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第46話 第二部 16・川相智子
しおりを挟む「こんにちは!」
よく通る力強い声が後ろからやってきた。
もう一時間も前に朝の挨拶を交わしたはずの川相智子がなんでまた今になって「こんにちは」なんだ。しかもその声がいつもと違って元気すぎたことに驚いて振り向くと、そこに立っていたのは川相智子ではなかった。
いや、誰もが間違ってしまうほどにその少女は川相智子によく似ていた。髪型が違うので雰囲気が違って見えるけれども……あまりにも似すぎている。ただ、彼女は北園高校の制服を着ていた。
北区にあるその高校は、北大に近いためか南ヶ丘以上に北大への進学率の高い優秀な学校だった。彼女の来ている制服はいわゆるセーラー服とよばれる僕の中学校の女子生徒と同じく昔ながらのもので、札幌市内ではここともう一つの公立高校だけに残っている制服だった。
思わず「あれっ!」という声を出してしまった僕の後ろから
「えーっ、どうしたの祥っちゃん!?」
と、これも今までに聞いたことのない様な本物の川相智子の大きな声がした。
「さっちゃん」と呼ばれたこの女の子は見事なほどに顔全体を笑顔にして川相智子に向かっている。
「うん、友達の応援できたんだけどね。まずはお姉さまにもちゃんと挨拶しとかないとと思いましてね」
「お姉さま?……」
僕は川相智子の顔を見た。
彼女は珍しく唇をゆがめるような表情をしていた。
「だって、今日は、書道部の練習だって言ってなかった?」
「うんそれはですねー、午後からのことでしたよー、って昨日みんなの前で言ったじゃない」
川相智子の妹は楽しそうに競技場の周りを見回しながら言った。
「それとねーえ、お姉さまがいつも話していた『ノダケン』っていう人を見ておきたかった・ん・です・よ・ね……」
という彼女は、さっきから僕の顔を間違い探しでもするように眺めまわしている。僕はちょっと耐え切れずに川相智子の方を向くと
「……この人でしょう! あたりだよね!」
彼女の妹はさらに大きな声で自信満々にそう言いきった。
「……なに? 何なの?」
川相智子に向かって聞いても、彼女も言葉を失っていた。
「お姉ちゃんが言ってた書道の達人ってこの人でしょ? 私わかっちゃった!」
「はあっ?」
なんと言えばいいか、……今まで話したことのある南ヶ丘の生徒とは違ったテンションの子だった。南ヶ丘の生徒達も僕の中学校の仲間に比べると、ストレートで自信に満ちた話し方をする人が多いけれど、いま目の前で楽しそうに大きな声を上げている川相智子の妹(?)はさらにその上を行っている。
そしてそこまで来て、やっと気づいたことがある。彼女は川相智子のことを「お姉さん」と呼んでいるけれども制服は高校生のものだ。僕たちは一年生なのだから、当然、川相智子の妹は二年生や三年生のはずがない。とすると「双子?」ということなのか?
そんなことしか考えられない僕や困り切っている彼女の姉の返事など待つことなく、川相智子の妹は僕に次々と言葉を投げかけて来た。
「いつから書道やってたんですか? 日本書道ですか? どこかの師範についているんですか? 今はもうやってないんですか? ……?」
などなど、こちらが息をするタイミングさえ見つけられずにいることなどお構いなく質問は次々と飛んできた。
「……」
何から答えていいのか迷っている僕に向かって彼女は続けて言った。
「今度、私の高校で書道パフォがあるんですけど見に来ませんか? 南ヶ丘の書道部も参加するはずだし、道新の取材もあるから結構派手なパフォーマンスになる予定なんですよ!……」
その他にもいろいろなことを彼女は言っていたのだが、その言葉たちはあまりにも速くやってきすぎて僕は聞き取れずにいた。
あとから武部に聞いたところでは、川相智子の双子の妹祥子は北園高校の書道部で、中学では学校一番の成績だった姉と同じくらい優秀なのだが、どうしてもセーラー服を着たいからと北園高校へ進学したのだという。
「高校時代は一回しかないんだから、自分の好きなスタイルができるところに行くから」という強い言葉とともに姉とは違う学校を選んだらしいが、本当はいつでも姉と一緒の学校にいて双子だということを常に意識しなければいけないことに飽きてしまったんだろうと武部は考えていた。しかも、落ち着いて誰からも一目置かれていた姉に合わせるのに疲れたんじゃないかと言っていた。
彼女たち姉妹は顔はそっくりに見えるが、性格は全く似ていないのだという。挑戦的で外交的な妹と静かで内気な姉。じっくりと言葉を選んでからゆっくりと話す姉と、頭の回転の速さを武器に次から次と言葉を紡ぎ出す妹。中学時代は二人とも陸上部で活動していたのだが、妹の方は早々と自分の才能のなさに見切りをつけて演劇部に変えてしまったという。そして、二人とも小学生のころから続けていた書道に妹ははまり込んだ。
妹が友達のところへ行ってしまって、ようやくいつも通りの落ち着いた表情に戻った川相智子が恥ずかしそうに話し始めた。
自分たち姉妹は二卵性双生児なのに顔も体形もそっくりなのだということ。その代わり性格はまるで違って、見事なほどに対極にある二人だという。どういう理屈付けかわからないまま姉として決められてしまってから、どうしても周りは「長女・姉」としての自分に大きな期待をかけてしまうようになった。長女としての責任感というか使命感というか、なにかこう「立派に」生活する義務を与えられたような……。
「私はもともと慎重に物事にあたっていく性格だったので、こんな感じでいいかなと思っていたんだけど……。祥子は、妹は、なんか私を盾にしてなんでも積極的にやってしまう人になっちゃった。うらやましいと思うこともあるけど、なんか自分にはあんな生き方は向いてないから、まあいいかなあって……」
独り言をつぶやいているような彼女の話は珍しく長く続いた。
川相智子は今までもこうして妹の予期せぬ行動をカバーしてきたのだろう。そうやって妹の盾になることで川相智子の姉としての立場が確立されてきたのかもしれない。
「でさ、さっきの、書道の達人っていうのは?」
彼女を責めるつもりはなかったけれど、どうしてもそんな言い方になってしまったかもしれない。
川相智子も書道を本格的にやっていたらしいので、文字の美しさは他の生徒とは違っていた。一年生が回り番で書いている練習日誌の文字は彼女の時だけは活字のような美しさで記されていた。
野田賢治は物心ついた時には祖父に剣道と書道を日々仕込まれてきた。岩内の八興会館で子供たちに書道と剣道を教えていた祖父は年上の受講生たちとともに野田賢治に厳しくこの二つを仕込んできた。
「文字だけはな、大人になってからな、必ず役に立つから。やっていてよかったと必ず思う時が来るからな。その人の書く文字でな、他人を信用させることはできるんだ。だらしない文字を書く奴はな、中身もそんな風に生きて来たって証になってしまう」
父も叔父さんも同じように躾けられて育ったので野田家の一族は書道では常に学校で表彰を受けて来た。野田賢治は小学生の時から学生名人の位をいただくほどの上達ぶりで、中学校では書初めはもちろん、硬筆の展示でも常に一番注目されるくらいだった。三年生の時には授業のノートを一年生の指導のための見本としてコピーして授業で使われたこともあった。
「野田君の文字って、一年生の中ではかなり有名だから。ちょっと妹にね、自慢するような言い方したかもしれないんだ……」
「達人はちょっとびっくりしちゃいますよ」
「いやー、ほんと、ごめんね。妹がまさか、こんなふうに来るとは思ってなかった」
「いや、いや、いいんだけどね、そう言えばこの前ちょっとさ、下宿の丹野のおばあちゃんが贈り物に熨斗紙つけて丁寧に梱包してさ、宛名と住所を書こうとした時になってね、眼鏡を苫小牧の息子さんのところに忘れてきたことに気が付いてさ、代筆を頼まれたことがあるんだ」
「筆で書いたんだ」
「丹野のおばあちゃんはさ、墨までしっかり用意してから眼鏡がないことに気づいたんでね」
「それじゃあ、丹野さん喜んだでしょう?!」
「うん、札幌に来てから初めて褒められたかもしれない。」
「やっぱり達人でしょ!」
「宛名書きはさ、小学生のときからさ爺ちゃんに手伝わされてたんで慣れてんだよね」
「会社の取引先への代筆ってことでしょ? もうプロみたいだね!」
「いやあの、これはねちょっとコツがあってさ、『筆耕』って言うらしいんだけど、爺ちゃんが教えてた生徒にプロがいてね、見栄えのいい書き方ってのを教えてもらったから」
「やっぱりプロだよー!」
「いやでもね、札幌に来てからさ、ちょっと忘れてた感覚がさ、復活したみたいで……」
「今の話、後で妹に言っても良いよね?!」
「いやー、あのでも達人はなし!」
この時、野田賢治には川相智子の妹が言った「北園高校の書道パフォ」という言葉がなぜか気になり始めていた。
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