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第41話 第二部 11・永遠の命?
しおりを挟む「おれさ、新聞部に入ることにした。」
ついこの間テニスの全市大会で活躍できなかった話を教室中にバラまいていた武部がそう話し始めた。
昼休みの教室は慌ただしく人が動き回り、窓際の席では昼食を長い時間かけて食べている女の子達が車座になっておしゃべりに夢中になっている。弁当を食べているのかしゃべっているのかわからないくらいに盛り上がっているいつものメンバーだ。僕の弁当は3時間目が終わる頃にはなくなっていて、さっき武部と一緒に購買で買ったコロッケパンを食べ尽くしたところだ。牛乳の白さをまだ口の周りに残した武部の口の動きはいつもより更に激しかった。
「新聞部? なんだそれ?」
毎日と思えるほどの武部の宣言にまた驚かされている自分が、なんだか1週遅れのランナーのように思えた。こいつはきっと普通の人間より生活のテンポがずっと速いのだ。僕らの1秒という単位を武部は1時間なり1日なりという単位で生活しているに違いない。
「まだ、2ヶ月しかたってねえべや!」
「やっぱ、オレは運動する側じゃないってわかったから。」
部活をやめるってことはそんなに簡単なことじゃないと思っている僕と、武部の軽さとはうんと距離があるようで、どうしてもそれはわかり合えることではないようだ。
「オレさ、気がついたんだ。自分がテニスしてても、気になるのは誰かのかっこいい姿でさ、なんかそういうの見てるとそいつのこと無性に知りたくなってしまうんだな。自分がかっこよくなりたいって、おまえらは思うんだろ。けどオレはちょっと違う。」
武部の言うことはよくわからなかった。それでも、こいつに運動は似合わないだろうことは前からわかっていた。
「で、新聞部にはなんていうかわいい子がいるの? テニス部の青木さんはどうしたのさ?」
「いやいや、そりゃー『南ヶ丘コレクション』も大事だけどさ、オレだってさそれだけが目的じゃないんだってば!」
「へー、そうー?」
武部の顔の赤さが増した。そして、いつも以上に力を込めてしゃべり出した。
「新聞部に行きたいってのはさ、半分は写真撮りたいってことでさ、オレ写真好きなんだよね。前から」
確かに、こいつはいつでもカメラを持っている。テニス部の写真も合唱部の写真も、たくさん見せられた。丹野邸にやって来るときだってカメラを首から提げていることが多かったし、僕がまだ寝ている間に丹野のばあさん相手に何枚もの写真を撮っていたことだってあった。そのうちに駅の階段下からカメラを構えちゃうヤバイやつになっちゃうんじゃないかって、僕は思ったくらいだ。
「新聞部っていうかさ、カメラを持っていると毎日発見があるんだ。普通だったらさ、なんにも気にすることなく通り過ぎてしまうここの道だって、カメラ片手に歩いている時にはさ、道端にたくさんの被写体があることに気づいてしまうんだよ。カメラは、毎日見飽きるほどに何気なく生きている一瞬一瞬を切り取ってさ、永遠の姿として残しておけるだろ。何よりも、自分の生きている時間を何気なく無為に終わらせることがなくなるような気がする……」
こうなると武部の話は止まらなくなる。
「……カメラに収めた瞬間瞬間は、永遠の命を与えられて変わることなく存在し続けるんだ。もし、自分の選んだものがほんの少し違っていたら、それ自体がその違ったものとして永遠に存在し続けることになる。一秒前の一瞬と一秒あとの一瞬とでは大きな違いを持っているはずで、それを決めるのは自分の目。そして、自分の目で選んだものの命を永遠にとどめてしまう。そんなふうに考えると、カメラを手にした自分が万物の創造主にでもなった気分になれるんだ。いやこれは俺が勝手に思っていることだけどね……」
やっぱり、また長い話だ。
「……写真ってさ、時間を記録してんじゃないかと思うのさ。いや、確かに対象になるものを写してんだけどさ、その瞬間の、そう、その瞬間の世界がさ、写真の中に閉じ込められてる気、しない?」
「……」
何を言いたいのか想像できなかった。
「だって時間って、人生そのものでしょう! オレたちは今まで約5000日くらい生きてきたことになるんだ。16年でさ。時間にすると14万百6十時間。8百4十2万7千6百分。5億5百6十5万6千秒。そんだけの時間生きてきたことになる。」
「おまえそんなこと計算してたの? 頭ヘンにならないそんなの計算してたら。」
「まあ聞けって。今オレとおまえがこうしてしゃべってる時間はもう2度と戻ってこないだろ……」
「詩人になりたいのか? そんなこと言い古されたことじゃんか」
「いや、そうじゃなくて、自分の長い人生の中でもさ、今って言えるのは、ずーっと続いているだろってこと。今は、いつでも今なんだよ。今って言ってるこの瞬間は次々に過去になっちゃうだろ。今って、こっちに向かってやって来る新しい瞬間で、それは予想できないけど、今が過去になる瞬間は記録に残すことができるんだ。それが写真の役割だし、……写真の奇跡なんだよ。わかるだろ?」
全くわからなかった。それでも、武部が何か大切なことに気づいたのだろうことはわかった。武部は僕と違って成績が優秀だ。2つ上の姉も超がつくくらいに優秀ならしい。だから、武部はそのうち僕とは違った世界で生きていくだろうと思っている。今、武部が言ったことが僕の頭には浸透してこないのだ。テニス部にいる武部より、新聞部や写真を撮っている武部の方がはるかに似合っているような気がしていた。
「……と言うことで、おまえの写真をいっぱい撮っておくからそのつもりでな」
まだ夏休みも迎えていないけれど、これが彼の何十回目かの宣言になった。
「でさ、隣のクラスにいる松山恵って、おまえ知ってる子か?」
話があっという間に変わってしまった。これもいつもの武部だ。
「知ってるわけねえだろ。札幌来たの初めてなんだから。」
「おまえの中学時代知ってるって言ってたぞ。」
「中学は岩内だって。知るわけねえって。」
全道大会後にマネージャーの山口美優さんが引退をすることになった。もちろん3年生の先輩達もだ。夏休みを境にみんな本格的に受験勉強に打ち込む時期になったのだ。南が丘の生徒達は部活をやりながらも勉強はしっかりやっている生徒達ばかりだから、勉強することが特別なことではないのだが、やはり3年生は部活に区切りをつけて大学受験に邁進する。ここの学校は進学率ほぼ百パーセントで国立大学や医学部へと進学することが多いのだから、その勉強への意識も他の学校とは全然違っていた。
山口さんは中学までアメリカやカナダで暮らしていた。いわゆる帰国子女で、父親はまた去年からアメリカ勤務になったので、大学はアメリカに戻るのだという。9月に新学期が始まるのに合わせて夏休みの終わりを待たずに渡米すると聞いた。
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