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第60話 第三部 8・仲間たちのインターハイ
しおりを挟む野田琢磨の踏切が鋭くなった。
助走スピードを上げてもつぶれなくなったタクの高跳びが安定感を増してきた。
札幌地区大会三日目の男子走り高跳びは予選が1m70㎝に設定され、これも女子と同じように設定の低さを感じさせるほど突破者が多くなってしまった。
冬季間にバスケとバドミントン部に鍛えられたタクの動きがシャープになったと言われている。スラムダンクは達成できなかったけれども踏切の強さは変わっていた。相変わらずベリーロールにこだわっていても踏切るまでの助走のリズムが速く鋭くなっていた。そのため膝を伸ばした振り上げ脚がもたらす浮力がさらに増すことになった。助走スピードに負けなくなったことで、軸足の作る角度が深くなった分上昇する方向がさらに真上に近くなったのだ。
160㎝を練習のつもりでジャージの下を履いたまま跳んだタクは、70も難なく越え、自信をもって決勝へとやって来た。去年の後半に味わった迷いや悔しさよりも、自分の新しいスタイルがどこまで通用するのかという期待感の方が今は勝っていた。練習では80を失敗することは少なくなっていた。ノダケンが昨日86を跳んでしまったので、それ以上は跳ぶぞという対抗意識もモチベーションを高めることになっていた。
170㎝、75、80ときれいなローリングでバーを越えて行くタクのジャンプは、報道各社のカメラマンの注目の的だった。今時ベリーロールを駆使するハイジャンパーは全国的にも数が少なくなっている。中でもタクのように振り上げ脚の膝を伸ばした「ソビエト式」と呼ばれていた跳び方をする選手はほぼゼロなのだ。タクのスタイルは昨年陸上の専門誌にも紹介され、一時代前に高跳びをしていた元選手たちには注目されていたのだ。カメラマンたちの中にも、久しぶりに出会った「本物のベリーロール」に感激する人たちもいたのだという。
タクにしてみればそんなことはどうでもいいことで、自分がどれだけ跳べるようになったかが問題だ。183㎝から3センチ刻みになったところでバーを落とす選手が続出した。ここが一つの決勝での関門になっている。9歩から13歩に変えたことで助走での余裕が踏切の鋭さにもつながり、バーにより角度を深くとって向かって行けるようになった。右腕のリードからバーの向こう側へ滑り落ちるかのように越えていくタクのベリーロールは見ていて気持ちのいい滑らかさだ。83、86とクリアーしたあたりで観客席からの注目を集め始めた。
ここまでで残っているのは4人。すべて一回目で成功しているのはタクともう一人だったが、189㎝を北翔高校の3年生が一回目にクリアーした。かなりの長身に恵まれた彼は高跳びの助走路をはるかに飛び出して、コーナーの頂点当たりの9レーンの更に外側からスタートする。長い助走で徐々に上げたスピードと深い内傾姿勢から「ポンッ」という感じの軽いジャンプで今日初めて一回目で越えてしまったのだ。背面跳びの選手が記録を出すときの典型的なジャンプで、何が良くてというポイントを探すのが難しい成功の仕方だ。
「リズムに乗っちゃったね!」
そう言うしかない跳び方のクリアーだった。こういう時にはもう理屈じゃなく何かの要素が彼に味方しているとしか言いようがない。まぐれで跳んでるわけではないけれど、走り高跳びにはこういう「素敵な時」があるようだ。
この成功を見ていた他の三人は、今まで自分が成功してきたリズムを忘れてしまった。この一本で完全に自分のペースを崩されてしまったのだ。高跳びの試合らしい勝負の決まり方だった。力のあるものが必ず勝つわけではない。それはどんな競技にもあることだろうが、走り高跳びでは往々にしてこういう勝負の決まり方が見られる。三回目に豊平高校の三年生がクリアーしたが、タクは成功できなかった。どの高さでもバーの上ぎりぎりのところをクリアーしていくタクの跳び方からは、最後まで成功か失敗かを判断できないので期待感たっぷりだったが残念ながら三位にとどまってしまった。それでもノダケンの記録に並んだことでタクは少しだけほっとしていた。
中川健太郎は5000mを選んだ。1500mにも出場するが5000mに対応する練習を増やしてきた。1日目の1500m予選は着順をしっかりキープして危なげなく決勝に進んだ。二日目の5000m予選ではかなり苦戦をしていたが16分代前半の記録を出して5着の通過順位を守ってゴールに飛び込んだ。最後は結構苦しい状態で健太郎としては珍しい崩れた走りになっていた。
三日目の決勝は1500m。4分3秒台を予定したラップを刻む健太郎は、途中で飛び出していった二人の三年生をラスト一周でかなりのところまで追いつめる走りを見せたが順位は変わらず三位でゴールしてきた。ゴールした後で膝に手を当て苦しそうな顔を見せた健太郎の姿は今までとは違っていた。
四日目の5000m決勝は前半からかなりのハイペースで走り通した外国人留学生二人に誰もついて行けず、はるか先を走る二人と三位グループの集団というレースで最後まで進んでいった。先頭争いの二人は14分を切る記録で競り合い、三着に入った留学生たちと同じ高校の三年生が15分の前半でゴールすることになった。15分30秒前後で4位から8位くらいまでの激しい争いになり健太郎は最後にかわされて15分39秒で7位になった。初めての5000mを走り終えた健太郎は15分台で走れたことに満足していた。400mトラックを12周と半分の距離が健太郎には楽しい時間なのだという。
それにしても、留学生二人の13分を目指す走りが他の選手たちの目標にすらなっていない現状が気になるレースだった。彼らは別格で僕らは僕らのレースをやる。そんな風にしか感じられないレースだった。全国各地で見られるこのような留学生を「輸入する」長距離走の方向性が、日本人の競技力の向上に結びついているのだろうか。彼らの出してしまうはるかに高い記録は「日本高校国際記録」という名称で記録されている。それはもちろん「日本高校記録」よりもずっと速いのだ。そして長距離の伝統校では彼らが駅伝の切り札になっている。
昨年盛り上がった南ヶ丘のリレーは4継では大迫勇也というエースを欠き、16継では隠岐川駿という天才ランナーを欠いてしまった。坪内航平と野田賢治は4継のメンバーとして残っていても、エースがいたからこその結果でもあった。二年生の樋渡貴大と相沢圭介、そして三年生になった福島海斗をどうやって組み合わせていけるか。
16継で残るのは野田賢治と昨年の全道大会で一度だけ走ることになった高野和真だ。
4継は坪内―樋渡―福島―野田の組合わせで予選に臨んだ。
新キャプテンの坪内航平と二年生の樋渡、相沢は坂道ダッシュから意識が変わり冬季練習でも意欲的だった効果が表れたらしく三人とも100mの準決まで進んだ。それでもやはり決勝進出という壁は厚く、あと一歩のところで落選していた。10秒台へと争う選手が何人もいて11秒3~4くらいの記録では決勝への勝負にならない。
予選の走りは、樋渡―福島のラインがバトンパスでスピードに乗り切れない展開だったが、何とか2着で突破できた。準決は樋渡―相沢の組み合わせにしたことでバトンがうまくつながるようになった。それでも準決のタイムは最も低くギリギリの通過だった。
16継は福島と高野を中心に組み合わせたが他に二人をそろえるのは難しかった。それでも、沼田先生は混成も含めて4継を三本走ることになる野田賢治を除いたメンバーを組んで臨むことにした。結果として予選敗退になってしまったが、その中で少しだけ期待を持たせたのは一年生の青山俊輔という選手だった。手足の長い青山は中学の時から400mを専門としていたことで400mという距離に慣れていた。まだまだ力強さはないけれども400mを走り切る方法を知っていた。体力勝負の走りではなくペース配分の上手な頭脳的な走りができる選手だった。体ができていない今でも53秒台前半で走ることができる彼のこれからに期待できた。
女子のリレーも山野紗季を除いては成り立たない状態だ。やはり混成に出場している山野紗季を除いたリレーメンバーでは今年はあきらめるしかなかった。予選と準決を別メンバーで組めるようになればいいのだが、伝統校並みの選手層の厚さは望むべくもない。
4継の決勝は、一走の坪内キャプテンが意地の走りを見せ、樋渡に3番手で繋いだが二走には各チームのエース級が集まっていて、今の樋渡では太刀打ちできなかった。三走の相沢がコーナーをうまく走り野田へとバトンをつないだ。それでも、やはりトップからはかなり差が開くことになってしまった。いつも以上に力んだ走りになっていた相沢のバトンが揺れて渡りきるまでに手間取ったためスピードを落とす結果になってしまったからだ。野田の後半の追い込みも叶わず7着でレースを終えた。それでも決勝進出が全道大会出場の要件だったのでこれが最後の大会になる坪内さんをはじめとするメンバー達の目標はとりあえず達成できた。
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