1 / 1
太陽になったって
しおりを挟む
太陽がしずみはじめて、あたりいちめんが真っ赤にそめあがっていきます。赤くそまった川のまわりには、ねこじゃらしがたくさん咲いていました。
そこにぽつんとトンボが一匹とまっています。
それはそれは美しい赤いトンボでした。
赤い体に夕日があたり、体は赤く光り、目や羽は太陽の光をあびて、ほうせきのようにキラキラと光っています。
まるで、小さな太陽のように。
とても、とても美しいトンボでした。
ある夏のこと。
セミの合唱にまざりながら、なにかが声をあげています。
「あ”あ”~もう!!」
声の方をたどってみると、川のなかで ピュン ピュン ピュン となにかが動きまわっていました。
「あ”あ”!! なんでだれもわかってくけないんだ!」
ピュン ピュン ピュン ピュン どんどん動きがはやくなっていきます。
「あ”あ”!!」
そのなにかは声あげると、いったん動きをとめました。それはやんちゃすぎてみんなから一歩ひかれているヤゴのヤゴ君だったのです。
「あ”あ”!! なんでみんなわかってくれないんだよ」
ヤゴ君はそう声をあげ、また ピュン ピュン ピュン ピュン 動きはじめました。。
すると、とつぜん
「あら、今日は運動会だったかしら」
のんきなこえがきこえてきます。
「は?」
ピュン ピュン ピュン ピュン 動いていたヤゴ君はとまり、声がしたほうに顔をむけました。
ヤゴ君の目にとびこんできたのは
「あら、ちがうのかしら」
まぶしい太陽の光をあび、りっぱに咲いたひまわりがそこにいたのです。
たくさんの黄色の花びらをひろげ、夏のあつさなどに負けないで、どうどうとひまわりは咲いていました。
ひまわりはりっぱな姿をしていましたが、
「あらあら」
ほほえみながら、のんきに風にゆれています。
あまりにもりっぱな姿とはちがうのんきな姿にヤゴ君は
「だれだよ」
と思わず、立ちつくしてしまいました。
「あら? 私かしら? 私はひまわりよ。よろしくね」
そんなヤゴ君のことは気にせず、ゆらゆらと、ゆれながらひまわりはヤゴ君のしつもんに答えます。
「ひまわり…さん?」
ヤゴ君は年上だよなと思いながら、『さん』をつけて呼んでみました。
ひまわりさんはにっこりと笑い
「そうよ。ひまわりさんよ」
まわりに花びらが咲くようにほわほわとこたえます。
そして、
「あなたのお名前はなんていうのかしら」
ひまわりさんはヤゴ君にききます。
「ヤゴだよ」
元気にそうこたえたヤゴ君。ヤゴ君はりっぱなのにとてものんきなひまわりさんを見て、さっきまで感じていたいやな気持ちをわすれてしまいました。
「ヤゴくんね。よろしくね」
「よろしく、ひまわりさん!」
ひまわりさんは元気よく答えてくれたヤゴ君にふんわりと笑顔をかえして、よろしくねといいます。ヤゴ君はさっきよりも元気な声でよろしくとかえしました。
それからヤゴ君はひまわりさんに会いにいくようになります。
「ひまわりさん!!」
ヤゴ君はひまわりさんを大声で呼びました。
「あらあら。いらっしゃい」
あいかわらず、ひまわりさんは風にのんきにゆられています。
「ひまわりさん! ひまわりさん! きいて! きいて!」
ヤゴ君はわくわくした声でいいました。
「このまえね。メダカのメダカさんを流れ強い川に押してやったんだ。そのときのメダカさんのあわってぶり! すごく笑えたんだ」
ヤゴ君はそれはそれはうれしそうにいいます。
「あらあら? そうなの。メダカちゃんはいつもおとなしい子だから、とてもめずらしい姿がみれたのね」
ひまわりさんはよかったわねとかえしました。
「うん! すごく楽しかったよ。ひまわりさんにもみせてあげたかったな」
ヤゴ君はみせられなくてざんねんといいます。
「そうね。みてみたかったわ」
ひまわりさんはいつもみたいにほわほわとのんきにそういいました。
しかし、なぜでしょう。なんだかすこしさみしそうな声でした。
ヤゴくんは毎日のようにひまわりさんに会いにいきます。いつもきてくれるヤゴくんにひまわりさんはうれしそうにしてくれました。
ひまわりさんはヤゴくんのことをけっしておこることはありません。もちろん、ヤゴくんから一歩引くことはありませんでした。
いつものんきにゆらゆら風にゆられ、笑っています。
そんなひまわりさんにいつしか、ヤゴ君は恋をしました。
自分のことを受けいれてくれるひまわりさん。はじめてのことで、とてもとてもうれしくて、あたたかかったのです。だって、ヤゴ君のまわりのいきものたちはだれもヤゴ君のことを受けいれてはくれませんでした。
『また、あの子。メダカちゃんを流れの強い川につきおとしたのよ』
『まぁ、またなの。なんなのかしらあの子。話かけないようにしましょう』
『あの子! なんなの! わたしのかわいい子をあらしの川につきおとすなんて!』
『ほんとね。いるなら、おやの顔をみてみたかったわ』
『そろそろ、みんなトンボになるためにがんばるんだよな。おれ、ちゃんとなれるかな。まぁ、あいつにはなってほしくない』
『だよな。あのひとりぼっちといっしょに大空になんていきたくないもん』
『あの子のせいでわたしがんばれない』
ヤゴ君のやんちゃのせいで、いやなことにあった子が多かったのです。そんな子がだんだんふえていき、みんなヤゴ君からはなれていきました。
ヤゴ君は知らなかったのです。いつも川の流れが強いところで遊んでいたヤゴ君はそこにだれかをつきおとすことはあぶないことだと知りませんでした。
だれもヤゴ君にそれはいけないことだとおしえてくれなかったのです。
しかも、このごろ。ヤゴたちはトンボになるためにがんばります。しっぱいすると取りかえしのつかないことになるので、みんなピリピリしていました。
そんななか、ヤゴ君はやんちゃばかりするので、みんなにとってじゃまでしかなかったのです。
時間がすぎればすぎるほど、ヤゴ君の居場所はなくなっていきました。ヤゴ君は居場所のないみんなのもとよりひまわりさんのもとにたくさんいるようになります。たくさんくるヤゴ君をひまわりさんはいつもどんなときも受けいれてくれました。
だんだん、だんだんといっしょにいる時間もふえてきます。
大切な人といる日々は、ヤゴ君にとってとても幸せな時間でした。
しかし、ヤゴ君には一つだけ気になることがあります。それは、ひまわりさんは一度もヤゴ君の方を見たことがありません。はじめのうちはひまわりさんのりっぱな姿におどろかされて、気がつかなかったのですが、ひまわりさんとの時間がふえて、それに気がつきました。
“ひまわりさんはいつも太陽のことしか見てない”
ちっともこっちのことは見ていないのに、太陽のことはいつも見ているのはヤゴ君にとってうれしくありません。だから、ヤゴ君はいいました。
「ひまわりさん。ひまわりさん。なんでぼくのこと 見てくれないの」
いつも風にゆらゆらとゆられているひまわりさんがほんの少しだけとまったような気がします。みまちがえたなかなって思うほど、ほんの少しだけ。
「ふふ。そうだったかしら」
ひまわりさんはいつものように風にゆられていいます。見ているほうだっていつもどおり。ヤゴ君ではなく太陽のことを見ていました。
「そうだよ。いつだって、今だって! 太陽のことしか見てないじゃん!」
ヤゴ君はひまわりさんのとぼけるような言葉にイラだちをかんじます。だから、ひまわりさんに強めにいいました。
その言葉に
「・・・」
ひまわりさんの動きがぴたりととまります。風にゆられることやめて、ひまわりさんはだまって太陽のことを見つづけます。いつもとちがうひまわりさん。その姿にヤゴ君は言葉をなくしてしまいました。
「・・・」
「・・・」
だまる二人。
だまるのは同じ。でも、見ているものはちがいます。
ヤゴ君はひまわりさんを
ひまわりさんは太陽を
見つづけました。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・なんでしょうね」
ながいながい時間をだまり、ひまわりさんがそうつぶやいたのです。
太陽の下で黄色の花びらをひろげて、りっぱに咲くひまわりさん。しかし、今のひまわりさんはとてもりっぱな姿には見えません。
ながいだまりの中にいった言葉。ヤゴ君はひまわりさんのようすがおかしいことをかんじました。
“さびしそう”
今のひまわりさんからはその気持ちを強く感じます。いつもゆらゆらとのんきに風にゆられていたひまわりさんからは一度も感じなかった気持ちでした。
「・・・太陽を見続けないとだめなの。理由はわからないわ。だけど、わたしは太陽以外を見ることはできないのよ」
太陽を見続けるひまわりさん。しかし、その理由はあいまいなもの。ヤゴ君にはわかりません。
なんで? どうして?
ぎもんはあふれるように出てきます。でも、その気持ちをひまわりさんにぶつけることはしません。いいえ、そんなことはできなかったのです。
あまりにもよわよわしい姿をしているひまわりさんになにも話かけることなどできませんでした。
きらきらとかがやく太陽の下でヤゴ君ははじめてくるしい気持ちになります。
ヤゴ君はかんがえました。こんな気持ちなるなんて、のぞんでいません。ただ、ひまわりさんに自分を見ていたい。ただ、それだけだったのに。
だから、ヤゴ君はかんがえます。どうやったら、こんな気持ちにならないで、ひまわりさんに自分を見てもらうにはどうすればいいか。
ヤゴ君はかんがえます。そして、思いました。
“ぼくが太陽になればいいんだ”
ひまわりさんが太陽しか見れないというなら、自分が太陽になればいい。そうヤゴ君は思いました。
「ひまわりさん! ひまわりさん!」
「ぼくが太陽になったら、ぼくのこと見てくれますか」
あれから月日がながれます。
ヤゴ君はやすないで、そこらじゅうをおよぎまわっていました。ひまわりさんのところへいかなくなってから、ヤゴたちや知り合いのいきものに話かけるようになったのです。
なぜかというと
「ぼくが太陽になったら、ぼくのこと見てくれますか」
「・・・ええ」
ひまわりさんがそういってくれたからでした。それもただいったのではなく、少しうれしそうにいったくれたです。
ヤゴ君は少しだけひまわりさんと話して“またね”とおわかれしました。
そして、ヤゴ君は心に決めます。ぜったい、りっぱな太陽になってひまわりさんに会いにいくんだと、自分の姿を見てもらうんだと、決めたのでした。
それから、毎日、毎日、太陽になる方法をさがします。一日中、太陽のまねごとをしたり、話さなくなったヤゴたちや知り合いに話をきいたりしたのでした。
あの日から一度もやすまないで、毎日いろんなところをおよぎまわっています。
ところが、太陽になる方法など見つかりませんでした。
一日中、太陽のまねごとをしても、ヤゴたちや知り合いに話をきいても、ただただ時間が過ぎるだけ、ヤゴたちにも知り合いもおかしな目で見られるようになっていきます。
そして、ある日。ヤゴたちがいいました。
「お前はヤゴだろ。お前がなれるのはトンボだ」
「そうさ。君がどんなにがんばったところで、太陽になんてなれやしないよ」
そういったのです。
自分でもわかっていました。ヤゴ君の体は太陽ではなく、トンボになろうとしていたのです。
時間はもうありません。ヤゴ君はもうヤゴではいられないのです。。
もうヤゴたちは枝にはりついています。あとは、トンボになれるか、なれないかをまつヤゴたちがたくさんいました。
それでも、ヤゴ君はギリギリまでさがしつづけたのでした。
とうとうヤゴ君の体に終わりがきました。ヤゴ君はまだ、太陽になる方法は見つけていません。ヤゴ君はあせりました。
このままでは太陽になれない、でも、もうヤゴではいられない。
太陽になる方法も見つけていませんが、ヤゴ君がトンボになれることもぜったいではなかったのです。
“生きるか、死ぬか”
ヤゴにとってトンボになるということはそういうことでした。ヤゴ君がトンボなれるか、どうかはだれにもわからないことで、とてもこわいことなのです。
それでも、ヤゴ君はあきらめることなどしませんでした。
“ひまわりさんに自分を見てもらうんだ”
その気持ちをあきらめることなど決してできなかったのです。
「このまま、ヤゴのままいたって死んでしまうだけ。そんなのいやだっ! あきらめたくない、だから。だから!」
ヤゴ君はこわくてもトンボになることを決めました。
夏が終わりをむかえ、秋がやってきます。
夏に咲きほこっていた花もかれ、木の葉はちっていきました。
高い青空。まだ、ちっていない紅や黄の色のゆたかな木の葉。そして、あたりいちめんを赤くそめあげる太陽。
もうすっかりと秋になっていました。
川の近くにトンボが一匹、ピュン ピュン とんでいます。
なんと、りっぱな赤トンボでしょう。
ほんとうに、うつくしいトンボです。
そのトンボはなにかをいっしょうけんめいにさがしていました。ピュン ピュン ピュン ピュン とびまわってなにかをさがしつづけています。
とつぜん、赤トンボはぴたりととまって、なにかに気づいたように動かなくなりました。
そして、赤トンボはなにを思ったのか太陽に背をむけたのです。
赤トンボは太陽に背をむけつづけました。
ほんとうにうつくしい赤いトンボ。
その姿はまるで“ ”でした。
「太陽になったって あなたがいなければ、意味がない」
そこにぽつんとトンボが一匹とまっています。
それはそれは美しい赤いトンボでした。
赤い体に夕日があたり、体は赤く光り、目や羽は太陽の光をあびて、ほうせきのようにキラキラと光っています。
まるで、小さな太陽のように。
とても、とても美しいトンボでした。
ある夏のこと。
セミの合唱にまざりながら、なにかが声をあげています。
「あ”あ”~もう!!」
声の方をたどってみると、川のなかで ピュン ピュン ピュン となにかが動きまわっていました。
「あ”あ”!! なんでだれもわかってくけないんだ!」
ピュン ピュン ピュン ピュン どんどん動きがはやくなっていきます。
「あ”あ”!!」
そのなにかは声あげると、いったん動きをとめました。それはやんちゃすぎてみんなから一歩ひかれているヤゴのヤゴ君だったのです。
「あ”あ”!! なんでみんなわかってくれないんだよ」
ヤゴ君はそう声をあげ、また ピュン ピュン ピュン ピュン 動きはじめました。。
すると、とつぜん
「あら、今日は運動会だったかしら」
のんきなこえがきこえてきます。
「は?」
ピュン ピュン ピュン ピュン 動いていたヤゴ君はとまり、声がしたほうに顔をむけました。
ヤゴ君の目にとびこんできたのは
「あら、ちがうのかしら」
まぶしい太陽の光をあび、りっぱに咲いたひまわりがそこにいたのです。
たくさんの黄色の花びらをひろげ、夏のあつさなどに負けないで、どうどうとひまわりは咲いていました。
ひまわりはりっぱな姿をしていましたが、
「あらあら」
ほほえみながら、のんきに風にゆれています。
あまりにもりっぱな姿とはちがうのんきな姿にヤゴ君は
「だれだよ」
と思わず、立ちつくしてしまいました。
「あら? 私かしら? 私はひまわりよ。よろしくね」
そんなヤゴ君のことは気にせず、ゆらゆらと、ゆれながらひまわりはヤゴ君のしつもんに答えます。
「ひまわり…さん?」
ヤゴ君は年上だよなと思いながら、『さん』をつけて呼んでみました。
ひまわりさんはにっこりと笑い
「そうよ。ひまわりさんよ」
まわりに花びらが咲くようにほわほわとこたえます。
そして、
「あなたのお名前はなんていうのかしら」
ひまわりさんはヤゴ君にききます。
「ヤゴだよ」
元気にそうこたえたヤゴ君。ヤゴ君はりっぱなのにとてものんきなひまわりさんを見て、さっきまで感じていたいやな気持ちをわすれてしまいました。
「ヤゴくんね。よろしくね」
「よろしく、ひまわりさん!」
ひまわりさんは元気よく答えてくれたヤゴ君にふんわりと笑顔をかえして、よろしくねといいます。ヤゴ君はさっきよりも元気な声でよろしくとかえしました。
それからヤゴ君はひまわりさんに会いにいくようになります。
「ひまわりさん!!」
ヤゴ君はひまわりさんを大声で呼びました。
「あらあら。いらっしゃい」
あいかわらず、ひまわりさんは風にのんきにゆられています。
「ひまわりさん! ひまわりさん! きいて! きいて!」
ヤゴ君はわくわくした声でいいました。
「このまえね。メダカのメダカさんを流れ強い川に押してやったんだ。そのときのメダカさんのあわってぶり! すごく笑えたんだ」
ヤゴ君はそれはそれはうれしそうにいいます。
「あらあら? そうなの。メダカちゃんはいつもおとなしい子だから、とてもめずらしい姿がみれたのね」
ひまわりさんはよかったわねとかえしました。
「うん! すごく楽しかったよ。ひまわりさんにもみせてあげたかったな」
ヤゴ君はみせられなくてざんねんといいます。
「そうね。みてみたかったわ」
ひまわりさんはいつもみたいにほわほわとのんきにそういいました。
しかし、なぜでしょう。なんだかすこしさみしそうな声でした。
ヤゴくんは毎日のようにひまわりさんに会いにいきます。いつもきてくれるヤゴくんにひまわりさんはうれしそうにしてくれました。
ひまわりさんはヤゴくんのことをけっしておこることはありません。もちろん、ヤゴくんから一歩引くことはありませんでした。
いつものんきにゆらゆら風にゆられ、笑っています。
そんなひまわりさんにいつしか、ヤゴ君は恋をしました。
自分のことを受けいれてくれるひまわりさん。はじめてのことで、とてもとてもうれしくて、あたたかかったのです。だって、ヤゴ君のまわりのいきものたちはだれもヤゴ君のことを受けいれてはくれませんでした。
『また、あの子。メダカちゃんを流れの強い川につきおとしたのよ』
『まぁ、またなの。なんなのかしらあの子。話かけないようにしましょう』
『あの子! なんなの! わたしのかわいい子をあらしの川につきおとすなんて!』
『ほんとね。いるなら、おやの顔をみてみたかったわ』
『そろそろ、みんなトンボになるためにがんばるんだよな。おれ、ちゃんとなれるかな。まぁ、あいつにはなってほしくない』
『だよな。あのひとりぼっちといっしょに大空になんていきたくないもん』
『あの子のせいでわたしがんばれない』
ヤゴ君のやんちゃのせいで、いやなことにあった子が多かったのです。そんな子がだんだんふえていき、みんなヤゴ君からはなれていきました。
ヤゴ君は知らなかったのです。いつも川の流れが強いところで遊んでいたヤゴ君はそこにだれかをつきおとすことはあぶないことだと知りませんでした。
だれもヤゴ君にそれはいけないことだとおしえてくれなかったのです。
しかも、このごろ。ヤゴたちはトンボになるためにがんばります。しっぱいすると取りかえしのつかないことになるので、みんなピリピリしていました。
そんななか、ヤゴ君はやんちゃばかりするので、みんなにとってじゃまでしかなかったのです。
時間がすぎればすぎるほど、ヤゴ君の居場所はなくなっていきました。ヤゴ君は居場所のないみんなのもとよりひまわりさんのもとにたくさんいるようになります。たくさんくるヤゴ君をひまわりさんはいつもどんなときも受けいれてくれました。
だんだん、だんだんといっしょにいる時間もふえてきます。
大切な人といる日々は、ヤゴ君にとってとても幸せな時間でした。
しかし、ヤゴ君には一つだけ気になることがあります。それは、ひまわりさんは一度もヤゴ君の方を見たことがありません。はじめのうちはひまわりさんのりっぱな姿におどろかされて、気がつかなかったのですが、ひまわりさんとの時間がふえて、それに気がつきました。
“ひまわりさんはいつも太陽のことしか見てない”
ちっともこっちのことは見ていないのに、太陽のことはいつも見ているのはヤゴ君にとってうれしくありません。だから、ヤゴ君はいいました。
「ひまわりさん。ひまわりさん。なんでぼくのこと 見てくれないの」
いつも風にゆらゆらとゆられているひまわりさんがほんの少しだけとまったような気がします。みまちがえたなかなって思うほど、ほんの少しだけ。
「ふふ。そうだったかしら」
ひまわりさんはいつものように風にゆられていいます。見ているほうだっていつもどおり。ヤゴ君ではなく太陽のことを見ていました。
「そうだよ。いつだって、今だって! 太陽のことしか見てないじゃん!」
ヤゴ君はひまわりさんのとぼけるような言葉にイラだちをかんじます。だから、ひまわりさんに強めにいいました。
その言葉に
「・・・」
ひまわりさんの動きがぴたりととまります。風にゆられることやめて、ひまわりさんはだまって太陽のことを見つづけます。いつもとちがうひまわりさん。その姿にヤゴ君は言葉をなくしてしまいました。
「・・・」
「・・・」
だまる二人。
だまるのは同じ。でも、見ているものはちがいます。
ヤゴ君はひまわりさんを
ひまわりさんは太陽を
見つづけました。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・なんでしょうね」
ながいながい時間をだまり、ひまわりさんがそうつぶやいたのです。
太陽の下で黄色の花びらをひろげて、りっぱに咲くひまわりさん。しかし、今のひまわりさんはとてもりっぱな姿には見えません。
ながいだまりの中にいった言葉。ヤゴ君はひまわりさんのようすがおかしいことをかんじました。
“さびしそう”
今のひまわりさんからはその気持ちを強く感じます。いつもゆらゆらとのんきに風にゆられていたひまわりさんからは一度も感じなかった気持ちでした。
「・・・太陽を見続けないとだめなの。理由はわからないわ。だけど、わたしは太陽以外を見ることはできないのよ」
太陽を見続けるひまわりさん。しかし、その理由はあいまいなもの。ヤゴ君にはわかりません。
なんで? どうして?
ぎもんはあふれるように出てきます。でも、その気持ちをひまわりさんにぶつけることはしません。いいえ、そんなことはできなかったのです。
あまりにもよわよわしい姿をしているひまわりさんになにも話かけることなどできませんでした。
きらきらとかがやく太陽の下でヤゴ君ははじめてくるしい気持ちになります。
ヤゴ君はかんがえました。こんな気持ちなるなんて、のぞんでいません。ただ、ひまわりさんに自分を見ていたい。ただ、それだけだったのに。
だから、ヤゴ君はかんがえます。どうやったら、こんな気持ちにならないで、ひまわりさんに自分を見てもらうにはどうすればいいか。
ヤゴ君はかんがえます。そして、思いました。
“ぼくが太陽になればいいんだ”
ひまわりさんが太陽しか見れないというなら、自分が太陽になればいい。そうヤゴ君は思いました。
「ひまわりさん! ひまわりさん!」
「ぼくが太陽になったら、ぼくのこと見てくれますか」
あれから月日がながれます。
ヤゴ君はやすないで、そこらじゅうをおよぎまわっていました。ひまわりさんのところへいかなくなってから、ヤゴたちや知り合いのいきものに話かけるようになったのです。
なぜかというと
「ぼくが太陽になったら、ぼくのこと見てくれますか」
「・・・ええ」
ひまわりさんがそういってくれたからでした。それもただいったのではなく、少しうれしそうにいったくれたです。
ヤゴ君は少しだけひまわりさんと話して“またね”とおわかれしました。
そして、ヤゴ君は心に決めます。ぜったい、りっぱな太陽になってひまわりさんに会いにいくんだと、自分の姿を見てもらうんだと、決めたのでした。
それから、毎日、毎日、太陽になる方法をさがします。一日中、太陽のまねごとをしたり、話さなくなったヤゴたちや知り合いに話をきいたりしたのでした。
あの日から一度もやすまないで、毎日いろんなところをおよぎまわっています。
ところが、太陽になる方法など見つかりませんでした。
一日中、太陽のまねごとをしても、ヤゴたちや知り合いに話をきいても、ただただ時間が過ぎるだけ、ヤゴたちにも知り合いもおかしな目で見られるようになっていきます。
そして、ある日。ヤゴたちがいいました。
「お前はヤゴだろ。お前がなれるのはトンボだ」
「そうさ。君がどんなにがんばったところで、太陽になんてなれやしないよ」
そういったのです。
自分でもわかっていました。ヤゴ君の体は太陽ではなく、トンボになろうとしていたのです。
時間はもうありません。ヤゴ君はもうヤゴではいられないのです。。
もうヤゴたちは枝にはりついています。あとは、トンボになれるか、なれないかをまつヤゴたちがたくさんいました。
それでも、ヤゴ君はギリギリまでさがしつづけたのでした。
とうとうヤゴ君の体に終わりがきました。ヤゴ君はまだ、太陽になる方法は見つけていません。ヤゴ君はあせりました。
このままでは太陽になれない、でも、もうヤゴではいられない。
太陽になる方法も見つけていませんが、ヤゴ君がトンボになれることもぜったいではなかったのです。
“生きるか、死ぬか”
ヤゴにとってトンボになるということはそういうことでした。ヤゴ君がトンボなれるか、どうかはだれにもわからないことで、とてもこわいことなのです。
それでも、ヤゴ君はあきらめることなどしませんでした。
“ひまわりさんに自分を見てもらうんだ”
その気持ちをあきらめることなど決してできなかったのです。
「このまま、ヤゴのままいたって死んでしまうだけ。そんなのいやだっ! あきらめたくない、だから。だから!」
ヤゴ君はこわくてもトンボになることを決めました。
夏が終わりをむかえ、秋がやってきます。
夏に咲きほこっていた花もかれ、木の葉はちっていきました。
高い青空。まだ、ちっていない紅や黄の色のゆたかな木の葉。そして、あたりいちめんを赤くそめあげる太陽。
もうすっかりと秋になっていました。
川の近くにトンボが一匹、ピュン ピュン とんでいます。
なんと、りっぱな赤トンボでしょう。
ほんとうに、うつくしいトンボです。
そのトンボはなにかをいっしょうけんめいにさがしていました。ピュン ピュン ピュン ピュン とびまわってなにかをさがしつづけています。
とつぜん、赤トンボはぴたりととまって、なにかに気づいたように動かなくなりました。
そして、赤トンボはなにを思ったのか太陽に背をむけたのです。
赤トンボは太陽に背をむけつづけました。
ほんとうにうつくしい赤いトンボ。
その姿はまるで“ ”でした。
「太陽になったって あなたがいなければ、意味がない」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
悪女の死んだ国
神々廻
児童書・童話
ある日、民から恨まれていた悪女が死んだ。しかし、悪女がいなくなってからすぐに国は植民地になってしまった。実は悪女は民を1番に考えていた。
悪女は何を思い生きたのか。悪女は後世に何を残したのか.........
2話完結 1/14に2話の内容を増やしました
人柱奇譚
木ノ下 朝陽
児童書・童話
ひたすら遣る瀬のない、救いのない物語です。
※デリケートな方は、閲覧にお気を付けくださいますよう、お願い申し上げます。
昔書いた作品のリライトです。
川端康成の『掌の小説』の中の一編「心中」の雰囲気をベースに、「ファンタジー要素のない小川未明童話」、または「和製O・ヘンリー」的な空気を心掛けながら書きました。
猫の法律
秋長 豊
児童書・童話
雪がしとしと降る夜のこと。1匹の猫が川に流された。10年後、王女様が生んだばかりの娘が一晩で姿を消した。リンゴのように美しいくちびるをした女の子、という意味をこめて紅姫様と呼ばれていた。王女様は変わり果てた王様の姿を発見する。獣のように荒れ狂った王様は「お前たちがしたことを決して忘れはしない。氷の谷に来たらすべて教えてやろう。氷の谷に来なければ娘の命はない」と言う。
王女様は1人で氷の谷に向かうが、飼い猫のサリがこっそりついてきていた。しかし、寒さのあまり遭難し気を失ってしまう。目が覚めると、すべてが猫サイズの部屋の中で横になっていた。人のように歩き話す2匹の白い猫が現れて、「あなたも、娘さんも、お城に帰してあげます」という。片方の猫は一緒に来た飼い猫サリだった。
王女様は猫の国に入り込み、娘を探すために猫の王女様と対峙する――。
青色のマグカップ
紅夢
児童書・童話
毎月の第一日曜日に開かれる蚤の市――“カーブーツセール”を練り歩くのが趣味の『私』は毎月必ずマグカップだけを見て歩く老人と知り合う。
彼はある思い出のマグカップを探していると話すが……
薄れていく“思い出”という宝物のお話。
瑠璃の姫君と鉄黒の騎士
石河 翠
児童書・童話
可愛いフェリシアはひとりぼっち。部屋の中に閉じ込められ、放置されています。彼女の楽しみは、窓の隙間から空を眺めながら歌うことだけ。
そんなある日フェリシアは、貧しい身なりの男の子にさらわれてしまいました。彼は本来自分が受け取るべきだった幸せを、フェリシアが台無しにしたのだと責め立てます。
突然のことに困惑しつつも、男の子のためにできることはないかと悩んだあげく、彼女は一本の羽を渡すことに決めました。
大好きな友達に似た男の子に笑ってほしい、ただその一心で。けれどそれは、彼女の命を削る行為で……。
記憶を失くしたヒロインと、幸せになりたいヒーローの物語。ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:249286)をお借りしています。
かつて聖女は悪女と呼ばれていた
朔雲みう (さくもみう)
児童書・童話
「別に計算していたわけではないのよ」
この聖女、悪女よりもタチが悪い!?
悪魔の力で聖女に成り代わった悪女は、思い知ることになる。聖女がいかに優秀であったのかを――!!
聖女が華麗にざまぁします♪
※ エブリスタさんの妄コン『変身』にて、大賞をいただきました……!!✨
※ 悪女視点と聖女視点があります。
※ 表紙絵は親友の朝美智晴さまに描いていただきました♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる