「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

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第30話 第二部 1・祖父 野田謙蔵

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『ノダケン』 第二部 ~野分の朝(あした)~


 <第一部のあらすじ>
野球少年だった野田賢治は家庭での居場所を見つけられずに祖父母と一緒に暮らしていたが、札幌の南ヶ丘高校に「まぐれ」で合格してしまう。そして、それまで夢中になっていた野球をやめ「自分だけの時間」を求めて陸上部に入部することにした。札幌の高校で埋没してしまうことなく生きていこうとする野田賢治は、制服のないこの学校に「学生服」を着て登校する。陸上部の沼田先生とその妻である清嶺高校の上野先生の指導を受けて混成競技に挑戦することになった彼は、次第に周りも驚くような力を発揮し始めた。優秀な周りの生徒から刺激を受けながら、そして異質な存在である彼の方も周りに大きな影響を及ぼしながら互いを深める時間を送っていた。
そして……野田賢治の知られていなかった部分が、次第に明らかになっていく……。


第30話 第二部 1・祖父 野田謙蔵

中川健太郎と二人で山鼻整形外科医院に行くことになった。受診するわけではない。昼食に招かれたのだ。全市大会の会場となった厚別競技場まで一緒に行ったことをきっかけに、健太郎と一緒に行動することが多くなっていた。
今日は、全道大会前の一段落の頃を見計らって、ということで山野兄姉の父親である山鼻外科医院院長が招待してくれたのだ。

入院施設を併設し、年中病院から離れることのできない院長は、職員の家族や子供たちのために庭でバーベキューをするのを恒例行事にした。中川健太郎は小学校の頃から何度も招待されているらしく、丹野のばあさんは中川内科胃腸科医院と山鼻整形外科医院とが昔から仲の良い間柄にあることを何度も何度も話してくれた。
「内科と外科でうまくいっているのですよぉ。そのうちぃ総合病院になるかもしれないわよねぇ」という話までを何時もの様にたっぷりと時間をかけて丁寧に話して聞かせてくれた。

山野院長は小柄だがガッチリとした体躯を持ち、太くまっすぐな眉に子供たちと同じ切れ長の目をしていた。
「外科医は判断力と度胸が大切ですぅ。山野さんの院長にはそれがあるからぁ外科として成功してるんですよぉ」
というのが丹野のばあさんの評価だ。
「院長は九州の人だからぁ、肝が据わってるんですよぉ」
という発言も、彼女の天孫降臨以来の日本人論に近い判断のようだ。
「所詮、北海道は蝦夷の国なのだからぁ……」
そんな言葉がいつか彼女の口から出てくるんじゃないだろうかと思っている。

「おおっ、健太郎、まーた背伸びたな。80超えたか?」
近づいてきた山野院長は中川健太郎の肉親のような言い方をした。
「……うん……」
健太郎がちょっとだけ頭を下げた。
「君が、野田くん?」
「はい、お邪魔してます。今日はごちそうになります」
「ほー、行儀良いね。丹野さんにしっかりと躾けられてるのかな」
「はい、もー、たっぷりと」
「ふふふ、そうだろうね。孫ができたみたいで丹野さんも嬉しいだろうね。で……君は『ノダケン』と呼ばれてると聞いたけど?」
「なんか、そうみたいです」
「岩内だって?」
「はい」
「岩内で『ノダケン』と言ったら、野田謙蔵さんのことじゃないのかい?」
「それは僕の祖父のことです」
「そう、やっぱり! そうかい!」
「知ってるんですか?」

「うちの祖父がお世話になったことがあるらしい。もうずいぶん前に死んだけどね」
「船ですか?」
「いや、炭鉱さ」
「炭鉱?」
「正確に言えば、野田謙蔵さんのお父さん。君にとっては曾祖父に当たる人なんだろうけど、野田謙輔さんに命を助けてもらったらしい。」
「ひい爺さんですか。ひい爺さんは岩内の網元だったはずです」
「そう! その網元の野田謙輔さんと君のお祖父さんの野田謙蔵さんが、うちの祖父の命を救ってくれたんだよ!」  

「丹野さんから、山野さんの家は九州の出身だと聞いてたんですけど」
「そう。そうなんだ。筑豊でね、炭鉱にいたんだ。聞いたことあるだろ、筑豊炭田。そこからね、いろいろまずいことがあって、北炭夕張に流れてきた。当時の炭鉱にはいろんな手を使って金を巻き上げるやつらが入り込んでいたんだな。」
「夕張ですか?」
「そう、うちの祖父はそんなのに引っかかって、筑豊から逃げてきたんだけど、やっぱりこっちでも同じで、生きるの死ぬのって場面になっちまったんだとさ。そして、その時、ノダケンさんとその父親、つまり君のお祖父さんとひい祖父さんに助けられたんだそうだ。」
「でも、夕張じゃ……」
「そう、そうなんだよ。そんなこんなでさ夕張からね、岩内まで逃げたらしいんだ。当時は岩内まで汽車走ってたからね。当時の網元って言ったら、やくざものより力が強かったそうだから、何等かの手を打ってくれたんだな。だから、きっと全道的にも顔が売れてたんだろうね。それでも、相手だってただで済ませるわけはないから、それなりの出費もあったんだろう。そうして、うちの祖父は命を拾ってもらった。だから命の恩人と言うことになるし、私自身もそういう助けがあったからこそ生まれてきたわけだ。すごいことだよね。でね、うちの「憲輔」は君のひい祖父さんの名前と同じだろう。祖父がどうしてもって、つけさせてもらったんだ」
「……そうなんですか」

山野院長の話は面白がらせようとか、場を盛り上げようとか、そんな感じの話し方ではなかった。
「謙蔵さんは、今は?」
「……祖父さんはもうあんまり長くは生きられないようです。」
「検査したのかい?」
「2年前から、何度か手術を繰り返しています」
「癌か?」
「去年は腎臓を摘出してます。」
「胃は?」
「膀胱らしいです」
「そうか?」
山野院長は何かを計算するような目をした。

「君のお父さんは同居してるのかな?」
「いや、親父は別のところで」
「一緒にいるのはおばあさんだけ?」
「週に何回か家政婦の人が来るみたいですけど」
「どこの病院で手術したかわかる?」
「小樽病院でした」
「第1病院?」
「はい」
「そうか。……でも、元々が強い人だと聞いているから、そう簡単に病気には負けないはずだな。そのうちちょっと挨拶に行ってみるよ」
「……」

厚別競技場での全市大会が終わった日に継母からもらった連絡のあと、祖母に電話を掛けた。祖母はいつもと変わらないのんびりとしたしゃべり方だった。

「なーんもー、心配することなんかねえって。じいちゃんなんかよ、いっつも通り。三食ともぺろっとご飯食べきってるし、顔も自分で洗って、病院の中をさ暇そうにぶらぶら歩きまわってるから、まだそんなに急いで逝くわけねえからな……。病院の中にいたってさ、入院してんのはみんな昔の仲間ばっかしだからさ、なんも寂しいことねえしよ……」
いつもと変わらないのんびりとした祖母の話し方が、何かかえって不自然に感じられた。それでも、今自分が見舞いに行くなんてことを祖父も祖母も望んでいない、と暗に言っていることは伝わってきた。競技の結果を聞いて喜んでいた祖母は、祖父にそのことを何度も話して聞かせるに違いなかった。
顔を見せに行くよりも、自分が頑張っていることをこうやって間接的に聞くことの方を祖父も望んでいるはずだ。そう自分自身に言い聞かせて電話を切ったのだった。

山野医院での昼食会は職員も家族も一緒になって楽しい雰囲気のまま終わった。僕の中では、自分の知らないことばかりを知らされる日となった。「ノダケン」という名前は岩内だけでなくいろいろなところでその力を発揮していたことを知った。祖父だけでなく曾祖父もが「ノダケン」として、他人の生き死にまで関わる力を持っていたことを知った。自分の家の持つ力が、実は今も自分の生活に大きな影響を与え、自分の生活を作ってくれていることを知った。
自分は、実は何もできずに誰かの手の中で走り回っていたのだ。1人でアパート暮らしをするつもりだなど、思い上がりも甚だしく、自分の知らないところでちゃんと大人たちが準備してくれていることを知らないまま生きていただけなのだ。
陸上の大会でどんなにすばらしい結果を出したとしても、それは生活を支えてくれていた祖父やその他の自分を取り巻く大人たちのおかげでしかないのだ。自分の力なんてまだほんのちっぽけなものでしかなく、彼らが作ってきた歴史や人脈に比べられるものではなかった。結局、今、自分がこの場所で楽しくしていられるのも祖父や曾祖父の築いてきた信用の上に成り立っていたのだ。自分自身の手で勝ち取ったものなど何一つ存在しないのだった。


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