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第42話 第二部 12・高松 恵
しおりを挟む全道大会後、久しぶりに放課後の部活動が賑やかになったのは、山口さんをはじめ山野憲輔さんら引退する3年生が全員集まった「引退式」があったからだ。
そして、その中に松山恵がいた。武部がこの間話していた子だ。1年生の途中から入部するらしい。入部と言っても部員じゃなくてマネージャーとして入部するのだという。つまり、山口さんの後釜と言うことになる。彼女は無口だった。無口と言うよりは必要なこと以外は口を開かないというか、後から入部したためにまだ仲間に慣れていないことを差し引いても、元々言葉が少ない性格のようだった。
その日から2週間たって夏休みが近づいた頃、彼女の話を始めて聞くことになった。
「高梨君知ってますよね」
清嶺高校での土曜の合同練習の日だった。午前中の練習も終わり、隣にある公園に行ってみんなで弁当を広げた。合同練習にはたまにはこんな楽しみもあった。
土曜日にもかかわらず丹野のばあさんは相変わらず手の込んだ上品な弁当を持たせてくれた。苫小牧に住む息子夫婦に登別温泉に連れて行ってもらうということで明日の夜までは帰ってこないから留守番を頼むと何度も何度も繰り返し頼まれた。
「主人が亡くなってから、私がこの家を空けることはなかったのにぃー、大丈夫かしらぁ。野田さん本当に留守にしてもいい? お願いしますねぇ。すいませんねえぇ!」
この1週間に何度も同じ話を聞かされた。僕のことが心配と言うよりはご主人のいない家を守っていない自分に不安を感じているみたいだった。そして、その埋め合わせとでも思ったのかいつもより更に豪華な弁当になっていた。
「中学の時、野球やってた、栄和中学の……」
中学の頃はずいぶんいろいろな学校と試合をした。北海道各地の中学やクラブチームと対戦した。栄和中学は岩内町の隣町にある中学校だが、対戦した記憶はそんなに残っていない。3年生の時には対戦してないだろうから、もっと前の話をしているのだろう。
「私、おんなじ中学なんです。高梨君と。」
「ごめん、あんまり覚えてないんだけど」
この子の言おうとしている目的がわからなかった。
「高梨裕太っていう、結構有名だったと思うんだけど……」
「野球で?」
「今、駒苫の野球部」
「へえ!そう。うまいんだ」
「中学の時、私たちの学校で、なんか有名人で、うちの学校の野球部始まって以来の豪腕だって評判だった。いろんな高校の先生が見学に来てたみたい。」
「へえっ、そんなやついたんだ……」
「高梨君は、野田君のことすごく意識してたみたいだよ」
「僕のこと?」
「2年生の新人戦の地区大会で打たれたから」
「新人戦?」
「うちの中学が会場になったんです。」
栄和中学は、近隣の3つの学校が合併してできた学校で生徒はスクールバスで遠くから通ってくる。グラウンドは校舎のすぐ裏にある丘陵地帯につくられた広大な運動公園の一角にあった。この地域で行われるスポーツイベントはすべてここで行われるようで、その資金は原発の補助金であるらしい。中学生が使う球場としては恵まれ過ぎる程の立派で新しい球場だった。
「ああ、そういえば、やったことある。思い出した。2年生の時のね」
「結構広い野球場だったのに、野田君ワンバウンドでフェンス越える当たり打ったんです。高梨君から。それがすごくショックだったって。」
「彼氏なの?」
松山さんの瞳に光が走った。
「私、ああいう人、嫌い。」
この子は何のために高梨なんとかの話をしてるのかわからなかった。
「私その試合見てて、なんか気持ちがすっきりしたというか、学校生活楽しくなったというか、神様はやっぱりいるんだと思った。」
普段は言葉数の多くない彼女だが、何か彼女自身鬱積したものがあるんだろうか。
「思い出した。そのピッチャー確かさ、背は高くないけど、がっしりしてて力任せに投げ込んでくるやつだった。なんか、むりして力んで腕の力で真っ直ぐ投げてきたんで、みんなでコンパクトにミートすることにしたら、ますます力んで真っ直ぐ投げてきた。」
「何でもそういうふうにする人だった。ちっちゃい頃からずっとそうだった。」
「近所?」
「道路はさんで斜め向かいの家」
「そう!……で、何でそんなこと話してるの?」
「うん、南が丘に来て、野田君がいたのにびっくりしたの。きっと、高梨君みたいに野球の有名校に行くんだとばかり思ってたから。あの人もそう思ってた。最初は違う人だと思っていた。でもやっぱり、野田君はあのときうちの中学で高梨君を打ちのめした人で、それでも野球してなくて、陸上部だなんて……」
「なんかそれが、君に関係あるの?」
「いや、何か、私なんかやりたくなっちゃったんだ一緒に。」
「一緒にって、僕と?」
「うん!」
「なんで?」
「なんか、野田君が中学時代のうちの学校の雰囲気変えてくれたと思うの。」
「僕は、君の中学と関係ないよ」
「いや、関係あるよ。あのときうちのグラウンドでうちの野球部を負かせてくれた野田君が、高梨君を変えさせたし、高梨君の天下のようだったうちの学校の雰囲気を変えてくれたんだよ」
「関係ないって」
「いや、私たちみんなそう思っていた。だから、今も何か一緒にやってみたいなって」
「僕は別になんも……」
「山口さんにはいろいろ聞いて教えてもらったから、陸上部のために頑張るんだ。何かそうすることで自分が変わりそうだから。決めたんだ。」
「……」
なんと言われても僕に関係することじゃない。
「高梨君、もうベンチ入りしてるみたい……」
そんなことはどうでも良いことだった。本当は高梨裕太のことはよく覚えていた。中学ではかなり名前の知れたピッチャーだった。近くに豪腕投手がいるという話を聞いて、2年生の頃僕らの野球部はかなり盛り上がって打つ方法を考えた。実際にあたってみると確かにスピードが速く良いピッチャーだった。でも、ただ力任せに投げているのがすぐにわかり、僕たちは真っ直ぐ狙いでミートできることを見せてやった。
初回から真っ直ぐを簡単に打ち返されて、高梨はますます熱くなって腕に力の入った投げ方になっていった。初回に3点とられて2打席目になると、カーブばかりを投げてきた。慣れないカーブはコントロールも威力もなく、かえって打ちやすい球になった。その回更に4点取られて高梨はグローブを投げつけて降板した。2番手のピッチャーは丁寧に投げる選手だったのでスピードがなくてもこっちの打ち損じでその回はなんとか終了した。結局4回コールドで僕たちのチームが勝ちその年の新人戦を制することになった。その頃最も注目されたピッチャーだった高梨は、試合途中からベンチを離れていなくなっていた。
「あいつはもう終わった。」
そう言い切る仲間が何人もいて、高梨の話をすることもなくなっていった。
彼女の話を聞いた限りでは、お山の大将だったアイツがちょっと変わったのだということだろうか。
でもそんなことはどうでもよかった。
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