薬の国

Queen1971

文字の大きさ
2 / 2
第二章 薬の国より愛を込めて

薬の国

しおりを挟む
第二章 

 雨が降っている。この世の誰かが泣いているのか?もしこの世に神様がいたらその神様が泣いているのかもしれない。自分の心が泣いているのかも知れない…しかし、晴れる日も当然ある。それが薬の国に入国した者のさだめかも。

 薬の国に入国して二十年…山田健一はまだ出国の手続きが終わっていない…いやできないのかも知れない。それは本人が一番理解していると思う。精神薬の国に入国して一番恐れること…何だと思いますか?そう、入国した者なら誰しも通過しなくてはならない通過儀礼と言う名の副作用。薬にはどんなものにも副作用はある。が…精神薬ほどきつい副作用は無い。だって脳をいじる薬、心を左右させる薬だから。本当に心の底から困って仕方がなく飲む者、ただ単に快楽を求めるために飲む者、死神の囁きに耳を傾け黄泉の国に旅立つために飲む者、いろいろな事情があって飲むものがいる。心の底から困って飲むものはまだ救われる。が、たちが悪いのは快楽を貪る為に飲む者。快楽と死は表裏一体…。別に飲むなとは言わない、後のことを考えれば快楽を望み飲む者ほど愚かな者はいない。
 山田健一はオーバードーズ寸前迄精神薬を飲み続けていた。最初はたった一錠の薬から始まってそこからどんどん飲む量が増えていき制御不能の淵まで行った
者の一人に追加された。精神疾患になり自暴自棄になって行ったからかもしれない。しかしこれは言い訳であって結局のところ快楽を求めていたのかもしれない

 快楽を望んで飲む精神薬は天上の喜びを感じるが死神と手をつなぐ行為でもある。ある日、ベゲタミンA(通称赤玉)を一気に六錠をスミノフウオッカで流し込んだ。前菜だ…。その後ヒルナミン五十ミリグラムの白玉を同じく六錠、メインディッシュにラボナ二錠を飲んだ。普通の健常者が飲むと致死量に近い量を飲んだのだ。手元にブロバリンもあるが流石にやめた。小一時間ほど経った頃だろうか
頭がフワフワする。心臓の動きが緩慢になってきだした。身体中の毛穴から冷たい汗がじわりじわりと滲み出る。同時に思考回路がショートする。ちょっとだけヤバいかなぁと呑気にハイライトに火をつけて様子を伺う。なにか変化があるだろうか?何故か嬉しくなり鏡を覗き込むと顔が白いでもなく紅でもなくよくわからない顔色をしている。さらに待つこと三十分…部屋の景色がいつもと違うことに気がつく。全てのものがぐにゃりと歪んでいる。僕はヤバい状況の元何故か喜んだ。ハイライトの火が妙に美しく見える。昔、父親と一緒にした線香花火の火の玉のように美しく綺麗に見えた。
薬が効いてるのである。急に感情が爆発する。自分でも不思議なくらい可笑しくて笑い出す。かと思えば不思議な色をした涙が頬を伝う。不思議な感情…。それは当たり前で脳みそを人工的にいじってるのだからである。ぼーっとして二本目のハイライトに火をつけるが…ライターがうまくつかない。格闘すること五分だったか十分だったかはさだかでは無いがやっと火がついたと思ったら火が揺れている。手がぶるぶると震えているのだ。左手で右の肘を押さえて震えと格闘しやっと火をつけることに成功する。フーッと一服吸うと更に頭がふらふらする。薬の国の中を探検すること総合で何時間漂ってたのかわからない…。ここで一つ注意と言うか警告しておくと僕の無茶な薬の摂取を真似るのは絶対にやめて頂きたい。命の保証はいたしかねるから…。

 漂って漂ってどれくらい経っただろうか?時間の概念が無い。そこへ妻が帰ってきた。息子と共に。僕と机の上の薬のタブレットを交互に見る。僕は変わらずぼーっとして妻の顔を見ていた次の瞬間左の頬に焼けつく様な痛みとともにパーンと音が静かに部屋に響き渡った。らりおする!ラリって発音がおかしい僕に今度は右の頬に激痛に似た感覚がまたもやパーンと静かに響き渡った。妻が静かに呼吸を整えていた。僕はなにが起こったか少しの間理解出来なかった。妻の顔を見上げる…。ポロポロと悲しい色の涙を流していた。くしゃくしゃになった泣き顔を呆然と見ていた。妻は静かに諭すように言った…。あなたはなにをしているのかわかってるの?そんなに私を悲しませたいわけ!!。無言で僕の顔を覗き込む。言い返せない僕。妻が僕に尋ねる。どれだけ薬を飲んだの!薬箱をあさる妻がいた。なんとか僕は記憶の糸を手繰り寄せながら飲んだ量を大体妻に伝えた。すると、慌てて何処かに携帯で連絡を取り出した。暫くすると闇夜を引き裂くように救急車のサイレンの音が近づいて来た。健一さん立てる?妻が聞いてくるが足腰が砕けたようにくにゃくにゃになって立てない。そうこうするうちに救命救急士がどかどかと入ってきた。なにか言ってはいるけど理解できない。よく聞くと何をどれだけ飲んだのかなにかを僕に聞いてるみたいだ。まるで他人事のようにしていると、少し怒られた。そこからはあまり記憶が無いが救急車に押し込まれて近くの救急患者を受け入れてくれる県立病院まで運ばれた。

 医者さんが脈を取って看護婦に何か指示を出している。心電図もとられたような気がする。遠くからガラガラと点滴用のポールが運ばれて現れた。看護婦が言う、山田さん少しチクッとしますよ!
チクッとどころかズキっとした。どうやら点滴の針が右腕に刺されたらしい。針が何度も入れたり出したりされる。かなり痛い。血管が見えないらしい。今度は左の手の甲にチクッとする感覚があった
看護婦が医者に報告する。ルート確保しました!点滴の針が血管内に入ったらしい。医者が僕の瞳孔をペンライトで照らしてなにか確認している。パソコンのカタカタという音が静かに無機質な処置室の中に響きわたる。電子カルテの打ち込みに無表情で向かう医者。何分ぐらい経っただろうか?点滴のボトルをぼーっと見ながらベッドに寝ている僕。そこへ別の医者がやってきた。医者二人がなにやらボソボソと相談している。そして後から来た医者が山田さんこんばんはっと場違いな挨拶をしてくれたが顔は真顔だった。そこからは丁寧にここに来るまでの事、何故運ばれたのかを説明してくれた
"あなたの飲んだ薬の量は死んでもおかしくない量だったんですよ"と教えてくれた。どこであんな危険な量と薬を手に入れたのか聞かれた。素直に以前入院して通院していたO病院で処方された薬を溜め込んでいたことを正直に話した。今も持っているのですか?と聞かれたのでこれも正直に持っている旨伝えた。医者は妻に何か説明している。妻はとりあえずコクコクと頷いていた。医者がはっきりとした口調で山田さん、二、三日様子観察の為入院してもらいますと告げてきた。僕は懲りずに今、点滴しているのは何なのかダメ元で聞いてみた。するとあっさり医者はこれは体内に残った精神薬を体外に出す為の生理食塩水と利尿剤です。とはっきり答えてくれた。血液検査もしますと宣告された。血液検査の結果が出るまで無機質な部屋、硬いベッドで約小一時間待った。点滴が効いたのかトイレが近くて仕方がない。その旨看護婦に伝えると屎尿瓶を持ってきてくれた。そうこうしているうちに結果が出た。肝臓の酵素の数値が異常に悪いと簡単な説明。あとは専門的な項目だったので僕もよくわからない。点滴のボトルが三分の一くらいになった頃、意識が混濁していたのがいくらかしゃんとしてきた。医者が妻を部屋に招き入れた。めが真っ赤になり腫れていた。たぶん泣いていたのだろう。僕はちっさな声でごめんと一言。その後は無言の時間が流れた。何か言ってくれと願いつつ妻のことを見ているともう二度としないで!今度したら別れるからと俯いた。自分がしたことの重大さに今更だが気がついた。僕は最愛の妻を悲しませたのだ。心をズタズタに引き裂いたのだ。こんなことは許されるはずがない。結婚する時確かに僕は妻にこう告げた。こんな僕だけど泣かすようなことはしないと…。逆の立場だったらどうするだろうか?僕は考える…
そこまで追い詰めたのだろうか?不幸せにしたのだろうか?いろいろと頭の中で考えが巡る。すると不思議な事に僕は泣き出した。何故か…。それは軽はずみな僕の理解し難い行動のおかげで妻を泣かせてしまったからだ。ごめんごめんごめん!まるで子供のように泣きじゃくった。妻はとりあえず部屋の外に出て待つように指示された。無機質な部屋の小窓から朝日が見えた。どうやら一晩この部屋で過ごしたらしい。ある程度落ち着いた頃合いを見計らって医者は優しい顔で病室に行きましょうかと僕に言った。
看護婦に必要事項の書類を渡してストレッチャーで一般病棟まで運ばれた。

 二日後、紹介状を持たされて無事に生還、退院となった。入院費は高くついた
何故なら自由診療と救急診療とのダブルパンチで請求されたから。妻には頭が上がらない。家に着くとまず最初にした事は、今持ってる必要のない精神薬(向精神薬)全てを妻の前で引っ張り出して台所で処分する作業。それが終わると妻が便箋とペンを持ってきて二度と同じことをしないと約束するように署名すること。
当たり前だけど大切な儀式だった。その便箋を部屋の一番目につく所に貼り付けた。同じ過ちを犯さないように…。
三歳の息子が無邪気に"とうたん、おかえり"と笑顔で言った瞬間号泣してしまった。自分の快楽の為にこんな最愛の家族に迷惑をかけて…と。もう二度とするものかと全て捨てた。

 薬の国から生還して全て捨てて、馬鹿な行為をしなくなって早くも十何年の歳月が流れた。あの時幼かった息子も成人し、いろいろと支えてくれる。妻とも良好な関係を築いている。あの時もし死んでたらと思うとゾッとする。息子の成人した姿も見れなかっただろう。今はO病院には行かずきっちり監視が行き届いている別の精神科の病院に通院している。主治医も必要最低限の薬しか処方しない
当たり前だが…
昔は薬を出してなんぼの世界だったから簡単にいろいろな薬が手に入った。だが今は違う。安全な薬しか処方されない。ただ間違って使うか使わないかは患者の飲み方による。
薬は良薬にもなるしただ単に毒にもなる医者だけのせいにしてはいけない。"その"薬をどう飲むのかは患者次第なのだ


 薬を受け取るのには処方箋が必要となる。その昔は特に必要なく調剤薬局に行けばヒロポンなんか置いてあったりしたそうだがなんて危ない時代だったのだろう。薬の国に入るのはなんて簡単だったのだろう。
だが今は違う。入国審査は厳しく薬の国はほぼ幻の国となってしまった。年間何人かは服薬自殺を決行する患者、一般人がいる。いまは安全性を考えてそんなに簡単には死ねないように改良されているがまだまだ薬の国に密入国して変な事を考える輩がごまんといる。楽になりたい消えて無くなりたい…と。しかし間違っている。どんな理由があるにせよそれは軽はずみな言い訳にしか他ならない。もっとよく考えて欲しい。誰にも必要とされる人、愛されるべき人がいる事を。そうすれば薬の国に入国することもないであろう。
誰しも生きることが大切なのだから。
また生きる権利もある。
綺麗事ではなく本当の話。生きていればなんとかなる。死んでしまえばそれまで悲しいかなそれが現実だと僕は思う。もう大切な人を悲しませたくない。ラリって現実逃避したところで何も変わらないただ必要以上に周りを苦しめ自分の身体を痛めつけるだけ。薬の国のパスポートはもう無い。それだけである。因みにこのストーリーはフィクションとノンフィクションが混同している。
この物語に出てくる薬名、効能は作者が昔体験したことを元にしている。真似をすることだけはお許し願いたい。
だいたいこの物語に出てくる薬名は今は処方されていない薬がほとんどである。ブラックマーケットなんかのいかがわしいものにも手を出すことはやめてほしいたぶん手には入らないと思いますが…
覚醒剤、危険ドラッグ、マリファナ、これらも論外です。あなたの大切な人生をこんなものでぐちゃぐちゃにされて悲しむのは家族、同僚、etc…
その時は良くても後が大変ですからね。
よく考えてください。

 薬の国より愛を込めて。
    
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...