触ったこともないという。
「野田。ケンのほうな。やってみろ。出来るだろう。お前は」
鉄棒は得意だった。小学校の頃は、休み時間にはいつも校庭の鉄棒で遊んでいた。みんなで競っていろんな技に挑戦した。自分が出来ない技があると悔しくてしょうがなかった。だから、家に帰る前には何度も何度も練習した。手の皮がめくれて血がにじんでも、自分が出来ないことが悔しくてしょうがなかった。だんだん握力がなくなってきて振り跳びの最中に落下して地面にたたきつけられたことも何度かあった。
「えー、やっぱお前は出来んのか」
みんなの注目の中、僕は鉄棒にぶら下がり、沼田先生がやったように静止した状態から両足を鉄棒にくっつく位置まで上げてから腕の力で体を持ち上げ、鉄棒の上からみんなを見下ろした。
「すげー」
「やっぱな」
拍手が湧いた。こんなことぐらいで拍手されるとは思っていなかった。
「さあ、出来ることがわかったんだから、お前達も練習、練習。まあ、すぐには出来ないやつが多いだろうから、ちょっと低いのでやってみな。それも難しいものは、い・ち・ば・ん低いので助走をつけてやってみようか」
沼田先生はそうやって挑発しながら楽しんでいるようだった。
それから何日かの間、陸上部員たちは砂場のあたりで小学生の頃のように鉄棒に苦しめられることになった。
ほかの部活の生徒達は不思議なものを見るように遠くからそれを眺め、そして、隠すことなく笑っていた。
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