「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio

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第59話  第三部 7・ 成長した姿

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川相智子たちが競っていた高跳びのピットとは反対側になる第3コーナー側のピットで八種種競技の高跳びが始まった。川相智子と同じようにバーの上でアーチを作るタイミングがまだうまくない僕は、とにかく高く上がることを一番の目標にして踏切の力強さに重点を置いて臨んでいる。
走り高跳びの空中動作がうまくいくかどうかは、結局のところ助走から踏切までをしっかり走れているかどうかで決まるのだということが最近になってようやっとわかってきた。リズミカルな半円を描くような助走、後傾姿勢や内傾姿勢をうまく生み出す重心を下げた素早い踏み込みのあと、縦回転が組み合わさった踏み込みが完成されると空中での余裕が生まれ、バーを見ながらのクリアランスがうまくいくことが多かった。このことはハンドボールの選手がフェイントをかけたような左右のステップから跳び上がったり、クイックや時間差やブロード攻撃で位置とタイミングを変えながら跳び上がるバレーボールの選手から学んだ。

160㎝から始め、70、75、80、をクリアーしたところで二人が残り、東札幌高校の三年生が83を三度失敗した。僕は186㎝を一回でクリアーできたことでもうこれで終わりにした。まだ一種目残しているので少し体力を温存したかった。670点を獲得して最後の1500mに向かう。

途中で会った山野紗季が「余裕でやめたんだね」とウインクし、川相智子は「まだまだねー」と笑顔を見せた。こんな二人の劇的な変化には驚きを隠せない。

山野紗季の最終種目800mは女子の混成にとってはきつい種目なのに、彼女は2分29秒00でゴールした。得点は705点でもこの記録は立派だ。去年の16継の経験と冬季練習のスタミナ強化のたまものだろう。バドミントンもハンドボールも攻守にわたって休むことなく動き続けるスポーツだから、それが活かされているに違いない。
800mを全員が完走し終わったことで、彼女の初めての七種競技は4544点という合計点で他を大きく引き離して優勝したことが確定した。二位に入った札幌啓生学園の三年生は4228点だったので彼女の総合力がかなり高いことを証明していた。
山野紗季はすべての種目をやり遂げた満足感や達成感とともに、昨年上野先生に勧められたころの迷いが消えてしまった開放感のようなものを感じていた。それでも菊池さんの5000点を超える記録には、全く追いつけていないことに次なるファイトを燃やすことになった。

野田賢治の1500mはあまりタイムを伸ばせないでいた。冬季練習で動きの鋭さや柔軟性を身に着けていても、昨年から身長が3センチ伸び、体重も5㎏ほど増えてしまった。どちらも鍛えることで成長した部分なのだが、体を自在に扱うためにはそれに合った筋力も同時に獲得しなければならない。バーベルなどの重りを使わず自重トレーニングを基本とするのが沼田先生の方針なので、まだ成長した分に合った筋力を獲得するまでには至っていないかもしれなかった。

僕自身はまだ成長期の中にいたのだ。体重の増加と筋力アップでダッシュの後半が伸びたり、投擲の距離が延びることは実感できた。ただ、長距離走の後半はきつさを増してしまった。これも鍛錬を続けることで解消するはずだったが、シーズン初めの今の時期はまだそこまで到達していなかった。
長距離を得意とする何人かの選手に先行され、最後まで追いつけないまま5番手でゴールした。4分36秒98は最終種目である疲労の分を考慮してもまだ10秒くらいは縮められそうな記録だ。得点は699点。8種目の合計では5866点となり、何と気づかないうちに北海道の高校記録を更新する得点となっていた。全国高校記録には200点以上及ばないが、従来の記録を大きく上回る記録だった。珍しく場内アナウンスでこの内容を繰り返し流したために、観客席から盛大な拍手が送られた。

終了後本部席前で道新と陸マガなどの共通インタビューが行われ、たくさんの質問にしどろもどろのヘタクソすぎる返答を繰り返した。この様子は当然ながら武部のカメラにしっかりとらえられ、スタンド上からも部員たちが全員でへたくそな話に拍手を繰り返してくれた。川相祥子は南ケ丘の生徒に囲まれていることにも全く臆することなく誰よりも大きな声で「ノダケーン!」と叫び続けた。
インタビューの後にやって来た菊池美咲は顔を真っ赤にして褒めてくれた。そして補助員の仕事は終わったからと言って、スマホで撮った写真をその場で母に送った。

上野先生と沼田先生は他校の先生たちに声をかけられるたびに苦笑いを繰り返すしかなかった。
「いやー、もー、ついに全国に知られちゃったねー! 早すぎない?」
「まいったなー、この記録だと、もう全国の大学からお呼びがかかってしまうなー」
「ランキング1位で行っちゃうよきっと。全道大会だともっと行っちゃうかも! 函館向かい風吹かないからね!」
「高校記録更新かー?……あるかもしれないか! 槍も砲丸も今日よりまだいけるわなー!」
「10秒台と49秒台がいつでも出ちゃうんだから、だれも叶わないよねー! もー、ひと冬過ぎただけで信じられないくらいすごい選手になっちゃたよー! 体もどんどん大きくなってるしさー。どうするー?」

「……田上先生とか、やっぱ片桐大先生に相談しなきゃだめかねー?」
「もうね、誰って言うことなくて、オール北海道でやろうよー。みんなの力借りなくちゃ。普通じゃないよ彼の力。紗季ちゃんもそうだし、菊池さんも、函館の南一樹のハードルもさー、川相さんだって可能性いっぱいでしょ!」
「これ終わったら、相談だな」
「そうだねー……全道の前にさ、オール北海道だってー!」
上野悦子はやたら嬉しそうで珍しく興奮した声で……はしゃでいるようにも見えた。

この日男女の混成競技と女子走り高跳びで優勝者を出した南ヶ丘高校に注目が集まった。しかもこの3人ともに全道大会でもトップ争いをすることが間違いない記録を出している。1日の終了ごとに最終打ち合わせで役員と監督の先生方が集まる競技場内の本部席では必然的にその話題になっていった。

南ヶ丘高校は言うまでもなく難関校として有名で、入学するための努力は並大抵のものではない。家族ぐるみの目標として小さなころから塾通いや家庭教師をつけて勉強一筋でやってきた生徒が多い学校だ。決して部活を目標に入ってくることはない。病院の跡継ぎがやたらと多く医者になることが義務付けられた生徒たちが陸上部内にさえ複数いるのだ。名の知れた企業の経営者や役員の子弟、帰国子女などの数も多い。個人主義ともとられるほど「自主自律」を前面に出すがゆえ、教師の強い指導に絶対的に従って伸びてゆくという、一昔前の女子高の部活動的な雰囲気は全くない学校なのだ。それにもかかわらず、今年は2日目を終わったところで3人の優勝者を出し、明日の準決、決勝に進む選手も何人も出てきている。
昨年まで全国大会の常連で中心選手だった大迫勇也が卒業し、天才と呼ばれた隠岐川駿もオランダへと帰ってしまった今年の結果なのだ。

 補助員として二日間を過ごした菊池美咲は、役員を務めている先生方の話を聞いて沼田先生と上野先生の力を強く感じていた。そして今年岩教大に入学してわかったことは、この二人も大学の先輩たちだったということ。しかも北海道の陸上界では最も中心的な役割を果たしてきている片桐優作先生の優秀な教え子たちであったことだ。その他にも彼らの仲間たちが北海道の陸上界を引っ張り、北海道から盛り上げて陸上競技自体の価値を高めようとする動きを作り出していることを知った。

もし、私がいくつか勧誘されていた本州の大学に進学していたらそんなことなど考えることもなく、インカレで勝てる練習に特化して生活していたことだろう。関東の大学だったら他大学との競争に明け暮れしていて、そのことを一番の目標としていたに違いない。今日、陸上というスポーツが小さな範囲から抜け出せていない原因がそんなところにあると感じてしまったのだ。日本の中のごく限られた地域にしか当てはまらない競争で生きていることは、離れた場所から見なければ見えてこないということだ。

東京中心の関東圏にある強豪校にいなくたって、北海道にいながらでも日本の中心選手たちと勝負できる。今はそんな気持ちになっていた。それは上野先生たちも同じ考えでいたのだ。
 2日間補助員としてこの大会に参加できて本当に良かった。予想外なことに、弟である野田賢治の仲間たちとも仲良くなれたし、陸上にかかわっている人たちの思いがすごく伝わってくる大会だった。去年までだって自分が知らなかっただけで、この人たちを中心に北海道の陸上を発展させてくれていたのだ。だから私だって陸上の名門でもない旭山高校にいながらいろいろな先生たちに指導してもらえた。今の自分のこの記録だって自分だけの力だなんてことはありえない。そして今ここで活躍している高校生たちも、同じようにその方たちの思いがその結晶となって現れてきているに違いないのだ。

その流れにしっかり乗せてもらって私の弟も、今ここで輝き始めた。

それもとびっきりの強い輝きをもって……本当に輝いていた。
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