「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

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第40話 第二部 10・マンナン

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道は間違っているはずもなく予定通りに食べ放題の店に到着した。野田賢治にとっては札幌に来て初めての外食となった。丹野のばあさんはどんなときでもしっかり食事を作ってくれるから、外食などする必要はなかったのだ。山野医院のBBQパーティーと旭川の全道大会での旅館以外では、初めての丹野美智子作ではない食事となったのだ。

先に到着していた1年生の仲間たちと合流すると、なぜかその中に清嶺高校陸上部の中島瑠璃と千葉颯季とがいた。同じ1年生として学校は違っても仲の良くなった2人が参加しているらしい。
中島瑠璃は100mでそして千葉颯季は400mリレーで全道大会に出場していた。今日は2人とも私服で来ていたので、すぐには2人に気づかなかった。そして、野田賢治自身はいつもの通学と同じように学生服姿だった。

「フレンチも中華もイタリアンもあるからね、期待してて!」
そう言う言葉に誘われたのだったが、「イタリアン」という言葉からスパゲティーとピザしか連想できなかった。「食べ放題」「イタリアン」「フレンチ」という言葉は、彼にとってきらびやかな宝石に匹敵するものですらあった。今まで「食べ放題、バイキング、ブッフェ……」という食事のスタイルはテレビで見たことがあるだけだったのだ。
そのため何かしっかりした服装でいかなければいけないのだろうという緊張感から、いつもの学生服にしっかりとブラシをかけシワを伸ばした。襟のカラーも新品に取り換え、スニーカーの汚れも、使い古しの歯ブラシを使ってしっかりとこすり洗いをしてきたのだ。

千葉颯季が大きな目を見開くように言った。
「野田君、本当に学生服着てるんだ。うちの学校でも評判だよ。休みの日でも着るんだ」
本当にジャージ以外の私服はないのだ。
「なんか、変ですよね」
「目立つ、目立つ! どこにいてもすぐわかるからいいよねー!」
中島瑠璃は意外と軽い調子の話しかたをする。山野沙希は中学の時から強化合宿などで一緒だったことから中島瑠璃とは付き合いが深く、その性格もよく知っていた。

「ねえ、瑠璃、野田君ね、私服持ってないから、私たちで買ってあげない?」
「あー、いいかも」
「このあとちょっと内緒で付き合って」
「いいよ、ちょうどうちのチャピチャンの服買ってあげようと思ってお金持ってきたし」
「チャピチャン?」
「うちの犬。デブデブのダメ犬でさ、お母さんが散歩連れて行くのに服着せたいって言うんだ。でも、うちの周りなんか空き地がいっぱいなんだから放し飼いできる位なんだよー」

石狩から通って来ている中島瑠璃は100m走で一年生ながら全道大会で5位に入賞した。札幌の陸上関係者からも大きな期待を寄せられている。その点では山野沙希と中島瑠璃は特別な存在だ。そしてこの2人、その走るスピードと同じようにあっという間に決断し、いつまでも止まらずに話し続けるという点でも同じタイプの存在だった。誰もこの2人の話には口を挟めない。

中川健太郎と同じ長距離の今野康治、100mの相沢圭介と樋渡貴大の男3人がトレーにのりきらないほどの食べ物をのせて戻ってきた。健太郎以外は皆、眼鏡をかけ頭髪の裾を刈り上げた髪型、通称「坊ちゃん刈り」の小柄な奴らだった。健太郎の180センチの身長が異常に大きく感じるほどに彼らの背丈は発育途上だった。

「ノダケンは……」
ピザにかぶりつきながら話しかけてきたのは、中でも1番小さな体つきの樋渡貴大だ。
「岩内だったよな。」
「うん、そうだけど?」
「岩内ったら、やっぱ、魚ばっか食ってたの?」
「魚ばっかりってことはないけど、たぶん君たちよりは多かったかも」
「ウニとかアワビとか?」
今野康治は丸ブチの眼鏡を鼻の上にちょこんとのせ、高校一年生としては幼すぎる顔をまっすぐにこちらに向けていた。

「あのさ、クラスの奴らにも良く聞かれるんだけどさ、漁師の人たちってね、自分の収入の基になるものは自分たちで食べてしまうわけないでしょ。自給自足の生活してるわけじゃないから。商品作物を市場に卸してその収入で農家の人たちは生活するだろう。それと同じことで、自分でとった商品を自分で消費してしまったら生きていけないから。だから、海の町として魚や海産物はふんだんにあって手に入りやすいけどさ、ウニとかアワビなんかは特に高価な収入源なんだから、自分たちではそんなに食べないさ。食べるのは何か特別なことがあったりね、お客さんに振る舞ったりするときじゃないかな」  

「やっぱ、スーパーとかで買い物するわけ?」
父親が会計事務所を経営する相沢圭介が言った。
「そう。当然だろ。言っておくけど、コンビニだってイオンだってあるよ」
「肉……だろ? ごつい体、してんだから」
健太郎が表情を変えずにオレンジジュースに口をつけた。
「肉は、ジンギスカン良く食ってたな。でも、それ以上に老人食が多かったかもしれない。」
「老人食?」
「じいさんばあさんと一緒に住んでたからさ、魚、漬け物、味噌汁、煮物……ってのが多かったと思う。それから、納豆と豆腐と海苔。日本の食事って感じするだろう」

「米は?どんぶり3杯とか?」
「そんなに食うわけねえだろ! 相撲取りじゃねえって」
「じゃ、何でそんなに大きくなった? 遺伝か?」
「あー、でも親父は170ないと思う。じいさんは175くらいあるけど」
「お母さんは?」
「……たいして、大きくないと思うけど……」
「中川は何でそんなに大きくなった?」
「寝たから」
「グラタンとかさ、パスタとか、ほとんど食ったことないんだ。ピザも3回目かもしれない」

8人になった女の子たちはデザートの物色で楽しそうだ。山野沙希がこんなに女の子っぽい雰囲気なことに4人は驚いていた。
「大迫さんが言ってたけど、ノダケンの筋肉すごいんだって?」
樋渡貴大が言った。彼は短距離走者としては上半身が貧弱だった。
「腕立てとか何回できる?」
「数えたことないから」
「でも、50とかできるんだろ?」
「そりゃ、そのくらいは」
「野球部ってそんなに筋トレするもんなの? オレの中学の野球部なんてたいしたことなかったけどなあ」

相沢は大麻の中学から来ていた。大麻にも野球の強い学校があって1度対戦したことがあったことを思い出した。
「そうか? 結構力強い選手が多かったと思うけど」
「知ってるの?」
「1度対戦したことがあると思うよ」
「強かったの? おまえのところは?」
「去年は全道大会1歩手前でやられた」
「へー! レギュラーだったんだろもちろん。何やってもできるんだ!」
「そうだよなー、鉄棒できたのおまえだけだったもんな」
「運動だけはね」
「でも、南が丘に来たじゃん」
「まぐれ。ほんっと、奇跡的に倍率に救われた」
3人の顔がほころんだ。

「野田、やっぱさ、逆立ち、教えて」
健太郎がまた、別のジュースを持ってきて飲みながら言った。
「なに? 何で逆立ちなんだ?」
ピザの油で口の周りを光らせながら今野が聞いた。
「僕も、おまえも、力、ないでしょ!?」
「ノダケンに比べりゃね」
「いや、一般的にも劣るかもよオレたち」
「陸上は、走ること中心だけど、上半身、弱すぎるっしょ、みんな!」
「逆立ちよりまず、腕立てだよ健太郎は」
「腕立て、自分で、やるから、逆立ち、教えて」
「逆立ちなんか、なんで関係すんの」
「野田は、逆立ちで、グランド1周できる」
「グランド1周!!」

めったに声を張り上げたり、必要以上に興奮したりすることのない樋渡の大きな声に、プチケーキにはまっていた女の子たちと、長い時間をかけてケーキの蘊蓄を語っていた野田琢磨が振り向いた。
「グラウンドじゃなくて、野球の塁間。ダイヤモンド1周」
「逆立ちできたらなんかいいことある?」
「さあー、良くわかんないけど、体のバランスはつかみやすいかもしれない」
「腕の力いるだろう?」
「腕の力だけじゃない。体全体のバランス」
「自分の体をコントロールしやすくなるかもしれない」
「インナーマッスルとか体幹トレーニングとかってあるだろう?」
「なるほど、そういうことね!」

「なに? インナーマッスル?」
ようやく長い話に切りをつけてやって来た野田琢磨が加わった。
「上半身だけでなく、体のバランスをとる筋肉が鍛えられるってことさ」

「上半身っていえばさ、喜多満男って一年生だったよな!」
千歳体育の喜多満男は全道大会の八種競技で6位に入賞して全国大会への出場権を獲得した。全道大会に応援参加した一年生たちは、彼の力強さに驚いて帰ってきたのだ。
「健太郎と同じ中学だって?」
樋口の問いかけに、健太郎は露骨に嫌な顔を見せた。

「さっきの札高の二人、マンナンと仲間同士だった!」
「マンナン? マンナンっていうのか?」
「満男、なんて、呼ばれたことない。みんな、音読で、マンナンって、言ってた」
「えー、なんか、コンニャクの商品みたいじゃん」
「みんな、嫌ってた。札高の二人。子分みたい。ついて歩いて、大っ嫌い」

ここに来る途中の札高の二人について、野田賢治が簡単に説明してやった。
「そうか、健太郎がカツアゲされたのはあの二人じゃなくって、喜多満男なんだな」
「あいつが、やらせた。後から、分かった」

喜多満男は中学の陸上部には所属しないで、小学校の頃から続ける陸上クラブで活動していたのだという。中体連には学校代表として参加していて、毎回学校の表彰式で賞状伝達をされていたのだが、日ごろの行動から不人気で拍手すらもらえないこともあったらしい。彼はそのためにかえって周りにつらく当たっていた。
力の強さでは誰もかなう者がいなかったし、建設会社の社長を務めるPTA役員の父親に遠慮してか、先生たちもあまり強く言える人はいなかったという。

野田琢磨は中学の同級生を通して千歳体育の陸上部の話を聞いていた。
「全道大会で入賞してからね、喜多満男ってやつがさ、二年生よりも上になったんだってさ。あすこの部活ってなんかね、実力主義なんだって。学年関係ないって顧問の先生が言ってるらしいよ」

千歳体育の陸上部顧問は、萬年貴文というつい最近まで400メートルで活躍していたまだ30代半ばで、赴任したばかりで事務職員をしている専任コーチだった。東京の実業団で現役生活を終えたばかりで、大学の部活動を経験していない分、上下関係も緩やかなのだという。他の部活とは正反対の指導方針らしく、学年に関係なく純粋に競技に向かうことを第一に教えているという話だった。
それでも今までの流れを変えられない3年生や2年生は、やっぱり「年上の力」を示したいらしく全道大会までは去年までと同じ雰囲気だった。それを、ひっくり返したのが喜多満男だった。

野田賢治は喜多満男がこれからも自分と大きなかかわりをもちそうなやつだと強く感じていた。

「あのさ、逆立ちも良いけどさ、みんなでさ、坂道ダッシュやらない?」
樋渡が急に張り切り始めた。
「坂道ダッシュって言ったら、もしかして、あのボルトたちジャマイカの練習方法だったやつか?」
「俺達ってそういうちょっと野蛮な練習も必要なんじゃねえか?」
「野蛮っておまえ」
「いやなんかさ、強くなりそうな気しない? あのさ、豊平川の河川敷に行けばさ、坂道何か所もあるしさ、健太郎達長距離の選手はさ、サイクリングロードで真駒内公園にまで行けるぞ!」

ここにいるみんなは旭川の全道大会で他校の力強さを目の当たりにしてきた。そして、大迫勇也や隠岐川駿の怪我によるリタイアーのつらい思いも自分たちのこととして経験してきた。今までそんなに夢中になって部活に向かっていなかったやつも何人かいる。それが、今自分のこととして陸上を考えるようになっていた。本物の強さや本当の無念さを実際に目にしたことが自分たちを変えていく。そういう意識をここにいる一年生たちは持ち始めたのだった。
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