「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

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第45話 第二部 15・「待ちの時間」

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新人戦を前にした土曜日に清嶺高校との合同練習に参加した。春から何度かの練習会を経験し、そのたびに新しい練習のやり方とポイントを身に着けてきた。このグラウンドが僕にとっては授業の場であったし、塾の講習会のようなものだった。上野悦子という素晴らしい講師の先生が待っていてくれる楽しみ多い場所だった。

午前中の跳躍グループ練習で山野紗季がハードル跳び越しを繰り返していた。十台のハードルを両足で連続して跳び越していく。膝を深く曲げずに着地したらそのまますぐに跳び上がる。腕の振りと足首のバネを使う。跳び上がってからは膝を前に出し椅子に腰掛ける姿勢で、上半身を前後に倒さずにやっていた。跳び上がる高さより連続したジャンプの速さが大切だという。教えられたとおりに川相智子が続き、野田タクと僕が後から真似をする。
川相智子は高く跳び上がる分速さが出ない。そして、次のジャンプまでの予備動作が上手く行かない。タクも同じで跳びあがる高さは十分だが、ゆったりとした大きな動作のためか次につなげる動きがうまくいかない。僕は高く跳び上がる以上に力強く跳ぼうとすると前に移動しすぎてしまう。そのため、三人とも山野紗季のようにすばやくはできない。

バレーボールの選手は、跳び上がってから一仕事をする。ブロックだったり、スパイクだったり、一番高いところで空中に止まったような状態をつくって一仕事をしている。だから滞空時間が長くなる……と感じられる。ハイジャンプの選手だって一番高いところで一仕事するわけだから、普段のこういうジャンプの練習でその感覚を身に付けることが大事なのだと上野先生は言う。ハードルジャンプだったら、一番高いところで膝を曲げて、待ちの瞬間を作る、そして、着地する前に衝撃を和らげるようにつま先と膝に余裕を持たせて次のジャンプへの準備をしておく。それを何台も連続してやることで、自分の感覚としての滞空力を高められると言うのだ。そして、ジャンプの間中身体を真っ直ぐに保っていられることも大切で、自分の身体に軸をしっかり作っておくと正確に回転や動作ができるようになるらしい。

フィギュアスケートでも3回転だとか4回転だとかに成功している人は必ず身体の軸がしっかりしている。体操選手が空中で3回ひねりをしてぴたりと着地を決められるのも、軸がしっかりしていて、自分の身体を自分のイメージ通りに操作できるからうまくいっている。そういった運動をいろいろ組み合わせてやってみると、自然にバランスが取れるようになる。ハイジャンで跳び上がってから腰を浮かせたり、抜きのタイミングをつかんだりできるのも、一番高いところで余裕があると上手くいく。身体の柔軟性以上に、間を取れるかどうかが大事なのだと言われた。そういう上野先生の理論的な説明が、僕らにはきつい練習を続ける大きな力ともなっていた。

そういえば、野球では間の取り方をつかむことが、うまい選手になれるかどうかの分かれ目だった。それはつまり、自分のタイミングになるまで待てるかどうかということだ。守備であってもバッティングであっても、盗塁でさえ「間」を取れるかどうかが一番大切なことだった。
「間」は「待つこと」であり「見ること」でもあり「我慢すること」でもある。野球やテニス、バスケット、バレー、卓球などボールゲームは全て「間」が大事だ。
 自分のミートポイントまでボールを「待つ」。バッティングの「間」は「ボールを呼び込む」と言われることが多い。外野手がフライを捕る時だって、最初からグラブを構えながら走ったりはしない。最後の最後まで捕球体勢はとらないでボールをしっかり見て「待つ」のだ。
バレーボールのアタックにしてもブロックにしてもジャンプした一番高い地点で「待ち」の時間が一瞬あるからタイミングを取れるし、ボールに力が込められる。バスケットボールのジャンプシュートにしたってジャンプしてから自分の間を作ってからでなけりゃシュートしたりはしない。

スポーツにおける「間」つまり「待ちの時間」はそれぞれのスポーツの命なのだ。自分の身体を空間に置くということは必然的に落下してくるということだ。いかに高い空間まで自分の身体を放り上げられるかということと共に、いかに落下を遅らせるか。いや、落下までの時間に余裕を感じられるか。そのためにいろいろな工夫を凝らしてトレーニングを続けているのだろう。

山野紗季のハードルジャンプは見事に自分の身体をコントロール出来ていた。僕と川相智子、そしてタクはその面でかなり劣っている。

上野先生の川相智子へのアドバイスは踏切からクリアにいたる流れだった。夫である沼田先生から川相智子の高跳びの可能性を伝えられていたようで、今まで以上に丁寧に説明している。
「右手を速く動かした方が縦回転を付けられるんだよ。だから、両腕振り込みをしてから右肩を前に出すようにすると上手くいくと思うよ。顎をその右肩にのせるようにするとバーを見やすくなるし、最後に顎を引いてセイフティーランディングもしやすくなるんだよ。」

山野沙希がそれに続けた。
「縦回転がしっかり出来るようになると、バーの上でアーチが作りやすくなるし、タイミングとりやすくなる。重心に一番近いところでバーをクリアーするためにもきちんと背中でバーを越えることが必要だよ」

そう言われても、なかなかうまくできないのが僕たち二人の鈍さだった。というよりむしろ、それができてしまう山野沙希が普通じゃないのかもしれない。逆にタクのベリーロールは踏み切ってからバー上のクリアにつなぐ流れはとても上手で、上野先生も生徒達への見本に来てほしいというほどだ。だから、タクは南ヶ丘の練習よりも清嶺高校での練習をとても気に入っている。

午後には因縁のハードル練習だ。
「ハードルもね、間が必要なんだよ。全市大会の時は雨の中だったからね、あんまり参考にならないけど、抜きのタイミングが早かったんだよね。あの時も」
「早かったんですか?」
上野先生のこの分析はとっても意外なことだった。タイミングが早すぎるなんてことは考えもしなかった。
「うん早かったんだねー、あれはー。まだね、股関節が開ききってなくて踏切足が横回りする準備ができてなかったからね。振り上げ脚ばっかり先行しちゃったから、体がこう、左右にぶれちゃってたし、ローリングしてるような感じだったねー」
「それで、ひっかけたんですか」
「たぶんね。最後までリズミカルに行くには、体が正面向いて落ち着く瞬間が必要なんだよ。だからあのタイミングでね、伸ばした振り上げ脚にもうちょっとだけ待つ間を与えてやると、バランスよくクリアできるはずだよ。大丈夫、間を取ってもね踏切足がかえって素早く返ってくるようになるから、スピードは落ちないんだよ。いや、かえって上がると思うよ。アクセントつけて走りやすくなるしね。そのためにね、リードを両腕でやるのも一つの方法だよ。ベントを深くかけられるし、間を取りやすくなるかもしれないよ」

ピッチャーがボールを投げる時に左手でしっかりブロックして肩が回ってしまうのを抑えるのと似ているのかもしれない。腰が先に回るように左手でブロックできると我慢した分だけ腕の振りは早くなり回転のいいボールが投げられるようになる。やっぱり「間」がスポーツには大事なポイントなのだと改めて気づかされた。
 そのことが理解できてからは、練習の意義を見つけられるようになった。ただ漫然と練習をやっていても意味がないことが今更ながらわかったのだ。こんな風に自分の動きをしっかりと分析してアドバイスをしてくれる人には今までにあったことはなかった。なんとなくの雰囲気を伝えられることが多かったし、その人の経験から発せられる独自の感覚を強制されることも多くあった。
「なぜ? こうだから! この部分の動きが変われば!」
そんな説明を聞くことが少なかったのだ。

 失敗したことはいつまでも覚えている。でもその失敗の原因を見つけるのは一人では難しい。有能な監督やコーチというのはその部分をしっかりと見ていてくれるし、適切な対策を考えてくれる。沼田先生は細かなことを言うことはない。けれども上野先生と考えを共有しながらともに先のことを見つけてくれる。僕はこのまま二人の先生の指導に従う方がいい。そう強く思った。
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